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第300話 神輿の上の危険源

 煙の中から現れたドラウグルとリンは、そのままハルニッシュ部隊へ噛みついた。


 迷いのない突入だった。

 煙幕が視界を切り、フルーテッドの薄い光が上空で揺れ、握手会だったはずの会場はすでに事故と祭りと衝突の境目が曖昧になっている。

 その真ん中へ、“ゴースト・ヒーロー”の二人は躊躇なく飛び込んだ。


 ドラウグルは真正面から行く。

 WEREWOLFの嫌な近接性能を、何の衒いもなくハルニッシュへ叩きつける。

 リンは一歩ずらした角度から入る。

 視線の流れと群衆の圧を読み、正面衝突ではなく“今もっとも崩れる位置”へ滑り込む。


 だが、さすがに多勢に無勢だった。


 ハルニッシュは多い。

 しかも今日のオールドユニオンは、以前のように現場で浮き足立ってはいない。

 フルーテッドの支援もある。

 羽根状パネルを持つ優雅な従者ドローンたちが、上から二人の位置と退路を薄く照らし、ハルニッシュの連携へ視覚支援を入れていた。


 ドラウグルが一機を崩す。

 だが次の機体が入る。

 リンが間合いを壊す。

 だが上からフルーテッドが位置を補正し、すぐまた塞がれる。


 押し切れない。

 それどころか、このままでは囲まれる。


 舞原朱音は、その苦戦を見た。


 そして次の瞬間には、もう理屈ではなく熱で動いていた。


「“アリス”をオールドユニオンに奪わせるな!」


 舞原が叫ぶ。


 その声は、会場の騒音の中でも妙に通った。

 語気だけが強いのではない。

 そこに含まれている意味が、新開市民の一番危ないところをちょうどよく叩いたからだ。


 アリスは誰のものか。

 オールドユニオンのものなのか。

 新開市のものなのか。

 そもそも“もの”という言い方自体がおかしい。

 だが、おかしいことほど、この街では熱を持ちやすい。


 舞原は自ら先頭に立って、ハルニッシュへ飛び掛かった。


 生身だ。

 非武装だ。

 それでも行く。

 行けると思っているのではない。

 行かなければならないと、信仰みたいに信じている。


 その後ろから、群衆が続いた。


 次々とハルニッシュへ食らいつく。

 拳を振るう者もいれば、ただしがみつく者もいる。

 何をすればいいのか分からないまま、とにかく前へ出る者もいる。

 アリスを守りたい者。

 オールドユニオンが気に食わない者。

 流れに酔っただけの者。

 便乗して暴れたいだけの者。

 その全部が同じ波になる。


 ハルニッシュ側は、それに対して本気で殴り倒すわけにはいかなかった。


 組織の兵だ。

 正規の顔を持つ。

 ここで生身の新開市民を本気で叩き伏せれば、それだけで今日の握手会は政治的に終わる。

 だから押し返しと拘束へ寄る。

 だがその“正しい対応”が、また別の群衆を引き寄せる。


 あっという間に揉み合いになった。


     *


 アリスは群衆に担がれたまま、その光景を見ていた。


 いや、見ているというより、揺られながら断片的に拾っている、に近い。

 神輿みたいに持ち上げられた小柄な身体は、足が地面へつかない。

 自分の意思で進めない。

 止まりたいところで止まれない。

 その不自由さが本気で嫌だった。


「降ろせ!」

「押すな!」

「だからそういうことじゃない!」

「やめろ、やめろって!」


 アリスは必死に説得する。

 だがヒートアップした群衆は止まらない。


 彼らはアリスを傷つけたいわけではない。

 むしろ逆だ。

 アリスを守りたい。

 アリスの声を聞きたい。

 アリスに自分たちの声を聞いてほしい。

 その欲望が、全部同じ方向へ向きすぎて、もう止まるより前へ出る方が自然になっている。


「順番守れ!」

「話すなら後で――」

「だから今じゃない!」

「今じゃないから落ち着け!」


 言えば言うほど、群衆は自分の声が届いたと勘違いする。

 それがさらに熱を呼ぶ。


 SABLEはシュヴァロフに守られながら、その中心を見ていた。


 黒い怪物は静かに、だが確実に群衆の圧からSABLEを切り離している。

 肩位置の上腕が、必要以上に威圧せず、それでいて近づきすぎる者へ“ここから先はだめだ”と示す。

 丁寧で、容赦がない。

 シュヴァロフらしい守り方だった。


「アリス……」


 SABLEが小さく呟く。

 だが今、彼女がアリスへ近づけば、また別の波を呼ぶ。

 それが分かるから、動けない。

 悔しさが胸の奥で静かに溜まる。


 GLASS VEILも、もう熱狂を抑えきれない。


 IRISが導線を引き直しても、その上へ別の人波が乗る。

 NOVAが声で散らそうとしても、散った先からまた集まる。

 MIRAの落ち着かせる声すら、今日は群衆の耳へは“背景のきれいな音”程度にしか入っていない。


 新開市民は飢えていた。


 お祭り気質。

 娯楽に飢えている。

 事故や騒ぎに群がる。

 そういう言い方は正しい。

 だが、それだけではない。


 満たされないのだ。


 何かが欲しい。

 誰かに話を聞いてほしい。

 自分が置いていかれている感じを、どうにか言葉へしたい。

 そして“アリス”は、それを聞いてくれる。

 口が悪くても、嫌そうでも、面倒くさそうでも、聞いてしまう。

 そのことを、この街はもう知っている。


 だから止まらない。


 舞原は、打ち震えていた。


「やっぱり……」


 ほとんど祈りみたいに言う。


「やっぱり新開市はアリスを求めてる……」


 彼女にとって、これは証明だった。

 アリスは新開市の中心だ。

 戻ってくるべき存在だ。

 そう信じていたものが、いま目の前で現実になっている。

 危険でも、無責任でも、だからといってこの瞬間の感動は薄れない。


 榊圭吾もまた、別の意味で心を打たれていた。


 ただの一人の人間が。

 武器でも、演出でも、脚本でもなく。

 “聞いてしまう”という性質だけで、これほど巨大な街を動かしうるのか。


 レオンの仕込みとは違う。

 オールドユニオンの握手会とも違う。

 もっと生々しくて、もっと危なくて、もっと本物だ。


 榊は撮りながら、指先が少しだけ震えるのを感じていた。


     *


 群衆の波は、ついにオールドユニオンの壁を突き破った。


 ドラウグルとリンを先頭にしたわけではない。

 だが結果として、煙の中から現れた“ゴースト・ヒーロー”が先にいて、その後ろへ群衆が雪崩れ込む形になった。

 絵としては、最悪なくらい整っていた。


 ハルニッシュの列が乱れ、

 フルーテッドが上空で位置を取り直し、

 治安機関が外縁から制止線を引く。


「止まれ!」

「押すな!」

「列を分けろ!」

「怪我人を下げろ!」


 真鍋の部下たちが必死に声を張る。

 止めようとしている。

 実際、一部の流れは切れている。

 だが主流が大きすぎる。

 熱が先に走り、規制線があとから追いかける形だ。


 気づけば、群衆は治安機関に追いかけられている形になりながらも、アリスを担いだまま巨大なパレードを始めてしまっていた。


「アリス! アリス!!」

「新開市は誰のものでもない!」

「アリスを返せ!」

「いや返せじゃねえ、戻ってきてくれ!」

「新開市! 新開市!」


 コールが増える。

 増えるたび、列の自己正当化が強くなる。

 もうこれは握手会ではない。

 デモでもない。

 救出劇でもない。

 新開市が勝手に自分の神話を始めた形だった。


 アリスはその上で、急いで端末を引き寄せた。

 揺れる。

 担がれているから安定しない。

 それでも何とか指を滑らせ、アザドへ回線を繋ぐ。


「出ろ」


 開口一番、それだった。


 すぐにアザドが応答する。

 この男はこういう時、無駄に早い。


『聞こえている』


「オールドユニオンの介入はやめろ」


 アリスは息を荒くしながら言う。


「列が疲れるのを待つ。治安機関と協力して、そこから何とか解散させる。今お前らが入ったら、群衆はもっとヒートアップする」


 アザドは一拍だけ黙った。

 その沈黙が、返答を選んでいる時間だとアリスには分かる。


『有効だ』


 やがてアザドは言った。


『君の策は有効だろう。列は永遠には続かない。疲弊し、密度が落ち、どこかで解体の機会が来る』


「だったら――」


『だが』


 アザドは遮った。


『オールドユニオンはオールドユニオンの面子にかけて、君を“救出”する』


 アリスは舌打ちした。

 最悪な予感が、そのまま言葉になった。


『今度は大型ドローンだ』


 アザドの声は冷静だった。


『リノトーレークスを投入するだろう』


 その名を聞いた瞬間、アリスは背筋が冷えた。


 オールドユニオンの現場鎮圧札。

 都市戦で逃げ場を奪い、非致死の名目で再起不能寸前まで持っていく、工具の束みたいな無人兵器。

 群衆の中へ入るには、最悪の札だった。


「待て」


 アリスは即座に言う。


「なんとか時間を稼げないのか。あと少しでいい。列を疲れさせてから――」


『不可能だ』


 アザドはあまりにも早く答えた。


『なぜ』


『新開市が君を求めるように、オールドユニオンのアリス協調派も、君の有用性を完全に認めたからだ』


 アリスは言葉を失った。


 強硬派ではない。

 自分に協力的なはずの側だ。

 その側ですら、今の状況を見て“アリスは使える”と確信してしまった。

 もう誰も、アリスをただの一個人としては見ていない。

 新開市も。

 オールドユニオンも。


 八方塞がりだった。


 群衆は自分を担いで熱狂している。

 オールドユニオンは面子のために“救出”へ来る。

 治安機関だけでは止めきれない。

 義弘も真鍋も、いまここにいない。

 自分の存在そのものが、街の中心で回転し続けている。


 アリスはその時、最後の手段を思い出した。


 アライアンス。

 新開市のインフラの守護者。

 都市が本当に壊れかけた時にだけ、冷たく、だが確実に線を引く側。


 “氷の母”。


 アリスはアザドとの回線を切ると、そのまま別の回線を開いた。

 揺れる。

 声が上から降る。

 誰かの肩に持ち上げられたまま、無理やり安定を取る。


「繋げ」


 短く言う。


 少しの待ちのあと、冷えた回線が開いた。

 人の温度をわざと削ったような沈黙。

 その向こうにいる相手の存在だけで、空気が変わる。


『……アリス』


 “氷の母”の声だった。


 アリスは一瞬だけ目を閉じた。

 ここへ繋いだ時点で、もう半分は決めている。

 それでも、言葉にするのは重かった。


「私が」


 喉が少しだけ詰まる。

 だが止めない。


「私が、私の存在が、インフラを、新開市を脅かしている」


 その言葉は、自己嫌悪でも悲劇ぶった独白でもなかった。

 都市危機としての自己申告だった。


 自分がいるから群衆が集まる。

 自分がいるから外部勢力が動く。

 自分がいるから新開市はまた神話を作り、それがインフラを脅かす。

 ならば、自分を止めるしかない。


 アリスは次の言葉を、ほとんど噛みしめるように言った。


「私を拘束してほしい」


 群衆のコールはその間も止まらない。


「アリス! アリス!!」

「新開市! 新開市!!」


 その声を背にして、アリスは自分自身を都市危機要因として差し出した。


 これ以上、他に止め方がないと思ったからだ。

 外も止まらない。

 中も止まらない。

 なら、自分を止めるしかない。


 “氷の母”の向こうで、わずかな沈黙が落ちる。


 その沈黙の冷たさが、かえって救いに近く感じられるほど、アリスは追い詰められていた。


 新開市の神話は、また一つ熱を増している。

 だがその中心に担ぎ上げられたアリス自身は、今まさにその神話ごと自分を凍らせようとしていた。

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