表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/40

第18話 真壁の鎖

ループ18回目。今日の目的:藤崎の確保タイミングを修正しつつ、真壁を縛る“神崎の材料”の保管場所を掴む。新変数:14:00の着信のあと、真壁が必ず立ち寄る部屋がある。


7:02

アラームで目を開けた瞬間、胸の奥で二つの順番が並んでいた。

十七時十八分の、鏡。

十四時の、着信。


昨日のループで、私はようやく分かった。

藤崎を止めるなら、見えた瞬間じゃない。鏡面広告板の前で、袖から腰ポーチへ銀の筒を持ち替え、逃げる向きが決まったあと。そこなら、折返しのくびれで静かに切れる。

でも、それだけじゃ足りない。

藤崎が逃げても、箱がなくても、煙が薄くても、真壁が一言つぶやくだけで初動は鈍る。

「まず確認だ」

あの一言が、人の身体を一拍止める。

止まった一拍が、全部を重くする。


だから今日は、藤崎の“歩き方”と、真壁の“鎖”を同時に見る。

真壁が何に縛られて、何を見て、あの言葉を選んでいるのか。

それを掴まないと、たぶん最後まで届かない。


7:30

警備詰所の前で、飯田さんが鍵束を鳴らしていた。今日も初対面の目。

だから入口の言葉は、もう迷わない。


「迷子は、守りたいです。あの時の後悔ごと」

飯田さんの指が止まる。

そこから先は短く。


「今日は、藤崎を止める位置を修正します。折返しで、持ち替えが終わったあとです」

飯田さんが眉を寄せた。

「昨日の一歩早いやつか」

「はい。見えた瞬間だと、まだ一般側へ抜ける余地があります」

飯田さんは低く唸った。

「じゃあ、警察に“合図があるまで出るな”を徹底させる」

それから、私の顔を見た。

「でもな、ハル。今日はそれだけじゃねえ顔してる」

私は息を吸った。

「真壁です。十四時のあと、神崎の着信で何かを確認してる。そこを見たい」

飯田さんが鍵束を握り直す。

「……駅務の奥に、古い書庫がある。普段は誰も寄らない。真壁がたまに一人で入るのは見たことある」

胸の奥が硬く鳴った。

書庫。

物が残る場所。

紙が縛る場所。


「篠原さんを呼びます」

「呼べ。警備じゃ、そこまで踏み込む理由が弱い」


8:00

危機管理課に電話を入れる。

短い声が返る。


「篠原」

「今日は二つです。折返しの確保タイミング修正と、十四時のあと真壁が立ち寄る書庫の確認」

向こうが一拍黙った。

「……やっと真壁の方へ来たのね」

「やっぱり、そこだと思います」

「私もそう思う。八時五分はいつも通り押さえる。そのあと、真壁の動線を切らずに見る」

「はい」


8:05

掲示板前。

紙の貼り替え。高瀬の顎の傷。藤崎の手袋。

いつもの始まりが、今日も同じ順番で来る。


高瀬が掲示板脇の細い扉へ向かった瞬間、飯田さんが塞ぐ。

「そこは通さない」

「点検です」

「点検なら、なおさら通さない。今日は人が多い」


篠原が来て、狭い通路を開ける。赤いレバー。『設備点検モード』。

「今日は封鎖。触らせない」

高瀬のスマホが二音鳴る。

藤崎の肩がわずかに揺れる。

私はその揺れを見ながら、視線の先だけを追った。

彼女は掲示板から離れる前、一瞬だけ駅務区画の奥を見る。

十四時に向けて、もう次の確認を始めている目だった。


11:10

換気室。

巡回員のスマホが二音鳴る。

手がスイッチへ伸びる前に、篠原が遮る。

「封鎖。触るな」

巡回員は舌打ちし、電話口で小さく言う。

「神崎さん、無理っす。危機管理が……」

換気は止まらない。甘い匂いも薄いまま。

駅の“普通”は守れている。


普通なのに、胸の奥は落ち着かない。

今日は十四時を見届ける日だ。

たぶん、そこに鎖の片方がある。


12:30

軽事故の交差点。

今日も群衆が膨らみ、スマホが向けられ、苛立った男が「救急車呼ぶほどじゃない」と吐き捨てる。

私は処置の補助をしながら、輪の外の高瀬を見た。

二音。

短い文面が一瞬だけ画面に浮く。


『予定通り。真壁確認』


喉の奥がひやりとした。

真壁確認。

神崎から真壁へ、何かを“確認させる”段取りがある。


13:50

駅務区画の廊下は、表の喧騒と別の静けさをしていた。

書類の紙の匂い、事務机の木の匂い、コピー機の熱。

私は救急の上着を腕に掛け、篠原から少しだけ離れて歩いた。篠原は腕章を見せたまま、まっすぐ行く。私は“付き添いの実習生”の顔をする。


真壁が見えた。

机に座り、書類の上に指を置いたまま、スマホを見ている。

画面が光る。

『Kanzaki』


真壁の顔色が変わる。

着信を取るとき、いつもより右肩が少しだけ上がる。防御みたいな動きだ。


「……はい」

低い声。

「分かってます。……点検は止まってる? いや、こっちも……」

声がしぼむ。

神崎が何を言っているかは聞こえない。でも、真壁が縮む音だけは聞こえる気がした。

数秒後、真壁は電話を切り、席を立った。


私は息を止めて、篠原と目を合わせた。

篠原が小さく顎を引く。

行く。


14:00

放送は途切れなかった。

人は止まらない。

その“普通”の中で、真壁は廊下の奥へ歩いていく。

私たちは少し距離を置いて後ろを追った。走らない。音を立てない。見失わない。


真壁が入ったのは、駅務区画のさらに奥にある小さな部屋だった。

扉の上のプレートに、黒い文字。

保安記録室


胸の奥が硬く鳴った。

ここだ。


真壁は周囲を見て、すばやく中へ入る。扉が完全に閉まる前に、私は細い隙間から部屋の中を見た。

古い棚。灰色の箱ファイル。紙紐の結ばれた封筒。

真壁は一番上の棚から、茶色い封筒を取り出した。赤い紐が巻かれている。

手が震えていた。


封筒の表に、黒い文字が走っていた。

建国記念祭 誤報避難事故 報告書


息が詰まった。

誤報避難事故。

建国記念祭。

つまり、今日と同じ祭りの日に、昔、誤報で人が傷ついた。

だから真壁は、“誤報かもしれない”に縛られている。


ヒヤリ。

そこで扉が、わずかに軋んだ。

真壁が振り向きかける。

見つかったら終わる。


リカバー。

篠原がすっと前に出て、廊下の壁に貼られた非常連絡先の掲示を読むふりをした。私もその横で、メモを取るふりをする。

扉の向こうで真壁の気配が止まり、それからまた動いた。

ばれていない。

たぶん、ぎりぎりで。


数十秒後、真壁が出てきた。封筒は持っていない。

でも胸ポケットに手を入れ、何かを確かめるように指先を押し当てていた。

その仕草が妙に目についた。

ポケットの中の、硬い紙片。

彼はそれを触るたび、顔が少しだけ強張る。


14:20

真壁が去ったあと、保安記録室の前に立つ。

もちろん、今は開けられない。

開けた瞬間に、向こうが気づく。

だから今日は、扉の名前と封筒の題名だけを持って帰る。

それで十分だ。

十分なはずだ、と自分に言い聞かせる。


篠原が低く言った。

「誤報避難事故。やっぱりそこか」

私は頷いた。

「真壁は、あれを見てから胸ポケットを触りました」

「何か持ってる?」

「たぶん。……手順カードか、言い回しのメモみたいなもの」

言いながら、胸がざわついた。

言葉まで、神崎に縛られている気がした。


15:10

サカイは今日も階段の手すりにもたれていた。手袋を落とす。私は拾って差し出す。

「落としました」

受け取りながら、サカイが小さく言う。

「真壁、まだ見てんのか」

私は息を止めた。

「何を」

「昔の事故。祭りの日の。誤報で人が将棋倒しになりかけた時の報告書」

サカイの声は細い。

「神崎さん、その件で真壁をずっと締めてる。『また同じことになるぞ』って」

胸の奥が冷えた。

鎖の形が、言葉になった。


「……あの事故で、誰か死んだんですか」

サカイは首を振った。

「死んではいない。でも、怪我人は出た。責任の話も出た。真壁はそれを自分のせいだと思ってる」

自分のせい。

だから“誤報かもしれない”に縛られる。

だから“まず確認だ”が口をつく。


16:25

花火警備へ警察車両が流れる時間。

私たちは折返しの配置についた。

篠原は手前。

警察は死角。

飯田さんは一般導線の出口。

私は壁沿い。

そして今日は、合図を一つだけ決めた。

持ち替えが終わって、藤崎のつま先が一般側へ向いた瞬間に、篠原が左手を一度だけ下げる。

それまで警察は動かない。


私は何度も、その動きを頭の中で反復した。

出るな。

まだ出るな。

その一拍を守るだけで、昨日の失敗は減る。


17:18

来た。

帽子。手袋。軽い足音。

藤崎がサービス通路の奥から現れる。荷物はない。

私は壁沿いの客へ声をかけながら、視界の端だけで追う。


藤崎は鏡面広告板の前で、ほんの一拍、立ち止まった。

袖口を直す。

右手が腰のあたりへ動く。

銀の筒が、袖から腰ポーチへ移る。

そして、顔が一般導線の方へ向いた。


篠原の左手が、一度だけ下がる。


死角から警察が出た。

今度は早くない。

飯田さんが出口側を狭める。

藤崎の身体が、折返しのくびれの中に入る。

逃げたい方向へ向いたあとだから、逆向きに抜けにくい。


ヒヤリ。

成功する。そう思った瞬間、胸が痛いほど跳ねた。


藤崎の目が冷える。

彼女は煙を使わない。粉もない。

代わりに、鏡面広告板に肘をぶつけた。

ガン、と大きな音。

一般導線側の客が一斉に振り向く。

たったそれだけで、壁沿いの流れが一瞬だけ波打つ。


ヒヤリ。

一瞬で十分だ。

藤崎はその波の縁へ身体を滑らせた。


私は反射で振り向きかけて、止めた。

止めろ。

私は流れを守る。

喉が焼けるように痛みながら、声を張った。


「止まらないでください! そのまま前へ、壁沿いに!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。

振り向いた人の肩が戻る。

流れが、完全には崩れない。

その一拍で、飯田さんが藤崎の進路をもう一度切った。


それでも、まだ足りない。

藤崎は細い身体を折って、壁と人の間のわずかな隙間へ滑った。

警察の指先が袖をかすめる。

捕まらない。

でも、昨日よりは深く切れた。

折返しの中で、確かに一度は閉じ込めた。


17:20

火災報知器が鳴った。電子音。

真壁の声が放送に乗る。

「——まず確認だ。……いや、確認は後。誘導を優先する。走らない、押さない。壁沿いに」


胸が鳴った。

今、真壁は言い直した。

“まず確認だ”が先に出て、“確認は後”に直した。

胸ポケットの何かを、彼は直前に指で押さえていた。私は見た。

言葉が、まだ鎖で引かれている。


人は動く。止まらない。

換気も放送も生きている。

藤崎はまた抜けた。

でも、真壁の言葉も、少しだけ変わった。


17:35

煙は上がった。甘い匂いも一瞬だけ強くなる。

それでも爆発の衝撃は来ない。

私は喉が枯れるまで誘導しながら、胸の中で二つの手応えを反復していた。

藤崎は折返しの中に、一拍閉じ込められた。

真壁は“まず確認だ”のあとに、言い直した。

全部は変わっていない。

でも、どちらも昨日より少しだけ深く入っている。


18:50

耳の奥で、アラームの気配が鳴り始める。戻る準備の音。

篠原が低く言った。

「タイミングは合ってた。あとは、あの音」

私は頷いた。

「鏡板にわざとぶつけました。振り向かせるために」

飯田さんが短く息を吐く。

「だったら次は、音が鳴っても流れが崩れない位置取りだ」

「はい」

私は答えた。

「それと、真壁です。保安記録室。『建国記念祭 誤報避難事故 報告書』。胸ポケットの紙。

 あれが、“まず確認だ”を引っ張ってます」

篠原の目が細くなる。

「次は、中身を取る。少なくとも、題名じゃなく内容まで」

胸の奥が、重く、でもはっきりと鳴った。

鎖の片方は、もう見えている。


19:00

空気が薄くなり、視界が暗く落ちた。


7:02

アラーム。

私は飛び起き、胸の奥で言葉を並べた。

保安記録室。

建国記念祭 誤報避難事故 報告書。

胸ポケットの紙。

そして、折返しの鏡板の音。

次は、どっちももう一歩だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ