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Session.5 Factorian Part.3



 身の丈よりもさらに長い槍を握りしめた男は、そのままそれを両手で構えた。今まさに、相手に突きを放たんとする。

「どうなるか? ……お前こそ分かっているのか? 私は見た目が女子供だろうが容赦はしない。どうせ《因子人(ファクトリアン)》が目覚めてしまえば、傀儡かいらいになるか喰われるかで終いだ。その前に、せめて人間として殺してやる。私もいずれお前を追って死んでやるさ。化け物になってしまう前に……その時に、どんな罰でも受ける。だが今は!」


 固く強張る男の身体を見て、少女が微笑む。それは微笑というより、冷笑、嘲笑に近かった。

「いいデしょう……ワタシを殺そうというのなら、どうぞやってミナさい。私ハ、逃げもしないし隠れもシナイ」


 その声は相変わらず、透き通るようでいて、何かがおかしかった。

 まるで、機械が話しているみたいだ。抑揚はある。どこかおかしなイントネーションの時もあるが、機械音声にも聞こえない生きた人間の声だ。だが、だからこそ存在するはずの“何か”に欠けている……


 少女は、コートの隙間から左手を出すと、第二ボタンを外した。次いで、コートの中で腕を振り、皮の布を翻させ、払いのけるように脱ぎ捨てた。宙を舞ったコートはビルの外壁にあたって、そのままズルズルと埃っぽい地面に落ちた。コートに隠れていた少女の姿が顕になる。


 学校の制服のような格好をしている。そのブレザーのデザインもどこかで見たことがあるような気がするが、思い出せない。だが、実際にあるのは確かだ。

 やはり、何の変哲もない少女……

 

 いや、違う、その右手に握られているものが、そんな認識を瞬時に吹き飛ばした。


「これは、M16か……アサルトライフルだと?」

 細身の少女が持つには異質すぎるものだ。追加兵装としてグレネードランチャーとスコープまで装着している、かなりの重装備だ。

 だが、男が意外に感じたのはそこではなかった。


 おそらく彼女は《先導会》からの刺客なのだ。標的の始末をするためにそれなりの準備をするだろう。

 だが、ただの銃器とは……

 《Aランク》ほどの《保有者(ホルダー)》になれば、高速で発射される弾丸だろうと見切り、かわすことはできなくない。何より、トリガーを引いてから発射される前に動いて、射線から逃れることもできる。

 そもそも、下手すれば初速900m/sの弾丸と同じ早さで動けるような者さえいるのが《Aランク》以上の《騎士型保有者ナイトタイプ・ホルダー》なのだ――男にはそこまでは無理だが。

 いくら狭い路地だろうが、《保有者》相手にアサルトライフルごときを持ちだしたところで、勝ち目などない。《Aランク》ほどになれば、忍者さながらに壁を足場にして走ることさえできるのだから。

 いっそ拍子抜けするような気分だった。


 が、決して容赦はしない。

 その後の処理よりもまず、全力でこの少女を始末することだけを考える。

「何のつもりかは知らんが……いくぞッ」

 有無を言わさず、男が少女の懐に飛び込む。

 と同時に、すでにその槍の切っ先が彼女へと伸びていた。


 槍の武器としてのアドバンテージは、そのリーチの長さにある。リーチが長いということは、それだけ自分が相手より早く攻撃できるということに他ならない。

 相手に行動する隙を与えず、一突きで決着をつける。

 それが叶わずとも、続けざまに連続で突きを放ち、反撃する暇を与えはしない。


 が、しかし、拳を突き出す速度ならそれこそ弾丸よりも速い《Aランク》による神速の刺突が、何かに食い止められた。

 刃が何かにつっかえ、腕から肩にかけてガクリと振動が伝わると共に、鉄の粒を敷き詰めた砂利で思い切り足踏みするような音が鳴った。


 少女の手のひらから腕まで、そのまま橈骨と尺骨に平行するように、槍が突き刺さっていた。

 さすがにこれには、男も驚嘆した。

「何ッ?」


 男はこの少女を、個人の特定ができないほどの惨死体にして、どこかひと目がつかない場所に遺棄するつもりだった。だから、その腕に槍が刺さろうと心は動かない。

 だが、当たり前のように、刃による攻撃を手で受け止めるという選択をしたことには面食らった。

 しかも、少女の手のひらからは一滴の血も流れず、鋭利な穂先により肉がぐちゃぐちゃになっているであろう自分の腕を眺める彼女の顔は、実に平然としているのだ。

 そして先の金属質な音響……

 男は吐き捨てるように呻いた。

「お前、義手か。鉄製の義手……もう片腕も、もしや足もそうなのか……?」

 鉄の砂利を踏んだような音は、義手の中の細かいパーツをかき回した音か。

 人工皮膚を上から被せており、本物の手と区別がつかない質感だった。


 少しうろたえたが、分かってしまえば何ということではない。すぐさま槍を抜き取り、今度は脳を突き刺す。それだけだ。

 機械音声ではない声……おそらく胸から上は人工ではないはず。


 しかし、腕に力を込めても、突き刺さった槍はびくともしなかった。少女の腕から1mmたりとも動かない。

 立ち消えかけた驚愕が、蘇った。男の心臓がドクンと脈打つ。


 何かが、槍を押さえている。《Aランク》の力でも打ち勝つことのできない、何かが。

 血管を冷水が流れるような感覚を味わいながら、男は次いで、少女の右腕で発生したその変化に言葉を失った。


 変形している……M16が。


 まるで見えざる手が加えられているかのように、金属のこすれ合う音を幾度と無く響かせながら、複雑な構造を有する銃火器が、それぞれのパーツごとに分解されている。


 ……違う。ただ分解されているわけではない。

 それぞれのパーツが、さらに形を変えていた。ピラミッドが頂点から裏返しにまくり上げられるような、あるいは幾重にも分割されたブロックが次々に引き抜かれるような、あるいは、粘土が押しつぶされて歪むような……とにかく、変形と称されるありとあらゆる様相を、その何の変哲もない自動小銃が呈していた。

 それは明らかに、まともな状況ではない。


 やがて、M16はその原型すらも留めないほどにシルエットを変容させていた。

 ただひとつ、細長い形状をしているという以外は、まったくの別物だ。

 曲線がほとんど存在せず、トリガーやマガジンを廃し、ほとんど突起のない長方形の筒のような形をしている。

 なにより異質なのが、銃身が右腕を取り込むように半ば一体化しているところだった。前腕部の半分までが、包み込まれるように構造物の中に隠れていた。

 その、無駄を廃し洗練されすぎて逆に殺伐としたフォルムといい、さながらSF映画に出てくる光線銃のようだ。しかも、ただの人間が使うものではない。例えばロボットの兵士などが使う、腕の代わりに砲身をくっつけたようなあの歪なレーザーキャノンみたいなものだ。


 何故今そんなことを思い出したのかは分からない。ただ、目の前の少女の不気味さと、この“腕の代わりに砲身とくっつけたような歪な構造に変化したM16だった何か”が、“ロボット”という単語と彼女を結びつけえたのかもしれない。

 男は無意識の内に、感嘆するかのような声を発した。

「《保有者》であるとは分かっていたが……物体の構造を変化させるのか……!」

「ソノトオリ……特に金属との相性は抜群。質量こそ同じダけど、分子レベルで分解、再構築してまったく別の形に変形サセられる」

「……ッ」

 左腕に刺さった槍が引き抜けなかったのは、義手の構造を変化させて、穂先を固定していたためか。


 感心している場合ではない。M16そのものならまだしも、それが《因子(ファクト)》によって変形させられたものならば、充分、同じ《保有者》を抹殺するためのメインウェポンになり得る。おそらく、“使い方”自体はM16と変わりはないだろう。だが、威力は間違いなく桁違いだ。まともに喰らえばひとたまりもあるまい。

 男は咄嗟に、槍の柄から手を離し、後方へ飛び退いた。


 が、その瞬間には、少女の右手と一体化した物体が、その銃口を男に向けていた。


 速すぎる。少女が右腕を持ち上げる動きが見えなかった。《特Aランク》の動体視力をもってしても見切ることのできない、あまりに予想外の俊敏性である。

 男の頭脳は、遅ればせながら瞬時に推測を立て、それを確証へと転じさせた。頭が良かろうと、戦闘に場慣れしていなければ、自分と相手の実力差の予測も完璧にはできない。


 《保有者》などというものではない。

 奴は……


――まずいッ!――

 男が脳内で叫んだ時には、もう遅かった。


 少女が囁く。

次元砲ディメンジョン・バスター……」


 男の右大腿部が消滅した。

 削れて吹き飛んだのではない。元からなかったかのように、綺麗さっぱり消滅した。


 体勢を崩して尻餅をつくと共に、激痛が走る。

 おそらく、凄まじいほどの熱量で蒸発させられたのだろう。傷口の肉が焼け焦げ血管を塞ぎ、血も流れ出なかった。


「うッ!!? ぐぅぅぅ……!!」


 《因子》の力によって何らかの形でエネルギーを生み出し、それを集束させて撃ち出したのだろうか。

 肉が蒸発するほどの熱量だというのに、何故大腿部だけが焼けたのか。そこ以外の部位は、傷口の断面を除いて、火傷すらしていない。ピンポイントに焼かれている。熱伝導を無視した攻撃だ。


 男の脳裏を埋め尽くすのは、あの少女の正体と、自分が初めから負けることが決定していたということ。そして、明晰な頭脳が導き出した、最早逃げることも不可能だという結論。それによる、諦観だ。

 油断していたつもりはない。ただ、無意識の内に神経のフィルターが、その現実を取り除いていただけなのだ。《先導会》を相手にする以上、こうなることは当然の結果である、ということを。

 分かってはいたことなのだ。ただ、それを実感するには、彼の頭脳はあまりに高度にできすぎていたのかもしれない。


 赤黒く焦げた肉を晒す断面を両手で抑えながら、男は振り絞るように呻いた。

「予測できているはずの……こと、だった……! 自分が化け物に弄ばれる前に、少しでも貴様らに一泡吹かせたいと、躍起になりすぎたか……」


 少女は何も応えず、ただ銃口を向け直す。長方形の筒にぽっかり空いた穴が、男の頭部に照準を定めた。


 男が、自嘲気味に口角を引きつらせる。

「貴様も、《因子人》だったんだな……」

 その言葉に、ようやく少女は反応した。

 ほんの微かに頷く。


「フ……フフ、やはり貴様らは異常だ。行き過ぎた身体能力に、しかも物体を分子レベルで組み替えるなどと……物理法則への反逆だ。貴様らを生み出したことは人類の取り返しのつかない失敗だ、罪悪、恥辱だ! 《因子》とは、地球史上最悪の生命体だ、生かしておくわけにはいかん! ……だというのに……」

「……イイタイコトハ……ソレダケ?」

 冷ややかな、凍土に放置された鉄の杭のように冷ややかな声が、男の魂に打ち込まれた。

「……」

 消滅した大腿部の痛みも忘れて戦慄した男は、見開いた眼で彼女の顔を見た。


 ガラス細工のような美しい眼で、こちらを見ていた。

 ガラス細工……それ以上でもそれ以下でもない。生命あるものの見せるゆらぎも、濁りも、なめらかさもない、無機質な瞳が。

 すでにその眼には、男は生物としては映っていないだろう。ただの“目標物”……射的場の“ターゲット”だ。


 いっそ清々しいほどの絶望が胸中を満たし、男は静かに、そしてきつく眼を閉じた。


 問題はない、これまでの努力が水泡に帰したというわけでもない。すでに《先導会》を調査する中で得た情報はバックアップ済みで、自分と同じ志を持つものに託してある。ここで自分の生命が消えても、“成果”と“意志”は残っている。

 ただひとつ心残りなのは、『《先導会》は黒』。その一文をデータに加えられないことだけだ。


 後は、覚悟の問題だ。先程とは別の覚悟を決めれば、それでいい。

「好きに……しろ……」


 次の瞬間、男の頭部が消滅した。

 少女が、再びその右腕から何かを発射したのだ。

 焼けた鉄板に一滴の水を垂らしたような音だけをたてて、男の鎖骨から上がなくなった。


 続けざまに連射された高熱の見えざる砲撃――次元砲ディメンジョン・バスターが、左上腕部、右上腕、左大腿、胸部中央、腰部。そして残った部位全てを、たった二秒の間に一挙に焼きつくす。

 今しがたそこにいたはずの男が、1平方mmの血痕すら残さず、音すらもほとんどなく完全に蒸発した。

 それと共に、少女の左腕に突き刺さっていた槍もまた、持ち主を追うように消えた。


 周囲の空気は、夜の街の淀みと冷気を孕んだままである、一切の熱は伝播していない。物理的にはあり得ない現象である。灰すら残さず蒸発するほどの温度なら、その余波が路地の向こうに流れでて、大惨事だ。

 だが、実際はどうだ。路地の向こうの喧騒はなにも変わっていない。繁華街は以前とまったく同じに、粘っこく蠢いている。

 なにひとつ、痕跡も、証拠も、余韻さえも残していない。

 《先導会》を探っていた鼠は始末された。


 暗い路地に一人残った少女は、地面に落ちていたコートを拾うと、それを再び宙に放り投げ、次元砲の銃身に引っ掛けた。

 次の瞬間、そのコートもまた、男の身体と同じように跡形もなく消滅した。


 次いで、少女の腕に食い込んでいた構造物が切り離され、次元砲の砲身が大きく折れ曲がる。再度分子レベルで分解。再構築され、腕を覆う篭手のような形に変形した金属が、前腕の下部から肘にかけて格納(マウント)される。

 先程まで人間のそれと同じはずだった右腕も、ブレザーの袖を破り、機械そのものといったシルエットに変質していた。

 男の予測通り、右腕もまた義手であった。義手が金属でできているのなら、彼女の《因子》によって自由自在に変形させられる。自らが生み出した兵器に最適化された、基盤(プラットフォーム)として。


 腕だけではない。両足にしてもそうだ。

 少女の下肢――すねとふくらはぎからつま先にかけて、人工皮膚を突き破り金属が突き出した。突如透き通るような白い足を飲み込んだ金属は次々とその形を変え、徐々にフォルムを整える。

 やがて、角ばった無骨な、各部に噴射機構を備えた“ブースターユニット”へと変貌した。


 最早彼女は、ただの人間ではなくなっていた。


ジョーデキ(Success)

 そう呟いた少女の身体が、脚部のブースターから噴出される青白い光によって、瞬時に上空へと飛び上がった。

 マッハ3――音速の三倍の速度でありながら、音を立てず、風圧すらも発生させずに上昇した彼女は、誰の眼に触れることもなく、誰に気づかれることもなく、夜の空へと消えていった。

 音の壁を破ったことによる強力な衝撃波(ソニックブーム)すら生じない。異常を通り越して、それは幻のようだった。


 正常な物理法則など一切当てはまらない。

 《因子》とは、そういうものだ。




 ある男が、深夜の繁華街での目撃情報を最後に行方不明になった。

 そのニュースは、ワイドーショーにも、新聞ですら取り上げられることもなく、人々に意識されぬまま、世間に氾濫するよくある事件のひとつとして処理された。

 忘れられることすら――そもそも覚えられることすらないのだから、忘れられるわけがなく、消えていった。



ということで、これでひとつのエピソードが終了しました。

いかがだったでしょうか?


今後も、こういうよく分からない雰囲気でやっていきますので、もし引き続き読んでくださるのでしたら、よろしくお願いします。

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