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第294話 拡散される神話、締め上げられる影

 新開市は、事件そのものより、その切り抜かれ方で次の現実を決める街だった。


 だから、パレードの混乱がひとまず収まり、煙が薄れ、負傷者の搬送と列の解体と各勢力の言い訳が始まる頃には、もう別の戦場が立ち上がっていた。

 画面の中だ。


 最初に流れたのは、いかにもそれらしい見出しの動画だった。


 「オールドユニオンのパレードに所属不明のアーバレスト突入の瞬間!?」

 「煙の中から謎のヒーロー登場! 彼らは何者なのか!?」

 「オールドユニオン、新開市で戦争勃発か!?」


 どれもこれも、現場で実際に起きたことの一部だけを誇張し、残りを都合よく削ぎ落とした見出しだ。

 だが新開市では、そういう見出しの方が早い。

 早くて、強くて、気持ちいい。

 気持ちいいから、すぐ広がる。


 そして問題なのは、そういう“それっぽい報道”だけではないことだった。


 すぐさまもっと俗な動画や映像が出回り始める。


 「アリスちゃん至近距離の映像」

 「どさくさにGLASS VEIL撮ったったwww」

 「SABLE守り隊」

 「煙の中の白いやつ誰」

 「グリンフォン飛来シーンまとめ」


 それらは報道ではなく、消費だった。

 事故も混乱も危機も、ぜんぶ“見たかったもの”へ変換してしまう、新開市のいつもの悪い手癖。

 だが悪い手癖だからといって弱いわけではない。

 むしろそういう雑で低俗な断片の方が、街の神経へ深く刺さる。


 コメント欄は早くも溶けていた。


 「アリスってやっぱ救世主じゃん」

 「SABLE、前より柔らかくなってない?」

 「いやアーバレスト誰のだよ」

 「マッチポンプくさい」

 「オールドユニオンの仕業だろ」

 「いや煙のやつら新ヒーローでは?」

 「ゴースト・ヒーロー、普通にアリ」

 「また新開市かよ」

 「また新開市だよ」


 その反応のどれもが、半分は的外れで、半分は妙に真実へ触れていた。

 そして厄介なのは、それらが誰の思惑とも少しずつ違う方向へ転がっていることだった。


 アリスの望みとも違う。

 レオンの完全な脚本とも違う。

 オールドユニオンの広報とも違う。

 導線屋の“映え”とも違う。

 義弘の火消しの意図とも違う。

 “ゴースト・ヒーロー”自身が思い描く闇のヒーロー像とすら、微妙にずれている。


 それでも世論は、勝手に形を作っていく。


 アリスは救世主。

 SABLEはさらにかわいくなった。

 アーバレストは誰かのマッチポンプ。

 オールドユニオンはまた外から好き勝手している。

 “ゴースト・ヒーロー”は新しいヒーローの形。


 新開市の世論は、前回のパレードの時と同じように、混沌としていた。

 混沌としているくせに、ちゃんと次の神話の輪郭だけは先に作ってしまう。


     *


 アリスは、その街の厄介さに頭が痛かった。


 療養施設の一室。

 窓の外ではいつもの新開市の夜景が、何事もなかったみたいに明るい。

 その明るさが、今日は余計に腹立たしい。

 アリスは端末の画面に流れてくる切り抜きと見出しを見ながら、露骨に顔をしかめていた。


「最悪」


 短く言う。


 誰に向けた言葉か、自分でも半分わかっていない。

 動画か。

 街か。

 レオンか。

 オールドユニオンか。

 あるいは全部か。


 アリスは理解していた。

 LC-07アーバレストは、間違いなく今回の混乱のきっかけだった。

 OCM海外部門が持ち込んだ切り札。

 レオンが煽りと演出のために噛ませた軍用重装機。

 それがなければ、あの瞬間の混乱はもっと小さかったかもしれない。


 だが、それはやはり“きっかけ”にすぎないとも、アリスはわかっている。


 あの街は、きっかけさえあれば勝手に燃える。

 危機そのものだけでなく、危機の予感でも燃える。

 群衆の視線、配信のコメント、導線屋の手癖、祭りと事故と正義感の境目が曖昧な気質。

 それが全部合わさって、新開市は自分で自分の混乱を呼び込んでいる。


「……しょせん、きっかけ」


 アリスは小さく呟く。


 レオンの持ち込んだアーバレストはたしかに悪い。

 だが、本当に厄介なのは、それを“最高の話題”へ変えてしまう新開市の悪癖だ。


 そして、すでにその悪癖によって、“ゴースト・ヒーロー”は受け入れられつつある。


 まだ全面的な支持ではない。

 まだ疑いも混ざっている。

 それでも確実に、「ああいう新しいヒーローもアリではないか」と思い始める層が出ている。

 煙の中から現れ、危機へ割って入り、完全には説明されずに消える。

 そんな影のヒーロー像は、新開市の観客にあまりにも相性がいい。


 それが嫌だった。

 嫌で、怖かった。


 アリスは端末を伏せた。

 本当なら、今すぐレオンを追いたかった。

 アーバレストを新開市へ持ち込み、またしても混乱の引き金を引いたOCM海外部門。

 すなわちレオン。

 そこへ噛みつかなければ、また次が来る。

 その確信がある。


「行く」


 アリスがぼそっと言う。


 部屋の隅で静かに待機していたシュヴァロフが、ぴくりと頭部を動かした。

 気づいた。

 この小さな主人がまた一人でどこかへ行こうとしている時の、あの嫌な気配を。


 だが、それより先にアザドから回線が入った。


     *


 アザドの声は、相変わらず落ち着いていた。


「駄目だ」


 開口一番、それだった。


 アリスは端末を見る。

 そこに映る男の顔は、今回の騒ぎで世論がどう転んだかをすでに計算し終えている顔だった。


「まだ何も言ってない」


「言う前にわかる」


「むかつく」


「知っている」


 そればかりだ、とアリスは思う。

 この男は本当に、人の苛立ちを事実として受け流すのがうまい。


「レオンを追うつもりだろう」


 アザドは続ける。


「当然だ」


「当然ではない」


 アリスが眉を寄せる。

 アザドは一拍置いてから、冷静な口調のまま話を進めた。


「君は、自分の提案――新開市民の声を聞く任務――を続行しろ」


「今それ言うのか」


「今だから言う」


 アザドの目は、少しも揺れない。


「“ゴースト・ヒーロー”がオールドユニオンを敵役にするなら、大変結構」


 その言葉に、アリスは嫌そうな顔をした。

 アザドがこういう言い方をする時は、大抵その先に、組織としては正しくて人間としては嫌な話が続く。


「レオンたちは前回、君たちに痛い目を見せられている。今回も完全に思い通りだったわけではない。対してオールドユニオンは、多少叩かれようが、地力が違う」


 アザドは淡々と告げる。


「体力勝負なら、こちらが圧倒的に有利だ」


 アリスは黙った。

 言っていることはわかる。

 腹立たしいほどにわかる。


「それに」


 アザドはさらに言う。


「“ゴースト・ヒーロー”の支援線が海外のOCM海外部門にあるなら、こちらもそもそも海外勢力だ。表の顔も、圧力のかけ方も、君たちが思っているよりいくらでも持っている」


 そこまで言われて、アリスはようやく意味を正確に理解した。


「……締める気か」


「締める」


 アザドは一切ためらわなかった。


「海外からOCM海外部門に圧力をかける。“ゴースト・ヒーロー”の支援線がそこにあるなら、それごと絞れる。レオンの使える線は細くなる」


 その容赦のなさに、アリスは思わず眉間を押さえた。

 この男は本当に、感情で喧嘩をしない。

 その代わり、兵站と政治と立場で相手の呼吸を止めにいく。


「……容赦ない」


「必要なだけだ」


 アザドは言った。


「“ゴースト・ヒーロー”がこちらを敵にするなら、対価は払わせる。ヒーローごっこは、支援なしでは長く続かない」


 アリスはそこで、奇妙な感情を覚えた。


 同情。

 それに近いものだった。


 “ゴースト・ヒーロー”は確かに危険だ。

 利用されている。

 新開市と最悪に相性がいい。

 それでも、彼らだって本当は闇のヒーローでいたいわけではないはずだ、とアリスは思ってしまう。


 表のヒーローになりたい。

 正面から認められたい。

 ただ、もうそこへ届く道が見えなくて、煙の中から出るしかなくなった。

 そういう飢えの匂いを、アリスは彼らから嗅いでいる。


「……あいつらだって」


 アリスが小さく言う。


「闇のヒーローじゃなくて、表のヒーローでいたいはずだ」


 アザドはすぐには返さなかった。

 その沈黙は、否定のための間ではない。

 その感情自体は理解できるが、組織判断には関係ない、という種類の間だ。


「それは彼らの都合だ」


 やがてアザドは言う。


「こちらの都合ではない」


 その冷たさに、アリスは舌打ちした。

 だがそれでも、彼が嘘をついていないことはわかる。


     *


 アリスはそこで、なおさら自分で動きたくなった。


 レオンを噛みたい。

 それは変わらない。

 だがそれとは別に、“ゴースト・ヒーロー”そのものをもう一度説得できないかとも思った。


 前に一度、自分は群衆の前へ出て言葉を差し出した。

 あれで全部が止まるわけではなかった。

 でも、まったく届かなかったわけでもない。

 だったら、もう一度。

 今度はもっと静かに。

 彼らが本当に欲しいものが何かを見極めた上で。


 その考えが顔へ出たのか、あるいはアリスの呼吸が少し変わったのか。


 部屋の反対側にいたSABLEが、すぐに気づいた。


「だめ」


 短い言葉だった。


 アリスが顔を上げる。

 SABLEはいつの間にか、こちらをまっすぐ見ていた。

 あの無表情に近い、けれど最近は少しずつ感情の温度が透ける目。


「何が」


「いま考えたこと」


「考えてない」


「考えた」


 即答だった。

 義弘ならもっと遠回しに止めたかもしれない。

 真鍋なら理由を三つくらい並べたかもしれない。

 SABLEはまっすぐ止める。


「また行こうとした」


 アリスは目を逸らした。

 図星だった。


「説得したかったんだろ」


 SABLEは続ける。

 責めているわけではない。

 ただ、わかってしまっている。


「……だって」


 アリスは言葉を探した。

 うまく言えない。

 彼らが危ないから。

 レオンに使われているから。

 オールドユニオンに締められたら、もう後戻りできなくなるかもしれないから。

 全部本当だ。

 でもその全部をまとめると、結局アリスはまた、自分が一人で抱えて止めに行こうとしているだけだ。


 SABLEは静かに首を振った。


「また利用される」


「……されない」


「される」


 その言い方に、アリスは少しだけ眉を寄せる。

 SABLEがこういう時、驚くほど頑固なのを、もう知っていた。


「アリスが行ったら、またみんな“アリスが来た”ってなる。配信もされるし、切り抜かれるし、また勝手に話が大きくなる。説得する前に、アリスが使われる」


 それは、前のSABLEなら言えなかった種類の言葉だった。

 彼女はもう、アリスがどういう風に街に消費されるかを見ている。

 見た上で、それを止めようとしている。


「……お前まで言うのか」


 アリスがぼそっと言う。


「言う」


 SABLEは少しも引かなかった。


「今は行かない方がいい」


 その言葉の後ろで、シュヴァロフが静かに同意するみたいに位置を変えた。

 露骨すぎて、アリスはますます不機嫌になる。


「最悪」


 またそう呟く。

 今度は、自分の周りがみんな止める側へ回っていることに対してでもあった。


 だが、止められているうちが花だとも、ほんの少しだけどこかでわかっている。

 アリスはそこがさらに気に入らない。


 新開市の外では、今日もまた画面が回り、見出しが踊り、煙の中のヒーローや救世主やかわいくなったSABLEが勝手に消費されていく。

 オールドユニオンは“敵役”として神話へ使われ始め、アザドはその神話ごと兵站の側から締め上げようとしている。

 “ゴースト・ヒーロー”たちはまだ完成していないのに、世論の方が先に彼らを受け入れ始めている。


 この街は本当に、御し難い。


 アリスは端末を閉じた。

 今すぐ走り出したい足を、まだ椅子の前に留めたまま。

 その留まり方自体が、少し前の自分より面倒で、少しだけ大人になったみたいで、それがまたどうしようもなく気に食わなかった。

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