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第八話 空をこじ開ける

白いライトは、正義の色をしている。

正義の色は、夜でも眩しい。


第七話の終わりから、封鎖はさらに“滑らか”になった。

検問の配置は無駄が消え、巡回は整い、通行許可の確認は機械の指先で済む。

人間の迷いが消えるほど、排除は速くなる。


高速機動隊の公式は、また綺麗な短尺を投げた。


「危険人物“GHOST”の活動が継続しています。

市民の安全とインフラ防衛のため、当隊は対応を強化します。

目撃情報の提供にご協力ください。支援行為は犯罪となり得ます」


その下には、ポイントとバッジの説明が付く。

「優良市民」「協力者」「安全貢献」。

正義のガチャ。正義の称号。


コメント欄は前より荒れた。

荒れるほど、伸びる。


――「ゴースト美少女だったら保護」

――「いやメタボのオタクだから撃て」

――「どっちでもいい、排除が正義」

――「今日も神回期待」

――「討伐配信待機」

――「ポイント稼ぎに通報するわ」


群衆が、追撃装置になっていく。


アリスは、その追撃装置の中を歩いていた。


外縁の裏通り。

崩れたコンクリ、違法増築の鉄骨、濡れた路面。

それでも街はARの上では綺麗だ。

綺麗な地図。綺麗な封鎖線。綺麗な正義。


彼女の周囲には翼のように情報が浮かぶ。

しかし今の翼は、飛ぶためじゃない。

逃げるためだ。


トウィードルダムとトウィードルディーが前を行く。

救助・工作特化の双子は無言で地面を“整える”。

段差を埋め、崩れた足場を補強し、転倒を消す。

大好きが手順になる。


シュヴァロフは最後尾。

光の反射しない黒い影が、アリスの背中を半分覆う。

母親のように、しかし言葉はない。

言葉がなくても、守り方は丁寧だ。


アリスはフードの奥で舌打ちした。


「……気持ち悪い街」


トミーが肩に乗っていた。苔色の毛を揺らし、鼻で笑う。


「街じゃねえ。人だよ。人が数字で遊んでる」


アリスは返事をしない。

返事をすると、吐き気が言葉になる。


その吐き気の中に、別の感覚が混ざる。

怒り。

そして、決断。


「……数字で殺すなら」


彼女は吐き捨てた。


「数字の場所で殴る」


シュヴァロフの影がわずかに揺れた。

肯定の揺れではない。

“やるなら守る”という揺れだ。


別地点。

義弘は、もっと静かな怒りの中にいた。


バイザーに表示されるのは地図ではない。

ログだ。

第七話で回収したアイドロン端末のログ。


転送先。同期先。

編集テンプレ。広告タグ。

動画の“物流”が文字になって並ぶ。


戦いは刃ではない。

刃は画面のために光る。

画面が戦場なら、先に折るべきは画面だ。


義弘は端末を指先でなぞった。

スーツ内の通信端末が反応し、薄い線が浮かぶ。


――素材集約点

――自動編集ノード

――スポンサー挿入ポイント

――公式投稿連動タグ


トミーが耳を立てる。


「おい、ほんとにやるのか? 視聴率で殴るやつ」


義弘は淡々と答えた。


「敵が数字で殺すなら、数字で止める」


「汚ねえ」


「汚いほど刺さる」


義弘はそう言い、次に短く付け加えた。


「……アリスを消されないために」


アナログの紙地図とデジタルのログが、机の上で重なる。

義弘が選んだ嫌がらせは、いつも二重だ。


「ここだ」


彼は指で一点を押さえた。

外縁の“メンテナンス管制”にぶら下がる、映像集約の中継点。

正規回線の皮をかぶった裏道。


「映像が回収される場所」


「そこに、うちの広告枠があるわけか」


トミーが笑う。

笑いは毒だ。


その夜。

空は、空じゃなくなっていた。


空域監視。対空センサー。迎撃ドローン。

飛ぶものは全部、正義の視線に捕まる。


アリスは空を見上げ、ARの警告を睨む。


――《空域監視:強》

――《飛行物:検知対象》

――《迎撃:準備》


「……空を使えば撃たれる」


トウィードルディーが黙って首を傾げる。

トウィードルダムが黙って吸音材を壁に貼る。

逃走のためじゃない。

“見せ方”のための工作が混ざり始めている。


アリスはその動きに気づき、吐き捨てた。


「……何それ」


双子は答えない。

答えの代わりに、光の反射を消す塗料を塗る。

ライトが映り込まない。

映り込まないほど、敵の“絵作り”が崩れる。


シュヴァロフが静かに立ち、アリスを半身で隠す。

母性の盾が、無言で“覚悟”を促す。


アリスは短く息を吐き、背中の小さなケースに視線を落とした。

そこには、まだ出していない白い影が眠っている。


「……グリンフォン」


出せば、空が敵になる。

出さなければ、地上が詰む。


だから、出す。

詰みを一度だけ崩す。


「空を――こじ開ける」


アリスが指を鳴らした。


次の瞬間、白い影が夜の縁から滑り出た。


最初は“ノイズ”だった。

空域監視のARが、一拍だけラグる。


――《検知:不明》

――《識別:失敗》

――《再計測》


夜空に、白い翼。

デジタル迷彩が星の光を貼り替え、レーダー吸収が“存在の輪郭”を曖昧にする。


グリンフォン。

翼を広げれば八メートル。

白いのに、見えない。

見えないのに、そこにいる。


空を切り裂くように滑空し、監視ドローンを爪で引き裂いた。

落ちる。落ちるだけではない。

落ちる“音”が遅れて来る。

視聴者にはそれが“演出”に見える。


次にグリンフォンは、検問の白いライトの列へ突っ込んだ。

猛禽のように掴み上げ、車止めを引きちぎる。

ライトが宙で踊り、地面に叩きつけられた。


“正義の色”が、割れる。


グリンフォンは二脚歩行形態へ変形した。

翼が補助脚とバランサーになり、鳥脚型の爪が格闘用アームになる。


その所作が、大仰だ。

格好つけている。

騎士の礼のように、半身を引いてから突く。


――姫君のために、という態度。


シュヴァロフが無言でそれを見て、ほんの僅かに首を傾げた。

母親は、騎士の芝居に付き合わない。


しかし守る。

守るやり方が違うだけだ。


高速機動隊の通信が短く走る。


「空域異常。迎撃」

「対象:GHOST。位置確度上昇」

「封鎖線、更新」


“更新”。

それは追い詰める呪文。


迎撃ドローンが飛び上がる。

網投射。妨害波。

空の穴を塞ぎに来る。


グリンフォンは飛行形態に戻り、ひらりとかわした。

軽い。

軽いから、当たれば壊れる。

だから当たらない戦い方をする。


翼による加速で突き、爪の一撃だけを刺す。

フェンシングのレイピア。

正々堂々を気取って、しかし戦法は狡いほど巧い。


その間、地上では双子が人の流れを“黙って”誘導していた。

避難路を作る。

押し潰しを防ぐ。

アリスの良心を代行する。


アリスは口が悪い。

だからこそ、黙ってやる優しさが必要だ。


義弘は中継点へ到達していた。


半壊施設の奥。

正規回線のハブ。

映像の集約点。


そこにあるのは、巨大な機械ではない。

静かなラック。静かなファン。静かな光。

静かすぎて、世界を動かしていると気づかない。


義弘が刀を抜く。

都市戦用ブレードがスーツと同期し、端末のログと一致する箇所が浮かぶ。


切るべき線。

しかし今日は、線だけじゃない。


“混ぜる”のだ。


背後で、アリスの翼が遠隔で振動した。

局所掌握。薄く、短く。

“侵入”ではなく、“差し込み”。


義弘が短く言う。


「今だ」


アリスは吐き捨てるように返す。


「……最低」


義弘は淡々と。


「褒め言葉だ」


そして――映像の物流に、誤配送が起きた。


白いライトが並ぶ。

高速機動隊が整列する。

無機質な声が、短く、よく通る。


「対象:GHOST。抵抗を確認。排除準備」


その瞬間、公式の配信枠が“滑った”。

ほんの一拍。

人間には気づけないほどの遅延。

しかしネットは遅延に敏感だ。遅延は“切り抜きポイント”になる。


画面右下に、角丸のスポンサー枠が一瞬だけ現れた。


PROJECT: LEGION

LC Series — 現地実証、成功

LCシリーズはLEGIONの成果です


ロゴは綺麗だった。

文字はビジネスだった。

そして断言だった。


――成果です。


五秒もない。

すぐ消える。

消えるから、残る。


コメント欄が爆発する。

理解ではない。違和感で爆発する。


――「え、いまスポンサー出た?」

――「討伐配信に広告って何?」

――「LEGIONってプロジェクト名?」

――「LCって型式じゃね?」

――「成果ですって……なにが?」

――「スクショした」

――「切り抜き職人、仕事しろ」

――「OCMロゴ見えたぞ」


一部の賢いまとめ勢が、繋ぎ始める。

繋いだところで、真実には届かない。

だが“正義の顔”が一瞬だけ割れるには十分だった。


高速機動隊の広報担当が、その瞬間に顔をしかめた――

という描写は、映像には残らない。

残らないが、現場には残る。


「……何だ今の」


短い呟き。

それだけで、運用はひび割れる。


ひび割れを、力で埋めに来るものがいた。


地鳴りがした。


四脚で、低く。

装甲の塊が路地の入口を塞ぐ。

白いライトの列が、その背に反射する。


背部に武器ラック。

本来は兵器を積むためのモジュラーだが、今は鎮圧装備。

盾。網。煙。音。

殺さない顔をした、殺すための道具。


LC-07。

アーバレスト。


名前の通り、弩のような胸郭。

“狙って固定する”意志の形。


無機質な声が、短く告げる。


「前線固定」


義弘のバイザーが警告を連打した。


――《衝撃限界》

――《熱限界》

――《固定点生成:検知》


アーバレストは四脚で突進し、路地の中心に“杭”を打ち込んだ。

カン、と乾いた音。

次々に打ち込まれる。

ワイヤが走る。

空間が線で区切られる。


逃走路が、固定される。

戦場が、固定される。

そして――撮影角度まで固定される。


背部ラックから閃光。煙。

白い壁が立つ。

その向こうで、義弘の刃が“映える”ように。


義弘は眉一つ動かさず、刀を構えた。


「……固定されるのは、前線だけじゃない」


彼は分かっている。

これは戦闘ではない。

運用だ。絵作りだ。

だからまず切るのは、敵の心臓じゃない。


アーバレストが腕を振る。

クランプ。掴む。固定する。

義弘の腕を殺すための動き。


義弘は掴ませない。

アンカーを撃ち、足場をずらし、距離を変える。

電磁反発で滑るが、路面に撒かれた磁性粉が足を鈍らせる。


アーバレストが“路面”を固定した。

滑走が死ぬ。

義弘の機動が歩きに落ちる。


「……やるな」


感心ではない。観測だ。


義弘は都市戦用ブレードの解析表示を見た。

ピン展開ユニット。

ワイヤ結節部。

背部ラックのクイックマウント。

“固定”は固定点に依存している。


なら、固定点を切る。


義弘の刃が走った。

杭そのものを切らない。火花が映えるからだ。

彼はワイヤの結節部だけを一閃で断つ。


空間を区切っていた線が、たわむ。

固定が一拍だけ緩む。


その一拍が、命になる。


アーバレストが二脚で立ち上がった。

四脚の安定から、二脚の圧へ。

路地の天井に迫る“壁”が立つ。

倒しても起き上がるパワー。

倒すことに意味がないと宣言する姿勢。


背部ラックが唸り、指向性音響が空気を叩いた。

耳ではなく、骨が揺れる。

退避路が音で潰れる。


義弘のスーツが衝撃を熱に変換し、熱限界の警告が赤くなる。


――《強制冷却》


冷却が走れば、保護は装甲だけになる。

刃を振る腕が、危険になる。


それでも義弘は動く。

“勝つ”ためではない。

“観測”のためだ。


アーバレストの固定アルゴリズム。

どの順で杭を打つか。

どの角度で煙を焚くか。

どの距離で音を撃つか。


義弘はその手順を目で覚える。

人間の目ではない。強化された目で。


そして、背部ラックのクイックマウントに刃を入れた。

鎮圧モジュールが地面に落ち、転がる。


“正義の装備”が転がる絵は、敵に痛い。

綺麗な顔が汚れる。


アーバレストが一拍だけ止まる。

止まるのは感情じゃない。制御の再計算だ。


その一拍が、また命になる。


空で、グリンフォンが穴を広げていた。


迎撃ドローンを落とす。

空域監視の中継を折る。

検問のライトを引きちぎる。

正義の視線を、減らす。


その下で、シュヴァロフが黙ってアリスを守る。

母親の影が、姫の影より濃い。


アリスは遠隔で義弘のログを見た。

アーバレスト。

固定。

熱限界。


「……死ぬ気?」


彼女は吐き捨てた。

しかし吐き捨てながら、手は動く。


局所掌握。短く。薄く。

アーバレストの背部ラックの通信だけを一瞬撫でる。

誤配送した広告の“余韻”で、回線がざわついている。

そのざわつきに紛れて、彼女の指が滑り込む。


“固定”の命令語が一拍遅れる。


その一拍が、義弘の刃の通り道を作る。


トミーがどこかで笑った気がした。

最悪な連携。

最悪なほど、綺麗に刺さる。


撤退は成功だった。


グリンフォンが低空を滑り、二脚に変形して地上の足場になる。

翼がバランサーになり、爪が手すりを掴む。

騎士は姫君のために足場になるのが好きだ。


双子が無言で支える。

シュヴァロフが最後尾を守る。

母親は最後まで影を落とす。


高速機動隊は深追いしない。

深追いは“事故”を呼ぶ。事故は正義の顔を汚す。

代わりに封鎖線を更新する。

未来を奪う。


アーバレストは路地の中心で二脚のまま立ち、前線を固定した。

逃げ道が固定され、戦場が固定され、撮影角度が固定される。


義弘は距離を取り、冷却で白くなった腕を見下ろした。

熱限界の赤は消えない。


彼は静かに言った。


「……固定されたのは、前線だけじゃない」


市民の娯楽も、正義の顔も、視聴率も。

全部が固定されていく。


アリスは空を見上げた。

空はまだ空じゃない。

でも、穴は開いた。


グリンフォンが白い翼を畳み、誇らしげに頭を上げる。

言葉はないのに、態度がうるさい。

「守護した」と言っている。


シュヴァロフは何も言わず、アリスに影を落とす。

母親は誇らしげな顔をしない。

ただ守る。


双子が黙って糖分と水を差し出す。

アリスは受け取り、口に入れた。

味はしない。吐き気が残っている。


彼女は低く呟く。


「……数字は、刃より汚い」


義弘が答える。


「汚いほど、刺さる」


遠くで、コメント欄の怒号がまだ響いている気がした。


――「スポンサー出たぞ」

――「LEGIONって何」

――「LCシリーズ成果って何だよ」

――「神回すぎ」

――「切り抜き頼む」


正義の顔が、一瞬だけ割れた。

割れたから、次はもっと強く塗り直される。


そしてその塗り直しの中心に、アーバレストは立っている。


前線固定。

固定されるのは、戦場だけじゃない。

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