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Session.5 Factorian Part.1



「《因子人(ファクトリアン)》……」

 あやめは、おうむ返しのようにその名を繰り返した。


 《因子人》。今始めて聞いた名前ではない。確か、先ほども一度か二度、御剣(ロニー?)が口にするのを聞いていた。

「なんなの、それ?」

 というあやめの問いに、御剣が応える。

 すでに、彼がバラバラにした合計四体の怪物の死体は、完全に消滅しつつあった。床中に広がっていた血の海も、ポンプで吸い上げて丁寧にワックスがけしたように、見る影もなくなっていた。


「入須川もよく知ってる《因子(ファクト)》の正体。それがヤツらなんだよ」

「……どういうこと?」

 何を言ってるのかよく分からないが、何か危険なことを言っているということを、曖昧に感じ取ることができた。

 続けて、順を追い説明する御剣。


「《因子》っていうのはもともと、眼に見えない“場”のようなものだ。それが、依代となる人間を見つけ、その身体になんらかの作用をもたらす。それは分かるな?」

「そりゃ、分かるよそれぐらい。小学生になれば教科書にも載ってる」

「うむ、偉いぞ、いいこいいこしてやる」

「そういうのはいいからちゃんと説明してよ!」

「う、うむ……え~、それでだな。肝心なのはここからだ。人間に宿る以前の《因子》というのは、肉体も持たない――そもそも存在だって曖昧な、“偶然”そのものみたいなモンなんだ。それが一度人間と関わりを持つと、徐々に《因子》としての存在を確立していくことになる。つまり……」

「自分で自分が《因子》だってことが分かる、ってこと?」

「そうだ。そこでようやく、俺達の知っている《因子》として成立する」

「そ……それで」

「ん。次に《因子》は、依り代となった人間から知識と文化を吸収し、自分の存在の“形”と、“意識”、そして“意思”を手に入れる。学習するわけだ。人間から学習するから、姿も意識の性質も、人間に似通ってくる。そうして、長い間人間の中で隠れた《因子》は、やがて実体すらも自由に持つことができるようになる。自分を曖昧な幽霊みたいな存在にもできれば、人間とまったく同じ姿でひょっこり出てくることだって可能なんだ。服まで用意してな。なんでも量子力学的にうんたらなんたらって原理があるそうだが、俺にはよう分からんがね……まぁなんにせよ、それがつまり……」

「夏目先輩の身体から出てきた、あの《因子人》っていうこと……?」


「そう、その通り!」

 突然、御剣とは別の声が聞こえてきた。聞いたことのある気がする声だ。

 その声の主が、御剣の背後からにゅっ、と姿を現した。

 燃え立つような髪と可愛らしい顔立ちの、あのロニー・ロングだ。

「うわっ!」

 と驚くあやめに、にこやかに言う。

「わたしも《因子人》のひとりだよ。でも怖がらないでね。今からセーイチが説明する《因子人》と、わたしは別物だと思ってくれていいよ~」

「は……はぁ」

「それと補足。それぐらいのレベルになった《因子》は、この世の“認識”すらも作り替えて、新しい“法則”を生み出すことができる。人ひとりの姿形だって変えられれば、物理法則を無視することだってできる。《騎士型(ナイトタイプ)》の身体能力の高さの秘訣はそこにもあるんだ。まぁ、もっとも、できることは限られてるけどね」

「……さっき御剣くんの身体が変わったのは、あなたがそうしたってことなの?」

「そうそう、飲み込みが早い!」


 にこにこ笑っているロニーの横で、御剣。

「じゃあ続きいくぞ……そしてだな、肉体を得た《因子人》は、依代となる人間に作用した《因子》の力を、自分自身の肉体にも及ぼすことができる。人間に作用するよりも、何倍も強力にな。巷で《Bランク》と呼ばれている能力を、《Aランク》にまで引き上げるぐらいには。そうなると、もう依代となる人間だって必要ない。自分でなんでも自由にできるようになったんだから、お役御免! それこそが、《因子人》の目的であり、《保有者(ホルダー)》が誕生するメカニズムなのさ」


 あやめにも、段々と理解できてきた。自分が何者に襲われたのか。

 しかし、蜃気楼のようにぼやけていたものがそのディテールをはっきりとしてきたからこそ。

 幻のオアシスが現実になって水を飲むことができると、それが逆に恐怖になった、幻が胃の底に落ち込んで細胞に取り込まれたようで。

 ある恐ろしい仮説が頭の中で生まれてくる。

 御剣の説明は続く。

「この世界で好き勝手できる肉体を手に入れて、《因子》の能力すら完璧に発揮できるんだ。そうなった《因子人》は、何を考える?」


 そう、その質問への答えこそが、あやめの考えていた恐ろしい仮説そのものだった。

 その仮説を、彼女自らの口で語る。

「人間を見下すようになる。そうして、《保有者》が非保有者(アン・ホルダー)をいじめるみたいに、《因子人》が人間をいじめるようになる……自分の存在を自由に消すことができるっていうんなら、法律も関係ない。もっと暴力的に……いじめるなんてレベルじゃないわ」


 重苦しい沈黙が、場を支配した。

 御剣がその沈黙を、ゆっくりとドアをこじ開けるように破る。

「《因子》が発見されてから、重犯罪の数自体は大きく減少した。警察に《保有者》の力が及ぶようになり、その上で《保有者》による犯罪自体は厳罰化されたからだ。非保有者なら言わずもがな、いくら自分が《保有者》でも、同じ《保有者》が組織立って追ってきたんでは、逃げ切れないと分かってるんだろうな。その上、人を殺せば高確率で死刑となると、とても殺人やら強盗なんてやってられない……しかしだな、“数”が減る中で、“質”ってものが悪化してきた」

「……」

 あやめは、生唾を飲み下した。どこかで聞いた話がある。多分御剣は、これからその話をするのだ。


「捜査が難航し、迷宮入りする凶悪事件が増えてきた。被害者はいずれも惨殺、犯人を探し出すだけの手がかりはほとんどなし、発見した時からすでに八方塞がりって事件がな。それに、全国の行方不明者の数は、犯罪の減少に比べてあまり減っていない。行方不明っていうのには、誘拐だかなんだかも含まれてるから、犯罪の減少と一緒に少しぐらいは減るもんじゃないか? だけど減らない。ずっと横ばい、下手すりゃ増えてる時もある……それはなんでか分かるか?」

「……《因子人》が、人を襲ってるから?」


 御剣は小さく頷いた。

「そうだ。《因子》の発見からもう七年が経った。“ヤツら”はその数を増やしている。夜中、“ご主人様”が寝ている隙にこっそり実体化して、暇つぶしに人を殺してる奴もいれば、完全に実体化したまま社会の裏に隠れ住んでるヤツだっている。後者みたいな場合、元の“ご主人様”はどうしたんだろうなぁ?」

 血の気が引くのが分かった。

 あの一人が特別ではないのだ。《因子人》は、人々の中に隠れているという。

 当たり前の生活の中には常にヤツらの影があって、当たり前から偶然爪弾きにされたものが、ヤツらの餌食になっているというのだ。もしかしたら、今この瞬間にだって……

 あやめ自身の中にあった常識的なものが、溶けるように崩れていく気がした。

 何が“当たり前”だ。これでは“異常”が皮を被って変装しているだけではないか。


 そんな中で、彼女はあることに気づく。

「ま、待って。行方不明者が減らないのは《因子人》のせいっていうけど、惨殺されて見つかるのと、発見すらされないっていうことの違いはなんなの?」

「……喰ってるんだ。パクゥ~、ってなぁ」

「食べてるって……っ」

 瞬間、あやめの脳裏には、あの《因子人》の男が呼び出した、四体の怪物が思い浮かんだ。

 御剣が説明した、人間から知識と文化を吸収したという《因子人》に対して、知性の欠片も感じなければ、人間と姿も似つかないあの怪物。


「まさか……あの化け物?」

「そう。ヤツらは《因子獣(ビースト)》。《因子人》とは、元は同じだが別の存在さ。《因子》は基本的には人間の身に宿らなければ実体化することはできないんだが、偶然、誰の身にも宿ってない“素の状態”の《因子》が実体化することがある。それが《因子獣》だ。意識も肉体の形すらも持たない無秩序なドーブツだよ。無理やり実体を手に入れたようなモンだから、数時間すればそれも保っていられなくなって、自然消滅する。だけど、その数時間の間に偶然ヤツらと出くわした人間は、十中八九襲われて喰われることになる。やがて、《因子獣》の血となり肉となり、一緒に消滅する。そんなことが起こる確率はほとんどないけどね」

「……っ!」

 息を呑むあやめ。

「そして、《因子人》は、自分達が実体化する力を応用して、この《因子獣》共も自在に呼ぶことができる。さっきみたいにな……自分達の同種が存在するということは、人間に宿って知識を吸収する前から本能的に知っている。DNAにでも情報が刻まれてんのかねぇ。DNAがあったらの話だけど……で、賢い《因子人》は人を殺した後、《因子獣》を使って証拠隠滅をしてるのさ。《因子人》が実体化させた後でも、ヤツらは同じように時間が経てば消滅するからな……もっとも、それは《因子人》も同じさ。殺しちまえば、ヤツらの死体もやがて存在を失い消滅する。もともと《因子》は“有”より“無”に近い。元あるべき形に戻るってことだろう」

 だから、ヤツらの死体が消滅したということか。

 あの《因子人》が怪物の姿に変身したのも、元々の姿に近づいたというだけのことか。


 事実が次々と明らかになってくる。それにつれ、あやめは巨大な恐怖心に苛まれた。

 自分が今しがたそういう者達に襲われ、危うく化け物の餌になるところだったということに対する恐怖もある。そしてそれ以上に、まだこんな連中がいくらでもいるのだという現実に対する恐怖もあった。


 何故だか分からないが、ふとロニーのことが思い浮かんだので、彼女に聞く。

「え~っと。ロニー……さん?」

「ん。さん付けとはいい心がけねぇ~、んふっふふふ」

「(さん付けしなくていいとは言わないんだ……)その……ロニーさんは、人間のこと見下してないんだよね?」

「そりゃあね。セーイチの事は好きだし、あなたのことだって嫌いじゃないわ。人類みな友人! アガペーの心ね。まぁ、嫌いな人もいないわけじゃないけどぉ……」

「《因子人》にも良い人はいる……ってことなのね」

「そう。人間と同じだよ。人間と関わりになった以上、この辺も似たんだね。でも哀しいけど、わたしみたいなのは特別だよ。大体の《因子人》は、人間をいじめることしか考えてない。おぉ~イヤンなるっ!」

 それに、御剣が続く。

「むしろ、連中は《因子人》による人間の支配を考えている、かもしれない」



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