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第六十七話 親善の行進/鍵の奪取

 親善は、花で飾られた銃口のことだ。

 義弘は、その花束が都市に入ってくるのを、市庁舎前の段差から見下ろしていた。


 隊列は静かだった。

 騒がしいのは、隊列の外――人とカメラとコメントのほうだ。


 先頭に立つのは、観光親善大使。

 笑顔。手を振る。丁寧に頭を下げる。


 その背後に、花で飾られた黒い塊が二つ。


 ひとつは、立体起動のために関節と翼のような構造を持つ大型無人機。

 そしてもうひとつは、人間大の輪郭に、異様な“切断の気配”だけを纏った無人兵器。


 ――リノトーレークス。

 ――セグメンタタ。


 装飾がいくら綺麗でも、輪郭は誤魔化せない。

 誤魔化す気が無いのだろう。


 視聴者コメントが、既にそれを言い当てている。


「リノトーレークスってオールドユニオンのやつじゃん…」

「え、親善でそれ連れてくるの草」

「装飾してもセグメンタタはセグメンタタだろ」

「市長、歓迎してんの? これ」

「親善(武装)」


 義弘は、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


 “兵器がいる”のが怖いのではない。

 “兵器がいることが許されている顔”が怖い。


 許されているというより――許されるように都市が調整されている。

 それが、心胆寒からせしめた。


 観光親善大使が、義弘の前で立ち止まる。

 笑顔のまま、両手を胸の前で重ねた。


「新開市の発展は、尊いことです。私どもは視察と、友好のために参りました」


 声は柔らかい。

 柔らかい声の背後で、リノトーレークスの足音が規則正しく響く。


 金属の重さが、地面を「正しい」と言っている。


 義弘は、市長の顔で返す。


「視察は歓迎します。新開市は――歓迎の仕方だけは、慣れている」


 皮肉は混ぜない。

 混ぜれば、言葉を抜かれる。


「ただし」


 義弘は、一拍置いた。


「当該区域の安全確保は、市の責務です。視察の安全は保証しますが、介入は受け付けません」


 観光親善大使は微笑みを崩さない。

 崩さないまま、善意の鈍器を置いてくる。


「当該使節の安全は、貴市の信用に直結します。信用の毀損は供給の不確実性を招きます。――不確実性は、許容できません」


 供給。

 バイオ・オイル。物流。インフラ。


 首根っこだ。


 義弘はゆっくり頷いた。


「言いたいことはわかった。だからこそ、介入は要らない」


「我々は、善意で来ています」


 主語が揺れる。

 “我々”は言わない。

 しかし言っているのと同じだ。


 義弘は笑顔を作った。

 サムライ・ヒーローの仮面より、市長の仮面のほうが疲れる。


「善意なら、こちらの手順に従ってください」


 観光親善大使は一瞬だけ、視線を義弘の背後へ流した。

 市庁舎の上に設置されたカメラ群。公認導線の広告。協賛ロゴ。

 都市が“映える”ための装置。


「……承知しました」


 声は柔らかい。

 柔らかいまま、リノトーレークスとセグメンタタは一歩も引かない。


 隊列はそのまま動き出した。

 市庁舎を背に、象徴地点へ向かう。


 義弘はその背を見送りながら、氷の母の言葉を思い出した。


 ――公式が伸びた分だけ、非公式が膨らむ。膨らみは破裂する。


 破裂の前に、鍵が取られる。

 それが今日の匂いだ。


 一方、その頃。

 OCM本社の会議室は、空調が冷えすぎていた。


 冷えるべきなのは、空気ではない。

 表情だ。


 オスカー・ラインハルトは、席についたまま微笑んでいた。

 眉目秀麗。仕事ができる企業人の外観。

 そして、机の端には小さな鉢植え――サボテンが置かれている。


 余計なことを言わない相手。


「……つまり」


 対面の男が言う。海外部門の代表。

 その背後には、企業群のオンライン接続が並び、各社のロゴが沈黙している。


「LC-07、LC-08が新開市に持ち込まれている。アーバレストとスコルピウスだ。これは“公認活動”とは別の流通だ。あなたの責任だろう、オスカー」


 オスカーは微笑んだまま、首を僅かに傾けた。


「責任の定義は、結果です。経路ではありません」


 言い切る。

 会議室の空気がさらに冷える。


「逃げるな」

「逃げていません。整理しています」


 海外部門の男が机を叩く。


「整理? 新開市を私物化しているのは誰だ。NECROテックを広告に出し、未成年を看板にし、公式導線を独占し――」


 オスカーの微笑が変わらない。


「公式導線を独占しているのは、OCMです。――今の新開市の公式は、我々です」


 海外部門側が一斉にざわつく。

 企業群の画面の中で、誰かが口を開く。


「それは、勝手な解釈だ」

「勝手ではありません。現場の数字がそう言っています」


 オスカーは静かに指を動かし、モニターにグラフを出す。

 復旧時間。事故対応の速度。供給変動の抑制。

 市と治安機関との連携ログ。協賛による資材投入のタイムスタンプ。


 “正しさ”の塊。


「撤退しますか?」


 オスカーの声は柔らかい。


「撤退すれば、穴が空きます。誰が埋めますか。あなた方ですか? 企業群ですか?」


 海外部門の男が歯を噛む。


「……それでも、あなたは危険だ」


 オスカーは微笑のまま、サボテンに視線を落とす。


「危険の定義も、結果です」


 その言葉に、会議室の誰もが少しだけ黙る。

 黙ること自体が、負けだ。


 海外部門の男が、椅子を引いた。


「……いい。押し問答は終わりだ」


 彼は、冷たい声で言った。


「現場で回収する」


 オスカーの微笑が、ほんの一瞬だけ薄くなる。

 薄くなるのは、怒りを押し込めた証拠だった。


 しかし、次の瞬間には戻る。


「どうぞ。ただし――」


 オスカーは穏やかに告げる。


「公認導線の外でやってください」


 モルテは、現場へ向かう車内で、端末の画面を眺めていた。


【資産適正配置】

【健康管理最優先】

【保全・輸送・点検】

【対象:LC-07/LC-08】


 札のような文言が並ぶ。

 札は、現場を縛る。

 縛るためにある。


 彼は淡々と呟いた。


「手順は正しい。正しい手順は、抵抗を正当化する」


 隣の席に座る職員が、緊張した声で聞く。


「……現場に、彼女がいる可能性は?」


 モルテは目を上げない。


「可能性の評価は不要です。存在した場合、健康管理の対象になります」


 健康管理。

 優しい言葉。

 優しい言葉で首輪を作る。


 車が止まる。

 目的地。

 公認導線の裏。

 倉庫。搬入口。保全区画。


 そこは“資産”が眠る場所だ。

 眠る場所は、回収される場所でもある。


 モルテは降りた。

 白衣ではない。制服でもない。

 だが、彼の歩き方は“病院”の匂いを持っている。


 そして、彼は札を差し出した。


「点検です」


 守衛が札を見る。

 札を見る目は、疑いより先に従う。


「……確認します」


 確認の間に、モルテの背後から人員が流れ込む。

 流れ込みは静かだ。

 静かなほど、手順は強い。


 そのとき。


 影が落ちた。


 天井近くの梁の上。

 白い翼が折り畳まれ、気取ったように揺れている。


 ――グリンフォン。


 そして、床に“群れ”の気配。

 継ぎ接ぎの残骸が、壁のように並び始める。


 ――バンダースナッチ。


 守衛が言いかけた言葉を飲み込む。

 飲み込むのは、恐怖ではない。

 “公式”への遠慮だ。


 最悪の形で現場が固定される。

 そこへ、少女が出てきた。


 灰色のフード。セーラー服。黒ニーソ。大きなスカーフ。

 子供の輪郭に、十人分の冷たい目。


「点検?」


 アリスの声は荒い。

 荒いのに、筋が通っている。


「ここはOCMの公認導線の裏だ。勝手に入んな」


 モルテは、淡々と頭を下げた。


「健康管理です。資産適正配置です。保全です」


 その語彙。

 札の巨人の言葉。


 アリスが歯を剥く。


「……お前ら、どこから来た」

「本社です」


 モルテは目を逸らさない。


「あなたの意思は尊重されます」

「……」

「尊重したうえで、回収します」


 同じ書式。

 同じ優しさ。

 同じ首輪。


 アリスは、吐き捨てるように笑った。


「病院ごっこは、別の場所でやれ」


 指が動く。

 NECROテックの内側で、人格が切り替わる音がする。

 動きが速くなる。視界が鋭くなる。


 双子が、左右から飛び出した。


 トウィードルダムが搬入口のレールを変形させ、扉を“半開きで固定”する。

 トウィードルディーが床のラインテープを貼り替え、誘導矢印を逆向きにする。


 ――点検経路が迷路になる。


 モルテの部下が足を止める。

 止まった瞬間が、命取りだ。


 バンダースナッチが群れで広がり、通路を壁にする。

 壁は柔らかい。

 柔らかいのに、押せない。

 押せば転ぶ。転べば“事故”になる。


 グリンフォンが翼を広げ、上空から撮影ドローンを追い払う。

 風圧でカメラの画角が乱れる。

 画角が乱れれば、既成事実にならない。


 コロボチェニィクが、奥で一歩踏み出した。

 踏み出すだけで、床が鳴る。


 “動けない重さ”が、現場を押さえ込む。


 アリスはモルテを睨む。


「お前ら、これを持っていくつもりか」


 モルテは札を上げる。


「点検です。輸送です。保全です」


「嘘つけ」


「嘘ではありません。書類が正しい」


 書類。

 札。

 手順。


 戦えない。

 戦うほど“公式”の首輪が締まる。


 アリスは唇を噛んだ。


「……じゃあ」


 彼女は、別の戦い方を選ぶ。

 道を塞ぐ。列を崩す。優先順位を潰す。


「“点検”の列、作ってやるよ」


 双子が一斉に動く。

 搬入口の前にコーンが並ぶ。

 床にテープが貼られる。

 《待機》《確認》《再確認》の札が、どこからか増える。


 モルテの部下が苛立つ。


「どけ!」

「どけません」

「俺たちは点検だぞ!」

「点検の列です。順番です」


 誰が言ったのか、わからない。

 でも皆が従う。

 従ってしまう。


 列ができる。

 列ができれば、手順が鈍る。


 その鈍りに、モルテだけが気づく。

 彼は静かに息を吸った。


「……優先順位を混ぜましたね」


 アリスは歯を見せる。


「混ぜた。お前らの札は、混ざると弱い」


 モルテは頷いた。

 褒めたわけではない。

 評価しただけだ。


「対処します」


 彼が指を上げる。

 部下の端末に新しい文面が落ちる。


【緊急確認:最優先】

【健康管理:最優先】

【対象:アリツェ・ヴァーツラフコヴァー】


 札が、こちらを向く。


 その瞬間。

 現場の空気が、刃のように変わった。


 “点検”が終わる。

 “狩り”が始まる。


 アリスの喉が鳴る。


「……最初から、私かよ」


 モルテは淡々と答える。


「あなたは資産です。資産は、保全されます」


 保全。

 救助じゃない。

 守るでもない。

 保全。


 アリスが一歩下がる。

 シュヴァロフが、家事の影のまま、彼女の前に立った。


 母親みたいに。


 アリスは唇を噛む。


「……邪魔」


 シュヴァロフは動かない。

 邪魔じゃない。

 盾だ。

 盾は必要だ。


 そのとき、外から歓声が聞こえた。

 遠い。けれど近い。


 視察の隊列が近づいている。

 観光親善大使一団のルートが、偶然を装って、この区画の近くを通る。


 外の配信に、コメントが溢れる。


「あれ? 親善大使のルート、倉庫側じゃね?」

「え、なんか揉めてる?」

「アリスいる!?」

「リノトーレークス普通に歩いてて草」

「市長、鍵渡すな」


 義弘の顔が脳裏に浮かぶ。

 市長の仮面。

 疲れた目。


 ――鍵を取られる。


 アリスは悟る。

 これはただのOCM内紛ではない。

 外の力が、鍵を取りに来ている。


 モルテが、淡々と告げた。


「当該区域は安全の問題です。安全のため、当該区域の対応を――」


 その言葉の続きを、外の足音が遮った。


 リノトーレークスの、堂々たる足音。

 セグメンタタの、静かな影。


 装飾された兵器が、近づいてくる。

 親善の顔で。

 安全の名で。

 鍵を取るために。


 アリスは歯を剥いた。


「……ふざけんな」


 彼女は指を動かす。

 NECROテックが軋む。

 軋みは限界の音だ。


 でも――止まれない。


 止まれば、回収される。

 止まれば、鍵が取られる。

 止まれば、都市が“正しく”なる。


 アリスは低く言った。


「全機、位置固定。壁を作れ。列を崩せ。優先順位を――裂け」


 双子が笑う。

 バンダースナッチが鳴く。

 コロボチェニィクが吼える。

 グリンフォンが気取って翼を広げる。


 シュヴァロフだけが、黙ってアリスの前に立つ。


 母親みたいに。


 そして外で、観光親善大使の柔らかい声が響いた。


「安全のために」


 その柔らかさが、いちばん怖かった。

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