表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

第24話 十五時三十九分

ループ24回目。今日の目的:神崎が真壁へ届ける“携行用の文字”の正体と経路を特定する。新変数:庶務の午後便は15:30台に一度だけまとめて動き、高瀬はその流れに紛れる。


7:02

アラームの音で目を開けた瞬間、胸の奥に黒いケースと灰色のファイルが並んでいた。

B-6。C-2。

前のループで、私はそれを見つけて、神崎がどうやって真壁を殴っているのかをやっと知った。

真壁の古い放送音声。

中央柱の混乱写真。

必要なところだけを切り抜いて、十四時の着信の前に見せる。


でも、それだけじゃ終わらなかった。

B-6もC-2も押さえたあとで、神崎は“もっと小さいもの”へ移ったはずだ。

紙よりも薄く、箱よりも軽く、真壁の胸ポケットに滑り込む何か。

そうでなければ、あの人はまだ毎日、胸を押さえるように指先を動かさない。


今日は、その“何か”を見つける。

奪わない。

見つける。

形と、時間と、置かれる位置を確定する。

位置が分かれば、次で切れる。


7:30

警備詰所の前で、飯田さんが鍵束を鳴らしていた。今日も初対面の目。

だから入口の言葉は、もう迷わない。


「迷子は、守りたいです。あの時の後悔ごと」

飯田さんの指が止まる。

そのまま私は、本題を置いた。


「B-6とC-2を切ったあとも、真壁さんは胸ポケットを触ってました。別の紙が届いてるはずです」

飯田さんが眉を寄せる。

「紙なら、庶務便だな」

「庶務便?」

「午後の社内便は、一回だけまとめて回る。だいたい15:30台。

 急ぎの紙は、白封筒で庶務棚から出る。祭りの日はそこがごちゃつくから、変な便が紛れやすい」

白封筒。

胸の奥が硬く鳴った。

紙は、いつだって地味な顔で来る。


「庶務の人に聞きます」

「聞け。

 それと、社内便は机の“右上”に置く癖のある奴が多い。庶務上がりは特にな」

右上。

ただの癖かもしれない。

でも、こういう小さい癖が後で効く。


8:00

危機管理課に電話を入れる。

短い声が返る。


「篠原」

「午後の庶務便です。15:30台にまとまって出る紙の流れを見たいです」

向こうが一拍黙った。

「……箱と同じね。次は紙の供給線」

「はい」

「八時五分はいつも通り押さえる。そのあと庶務棚を見に行く。今日は切るんじゃなく、流れを覚える」

「お願いします」


8:05

掲示板前。

紙の貼り替え。高瀬の顎の傷。藤崎の手袋。

いつもの始まりが、今日も同じ順番で来る。


高瀬が掲示板脇の細い扉へ向かった瞬間、飯田さんが塞ぐ。

「そこは通さない」

「点検です」

「点検なら、なおさら通さない。今日は人が多い」


篠原が来て、狭い通路を開ける。赤いレバー。『設備点検モード』。

「今日は封鎖。触らせない」

高瀬のスマホが二音鳴る。

藤崎の肩がわずかに揺れる。

計画変更の合図。

私はその揺れを視界の端に押し込みながら、今日の本番は午後だと自分に言い聞かせた。

紙は、まだ来ない。

でも必ず来る。


9:20

庶務棚の前で、佐々木さんが台帳を抱えていた。

前に名前を借りて誤魔化した、あの人だ。

今日は誤魔化さない。


「佐々木さん」

彼女が顔を上げる。

「また安全確認?」

「はい。午後の庶務便について聞きたいんです」

私が言うと、篠原が一歩前に出た。

「祭当日の流れ確認です。15時台の社内便、誰がどの机へ回してますか」

佐々木さんは少し考えてから答えた。

「本来は私か、手が空いてる庶務が回します。でも祭りの日は雑用便と一緒くたになりがちです」

「雑用便?」

「各部署の“ついでに回して”ってやつです。

 保全部、工事、備品、なんでも白封筒に入れて持ってくる。急ぎって書いてあると、忙しい時はそのまま通しちゃう」

胸の奥がひやりとした。

神崎のやり方だ。

“急ぎ”の顔をして、正規の流れの横から滑り込む。


「今日もありますか」

「たぶん。15:30過ぎにまとめて来ると思います」

佐々木さんは台帳を見下ろした。

「……変だと思ってたんです。保全部の至急って、受領番号ついてないのに机まで行くことがあって」

やっぱり。

誰かは気づいている。

ただ、忙しさがその違和感を飲み込んでいただけだ。


11:10

換気室。

巡回員のスマホが二音鳴る。

手がスイッチへ伸びる前に、篠原が遮る。

「封鎖。触るな」

巡回員は電話口で小さく言った。

「神崎さん、無理っす。危機管理が……」

換気は止まらない。

甘い匂いも薄いまま。

駅の普通は守れている。

それでも、紙はまだどこかで折られている気がした。


12:30

軽事故の交差点。

今日も群衆が膨らみ、スマホが向けられ、苛立った男が「救急車呼ぶほどじゃない」と吐き捨てる。

私は処置の補助をしながら、高瀬を探した。

いた。

輪の外。スマホ。二音。

そのあと高瀬は、駅務区画でも第二倉庫でもなく、庶務棚のある廊下をちらりと見た。

やっぱりそこだ。

午後便の流れに入ってくる。


13:40

庶務棚の前は、紙とインクとコーヒーの匂いが混ざっていた。

白封筒の束。青い角印。受領番号票。

佐々木さんが机に向かって台帳を書いている。

私は少し離れたところで避難導線図を見ているふりをした。

篠原は人員表の確認をするふり。

何も起きていない顔で、起きるのを待つ。


15:31

白封筒が三通、庶務棚に届いた。

差出部署はばらばら。

本物の庶務便。

佐々木さんが受領番号票を貼り、青い受領印を押す。

その一連の手つきが、妙に綺麗だった。

“正しい流れ”には、形がある。

神崎はいつも、その形に似せる。


15:39

高瀬が来た。

今日は雑用係みたいな地味な上着。手には白封筒が二通。

顔はいつも通り穏やかで、急いでいるようにも見えない。

それが怖い。

急ぎの紙ほど、急いで見えない顔で運ばれる。


「それ、受領番号は?」

佐々木さんが顔も上げずに言う。

高瀬は笑った。

「保全部です。至急で、真壁さんへ」

「だから受領番号を」

淡々とした声。

責めるわけでもなく、ただ仕事を言っているだけ。

でも高瀬は、その場では押し切らなかった。

笑顔を保ったまま、「あとで回します」とだけ言って、廊下の奥へ引いた。

引いた、ように見えた。


ヒヤリ。

いま消えたふりをして、別の角度から駅務区画へ入る。

そういう動き方を、私はもう何度も見てきた。


リカバー。

私は壁沿いに位置をずらし、駅務区画の入口が見える掲示板の前へ移った。

正面を見すぎない。

でも見失わない。

その距離を作る。


15:39と数秒。

高瀬が来た。

今度は駅務区画の内側から。

庶務棚を通らず、廊下を回って別の入口から入ってくる。

手にはまだ白封筒が二通。

やっぱりだ。

“庶務の顔”を借りるんじゃなく、“庶務の裏”を使う。


私は息を止めた。

高瀬は机の並びに沿って歩く。

一通目を手前の机。

二通目を真壁の机。

封筒の角を、右上にぴたりと揃える。

それから奥の机へ向かう。

封筒はもうない。

でも、奥で何か一言だけ言う。

戻る。

出る。


その間。

ほんの短い空白。

八秒もあるか、ないか。

でも、ある。

胸の奥が硬く鳴った。

ここだ。

次はここへ入る。


15:50

真壁が席へ戻る。

机の右上の白封筒を見る。

少しだけ顔が曇る。

でもすぐには開けない。

判を一つ、書類を一枚、電話を一本。

それから封を切る。

中の紙を読む。

三つ折りにする。

胸ポケットへ入れる。

動きが、決まっている。

何度もやってきた人の動きだ。


喉の奥がひりついた。

あれだ。

胸ポケットの紙は、十五時三十九分に届く。

白封筒で。

高瀬が運ぶ。

右上に置かれる。

そして三つ折りで胸へ入る。


16:25

花火警備へ警察車両が流れる時間。

折返しの配置につく。

篠原は手前。

警察は死角。

飯田さんは一般導線の出口。

私は壁沿い。

でも頭の中では、ずっと机の右上だけが光っていた。


17:18

藤崎が来る。

鏡面広告板の前で、一拍。

袖から腰ポーチへ銀の筒。

顔が一般導線へ向く。

篠原の左手が下がる。


警察が出る。

鏡板に肘が当たり、ガン、と音が鳴る。

私は振り返らず、壁沿いへ声を出す。

「そのまま前へ! 止まらないでください!」

波は小さい。

藤崎はまた、ぎりぎりで抜ける。

でも今日は焦らない。

次に切る場所が、はっきり見えているからだ。


17:20

火災報知器が鳴る。電子音。

真壁がマイクを取る。

一拍。

胸ポケット。

それでも、まだ新しい一文を言える。


「火災報知です。係員の案内に従い、走らず壁沿いにお進みください。現場確認は後続班が行います」


胸の奥が静かに鳴る。

ギリギリの綱渡りだけど、まだ駅は立っている。

でも、もう綱渡りで進みたくない。

十五時三十九分の白封筒を切れば、もっと楽になる。

その確信だけが、今日は収穫だった。


17:35

煙は上がった。甘い匂いも一瞬だけ強くなる。

それでも爆発の衝撃は来ない。

換気も放送も生きている。

私は喉が枯れるまで誘導しながら、白封筒の角度と、机の右上と、奥の机へ向かう高瀬の背中だけを何度も思い出していた。


18:50

耳の奥で、アラームの気配が鳴り始める。戻る準備の音。

篠原が低く言った。

「見えた?」

私は頷く。

「はい。15:39。白封筒二通。庶務棚を素通りして、別入口から駅務区画へ。

 一通目は手前の机、二通目は真壁さんの机、右上。

 そのあと奥の机に寄る。八秒くらいです」

飯田さんが短く息を吐く。

「十分だな」

十分。

その一言で、胸の奥の張り詰めた糸が少し緩む。

そうだ。

十分だ。

次は、差し替えられる。


19:00

空気が薄くなり、視界が暗く落ちた。


7:02

アラーム。

私は飛び起き、胸の奥で時刻と位置を並べた。

十五時三十九分。

白封筒。

机の右上。

八秒。

次は、そこへ手を入れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ