第290話 作られる神話
“ゴースト・ヒーロー”という呼び名は、まだ新開市の隅々まで定着していたわけではない。
アリス・スクワッドの残党。
あるいは、もっと過激で、もっと静かで、もっと得体の知れない別派。
そんな言われ方も、まだ普通に残っている。
だが、その中心にいる四人――ドラウグル、リン、榊圭吾、舞原朱音――は、もう自分たちを単なる残党だとは思っていなかった。
少なくとも、そう思いたい段階は越えている。
雑な熱狂に乗るだけでは、本物になれない。
ただ暴露するだけでも足りない。
アリスの模造をしても、義弘の焼き直しをしても、どこかで本物に負ける。
なら、自分たちなりの“闇のヒーロー”になるしかない。
新開市の裏側で動き、外の勢力を噛み、しかも見られた時にはちゃんと“映える”存在に。
その最初の対象として、彼らはオールドユニオンを見始めていた。
M-22の隠蔽にオールドユニオンも関わっている。
そう考えるのは、いまの彼らにとって自然な流れだった。
企業群だけで、あれほど大きな怪物や兵器の線が綺麗に隠せるはずがない。
バーディングの搬入。
リノトーレークスの投入。
合法の顔をしたオールドユニオンの介入。
その全部が、新開市のどこかで裏線としてつながっている。
だったら、それを暴く。
少なくとも表向きには、そういう理屈だった。
実際にはその奥に、もっと熱いものがある。
オールドユニオンは外から来て、新開市の象徴や祭りを囲い込もうとする。
企業群も新開市を舞台として使う。
だったらそのどちらも、新開市の側から噛み返すべきだ。
舞原朱音はそう考え、榊圭吾はそこに“個人が本当に映える危険な舞台”を見ていた。
ドラウグルには武力をぶつける理由があり、リンには主役の座へ届かない苦しさを別の形で塗り替えたい熱があった。
四人は静かに動き始めた。
*
レオン・ヴァルケンは、その動きを見ながら、別の準備をしていた。
企業群が放棄したVX-19 SKYLANCEの残骸。
破損した装甲。
焼けた可変骨格。
制御の半分死んだ駆動ユニット。
普通なら、回収して分析するか、痕跡を消すか、そのどちらかで終わる。
だがレオンは違った。
彼はそれを、拾い集めさせた。
他にも使えそうなドローンの部品を寄せる。
企業製の規格外ジョイント、どこかの倉庫から流れてきた推進器、用途不明の補助センサー、無理やり合うよう削られた関節。
そうして組み上がっていくそれは、かつてのSKYLANCEの再建ではなかった。
つぎはぎの怪獣。
死体を無理に立たせたみたいな、亡霊の延命。
継ぎ目は痛々しく、装甲の色もまばらで、どこかの企業ヒーロー向けPVに映るような“完成された怪獣”とは程遠い。
むしろ、企業群が捨てた残骸に別の悪意が寄生しているように見えた。
「いいね」
レオンはそれを見上げて、機嫌よく笑った。
「企業群の亡霊だ。しかもまだ噛める」
技術員の一人が不安そうに言う。
「安定運用は期待できません」
「期待してない」
レオンは即答した。
「暴れれば十分だろ。目的は勝つことじゃない。見せることだ」
彼が欲しいのは、つぎはぎSKYLANCEをオールドユニオンへぶつけることだった。
企業群とオールドユニオンのいざこざに見せかける。
そうすれば、新開市から見た絵は実にわかりやすくなる。
暴走する企業群の怪獣。
それを迎え撃つオールドユニオンの鎮圧札。
そして、そのどちらも粉砕する“謎のヒーロー”。
レオンにとって物語とは、最初から存在しているものではない。
使える残骸と怒りと視線を集めて、あとから作るものだ。
*
やがて“ゴースト・ヒーロー”たちは、リノトーレークスの搬入ルートを掴んだ。
正確には、ルートの断片だ。
未完成高架の下を通る夜間搬送。
市政許可のない仮補修区画を抜ける資材車。
オールドユニオン系の安全支援装備に偽装された、明らかに重量の合わないコンテナ。
全部を重ねると、見えてくる線がある。
「ここだ」
ドラウグルが言った。
声は低く短い。
WEREWOLFのセンサーブロック越しに、搬入ルート上の死角と重量偏りを見ている。
「リノトーレークスの搬入線にしては、露骨すぎる」
リンが言う。
企業の補修線や物流偽装に関わった経験がある彼女には、逆にこの“ちゃんとしているようでちゃんとしていない隠し方”が妙にわかる。
「露骨だから、逆に通ったんでしょうね」
舞原朱音が静かに言う。
外の組織は、合法の顔をして通すことに慣れている。
だからこそ、真正面の書類の方が怪しまれにくい。
榊圭吾は現場の高低差と、視線の流れを見ていた。
「絵としては最悪だな」
「何が」
リンが問う。
「ここで鎮圧が始まったら、見下ろしも横からも撮れる。コメントが一番伸びるやつだ」
嫌そうに言う。
だがその嫌悪の中には、もう半ば職業病みたいな感覚も混じっている。
四人は気づかなかった。
いや、気づけなかった。
この発見を、レオンが先にオールドユニオンへ流していたことに。
*
オールドユニオンは当然、動いた。
搬入ルートが露出しかけている。
証拠隠滅の時間を稼ぎ、防衛線を張る必要がある。
合法の顔をした“安全支援”では間に合わない。
だからセグメンタタ部隊が展開した。
高架下の半端な闇へ、工具じみた輪郭の無人機が滑り込む。
人間型に寄せない、都市戦用に割り切られた形。
威圧するためではなく、狭所での位置取りと攻撃角の多さだけを優先した姿。
立体機動し、壁面や支柱に貼りつき、逃げ場を消す。
非致死鎮圧の名目を掲げながら、実際には装甲も関節も壊すつもりで迫ってくる。
“ゴースト・ヒーロー”たちは、それを見て顔をしかめた。
まだ決定的な証拠の回収前だ。
ここで押し返されれば、オールドユニオンは痕跡を消す。
しかもその直前に、レオンはわざわざ彼らを煽った。
「ほら、来ただろ」
通信越しの声が、妙に楽しそうだ。
「セグメンタタを抜かないと、証拠は消える。オールドユニオンはそういう連中だ。やるしかないよな?」
四人とも、その煽り方が気に食わなかった。
だが気に食わないのと、正しいのは別だった。
仕方なしに、“ゴースト・ヒーロー”たちは交戦した。
*
WEREWOLFを核にした四人の連携は、セグメンタタに対して異様に噛み合った。
ドラウグルが最初に切り込む。
武力を信じる彼には、鎮圧札の機械的な動きはむしろ読みやすい。
最短で来る相手には、最短を外す刃を置けばいい。
WEREWOLFの嫌らしい近接性能が、工具じみた無人機の関節と可動限界を狙い撃つ。
リンは正面の顔を取る。
市民ヒーローのように見えなくもない滑らかな動きで前へ出て、セグメンタタの視線を引きつける。
その一瞬の遅れを、ドラウグルが噛む。
企業ヒーローとしては届かなかった彼女の“綺麗な動き”が、ここでは闇の狩りの餌になっていた。
榊圭吾は位置取りを作る。
セグメンタタが貼りつきたがる支柱、飛び移りたがる足場、複数機で圧をかけたがる角度。
その全部を一拍ずつずらす。
オールドユニオンの無人機が“最短で鎮圧”へ収束しようとするたびに、榊はその最短を一番映えない形へ崩す。
舞原朱音は声と場を扱う。
野次馬の位置、スマホの向き、群衆の後退方向。
彼女は新開市の側の人間だからこそ、混乱そのものを少しだけ制御できる。
それによって“ゴースト・ヒーロー”たちは、群衆に潰されず、群衆を証人にしたまま戦える。
結果、セグメンタタ部隊は撃滅された。
圧で勝つはずの無人機たちが、四人の“人間的な癖のある連携”に崩される。
それはオールドユニオンにとって、明確な異常事態だった。
「……いける」
リンが、思わず小さく言った。
その声には、高揚が混じっていた。
四人のうち誰も、それを否定しない。
いける。
本当に。
組織戦力を、自分たちが正面から倒した。
この手応えは危険な自信だった。
*
だが、オールドユニオンはそこで終わらない。
セグメンタタが崩れた段階で、現場はもうただの隠蔽戦ではなくなった。
新開市で初めて出会う“理解しにくい脅威”へ、組織としての苛立ちと危機感が噴き上がる。
そしてリノトーレークスが出撃する。
それは怪獣というより、立体機動する工具の束だった。
人間型に寄せない。
威圧のための頭も顔もない。
ただ都市戦での動きやすさと、多数の攻撃角と、逃げ場を奪うことだけを考えた形。
壁面を蹴る。
高架裏へ貼りつく。
支柱を縫う。
一度位置を取ると、獲物が“逃げたつもり”になる方向に先回りしている。
全方位攻撃と接近戦重視。
非致死鎮圧の名目。
実際には関節と接合部を壊し、動けなくする。
生き物の怖さではなく、機械が最短で“再起不能”へ持っていこうとする怖さがあった。
“ゴースト・ヒーロー”たちは初めて、その種の怖さに真正面からさらされた。
そのタイミングで、レオンはもう一枚の獣を放つ。
つぎはぎSKYLANCE。
企業群が捨てた怪獣の亡霊。
継ぎ目だらけで、関節ごとに違うパーツがつき、動くたびに鳴ってはいけない音が混ざる。
それでも推進器は唸り、爪は残り、暴走用に弄られた制御が獣じみた突進を可能にする。
レオンはそれを、ためらいなくリノトーレークスへぶつけた。
工具の束と、継ぎはぎの亡霊。
オールドユニオンの鎮圧札と、企業群の見捨てた怪獣。
それが高架下の夜で噛み合う光景は、最悪に新開市向きだった。
*
しかも、その戦いは放映された。
“ゴースト・ヒーロー”たち自身が撮っていたからだ。
支援役のアリス・スクワッド残党が、複数視点でカメラを回す。
壁際から、上から、走りながら、息を荒げながら。
画面には振動とノイズと焦りが混ざる。
その不完全さが逆に“現場感”として効く。
新開市の端末には、ほぼ同時に通知が飛んだ。
また怪獣か?
何これ、やば
オールドユニオンのやつじゃね?
企業群も混ざってんの?
コメント流れるの早すぎ
誰が撮ってんだこれ
ゴースト・ヒーロー来る?
来たら本物
新開市また始まった
爆速で流れるコメント。
野次馬根性と本気の恐怖と、どこか期待している最悪な気分。
新開市はまた、災害と祭りの間を全力で走り始める。
その頂点で、“ゴースト・ヒーロー”たちは満を持して前へ出た。
WEREWOLF。
四人の狼。
煙と光とコメントの洪水の中、彼らは正面から名乗るでもなく現れる。
リノトーレークスがSKYLANCEを拘束し、SKYLANCEが暴走めいた反撃を返す、その最悪な拮抗の瞬間へ、人間サイズの牙が飛び込んだ。
ドラウグルがリノトーレークスの動力接続へ食らいつく。
リンがSKYLANCEの暴走線を一瞬だけ止める。
榊が高低差と支柱の角度を読んで、両者の逃げ道を潰す。
舞原は支援役に“撮るべき画”を指示する。
見せ方まで含めて、彼らはもう戦っていた。
最後の一撃は、派手に見えた。
WEREWOLFの四つの影が、工具の束と継ぎはぎ怪獣のどちらへも牙を入れる。
リノトーレークスの脚が一拍遅れ、SKYLANCEの継ぎ目が悲鳴みたいに軋み、その直後に両方の巨体が崩れた。
画面の向こうで、コメントが爆発する。
うそだろ
両方やった!?
何こいつら
本物じゃん
企業群もオールドユニオンも粉砕してる
謎のヒーロー来た
ゴーストすぎる
その支援役の撮影がまだ回る中、WEREWOLFたちは、まるで最初からそこにいなかったみたいに闇へ消えた。
逃げたのではない。
“映り切った”から消えた。
そのタイミングが、あまりにも完成されていた。
レオンの演出は、そこで完成した。
暴走する企業群とオールドユニオン、それらを粉砕する謎のヒーロー!
そういう見出しが、新開市じゅうへ流れ始める。
事実はもっと汚い。
SKYLANCEは企業群の亡骸をレオンが継ぎはぎしたものだし、リノトーレークスは隠蔽線を守るために出てきた鎮圧札だし、戦場そのものもかなりの部分が誘導されている。
だが見出しになる時、そういう汚さは削ぎ落とされる。
残るのは、わかりやすい神話だけだ。
*
オールドユニオンの会合は、これまででもかなり荒れた方だった。
強硬派は激怒した。
声まで荒げた。
普段はそこまで感情を表へ出さない連中が、机を叩きそうな勢いで言う。
「ここまでやられて、なお静観するのか!」
「オールドユニオンの真の力を見せる時だ! 現地の雑音ごと踏み潰してでも、規範を通さなければ舐められる!」
協力派は協力派で、別方向に騒がしい。
「だから言ったんだ!」
「いまこそアリスの力を使う時でしょう! 新開市に対して、オールドユニオンが守る側に立つと見せるには、彼女を前へ出すしかない!」
撤退派は、憤懣やるかたない顔で別の資料を叩く。
「コストを見ろ!」
「どこまで投入する気だ! 新開市はもう投資対象ではなく、損失源だ!」
アザド率いる推進派だけが、その場では比較的静かだった。
静かだから冷めているわけではない。
むしろ一番、次の一手が危ういことを理解している。
「いまは派手に動くべきではない」
アザドが言う。
「ミコト市長と治安機関が、すでに捜査の目を光らせている。ここで“真の力”だの“踏み潰す”だのをやれば、合法の顔すら保てなくなる」
「だが!」
「だからといって、黙って退くわけにもいかない。わかっている」
アザドは低く言った。
会議室の中は、怒りと焦りと面子と計算で濁っている。
アリスはその場にいて、正直少しうんざりしていた。
まただ、と思う。
外では勝手に怪獣騒ぎを起こし、裏では勝手に正当性を奪い合い、結局最後には“どう見せるか”の話へ戻る。
クソだ。
本当にクソだ。
その会合があまりにも暴走しそうで、アリスは逆に少し心配になるほどだった。
ここでまた誰かが勢いで現場を動かせば、新開市はさらに面倒になる。
だから彼女は、自分から口を開いた。
「新開市民の声、聞けばいい」
会議室が、一瞬だけ静かになる。
アリスは続けた。
「一人ずつ。勝手に不満持ってるやつ、文句あるやつ、利用されたやつ、巻き込まれたやつ。そういうの、ちゃんと聞く。そういうのが足りないから、ああいうのが増える」
彼女が言いたかったのは、本当にそれだけだった。
派手な広報ではない。
組織のイメージ戦略でもない。
ただ地味に、一人ひとりの不満を聞く。
新開市ではそれが一番面倒で、一番必要だと、アリスは思っている。
強硬派は露骨に嫌そうな顔をした。
撤退派は呆れたように眉をひそめる。
協力派は、逆に目を光らせた。
アザドだけが、少しだけ長く沈黙した。
会議室の中の視線が、しばらくアリスへ集まる。
怒っている時より、こういう時の方が彼女は妙に落ち着いて見える。
それがまた、厄介でもある。
その沈黙のあと、当然のように議論は再開された。
そして、当然のように、アリスの意図はそのまま通らなかった。
「市民の声を聞く、という発想自体はいい」
協力派が言う。
「だが、ただ地味に聞くだけでは弱い。見せる必要がある」
「見せる必要はない」
アリスが即座に返す。
「ある」
今度は別の声。
「いま必要なのは、オールドユニオンが“新開市の側に立とうとしている”と視覚的に示すことだ。そのためには象徴が要る」
アリスは嫌な予感がした。
その嫌な予感はだいたい当たる。
「アリスだけでは足りない」
「足りる」
「足りない」
「足りる」
無意味な押し問答をしているうちに、別の名前が滑り込んできた。
「GLASS VEILを入れればいい」
最悪だ、とアリスは思った。
その一言だけで、もはや自分の提案が完全に別物へ変質し始めているのがわかったからだ。
「新開市の象徴としてのアリスと、秩序と完成度の側のGLASS VEILが一緒に出る。市民との対話を前面に出したイメージアップ・キャンペーンにすれば――」
「やめろ」
アリスは言った。
「それ、もう別の話になってる」
だが会議室の空気は、もう別の方向へ転がり始めている。
地味に話を聞く。
それでは弱い。
見せる。
象徴を立てる。
アリスとGLASS VEILを並べる。
秩序回復の絵を作る。
最悪だった。
そして、組織としては実に自然な流れでもあった。
アザドはそれを止めきらなかった。
止めきれないというより、ここで全部を否定するよりは、その流れの中へ現実的な線を引く方を選んだ。
結果として、会合はしばらく喧々諤々と続いたあと、最悪にねじれた結論へ着地した。
アリスとGLASS VEILといっしょに、イメージアップ・キャンペーンをする。
アリスは心底いやそうな顔をした。
「……ほんとクソ」
小さく呟く。
その横でアザドが、ほとんど聞こえるか聞こえないかの声で返した。
「知っている」
新開市では、自発的な神話がひとつ立ち上がった。
“ゴースト・ヒーロー”。
それに対抗するように、組織はまた人工的な神話を作ろうとしている。
アリスとGLASS VEIL。
市民対話。
秩序回復。
イメージアップ。
どちらも本物ではない。
どちらも少しずつ本物に触れている。
そしてその全部が、新開市の次の騒ぎの種になる。
アリスはそれを思うと、頭痛がした。
だが頭痛がしても、たぶんこの街は止まらない。
止まらないなら、また次の面倒な手を考えるしかない。
新開市の夜は今日も派手だ。
派手で、うるさくて、勝手で、クソみたいに面倒だ。
それでもどこかで、誰かがまたその中心へ立とうとしている。
あるいは立たされようとしている。
そしてその度に、この街は自分で自分の神話を作り、壊し、また次を欲しがるのだろう。




