表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/224

第五十二話 会見という処刑台

 公式の告知は、刃に似ている。


 紙に載る。画面に載る。予定表に刺さる。

 刺さった瞬間、そこはもう“ただの場所”ではなくなる。


 ——津田義弘、市長選出馬に関する正式会見。

 日時。場所。入場の案内。中継リンク。


 義弘はその画面を見て、膝より先に胃が痛くなった。


「……俺の手を離れてるな」


 肩の上でトミーが、ふん、と鼻を鳴らした。


「お前が“公式”とか口にした時点で、もうお前のもんじゃねえよ。公式は獣だ。餌をやったら増える」


 端末のコメント欄は、すでに獣の息をしていた。


「公式きたあああ」

「市長×ヒーロー爆誕」

「アリス出る??」

「会見に“もう一人”来る説ある」

「高速機動隊も来るかな」

「会見会場どこ?聖地巡礼する」


 最後の一行に、義弘の目が冷えた。


 聖地。

 またその言葉だ。

 誰かの暮らしを、勝手に神棚にする言葉。


 義弘は机に手をつき、短く息を吐いた。


「会見の会場、変えられないか」


「変えられるならとっくに変えてるだろ」


 トミーが耳元で囁く。


「映える会場だ。スポンサーと応援団体が喜ぶ。お前の膝が悲鳴を上げるのは、彼らの興味外だ」


 ——応援団体。


 義弘は、勝手に生えた団体の一覧を眺めたことがある。

 名前がいちいち大仰で、やたら長い。

 新開市らしい軽薄さと、政治の匂いが混ざっていた。


 “市政ルート”も動いている。

 電話が来る。メッセージが来る。面会希望が来る。


「津田さん、会見の壇上は——」

「津田さん、衣装は——」

「津田さん、スポンサーのロゴ配置は——」


 義弘は一つひとつ切り捨てたい衝動を、喉の奥で噛み砕いた。

 今は切る時ではない。

 切れば燃える。

 燃えれば刃が増える。


 そのとき、インターフォンが鳴った。


 義弘は嫌な予感のままドアを開ける。

 立っていたのは八重蔵だった。


 いつも通り、ボロい服。

 だが靴だけは新しい。

 逃げ道の靴だ。


「おや。候補者サマ。忙しそうだね」


「匂いか」


「匂いだよ。いやな匂い」


 八重蔵は薄い封筒を差し出した。

 封筒の紙は普通だ。普通すぎる。

 普通の紙ほど、怖い。


「会見の日、導線が妙に“掃除”されてる。会場周辺の工事予定が、綺麗に整形されてる」


「整形?」


「本来、ぐちゃぐちゃなはずの現場が、ぐちゃぐちゃじゃない。——誰かが“事故が起きる前提”で配置してる」


 義弘は封筒の中身を見る。

 現場の配置図。

 交通誘導。

 救急導線。

 防火シャッターの稼働予定。


 美しい。

 美しいほど不吉だ。


 義弘は言った。


「会見は、戦場になる」


 トミーが笑った。


「いや、“処刑台”だな。公式の処刑台」


 ——


 会見当日。


 会場は新開市の中心部寄り、半分完成、半分未完成の広場だった。

 上はリング状の構造物が渡り、下には空間が抜けている。

 映える。

 危うい。

 新開市そのもの。


 義弘は壇上の袖で、無言のまま空間を測る。


 人の密度。

 光の数。

 ドローンの飛行高度。

 避難導線の角度。


 そして何より——“目”。


 目が多い。

 多すぎる。


 トミーは腕の中で丸まりながら、目だけ開けて言った。


「お前、今日の敵は火器じゃない。レンズだ」


「知っている」


 司会者が、笑顔で義弘の名を呼んだ。


 義弘は壇上に出る。


 拍手。

 歓声。

 そしてコメント。


「本物きた!」

「ジジイなのに姿勢いい」

「スポンサーのロゴついてなくて草」

「アリスは?」

「もう一人の義弘は?」

「会見中に事件起きそう」


 義弘はマイクを握る。

 言葉を選ぶ。

 選んだ瞬間——空気が変わった。


 遠くで警報が鳴る。

 単発ではない。

 連鎖だ。


 赤い回転灯が、会場の外縁で点り、増え、繋がる。


 防火シャッターが降りる音。

 サイネージが誤作動する音。

 交通案内が叫ぶ音。


 司会者が顔色を変え、耳元のインカムを押さえる。


「……会場外で、事故が——」


 義弘は言った。


「会見は続ける。だが、避難誘導を優先する。司会、案内を」


「え、ええ……!」


 義弘は壇上から見える範囲だけで、避難導線を再構築する。

 人の流れは、規則に似ている。

 規則は崩れる。

 崩れる前に、別の規則を流し込む。


「この出口は閉鎖だ。こちらへ。走るな。走ると倒れる」


 声は落ち着いていた。

 落ち着いている声ほど、人は従う。


 しかし——レンズは従わない。


 配信者が前に出てくる。

 ライトが眩しい。


「津田さん!今の指示、もう一回!こっち向いて!」


 別の配信者が叫ぶ。


「避難の様子、見せて!視聴者が不安がってる!」


 不安。

 不安という言葉で、人は他人を使う。


 トミーが肩の上で、低く唸った。


「来たぞ。正義の顔した邪魔」


 義弘は配信者を見ない。

 見ると編集される。

 編集されると、戦う相手が増える。


 ——その瞬間、会場の外縁で何かが“黙る”のを感じた。


 音が消えたわけではない。

 騒音の中に、ひとつだけ無音の空洞が生まれた。

 空洞は、恐怖の形をしている。


 義弘は視線を外縁へ向ける。


 そこにいた。


 人間大。

 だが人間ではない。


 光を反射しない素材。

 左右のパネルの継ぎ目が、微妙に噛み合っていない。

 識別プレートが、削り落とされている。


 そして妙に残っている——整備用のタグ。

 “保全対象”の文字列だけが、剥がし忘れのように貼られていた。


 それが、静かに動く。

 いや、“動かす”。


 ゲートが閉まる。

 誘導灯が点滅する。

 サイネージが嘘を吐く。


 暴力ではない。

 手順だ。

 手順の悪意。


 コメントが一斉に飛ぶ。


「なにあれ」

「ロボ?」

「ドロイド?」

「いや、あれVXじゃね?」

「VXってOCMのだろ」

「……番号がない。消してる」

「保全タグだけ残ってる、怖」

「やべ、テロ確定」


 義弘は膝に力を込めた。

 痛みが走る。

 だが、今は痛みに構っている余裕はない。


 外縁に、似た形が増える。

 三つ、四つ、五つ。


 揃っていない。

 同じなのに違う。

 寄せ集めの統一感。

 ——出所不明の統一感。


 雑兵が作るのは脅威ではない。

 “半端な脅威”だ。


 梁を揺らす。

 火花を散らす。

 倒れそうで倒れない。

 倒れそうに見せる。


 人が集まる。

 カメラが寄る。

 野次馬が壁になる。


「危ない!退け!」


 義弘が叫ぶ。

 だが、叫ぶ声は増える声に飲まれる。


「撮れ!撮れ!」

「近い方が映える!」

「義弘!義弘!」


 ——その時だった。


 会場の反対側で、空気が割れた。


 誰かが、完璧なタイミングで現場に滑り込む。

 完璧な速度。

 完璧な角度。

 完璧な姿勢。


 サムライ・スーツ。

 義弘の型。

 義弘の動き。


 だが——義弘ではない。


 “サムライ・ヒーロー・義弘”だった。


 影が動く。

 目を奪う動きで、救助をする。

 救助の動作が、まるで演武だ。

 無駄がない。

 無駄がないほど、無情だ。


 群衆のカメラが、一斉に向きを変える。


 義弘が指示している避難導線から、

 影が制圧する“映え”へ。


 コメントが踊る。


「うおおおおお」

「あっちが義弘じゃん」

「完璧すぎ」

「候補者は演説してて」

「現場はこっちでいい」

「二人で分業しろ」

「いや、完璧な方だけで良くね?」


 義弘は歯を食いしばった。

 怒りではない。

 理解だ。


 ——これが儀式。

 “義弘という役”を奪うための儀式。


 義弘(本物)は、倒れかけた老人を支えた。

 泣いている子どもを抱き上げた。

 転んだ配信者の足元から人を引き剥がした。


 地味だ。

 だが、人間だ。


 影(義弘)は、梁を蹴り、機体を押し返し、火花を散らし、画面を飾った。

 完璧だ。

 だが、手順だ。


 義弘はその差を見た。

 見てしまった。


 ——人を見て動くか。

 手順を見て動くか。


 影の義弘が、出所不明の機体をひとつ“完璧に”倒した。

 倒し方が美しい。

 美しい倒し方は、危険だ。


 人は美しさを正義だと勘違いする。


 ——


 そのころ、別の場所。


 オスカー・ラインハルトの端末に、社内アラートが滑り込んだ。


 文章は短い。短いほど怖い。


 《海外部門:回収段取り進行》

 《対象:NECRO関連資産》

 《期日:前倒し》


 オスカーは一瞬だけ、微笑を失った。


 眉がわずかに歪む。

 目の奥の光が、氷から刃へ変わる。


「……奪う気か」


 その声は、誰にも聞かれない。

 だが、その一瞬の憤怒は、兄弟姉妹のものだった。


 ——一度死んで、戻った者たちの。


 オスカーはすぐに微笑を戻した。

 戻すのが怖い。

 怖いほど、慣れている。


「リッチ。レヴェナント。ドッペル」


 名を呼ぶ。

 呼んだ名は、命令になる。


 ——時間が落ちた。


 義弘側に残された余裕が、目に見えて削れた。


 ——


 会場は、ようやく落ち着き始めた。


 落ち着いたのは、事件が終わったからではない。

 事件が“編集可能な形”になったからだ。


 影の義弘が、最後の一機を制圧する。

 制圧の瞬間、カメラが寄る。

 コメントが爆発する。


「完璧!」

「義弘すげえ!」

「もうこの人でいい」

「候補者の方は何してたの?」

「避難誘導してたっぽい」

「地味w」

「でも市民守ってたのは本物じゃね?」

「どっちが本物?」

「二人いるなら最強じゃん」


 義弘は立ったまま、膝の痛みに息を吸った。

 痛みが遅れてくる。

 遅れてくる痛みほど、深い。


 事件の終わりに、もう一つの恐怖が始まる。


 会場の外縁、影の中で——

 工具のような腕を持つ機体が動いていた。


 それは戦っていない。

 救助もしていない。

 ただ、“回収”している。


 倒された機体の破片。

 剥がれたタグ。

 転がった記録媒体らしき小さな塊。


 掴む。

 折る。

 潰す。

 持ち去る。


 まるで現場に最初から組み込まれていた手順のように。


 義弘は気づく。


 ——証拠が消える。

 いや、証拠ではない。

 “存在”が消える。


 作業員の一人が、呆然とした顔で呟いた。


「……保全対象って呼ばれてた。あいつら、そう呼んでた」


 その言葉は小さい。

 小さいほど、真実に近い。


 義弘はその作業員を見て、頷いた。

 頷くしかない。

 今、これ以上言えば編集される。


 ——


 夜。


 新開市の画面は、もう会見会場ではなかった。


 まとめ動画。

 切り抜き。

 解説。

 比較。

 “義弘”という役の、切り刻み。


 タイトルが、勝手に固定化されていく。


「“義弘”が新開市を救った」

「市長候補、演説中に事故」

「完璧すぎる義弘、もう一人説」

「本物は政治へ、現場は“義弘”へ」


 義弘は画面を閉じた。

 閉じても、街は閉じない。


 トミーが肩の上で、眠たそうに言った。


「なあ。お前、気づいたか」


「何に」


「次の戦場だよ。現場じゃねえ。——“義弘”だ」


 義弘は静かに頷いた。


 そして、ひとり言のように呟いた。


「……なら、対峙するしかない」


 誰も聞いていない。

 だが、その言葉は次の話の始まりだった。


 会見という処刑台は、終わった。

 処刑台の上に残ったのは、死体ではない。


 “役”だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ