表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/301

第296話 総力の影、勝たせるための敗北

 アリスが本気で警戒している時、そのやり方は露骨だ。


 もともと彼女は、自分の手札を全部表へ並べるタイプではない。

 危険を読む。

 相手の意図を読む。

 その上で、必要なものだけを必要な場所へ置く。

 だからこそ、新開市に長く生き残れた。


 そんなアリスが、その日のキャンペーンにシュヴァロフ、コロボチェニィク、グリンフォン、ブージャムまで同行させた時、さすがのオールドユニオン側も、GLASS VEILも、言葉を失った。


 出発前の待機区画。

 白と淡い銀を基調としたGLASS VEILの装いの横に、アリスのドローンたちはあまりにも異質だった。


 シュヴァロフ。

 光を吸う黒。

 巨大な腕を背負い、静かな怪物みたいに立つ最強機。


 グリンフォン。

 白い巨大翼を持つ、気取り屋の騎士。

 飛行形態と二脚歩行を切り替える異形の可変機。


 ブージャム。

 煙のように現れ、怪獣さえ沈黙させる、アリスの影の獣。


 そしてコロボチェニィク。

 逆三角形の重装胴体に、三対の巨大腕。

 建設重機じみた質量と、正面から殴ることだけへ振り切られた暴力。

 他のドローンたちが何らかの“気の利いた”個性を持つ中で、こいつだけはむしろ清々しいほどに脳筋だった。


 アリスがその四機を一度に表へ引っ張り出してきた。

 それだけで、わかる者にはわかる。

 今回は本当に、何かある。


 IRISが、珍しくはっきりと眉を動かした。


「……全部?」


 短い問いだった。

 アリスは白いフードの奥で赤い目を上げる。


「全部じゃない」


 ぶっきらぼうに返す。

 だがその返答自体が、かなり不穏だった。

 “全部じゃない”と言えるということは、彼女の中ではまださらに手札の切り分けがあるということだ。


 NOVAが思わず口の端を引きつらせる。


「いや、十分すぎるんだけど」


 MIRAは何も言わなかったが、視線だけが一機ずつ丁寧に追っていた。

 SABLEは、その意味をちゃんと理解していた。


 アリスはもう、レオンの予告をただの煽りとしては扱っていない。

 本当に大型ドローンが来る。

 そして来るなら、自分は止める。

 その覚悟が、今日は最初から形になっている。


「無理しないで」


 SABLEが小さく言った。


 アリスは顔をしかめる。


「してない」


「してる時ほど、してないって言う」


「うるさい」


「うるさく言う」


 義弘みたいなことを言うようになったな、とアリスは一瞬だけ思って、余計に不機嫌になった。

 だがSABLEの言葉の芯には、以前とは違う重さがあった。

 ただアリスに憧れているだけではない。

 その無理が、どう消費され、どう利用されるかまで知ってしまった者の重さだ。


 オールドユニオン側の護衛線を束ねるアザドは、そのやり取りを少し離れて見ていた。

 表情は変わらない。

 変わらないが、内心では明らかに計算を修正している。


「ここまで持ち出すか」


 低く呟くと、そばにいたハルニッシュ隊長が短く応じた。


「警戒度を上げますか」


「当然だ」


 アザドは即答した。


「レオンは今回、本当に来るつもりだ」


     *


 そして案の定、アリスの戦闘用ドローンたちは、出発前から新開市民を引き寄せた。


 アリスがいれば人が集まる。

 GLASS VEILがいればなお集まる。

 そこへ、見たことのあるアリスの戦闘用ドローンまで来る。

 もう止まるはずがない。


 新開市民は、危険を危険としてだけは見ない。

 珍しさと、神話性と、近くで見たいという欲望を、いつも同じ袋へ突っ込んでくる。

 だから列はまたしても、たちまちのうちに魑魅魍魎パレードへ変質した。


 観光客。

 野次馬。

 アリスへ文句を言いたい者。

 アリスのドローンが見たいだけの者。

 配信者。

 モブのサムライ・ヒーロー。

 ヴァーチャル・サムライ。

 自警団気取り。

 導線屋。

 そして、何かが起きる前から“起きる場”を探している匂いのする人間たち。


 アリスはそれを見て、本気で嫌そうな顔になった。


「増えすぎ」


 SABLEが苦笑しそうになり、しかし笑わなかった。

 笑える状況ではないからだ。


「私、前よりこの街がちょっと怖い」


 SABLEが小さく言う。


「今さら」


 アリスはそっけなく返した。


「でも嫌いじゃない」


 そこまで言って、少しだけ言い過ぎたと思ったのか、SABLEは目を伏せた。

 アリスはちらりと横目で彼女を見る。

 わかる。

 その気持ちがわかるから、余計に面倒だった。


 この街は本当に、どうしようもなく御し難い。

 危険で、うるさくて、祭りと事故の境目が曖昧で。

 でも、そこにしか生まれないものもある。

 そのことを、アリスもSABLEももう知ってしまっている。


     *


 一方その頃、義弘と真鍋は、レオンの線を追っていた。


 パレード本体をアリスとSABLEとオールドユニオンへある程度任せ、自分たちは元凶の方へ回る。

 これはアリスからの頼みでもあったし、義弘自身の判断でもある。


 真鍋の治安機関は、すでにいくつかの潜伏場所へ踏み込んでいた。

 だがレオンはそれをまるで気にしていないようだった。

 むしろ、踏み込ませている気配すらある。


「おかしいですね」


 真鍋が端末を見ながら言う。


「潜伏地点を切ること自体はできています。ですが、どこも妙に“捨てやすいもの”ばかり残している」


「本命じゃない」


 義弘が短く返す。


「ええ。問題は、本人がまるで焦っていないことです」


 義弘も同じ感覚を持っていた。

 レオンは今回、“逃げ場”を用意した上で舞台を作っている。

 つまり、見つかることも、踏まれることも、計算の中だ。


 トミーが通信越しに鼻を鳴らす。


『あのクソ野郎、最初から“祭りの開催告知”みてえなことしてやがる。導線屋にも迷惑配信者にも、情報が広がりすぎだ』


「隠す気がない」


 義弘は言う。


「いや、違うな。隠せないことまで含めて、舞台にしてる」


 そこが嫌だった。

 レオンはもう、潜伏と隠密を中心にしていない。

 “今から何か大きいことが起きる”という予感そのものを街へ流し込み、その待機状態ごと神話に変えようとしている。


 真鍋が顔を上げる。


「だったら近いです」


「何が」


「待機場所。治安機関の手が届きそうになった時に、あちらは動きます。そうでないと、ただ踏まれて終わる」


 義弘は頷いた。


「来るぞ」


     *


 レオンは、その時をずっと待っていた。


 隠しきれない程度に隠す。

 踏み込まれそうな気配をわざと作る。

 導線屋には“そろそろ祭りだ”と知らせる。

 迷惑配信者には“今夜は張っておけ”と流す。

 そして、“ゴースト・ヒーロー”には準備だけさせる。


 そうして治安機関の手が、いよいよ大型ドローンの待機場所に届きそうになった時、レオンは躊躇なく切り替えた。


「いい頃合いだ」


 彼は笑った。


「始めよう」


 新開市のあちこちから、三つの影が現れた。


 VX-19 SKYLANCE。

 つぎはぎの怪獣。

 傷だらけの可変型亡霊。


 LC-08 スコルピウス。

 殴るためだけのシルエット。

 格闘で可動を殺す獣。


 LC-07 アーバレスト。

 四脚の軍用重装機。

 低重心と背部ラックの圧で押し潰す戦闘機。


 街はそれだけで沸いた。

 いや、もう沸いていたものへ、ようやく本物が落ちてきたと言うべきかもしれない。


 アリスはその気配を感じた瞬間、もう迷わなかった。


「散開」


 短い命令。


 グリンフォンが先に飛び上がる。

 白い翼を広げ、煙とネオンの上へ出る。

 上空で待っていた騎士が、ついに本来の舞台を与えられたみたいに、どこか大仰に旋回した。


 コロボチェニィクは地を踏み鳴らす。

 三対の巨大腕がわずかに広がり、戦闘前に野獣めいた威嚇の仕草を見せる。

 気合の入り方が露骨だった。


 ブージャムは、逆に静かだった。

 煙のように位置を変え、アーバレストが来るであろう線へ最短で消える。


 シュヴァロフだけが、アリスのそばに残った。


 SABLEがその意味をすぐに理解する。


「……切り札」


 アリスは答えなかった。

 だが、その沈黙が答えだった。


 彼女は最初から、レオンの本命を大型ドローンだけだとは思っていない。

 レオンの本当に欲しい絵は、“ゴースト・ヒーロー”とアリスの衝突だ。

 ならば、WEREWOLFは必ずどこかで出る。

 そこをここで叩く。

 完全に制圧する。

 そのつもりで、シュヴァロフを手元に残していた。


「避難を優先する」


 アリスが言う。


 SABLEは頷いた。

 もう反論しない。

 アリスが何を温存し、何を散開させたかを理解したうえで、自分がいまどこに立つべきかもわかっている。


     *


 戦端は、三方向で同時に開いた。


 上空では、グリンフォンがSKYLANCEを迎え撃った。


 つぎはぎの怪獣は飛ぶ。

 完全な可変ではない。

 継ぎ目だらけで、動くたびに鳴ってはいけない音を鳴らしながら、それでも推進器で空を裂いてくる。

 それに対し、グリンフォンは白い巨翼を広げ、飛行形態のまま四脚じみた安定を保ちつつ、猛禽類のように位置をずらす。


 正面からぶつからない。

 グリンフォンは軽い。

 頑丈でもない。

 だからこそ、いなす。

 爪で切る。

 高低差を使う。

 そして二脚歩行形態へ一瞬切り替え、翼の加速を乗せた突きをレイピアのように打ち込む。


 気取り屋の騎士は、空戦ですらどこか芝居がかっていた。

 だがその芝居がかった優雅さの奥に、的確な殺意がある。


 地上では、コロボチェニィクとスコルピウスがぶつかった。


 片や、三対の腕を持つ重装の脳筋。

 片や、格闘で動きを殺しきる獣。


 コロボチェニィクは正面から行く。

 細かいことは考えない。

 自身の損傷も気にしない。

 殴る。

 掴む。

 押し込む。

 巨大な腕が何本も動くたび、周囲の空気まで震えた。


 スコルピウスは、それに対して真正面から応じる。

 格闘で殺しきるためのシルエット。

 連打、掴み、投げ、関節方向への破壊入力。

 一撃で終わらない。

 終わらないまま、確実に可動を奪いにくる。


 殴り合いではない。

 可動の削り合いだ。

 コロボチェニィクがゴリ押しで踏み込み、スコルピウスがその動きを壊そうとする。

 気合と殺法が真正面からぶつかる。


 そして、アーバレストの前にはブージャムがいた。


 四脚の軍用重装機。

 背部ラックを持つ低重心の切り札。

 それに対して、煙のように現れたブージャムは、またしても正面からの勝負を拒む。


 アーバレストの本質は踏ん張りだ。

 なら踏ん張らせない。

 段差へ誘う。

 荷重の置き方をずらす。

 近づきすぎず、しかし離れすぎず。

 重装の圧を、沈黙へ変えるための近接戦。


 アリスのドローンたちは、それぞれの機体思想そのままに戦場を切り分けていた。


     *


 その頃、WEREWOLFたちは一枚岩ではなかった。


 レオンが用意した“次の神話の舞台”に乗るかどうか。

 それが、もう四人の中で同じ答えにならない。


 榊圭吾は明らかに乗り気ではなかった。


「違う」


 短く言う。


「ここでアリスに挑むのは違う」


 舞原朱音も珍しく、はっきり同意した。


「自治を掲げるなら、これは筋が悪い」


 彼女の目には、アリスのドローンたちが新開市の上で散開した瞬間が、ある種の感動として焼きついていた。

 組織の広告ではない。

 企業ヒーローの見栄でもない。

 街を守るために、本当に必要な戦力を、ためらわず全部出してきた。

 それは彼女の中の何かへ強く触れた。


 一方で、ドラウグルとリンは別のところに立っていた。


「ここで退いたら終わる」


 ドラウグルが言う。

 声は低いが、迷いはない。


「永遠に“煙の中の何か”だ。ゴースト・ヒーローになりたいなら、今やるしかない」


 リンも同じだった。

 彼女の中には、企業ヒーローとして届かなかった席への執着がまだ残っている。

 今退けば、また何者でもない方へ戻る。

 それが怖い。


「……永遠に」


 リンが低く言う。


「“本物”に届かないまま終わるのは、もう嫌」


 四人の押し問答は、短いが重かった。

 その間にも戦場は動く。

 アリスのドローンたちは各所で火花を上げ、オールドユニオンの部隊も徐々に本格参戦し始める。


 そんな中で、舞原だけが、一瞬だけ素人みたいな失敗をした。


 アリスの全力出撃に、密かな感動を覚えていたのだ。


 白いフードの小さな少女が、街のために自分の怪物たちを全部表へ出した。

 その事実へ、舞原の心がわずかに持っていかれる。

 その一瞬、彼女は配信者たちの視界に、あまりにも不用意に身を晒した。


 監視していたアリスの目は、それを見逃さなかった。


     *


 煙の向こうから、アリスが現れた。


 白いフード。

 黒髪。

 片目を隠す前髪の下に、赤い目。

 その横にシュヴァロフ。

 黒い怪物は静かに、だがもう完全に戦闘の気配をまとっている。


 舞原は、その姿を見た瞬間、もう戦意を失っていた。

 いや、もともとかなり薄れていたものが、そこで決定的に折れた。


 アリスは舞原を見た。

 そして彼女がすでに戦う気を失っていることを、一瞬で理解した。

 だからそこにはほとんど構わない。

 構うべきは、まだ前へ出る三人だ。


「……来る」


 SABLEも、少し遅れて追いついてくる。

 彼女はアリスの横に立つというより、少し斜め後ろに入った。

 シュヴァロフが前へ出るための邪魔にならない位置だ。


 ドラウグル。

 リン。

 榊。


 WEREWOLFの三人が、シュヴァロフと戦闘に入る。


 黒い怪物は強かった。

 奇襲と強襲を得意とする最強機。

 光学迷彩を切ったままでもなお、次の位置が読みにくい。

 肩へ移動した巨大腕が鋭い爪を振るい、胸部装甲の中に隠れた腕が細かい制御を積み上げる。

 鳥じみた脚が予測不能な立体機動を作り、熱・衝撃置換装置が一撃の質を変える。


 ドラウグルは武力で受けようとする。

 リンは間合いと見栄えの感覚でずらしにかかる。

 榊は導線と位置でシュヴァロフの最短を崩したい。


 だが、崩れない。


 シュヴァロフは三人が三人でなくなる瞬間を、すでに見ていた。

 舞原が抜け、榊も迷っている。

 ならば実質は二枚半だ。

 押せる。


 そこへSABLEが言葉を投げた。


「榊」


 短く名を呼ぶ。


「これ、あなたの映えじゃない」


 榊の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。


 SABLEは続ける。


「いま見せられてるだけだ」


 その言葉は、榊にとって一番痛いところを突いた。

 彼が求める“本物の映え”は、誰かが用意した敵と舞台で殴り合うことではない。

 個人が危険な場で輪郭を剥き出しにする瞬間だ。

 いま自分たちは、あまりにレオンの脚本へ寄りすぎている。


 榊は息を吐いた。


「……最悪だ」


 そう呟いて、一歩引く。


 それで三人が、二人になった。


 ドラウグルとリン。

 そしてシュヴァロフ。


 もう勝負は見えていた。


 黒い怪物は、一気に圧を強めた。

 ドラウグルの踏み込みを巨大腕で噛み、リンの軌道を胸部側の腕で崩し、鳥じみた脚の立体機動で二人の連携を切る。

 圧倒し始める。

 完全に沈める寸前までは、まだ行かない。

 だが二人が、このまま正面から続ければ折れるところまでは見える。


     *


 各地の大型ドローン戦線も、少しずつ押され始めていた。


 グリンフォンはSKYLANCEを空で絡め取り、

 コロボチェニィクはスコルピウスと泥臭い格闘の果てに押し返し始め、

 ブージャムはアーバレストの踏ん張りを削り続けている。

 そこへオールドユニオンの部隊も本格的に噛み始める。

 レオンの出した駒たちは、暴れはした。

 だが暴れ続けるには足りなくなってきていた。


 それを見て、レオンは満足した。


 十分だ、と彼は思った。


 十分暴れた。

 十分見せた。

 十分に街へ“また大きいものが来た”という感覚を焼きつけた。

 ここから先は戦術の勝ち負けではない。

 どの印象が残るかだ。


 だから彼は“ゴースト・ヒーロー”へ撤退を命じようとした。


 その時、義弘が追いついてきた。


 白のサムライ・スーツではない。

 それでも、その顔と立ち方だけで十分に“厄介な現場の男”の圧がある。

 レオンはそれを見て、あっさり切り替えた。


「HOUND」


 短く命じる。


 VX-07 HOUNDが放たれる。

 都市内追跡に長けた、嫌な犬ども。

 レオン自身はそこで戦わない。

 義弘へHOUNDを噛ませ、その隙に自分はもう退却線へ乗る。


 義弘は、その逃げ方を見て、はっきり嫌な予感を覚えた。


「……抵抗しない」


 HOUNDを捌きながら、低く言う。

 レオンはここで意地を張らない。

 何かを守るでもない。

 意地の一撃もない。

 逃げの一手に専念している。


 つまり本命は、ここではない。


「トミー」


 義弘が通信を飛ばす。


『聞こえてる』


「レオン、逃げに徹してる。何かある」


『何かって何だよ』


「そこまではまだ分からん。だが、こいつは今回の戦闘自体を惜しんでない」


 それが一番嫌だった。


     *


 レオンの大型ドローンたちは最後に煙幕を撒き散らした。


 街へ、戦場へ、配信者のカメラへ、群衆の視界へ。

 何もかもを白く曖昧にし、最後の混乱を広げる。

 だがそれでも、全機鎮圧された。


 アリスのドローンたち。

 オールドユニオンの部隊。

 義弘と真鍋の治安機関の追い込み。

 それら全部が最終的には上回った。


 戦術だけ見れば、レオン側の敗北だった。


 煙と撤退の混乱に紛れて、ドラウグルとリンはその戦場を離脱した。

 榊と舞原はすでに半ば戦線から落ちていた。

 “ゴースト・ヒーロー”は綺麗な形では残らない。

 バラけ、疲れ、消耗し、それでもまだ完全には終わっていない。

 そういう姿で影へ戻っていく。


 義弘はHOUNDを沈め、ようやく呼吸を整えたあとも、嫌な予感が消えなかった。


 “ゴースト・ヒーロー”たちは、もはや新開市では治安機関に逮捕される側の存在に近い。

 OCM海外部門も、もう表立って支援しないだろう。

 なのにレオンは、なぜ現地戦力である“ゴースト・ヒーロー”を切り捨てない?


 その疑問が、喉の奥に棘みたいに引っかかる。


「……まだ使う気だ」


 義弘が小さく言う。


 トミーが返す。


『あ?』


「レオンは、あいつらをまだ使えると思ってる」


 どう使うのか。

 そこがまだ見えない。

 だが見えないからこそ嫌だった。


     *


 そのころ、レオンは残存の“ゴースト・ヒーロー”たちを集めていた。


 疲労困憊だった。

 煙と戦闘と撤退で顔は汚れ、呼吸は荒く、誰もが今日の戦闘で何かを削られている。

 ドラウグルとリンも、綺麗な勝利の顔はしていない。

 むしろ、消耗と苛立ちと、少しの空白がある。


 その顔を一人ずつ見ながら、レオンはあえて明るく言った。


「諸君、喜びたまえ」


 その調子に、ドラウグルは露骨に顔をしかめる。

 リンは答えない。

 榊は嫌そうに視線を逸らし、舞原は疲れきった顔のまま黙っている。


 レオンは構わない。


「今回の大勝利で、オールドユニオンが再び新開市に影響をもたらそうと大規模でやって来るだろう」


 大勝利。

 その言葉に、何人かがわずかに苛立った。

 大型ドローンは全機失った。

 戦術的には押し返された。

 どう見ても、勝った戦いではない。


 だがレオンは続ける。


「あのサムライ・ヒーローである義弘やアリスですら苦戦した組織だ」


 ここで彼は、わざとアリスと義弘を同じ文へ並べる。

 新旧の神話の中心。

 新開市がまだ強く見ている二人。


「彼らが窮地に立たされた時、我々“ゴースト・ヒーロー”が助けに入る」


 そこでレオンは、にやりと笑った。


「喜びたまえ。これで完璧な闇のヒーローだ」


 その言葉のねじれを、全員が理解していた。


 いま敵に見える。

 いまは治安機関に追われる。

 いまは煙の中から現れて、街を混乱させる側ですらある。

 だが次には、“もっと大きな敵”が来た時に助ける側へ回る。

 そうすれば、闇のヒーローとして完成する。

 レオンはそう言っている。


 ドラウグルは、その理屈のどこかに筋を感じかける自分へ、かえって苛立った。

 リンは、こんなふうにしか主役へ近づけないのかと苦く思う。

 榊は、その物語の美しさがほとんど人工物だとわかっているからこそ嫌悪した。

 舞原は、新開市の自治を守るどころか、また大きな外部勢力の侵入を呼び込む構図に寒気がした。


 だが、それでも。


 あと一歩で定着する。

 あと一歩で、新開市の側が彼らを“必要な影”として受け入れるかもしれない。

 その飢えだけは、まだ全員に残っている。


 レオンはその飢えを見ていた。

 見た上で、また次の神話を置いていく。


 新開市の夜は、今日もまた何かが終わった顔をして、何も終わっていない。

 アリスはドローンたちを戻し、義弘は義弘で嫌な予感を抱えたまま現場の収束へ走り、オールドユニオンは大規模介入の理屈をまた積み上げ始めるだろう。

 そしてその全部を、煙の中から助けに来る“闇のヒーロー”という物語だけが、静かに先回りして待っている。


 レオンは笑っていた。

 疲れ果てた影たちの前で、一人だけまだ舞台の続きを見ていた。

 そこが、この男の一番嫌なところだと、誰もがもう十分に知っている。


 それでも舞台は止まらない。


 止めたくても、止まらない。

 新開市が、そういう街だからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ