表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/293

第六十五話 デュラハンの最短

 義弘が「国の観光施策」という紙の怪物に首を絞められている間に、別の怪物が、すでに都市の外側に骨組みを立て終えていた。


 オスカー・ラインハルトは早かった。

 早いというより、遅れない。


 遅れる理由を、先に潰してある。


 市長室の窓の外。

 新開市の大型ディスプレイが、昨日より増えている。

 増えた分だけ、街が明るい。明るい分だけ、影が濃い。


 真鍋佳澄が端末を差し出した。


「……OCM公式、今朝から“公認”を投下しています」

「投下って言うな」

「投下です。速度が」


 画面に、見慣れた“軽い刃”が映る。


 ヴァーチャル・サムライ。刀禰ミコト。

 いつもの明るい顔。いつもの軽い声。

 ただし、今日の背景に――企業ロゴがある。


【OCM公式発表】

・刀禰ミコト 新開市安全啓発キャンペーン公認アンバサダー就任

・公認コラボ配信 今夜20:00

・“本物”による安全導線の案内(※撮影可)


 コメントが、勝手に読めるくらいの勢いで流れていた。


「公認きたあああ」

「ミコト案件勝ち組すぎ」

「新開市、国家公認の聖地じゃん」

「“本物”って誰?義弘?アリス?」

「アリスちゃん出るなら行く」

「安全啓発(意味深)」

「撮影可!?勝った」


 義弘は目頭を押さえた。


「……誰が“撮影可”を付けた」

「OCMの文面です。観光施策の“協力”として」


 協力。

 その言葉の中に、誰の首が入っているのか――書式は教えてくれない。


 義弘の端末が鳴った。

 同時に、別の通知も鳴った。

 鳴る音が重なるほど、逃げ道が消える。


 件名:【OCM】公認コラボ運用開始に伴う市政協力依頼(既定事項)


 “既定事項”。


 義弘は、ゆっくりと息を吐いた。


「……アリスは」

「すでに呼ばれています」

「呼ばれた?」

「呼ばれたというより、書類で囲われました」


 真鍋の声が乾く。


「整備枠更新。健康管理。公認活動ログ。出演要請。拒否の場合の再調整――」

「やめろ」

「全部“善意”の衣を着ています」


 善意。

 それは刃より、よく切れる。


 隠れ家。


 床には工具。机には配線。

 いつもなら“家庭”の匂いがする場所が、今日は“工場”の匂いをしていた。


 理由は一つ。

 シュヴァロフがまだ、完全には戻っていない。


 黒い影が、修理台から降りて――静かに歩く。

 脚の動きはぎこちない。

 それでも、手は動く。


 台所に立ち、紙皿を片づける。

 床のネジを拾う。

 散らばった髪ゴムを、そっと皿に移す。


 アリスが睨んだ。


「……やめろ」

 シュヴァロフは、何も言わない。

 言えない。

 言えない代わりに、母親みたいな目をする。


「“家事ができる程度”に直したって、誰に頼んだ?」

 返事はない。

 返事は、机の上にある。


 命令書。


【命令】公認コラボ配信参加

【条件】整備許可(補給線/修理枠/部品供給)継続

【備考】本人の意思を尊重する(※尊重したうえで命令する)


 最後の行が一番ムカつく。

 丁寧な言葉ほど殴ってくる。


 アリスは書類を丸めて投げた。

 丸まった紙は、シュヴァロフの足元で止まった。


 シュヴァロフは拾った。

 拾って、きれいに伸ばして、また机に戻した。

 怒りを拾わない。紙だけ拾う。


「……お前まで“手順”側に回るなよ」

 シュヴァロフは首をかしげる。

 分かっていないふりをする。

 いや、分かっているからこそ、黙る。


 アリスの端末が鳴った。


 “上からです”。


 昨日、スタジオで聞いた言葉が、そのまま音になった。


 OCM本社の会議室。

 白い壁。白い机。白い光。

 白は清潔で、清潔は責任を曖昧にする。


 オスカー・ラインハルトは、会議室にいた。

 眉目秀麗。企業人。静かな微笑。

 卓上に、メモ。

 そこにはなぜか、サボテンの水やり予定が書かれている。


 余計なことを言わない存在が、羨ましい。

 ――そんな顔だ。


「津田さん」

「……早いな」

「遅い理由を消しました」


 消した。

 言葉が軽い。軽いのに、重い。


「刀禰ミコトを公認にした。公認には枠が必要で、枠には理由が必要です」

「観光施策が理由か」

「はい。国の“善意”は強い。誰も反対できません」


 義弘は歯を噛んだ。


「アリスを巻き込むな」

「巻き込みません。置きます」

「言い方を変えるな」

「変えます。書式に載せるために」


 オスカーの微笑が、わずかに深くなる。


「NECROテックは、暗部でした。怪物として消費されてきた。

 消費されるくらいなら、社員として残したい」

「……本人は嫌がっている」

「当然です。嫌がる権利は尊重します」


 義弘が言い返す前に、オスカーが続けた。


「尊重したうえで、命令します」

「……」

「守れない善意は、ただの趣味です。私は趣味で人を守りません」


 趣味で戦ってきた男に、刺さる言葉を選んでいる。

 デュラハンは、首を刈る怪物じゃない。

 首(個人)を残すために、体(組織)を作る怪物だ。


 オスカーが端末を操作した。

 画面に、運用計画が出る。


【公認コラボ運用】

・導線:リング外周→外郭→市街地

・目的:安全啓発/観光導線の周知

・想定:軽微な騒動(※救助で収束すること)

・保守回収班:待機

・最終安全措置:LC運用可能(※必要時のみ)


 義弘は、最後の行で目を止めた。


「……LC?」

 オスカーの声が、さらに丁寧になる。


「LC-07 アーバレスト。LC-08 スコルピウス」

「投入する気か」

「場合によっては」


 “場合によっては”。

 それは、人を殺す前置きにも、救う前置きにもなる。


「観光導線で、万一“本件”が破綻したとき」

「本件って何だ」

「新開市を、公式の枠に載せる件です」


 義弘は息を呑んだ。

 公式の枠に載せるためなら、戦車二両分のスーツどころじゃない。

 都市そのものを踏み直す。


 オスカーが微笑んだまま言う。


「津田さん。あなたは“札の巨人”を倒しました。

 次は“公認の巨人”です。

 公認の巨人は、紙では倒れません」


 義弘は、静かに答えた。


「……だから、刀を研ぐ」


 夜。

 コラボ配信の時間。


 新開市の夜景が、配信画面に映る。

 見栄えが良すぎる。

 見栄えが良いものほど、裏で人が泣く。


『やっほー! 刀禰ミコトだよ! 今日はね、OCM公認!

 そして――“本物”と一緒に、安全啓発しちゃうよ!』


 コメント欄が爆発する。


「公認きたぁ!」

「ミコト、都市を斬る!」

「アリスちゃん!?ほんとに!?」

「シュヴァロフいる?」

「新開市いきたい」

「安全啓発(意味深)」

「撮影可は神」


 画面の端に、アリスが映った。


 制服にパーカー。

 無理やり整えられた髪。

 無理やり整えられた笑顔――ではない。


 笑顔は作っていない。

 作ったら負けだと思っている。


 ただ、横に立つシュヴァロフが、妙に“きちんと”している。

 黒い影が、小道具の安全ヘルメットをそっと差し出す。

 母親が子供に帽子をかぶせるみたいに。


 アリスは小声でキレた。


「……やめろ、見られるだろ」

 シュヴァロフは首をかしげる。

 “見られるためだ”と言いたいのに言えない。


『わ! 本物のサムライ・ヒーロー……! アリスさん! 今日はよろしくお願いします!』


 刀禰ミコトは明るい。

 明るい人は悪じゃない。

 悪じゃないから、止めづらい。


 アリスは、カメラを見た。


「……安全第一。転んだら死ぬから」

『え、急にリアル!でもそれが刺さる~!』


 コメントが笑う。


「刺さるww」

「アリスちゃんの“死ぬから”最高」

「安全啓発の説得力えぐい」

「この都市、怖いのに行きたい」


 義弘は配信を見ない。

 見れば手が動く。

 手が動けば都市が壊れる。

 市長は、都市を壊せない。


 だから、見ない。


 代わりに――市庁舎の窓の外を見る。

 人の流れ。

 人流。

 観光導線。


 列ができ始めていた。

 “公認の列”。


 導線の途中。

 リング外周の見晴らしの良い場所。


 スタッフが“安全啓発のチェックポイント”を置いている。

 点検札。

 コーン。

 簡易バリケード。

 そして――撮影しやすい角度。


 アリスは、違和感に気づいた。


 風が、変だ。

 人の匂いが増えすぎている。

 増えすぎて、逆に薄い。


「……これ、導線じゃない。檻だ」


 シュヴァロフが、わずかに姿勢を変える。

 戦闘用の影が、生活の影の下からちらりと顔を出す。


『じゃあここで! “安全確認クイズ”だよ! みんな、危険区域で大事なのは何?』


 ミコトが言う。

 コメントが答える。


「撮影許可!」

「推し!」

「ヘルメット!」

「命!」

「命(軽い)」


 その瞬間――遠くで金属音がした。


 次いで、爆ぜるような火花。

 コンクリートの欠片が飛ぶ。

 悲鳴。

 悲鳴が“盛り上がり”に変換されるまで、時間は要らない。


 カメラが揺れ、コメントが踊る。


「なに!?」

「事故?事件?」

「きた!新開市!」

「これがアトラクション…」

「本物頼む!!」

「ミコト、逃げて!」


 暗がりから現れたのは、細身の無人機。

 VXシリーズの輪郭。

 どこかで見たことがある。

 しかし出所は不明。

 不明のほうが都合がいい。


 機体の表面に貼られた札が、瞬間的に光った。


《安全点検:最優先》

《健康管理:最優先》

《緊急確認:最優先》


 札の語彙が混ざっている。

 混ざり方が、手順の匂いだ。


 アリスは歯を食いしばった。


「……事故の形をした手順」


 VXが、観客の列に向けて突っ込もうとする。

 非致死。

 名目は非致死。

 だが関節を壊せば、人は死ぬ。


 シュヴァロフが一歩前に出た。

 前に出られる体じゃない。

 それでも出る。

 母親が子供をかばうみたいに。


 アリスが叫んだ。


「戻れ! お前、戦えないだろ!」

 シュヴァロフは戻らない。

 戻らない代わりに、片腕でバリケードを引きずって倒し、観客の進路を塞いだ。


 “家事ができる程度”の腕が、今は家具を投げる。

 家具は盾になる。

 盾になると、戦場になる。


 ミコトが声を張り上げた。


『みんな落ち着いて! 安全第一! 配信は続けるよ! え?続けるよ!?』


 自分でも混乱している。

 混乱のまま、仕事をする。

 それが公認の恐怖だ。


 アリスは、笑えないのに笑いそうになった。


「配信切れ!」

『切れない!公認だから!』


 最悪の答えだった。


 VXが跳ぶ。

 アリスは、NECROテックの内側でスイッチを入れた。


 翼の残像が、ほんの一瞬だけ立つ。

 十人分の操作。

 だが限界が近い。

 脳が軋む。

 視界が白くなる。


「……動くな。動くな。動くな」


 VXの脚が一瞬止まる。

 止まった瞬間――シュヴァロフが、バリケードを槍みたいに突き出し、機体の関節に噛ませた。


 関節が、嫌な音を立てた。

 非致死。

 名目は非致死。

 だが、機械は悲鳴を上げない。

 代わりに、金属が泣く。


 観客が歓声を上げた。


「うおおおおお!」

「シュヴァロフ母性ww」

「アリスちゃんかっこよすぎ」

「これが本物」

「観光で見たい」

「観光で見るな」


 アリスは吐き捨てた。


「見るな!」


 しかし見られる。

 公認だから。

 撮影可だから。

 導線だから。


 VXは止まった。

 止まったが――それで終わりではない。


 遠くで、別の金属音がした。

 重い音。

 軽い騒動ではない音。


 アリスが顔を上げる。


 リングの下、倉庫のシャッターが、静かに開いていく。

 スタッフの誰も騒がない。

 騒がないのが、一番怖い。


 暗闇の中に、輪郭が見えた。


 四脚にも二脚にもなる骨格。

 背面の武器ラック。

 関節の厚み。

 “頑丈なつくり”。


 LC-07 アーバレスト。

 そして、その隣に――格闘戦を意識した、太い影。

 LC-08 スコルピウス。


 “最終安全措置”。


 オスカーの声が、アリスの耳に届く。

 スピーカー越し。

 優しい声。

 だから最悪。


『アリス。落ち着いてください』

「……お前、これ出す気か」

『場合によっては』

「“場合”って何だよ」

『“公式が破綻しそうな場合”です』


 破綻。

 破綻しそうなのは都市じゃない。

 公認の物語だ。


 アリスは理解した。


 オスカーは騒動を起こす。

 騒動を起こし、救助で収束させる。

 救助で収束させ、“公式”を固める。

 固めるためなら、アーバレストもスコルピウスも、躊躇なく置ける。


 それは恐怖だ。

 だが恐怖の根っこは、善意だ。


 ――NECROテックが公式に生きる場所を作りたい。

 誰よりも本気で。


 アリスは、唇を噛んだ。


「……私たちを守りたいんじゃない。置きたいだけだろ」

『置けなければ、守れません』


 言い返せなかった。

 言い返せないから、怖い。


 その夜、配信は“成功”した。


 トレンドが埋まる。


#新開市公認

#安全啓発(本物)

#アリスちゃん

#シュヴァロフ母性

#ミコト神回

#観光行く


 他企業が嗅ぎつける匂いは、血じゃない。

 数字だ。


 翌朝、新開市の外郭に、見知らぬ企業ロゴの車列が増える。

 スポンサー。

 協賛。

 公認の席取り。


 さらに、“文化交流”の名で、観光親善大使を名乗る一団が降り立つ。

 笑顔。

 丁寧。

 言葉は柔らかい。

 目は硬い。


 誰も名前を言わない。

 名札はある。

 名札には役職だけがある。


《観光親善》

《安全協力》

《視察》


 視察。

 視察は測定だ。

 測定は選別だ。


 義弘は、市長室でそれを見た。


 机の上に、新しい紙束が増えている。

 観光施策。

 企業連携。

 治安協力。

 公認枠。


 紙の怪物が、昨日より太っている。


 義弘は、端末を取った。

 アリスへのメッセージを打つ。


『……見誤っていた』

 送る。

 すぐ返信が来る。


『うん。最悪だ。

 でも、シュヴァロフが動いた。

 それだけは、褒めろ』


 義弘は、ほんの少しだけ笑った。

 笑ってしまうのが、最悪だ。


 窓の外で、ディスプレイが光る。

 OCMロゴ。

 ミコトの笑顔。

 アリスの“たぶん♪”。


 そして、シャッターの奥の影――アーバレストとスコルピウスが、静かに“待機”している。


 公認の巨人は、もう立ち上がっている。

 札の巨人より、ずっと速く。

 ずっと丁寧に。


 義弘は、口の中で呟いた。


「……デュラハン。

 首を残すために、都市を運ぶ気か」


 返事はない。

 返事の代わりに、次の通知が鳴った。


 件名:【協賛企業】新開市“公認イベント”追加提案(至急)


 至急。

 最短。

 既定事項。


 義弘は椅子に深く座り直し、刀の柄を握るようにペンを握った。


 戦場は、もう路地じゃない。

 書式だ。

 導線だ。

 公認だ。


 そして、その公認の背後で――“影の観光”が、静かに笑っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ