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Session.5 Factorian Part.2



「……えっ!?」

 またしても、面食らうことになった。

 呆然となって固まったあやめに、彼は続ける。

「あんたは、なんで俺がこんなこと知ってるのか気にならないか?」

「え? あ、確かにそうだわ。気になるけど……」

「ある人に教えられたんだ。《因子人(ファクトリアン)》のことを。その人の詳しいことは話せないけどな。俺だって詳しく知らないし」

「その人が、《因子人》達が、その……人間を支配しようとしてるってことを……」

「そう、一緒に教えてくれたんだ。因子は人間に宿った以上、個々に早さの違いはあるだろうけど、必ず実体を得ることができるようになる。《因子(ファクト)》が実体化すれば、その作用はもう宿主である人間には及ばなくなる。ただの人間に戻るんだ……あの夏目先輩にしたってそうさ。あの人はもう《保有者(ホルダー)》じゃない」

 そう言って、部屋の隅でうずくまったままの夏目の方を見る。

「そして今はもう、《保有者》の数も百万を超えてるんだぜ? 今もし全ての《因子》が《因子人》として目覚めればどうなる。そうなれば、《保有者》がみんな能なしになった人類には対抗手段はなくなると言っていい。そうだろう? 核ミサイルぶち込んでも倒せないようなヤツがいるのが《保有者》なんだぜ。そいつらがみんな敵になるんだ」


 不意に、ロニーが割り込んできた。

「まっ、わたしは敵にならないから安心して。水爆でも中性子爆弾でも持って来いってんだっ」

「あぁ~はいはい。ちょお~っと大人しくしててちょうだいねぇ~」

 御剣が彼女の頭を撫でて、静かにするように催促する。

「うん、しょうがない。お口チャックね」

「そうそう」

 仕方がないといった具合に肩をすくめたロニーが、ゆっくりとその姿を薄めて消えていった。

 こういう風に、《因子人》は自由に消えたり現れたりできるということか。こんなことができるなら、人を殺しても捕まらないのも納得できる。


 ロニーが黙り込んだのを確認してから、御剣は続ける。

「ヤツらはその時が来るのを待ってるのさ。人類を支配できるだけの数の《因子人》が揃うのを。たまの暇つぶしに、人間を襲いながらな……ヤツらが本格的に動くのはいつかは分からない。もうすぐ、ってことはないと思うがね……」

 という御剣の声には、確証を感じられなかった。


 《因子》が意思と肉体を持ち、人を支配する。

 そんなことはにわかに信じられるようなものではなかったが、現に“こんな目”に会ってしまえば話は別だ。御剣の話を信じる他になかった。

 そして、ヤツらが明日にでも社会の侵略を開始することはない、とは言い切れない。


 完全に鮮明さを取り戻した意識で、“これは夢”だと念じても見ても、全身の細胞がそれを信じてくれない。

 泣けばいいのか怒ればいいのか、はたまた今すぐ舌でも噛みちぎって永遠の現実逃避をすればいいのかも分からず、その場で絶句するしかなかったあやめだったが、やがてあることを思い出した。

 《因子》にまつわる、ある巨大な組織の存在だ。

「そうよ! 《先導会》。《先導会》はこの事を知っているの? あそこは確か《因子》について一番詳しいはずだし、知ってるなら、きっと《因子人》に対する対策だって……」


 《先導会》。葦原学園も管理している。《因子》に対する統括的な管理組織だ。彼らなら、《因子人》という脅威に対抗するための橋頭堡になるのではないか?

 そんな一念を込めて発したその言葉は、途中で御剣に遮られてしまった。

「いや、そのことについても言っておきたいことがある」

「え?」

「《因子人》による支配……それを手引きしている連中こそ、その《先導会》かもしれないんだ。もしかしたらの話なんだが、《先導会》自体、《因子人》が作った組織なのかもしれない」

「……」


 “瓦解”。

 瓦解とはまさにこれだった。

 あやめの中で、常識が、認識が、希望が瓦解した。

 御剣がこれまで話してきたことは全て信じよう。だが、このことだけは信じたくはなかった。

 これが真実だとすると、《因子人》による人間の支配はまだ始まっていない、などという問題ではない。とうに始まっていて、もう終結しているといっても過言ではないのだ、《因子人》による侵略戦争は。奴らの勝利という結果によって。

 奴らによる管理が、すでに日本全土に行き届いていることになる。あやめだって、《因子人》が――あの怪物が作った学校に通っていることになる。


「な、何言って……だって、《先導会》は、《因子》を通した日本と世界の安定と平和を理念にして、いろいろ……その、ボランティアとかそういうことだってやってるって話、聞いたもの……」

「それは表向きの仕事なんだろう。何にだって裏はある。隠し事はある。入須川にだってそういうのあるんじゃないのか? 俺にはあるぜ。俺実はこう見えて結構オタクだ。モビルスーツで一番好きなのはマラサイだ」

「いや、急にンなこと言われても(私はゲイツR)……そうじゃなくて、それホントに言ってるのっ?」

「……いや、ここまで言っといてなんだが、確証はない。《因子人》について教えてくれた人も、そこは“かもしれない”とまでしか言ってなかった。だが、《因子人》が自分達の隠れ蓑としている組織はあるはずなんだ。それに、いくら《因子人》が人間と同じ姿をして、しかも自分の存在を消せると言ったって、社会に連中の情報がほとんどないんだ。《因子人》はともかく、証拠隠滅なんてできるような頭を持ってないはずの《因子獣(ビースト)》の情報だってほとんどないんだぜ? 何者かが隠蔽しているか、《因子人》同士が情報を交換し合い、上手く世間の目から逃れているか、のどちらかだろう。どっちにしろ、それほどのことが全国規模でできるコネクションとなれば、かなり大規模な組織になる。その上で《因子》に関係している組織となると、《先導会》が自ずと候補に浮かんできちまうのさ」

「もしかしたらの……話なんだよね?」

「ま、そうだな」

「……」


 今更ながら、自分が別世界に引きずり込まれたような気分だった。人間世界から一気に魔界、その先の四次元、五次元の宇宙にまで迷い込んだようだ。

 もしかして、自分はなんらかの原因で頭がおかしくなって、今見ているのは全て麻薬の幻覚(バッドトリップ)みたいなものではないのかと思った。

 その方がまだマシだ。人間は、両者の差が大きいなら別だが、同程度にいい条件と悪い条件を並べられると、悪い方を強く意識するものだ。この現実を幻覚と認められないということは……要するにそういうことなのだろう。


 御剣が徐に立ち上がり、あやめに背中を向けた。下の階に降りる階段へ向かおうとしているのだろう。

「話はこれで大体終わりだ。まだ聞きたいことがあるなら、明日にしよう……んでもって最後になるんだが、《因子人》の存在を知った俺は、ヤツらをブチ殺すために戦ってるわけさ。入須川や、夏目先輩。友野に常岡……」

 背中を向けたまま彼が振り向き、流し目にあやめを見る。

「俺の顔を、俺の名前を知っている人達を、無駄に死なせたくないからな。だから戦う。ロニーと一緒に」

 その言葉に続いて、どこからともなく彼の隣に現れたロニーがにこりと笑った。

「そういうこと! わたしだって、あなたたちを守るよっ」

「お? 空気読んでるじゃないロニー。いいねぇ決まった決まったぜ、フッフぅ~ん♪」


 そうして、倒れている夏目の下へ歩み寄って、その身体を片手で抱え上げ、肩に担いだ。

「さ、帰ろうぜ入須川。寮には門限もあるんだろ? もう大分遅くなってきたぜ~。先輩も、ここにほったらかしはマズイから、外には出してあげよう。どっかの公園のベンチにでも寝かしとく」

 その一言で、少しだけ現実の匂いがあやめの鼻腔に戻ってきた。

 もっとも、こんな気持ちでまともに常識の中に戻れるかどうかは分からない。が、戻らなければならない。

「そ……そうだね」

 彼の言葉に従い立ち上がる中で、あやめはなんとか心を引き締めようとした。

 これからどうなるのか、どうすればいいのか。分からないことだらけだ。

 ただ、やはり、今でもひとつ分かっていることはある。


 名前と顔だけを知っていた少年、御剣 誠一。

 彼は、確かに自分を助けてくれた。そして彼はこれまでもずっと戦って、同じように人々を助けてきたのだろう。勿論、これからもだ。

 今、彼の新しい一面……心に秘めた“狂気”と、“頼もしさ”を知った。

 彼が、この街の人達をきっと守ってくれるだろう。

 ……多分。


 それに、彼だけではない。

 《因子人》を殺す《因子人》――ロニーのようなものだっている。彼女同様、人間を好む《因子人》だって、他にもいるだろう。

 御剣のような、人々を守る《保有者》だって、まだ大勢いるかもしれない。

 《因子人》という、今世界を包んでいる光によってできた深い影――否、影を生み出すために存在する光を打ち消そうとする者達は。


 “反逆者(Rebellion)”は、いるのだ。




    ※




 都心の繁華街、その夜半に輝くネオンの光は、いっそ暴力的だ。

 とはいえ、立ち並ぶビルの合間の小さな路地へと駆け込んだ男は、その暴力的な光から逃れたというわけではない。


 何者かが彼を追っているのだ。


 彼には自分が追われる理由も、何者が自分を追っているのかも、見当はついていた。彼の身の周りには、ネオンの光でも照らすことのできないどす黒い影が、死の予兆と共に漂っている。

「……その内こういうことになるとは思ってたさ。覚悟を決める頃合いってわけだな……」

 そうつぶやいてから、男は背後を振り返った。


 そこには、路地の隙間から入り込むきらびやかな光を背に受ける、ひとりの少女がいた。ややクセのある長髪と、麗人のような凛々しい眼をした端正な顔立ちが印象的な、美しい少女だ。背はやや高いが、高校生ぐらいの幼さである。

 膝まで隠れるほどの黒い大きなコートを羽織っていたが、袖に腕は通しておらず、第二ボタンだけをとめていて、まるでポンチョのような着方をしていた。


 彼女の姿を見据えながら、男は続けて言う。

「お前……《先導会》の者だな?」


 その言葉に、少女は応えた。その声もまた、その顔によく似合う静かながら抑揚の聞いたよく通る声だ。

 だが、何かおかしな声だった。

「そこまで分かっているナラ、自分がこれからどうなるのかも分かっていることデしょう……我々のコトを影でコソコソと嗅ぎまわって……探偵気取りナノ? いくら《保有者》であろうと、《先導会》を出し抜けると思うとは、オロカナこと……」

 歌うような声音だったが、言っていることは過激だ。男は先の己の発言を実行し、覚悟を決めた。


 彼は、《保有者》でありながら《先導会》という組織の裏にある何かを探ろうとした。

 ある男に、《因子》にまつわる謎を教えられ、正義感に目覚めたからだ。あるいは、いつか自分の中で怪物が誕生するという事実に恐怖し、自暴自棄になったか。


 幸運にも彼は、類稀なる頭脳を《因子》によって得たため、《先導会》の実態の奥深くまで探ることができていた。

 しかし、それほどの頭脳は同時に、行動を起こしたその時から、いずれ自分が狙われることになるであろうとも予想していた。そして今、それは現実になった。


 だが、彼はそれでもなお、ストイックに、《因子》中心の社会を作り上げた一大組織の正体を探ろうとした。

 例え同じ《保有者》から狙われようと、生き残る自信もあったからだ。肉体を強化される上に、《因子》が形を成した強靭な武器を手に取ることができる、《特Aランク騎士型因子保有者ナイトタイプ・ファクトホルダー》でもある自分なら……


 男は、歯を食いしばり険しい表情を浮かべると同時に、その右手を眼前にかざした。

 次いで、その手のひらから一条の光が伸び、やがてその光は実体を帯びた一本の棒状の物体に変化した。

 その先端には巨大な銀色の穂先が見える。


 槍だ。



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