『遅いよ』
――十年という時間は、学生という夢追い人の目を覚まし、大人にするには十分であり、一人の少女を忘れるには、どうやら少し足りないらしい。
母校が取り壊されると知ったのは、ポストに届いた一枚の葉書がきっかけだった。
校舎の老朽化と、近隣校との統合。いかにも役所が考えたらしい堅苦しい言葉で、今月末をもって校舎を閉鎖すると書かれていた。
最後の週末には、卒業生を対象とした一般開放が行われるらしい。
葉書を読んだ僕は、随分と長い間葉書を手にしたまま、店の古い柱時計が時を刻む音を聞いていた。
行く理由なんて、なかった。
学生時代の思い出に浸るような歳でもないし、今でも連絡を取り合っている同級生がいるわけでもない。
それに、すっかり寂れたこの町に、ずっと残り続けている変わり者も僕くらいだろうし、わざわざ母校の最後を見届ける為だけに里帰りする物好きなOB・OGは、そういないだろう。
例え、母校の校舎がなくなったところで、僕の生活は何も変わらない。
毎日毎日、この喫茶店で珈琲と向き合うだけだ。
* * *
それでも葉書を捨てられず、結局のところ僕は、十年ぶりに学校へ続く坂道を上っている。
やがて見えてきた懐かしい校舎は、記憶にある校舎よりもずっと小さかった。
毎朝うんざりしながら上った坂も。
昼休みになるたび騒がしくなった昇降口も。
放課後、誰にも見つからないように二人で話した渡り廊下も。
すべてが、こんなにも狭い場所に収まっていたのかと、少しだけ可笑しくなる。
受付を済ませ、スリッパの音を響かせながら薄暗い廊下を歩く。
散々行かないと呟いていたのに、日が傾き、一般開放の終了時刻ギリギリになって、気が変わった。
閉まりかけていた所に滑り込んだせいか、校内に人影はほとんどなかった。
開け放たれた廊下の窓から冷たい風が入り込み、校舎に漂う寂しげな空気を、さらに際立たせていた。
まずは自分のクラスだった『1-2』の教室に入ると、埃と古い木材と、僅かに残ったチョークの匂いが鼻腔をくすぐった。
教室独特の香りを胸いっぱいに吸い込むと、十年も経ったはずなのに、何もかもが昨日のことのように思い出せた。
『また遅刻?』
『遅刻じゃない』
『私を十分待たせた時点で、遅刻です』
『いや、約束時間ピッタリだろ』
『こういうのは、十分早く来るものです!』
あの頃の僕は、彼女が隣にいる事に慣れすぎていた。
彼女は――楓はいつも、僕が時間ピッタリに来ると呆れたように笑った。
怒っているふりをして、ポコポコと僕の腕を叩く。
それでも、お互いに約束をすっぽかす事は今までなかった。
――だから僕は、何も言わなくても、楓はずっと隣にいてくれるものだと思っていた。
* * *
彼女が町を離れると聞いたのは、出発の前日だった。
何故教えてくれなかったのか。
どうして今なのか。
そんな詳しい事情を尋ねることもできず、僕は最後まで平気な顔をしていた。
遠くへ行っても連絡くらい取れる。
いつかまた会える。
今生の別れじゃあるまいし、何も大袈裟にする必要はない。
そんな言い訳をいくつも並べて、本当に伝えたかった言葉を、喉の奥へ押し込んだ。
楓が好きだった。
行かないでほしかった。
離れても、僕を忘れないでほしかった。
でも、彼女と最後に顔を合わせた時、実際に僕が口にしたのは。
『向こうでも、元気でな』
たった、それだけ。
つまらない、何の変哲もない月並みな言葉。
僕の言葉に、楓は少しだけ俯いて……それからいつものように笑った。
『うん。悠真もね』
彼女がいなくなってからも、しばらくは連絡を取っていた。
新しい学校の話をする彼女に、僕はどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。
向こうで友達ができたと聞けば、安心したふりをした。
忙しいと言われれば、邪魔をしない方がいいと思った。
少しずつメッセージの間隔が空き、やがて誕生日にすら、何も送れなくなった。
……本当は、何度も文章を打っていた。
『誕生日おめでとう』
『元気にしてる?』
『今度、こっちに帰ってくる予定ってある?』
どれも送信するには今さらすぎて、結局彼女の誕生日から日付が変わる前に消してしまった。
彼女はもう、僕の知らない場所で生きている。
新しい友人がいて、新しい思い出があって。
……もしかしたら、隣には大切な誰かがいるのかもしれない。
それでいい。
彼女が幸せなら、それで。
何度も自分にそう言い聞かせ、忘れようとした。
でも、SNSの彼女のアイコンの写真が変わる度に、じっと彼女の笑顔を見てしまっていた。
* * *
『2-3』
かつて僕たちが過ごした教室の前で、足を止める。
ここへ来たところで、楓に会えるはずがない。
そもそも、彼女のもとにも閉校を知らせる葉書が届いたのかどうかすら分からない。
僕はただ、確かめに来ただけだ。
校舎がなくなることを。
僕達が過ごした場所が、今度こそ本当に消えてしまうことを。
そしてきっと――彼女がここには来ないということを。
そうすればいい加減、僕の時間も動き始めると思った。
教室の扉へ手を掛ける。
古びた戸が、乾いた音を立てて横へ滑った。
誰もいない教室。
夕日が差し込む窓際に、二つだけ少し近い間隔で並ぶ机。
あの頃と変わらない景色の中、黒板にだけ、まだ新しい文字が残されていた。
少し右上がりで。
最後の一画だけが妙に長い癖のある字。
十年経っても、見間違えるはずのない文字。
『遅いよ』
止まっていたはずの僕の時間が、音を立てて動き始めた。
———————————————————————————————————
――十年という時間は、夢ばかり見ていた少女に現実を教え、大人にするには十分であり、一人の少年を忘れるには、やっぱり少し足りないらしい。
母校が取り壊されると知ったのは、母から送られてきた一枚の写真がきっかけだった。
実家のテーブルに置かれた、一枚の葉書。
校舎の老朽化と、近隣校との統合。お役所仕事の堅苦しい言葉で、今月末をもって校舎を閉鎖すると書かれていた。
最後の週末には、卒業生を対象とした一般開放が行われるらしい。
『楓は行く?』
続けて届いた母からのメッセージに、私はすぐには返事ができなかった。
行きたい。
……でも、行きたくない。
懐かしい校舎を、もう一度この目で見ておきたい。
……でも、あの場所へ戻れば、きっと思い出してしまう。
忘れたふりをしていた十年間が、本当は何一つ過去になっていなかった事を。
しばらく迷った末、母へ返したのは、たった一言だった。
『仕事があるから、たぶん無理』
そんな返信を打った翌日。
私は故郷へ向かう電車の指定席を予約していた。
* * *
十年ぶりに降りた駅は、記憶にある姿よりも随分と綺麗になっていた。
改札は自動になり、駅前には知らない店が増えている。
高校時代、悠真とよく立ち寄ったパン屋はなくなっていて、代わりに新しいコンビニが建っていた。
変わってしまった町並みを眺めながら歩く。
それでも、学校へ続く長い坂道だけは、昔と何も変わらなかった。
『遅いよ』
『約束の時間ピッタリだろ』
『普通、こういうのは十分前に来るものです』
『楓が早すぎるだけだ』
『待たせた人が言う台詞じゃありません!』
あの頃の悠真は、いつも時間ピッタリに現れた。
遅刻はしていない。
だから自分は悪くないのだと、少しも申し訳なさそうにせずに言い張った。
私は怒ったふりをして、彼の腕をポコポコと叩いた。
でも、本当は知っていた。
何だかんだ言いながら、悠真は必ず来てくれる。
私との約束を、すっぽかしたことは一度もなかった。
だから私は、あの日も。
最後には……きっと彼が引き止めてくれると、思っていた。
* * *
私まで町を離れることになったのは、突然のことだった。
母は身体が弱く、設備の整った大きな病院への通院の為に、都会に暮らす祖父母の元へ移ることになっていた。
私は、高校を卒業するまでは一人暮らしでも構わないから、この町に残りたいと頼み、当初は私だけが残る予定だった。
しかし――母が倒れた。
幸い、命に関わるような事態ではなかったものの、一人で生活できる状態でもなく、年老いた祖父母に任せる訳にもいかず、私も一緒についていくしかなかった。
母の入院。
転校の手続き。
荷造り。
目の前のことに追われているうちに、時間だけが慌ただしく過ぎていった。
悠真へ話さなければならない。
そう思いながらも、なかなか言い出すことができなかった。
心配をかけたくなかった。
同情されたくなかった。
それ以上に――好きな人の前で、泣きたくなかった。
だから結局、悠真に町を離れることを伝えられたのは、出発の前日になってからだった。
最後に顔を合わせた時、私は何度も、彼へ気持ちを伝えようとした。
好き。
離れたくない。
行かないでと言ってほしい。
私がいなくなっても、忘れないでほしい。
でも、悠真はいつもと変わらない顔で言った。
『向こうでも、元気でな』
その言葉を聞いた瞬間。
胸の中に溜めていた言葉が、全部消えてしまった。
ああ。
この人にとって私は、引き止めるほどの存在ではなかったんだ。
そう思った。
……そう思うことにした。
『うん。悠真もね』
ちゃんと笑えていたかは、今でも分からない。
町を離れてからも、しばらくは連絡を取っていた。
新しい学校。
慣れない街。
少しずつ回復していく母の体調。
本当は、寂しくて仕方がなかった。
知らない制服を着るたびに。
知らない教室で一人になるたびに。
今すぐ故郷へ帰って、悠真に会いたいと思っていた。
それでも、彼に送ったのは、本音を隠した、取り留めもない楽しい話ばかりだった。
『友達ができたよ』
『学校の近くに、美味しいクレープ屋さんがあるんだ』
『こっちは桜が咲くの、少し早いみたい』
悠真から返ってくるのは、昔と変わらない、短くて素っ気ない言葉だった。
『よかったな』
『食べすぎるなよ』
『こっちはまだ咲いてない』
それだけでも、最初は嬉しかった。
メッセージが届くたびに、何度も読み返した。
でも、離れてしまった私には、その短い言葉の奥にある気持ちが分からなかった。
仕方なく返事をしているだけかもしれない。
私とのやり取りを、面倒に思っているのかもしれない。
もう、私の知らない誰かを好きになったのかもしれない。
返信を待つ時間が怖くなり、少しずつ連絡を減らした。
やがて、彼の誕生日にすら、何も送れなくなった。
……本当は、毎年文章を打っていた。
『誕生日おめでとう』
『今も実家の喫茶店で働いているの?』
『今度、そっちへ帰ってもいい?』
最後の一文まで打っておきながら、結局……日付が変わる前に、全部消した。
悠真が故郷に残っていることは知っていた。
彼の家の喫茶店が、今も営業を続けていることも。
店の公式アカウントに、時折、彼の姿が映り込むことも。
カウンターの中で珈琲を淹れている横顔。
常連客から贈られたという、少し不格好な誕生日ケーキを手にした写真。
新しい豆が入荷したと紹介する、相変わらず愛想のない文章。
会おうと思えば、会えた。
場所は、ずっと知っていた。
店の扉を開けて、久しぶりと一言声をかければいいだけだった。
それなのに私は、何度故郷へ帰ろうと思っても、あの店を訪ねる勇気が持てなかった。
もし彼が、私との再会を望んでいなかったら。
もし彼の隣に、もう大切な人がいたら。
もし「今さら何をしに来た」と言われてしまったら。
そう考えるたびに怖くなり、逃げるように帰るのをやめていた。
悠真はもう、この町で自分の人生を生きている。
新しい出会いがあって、新しい思い出があって。
……もしかしたら、隣には大切な誰かがいるのかもしれない。
それでいい。
悠真が幸せなら、その方がいい。
何度も自分にそう言い聞かせ、忘れようとした。
でも、喫茶店のアカウントに新しい写真が投稿されるたび、彼の姿が映っていないか探してしまっていた。
* * *
『2-3』
かつて私たちが過ごした教室の前で、足を止める。
一般開放が始まり、午後の温かい日差しが差す校内にはまだ多くの卒業生がいた。
卒業生らしい人たちが、昔の写真と今の景色を見比べて笑っている。
家族を連れて教室を見て回る人もいた。
けれど、知っている顔は一つもなかった。
時間が経つにつれて人影は減っていき、いつの間にか、教室には私一人だけが残されていた。
窓際に並ぶ、少しずれた二つの机。
悠真の席と、私の席。
放課後になると、私は自分の椅子を少しだけ彼の机へ寄せた。
くだらない話をして。
進路の話をして。
いつか二人で海を見に行こうと、叶わなかった約束をした。
窓から差し込む夕日も。
黒板の隅に残った日直の文字も。
机の傷も。
十年前と、何も変わっていないように見えた。
変わってしまったのは、私たちだけだった。
黒板の前に立ち、置かれていた白いチョークを手に取る。
悠真がここへ来る保証なんて、どこにもない。
閉校の葉書が届いていたとしても、彼がわざわざ足を運ぶとは思えなかった。
思い出に浸るような人ではないし、昔のことなんて、もう忘れているかもしれない。
来なかったとしても、それでいい。
今日、この場所で十年前の私に別れを告げる。
そのために……私は帰ってきたのだから。
コツ……と音を立てて黒板へと文字を書いていく。
私の手が黒板に書いたのは、別れの言葉ではなかった。
『遅いよ』
昔、待ち合わせのたびに口にしていた、たった四文字。
もし悠真が来たなら、きっと私の字だと気づく。
もし来なければ、誰にも意味の分からない落書きとして消されるだけ。
我ながら、ずるいやり方だと思う。
会いたいと伝える勇気もないくせに。
自分から店を訪ねることもできなかったくせに。
それでも心のどこかで、彼が見つけてくれることを願っていた。
日が傾いても。
一般開放の終了を知らせる放送が流れても。
最後まで悠真は現れなかった。
「……やっぱり、来ないよね」
誰もいない教室で、小さく呟く。
当然だ。
悠真は何も悪くない。
勝手に期待して。
勝手に十年間待ち続けて。
今日もまた、何も伝えないまま帰ろうとしているのは、私の方だ。
鞄を持ち上げ、教室を出る。
黒板の文字は消さなかった。
消してしまえば、本当に何も残らなくなる気がしたから。
廊下を歩き、突き当たりの階段へ向かう。
あと少しで校舎を出る。
この階段を下り、昇降口から外へ出て行けば、私はまた元の生活へ戻っていく。
もう、悠真のいる喫茶店を検索しない。
新しい写真が投稿されても、彼の姿を探さない。
今度こそ、全部思い出にする。
そう決めた、その時——背後から、古い扉が横へ滑る乾いた音が聞こえた。
思わず足が止まり、ゆっくりと振り返る。
数段下りていた階段を引き返し、廊下へ戻ると、『2-3』の教室の扉が開いていた。
うるさく脈打つ胸を押さえながら、ゆっくりと廊下を歩き、再び『2-3』の教室内を覗き込む。
そこには――夕日に照らされた、懐かしい背中。
昔よりも少し広くなった肩。
僅かに癖のある髪。
黒板を見つめたまま、動かないその立ち姿。
十年経っても、見間違えるはずがなかった。
今すぐ名前を呼びたかった。
駆け寄りたかった。
会いたかったと。
ずっと忘れられなかったと。
今度こそ、ちゃんと伝えたかった。
けれど、声が出ない。
十年前と同じだった。
大切な言葉ほど、喉の奥で震えるだけで、形になってくれない。
その時、悠真の肩が僅かに動いた。
こちらを振り返ろうとしている。
逃げてしまおうかと思った。
今なら、まだ間に合う。
何も言わずに立ち去れば、黒板の文字だけを残して、綺麗な思い出のまま終われる。
――十年前の私たちは、二人とも何も言わなかった。
伝えなかった言葉を、相手が察してくれると信じていた。
だから、十年も離れてしまった。
もう、同じ後悔はしたくない。
震える手を強く握り締める。
大きく息を吸い込み、教室の中へ、一歩を踏み出した。
今度こそ。
私の方から、彼の名前を呼ぶために。
———————————————————————————————————
「……悠真」
「……楓?」
「うん、そうだよ」
「まさか……本当に? 本当に楓?」
「うん、帰ってきたんだ。久し振り」
「……久し振り。会えるとは……思ってなかったからさ」
「ふふ、私も」
「黒板の字、見た瞬間分かったよ。楓の字だって」
「……ちゃんと分かってくれたんだ?」
「当たり前だろ? 楓の事、忘れた事なんて一度も……」
「っ……そう、なんだ。嬉しいな。私も悠真の事……ずっと覚えてたよ」
「……楓が、いつか帰ってくるんじゃないかって。柄にもなく、そんなこと考えてた」
「……ずるいよ、それ」
「ずるいって、何が」
「待つだけじゃなくて、来てくれても……良かったじゃん」
「いや、それは……店もあったし。親父も、もう歳だから任せっぱなしにできなくて」
「口実、多いね」
「口実って……」
「来ようと思えば、行ける距離じゃない。同じ日本なんだから」
「……それは、そうだけど」
「休みだって、取れるんでしょ?」
「……ごめん」
「……ううん、こっちこそごめん。帰って来なかったのは、私も一緒だし……」
「……怖かったんだよ」
「え?」
「楓に、新しい生活があって。友達がいて。……もし、大事な人でも出来てたら」
「……」
「そしたら僕、ただの邪魔者じゃん。昔馴染みが急に押しかけてきて、迷惑なだけだろ」
「……馬鹿」
「分かってる、馬鹿だって」
「違う。そうやって、勝手に決めつけるところが馬鹿だって言ってるの」
「……」
「私が、悠真以外の誰かを好きになるとでも思ってたの?」
「そんなの、分かんないだろ。十年だぞ」
「分かるよ。分かってなかったのは、悠真の方でしょ?」
「……」
「勝手に諦めて、勝手に身を引いて。それって私のためじゃなくて、自分が傷つきたくなかっただけじゃないの」
「……でもさ、楓も同じだよ」
「私も?」
「楓が町を出た日、どうして何も教えてくれなかったんだ」
「話したら……泣いちゃいそうだったの。悠真の前で、泣きたくなかった」
「なんで。泣いたって、良かったのに」
「好きな人の前でくらい、ちゃんと笑っていたかったから」
「……今、それ言うんだ」
「今だから、言えるんだよ」
「……悪かったよ」
「うん」
「……」
「……ねえ、悠真」
「……何?」
「私、さっきから好きって何回も言ってるんだけど」
「……知ってる」
「悠真は?」
「……」
「言ってくれないの?」
「……好きだよ」
「え?」
「十年前も、今も。……ずっと、好きだった」
「……もう一回」
「調子乗るなよ」
「一回くらいいいでしょ」
「……好きだ」
「……えへへ」
「なんだよ、その顔」
「だって……嬉しいから」
「……そっか。……はぁあ~……何でこんな簡単な事を僕は……」
「……ねえ、悠真」
「……何?」
「お腹、すいた」
「……はぁ!? 楓おまえ……さっきまでの空気、返せよ」
「あはは……。こんな空気の後に言うことじゃないのは分かってるけど……ホッとしたら、つい」
「はぁ……。楓、ほんと変わんないな」
「私は私だからね! 変わらないよ、ずっと」
「……ある意味安心したよ。じゃあ……今から店来る?」
「いいの?」
「どうせ客も来ないし。なんでもご馳走するよ」
「……あのパフェ、まだある?」
「苺の? あるよ」
「……食べたい!」
「よし、任せとけ! ……じゃあ、戻ろうか」
「……悠真!」
「うん?」
「手……繋いでいい?」
「っ……。ほら!」
「ふふ……」
———————————————————————————————————
君と出会ったあの日から、僕の時間は君へ向かって流れていた。
あなたと離れていた時間も、私の心はずっとあなたの隣にあった。
言えなかった言葉も。
届かなかった想いも。
遠回りした季節も。
流した涙さえも。
全部、今日へ辿り着くためにあったのだと思う。
だから私は、もう過ぎた日々を悲しまない。
これから先の時間を。
あなたと二人で歩いていけるから。
――これからも、ずっと一緒に。




