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第二十九話 再演

新開市は、今日も“熱い”。


火災の熱ではない。

爆発の熱でもない。


――視線の熱だ。


外延部の空気は粉塵を含み、未完成の骨格が街に影を落としている。

その影の下で、人々が端末を掲げる。

眼窩下の入力端末が光り、視神経に映像が流れ込む。


現実より先に、コメントが来る。

現実より先に、切り抜きが来る。

現実より先に、“正解”が来る。


そして現実は、その“正解”に合わせてねじ曲がる。


事故現場は小規模だった。


倒壊しかけた外壁。

漏電の火花。

煙。

作業用ドロイドが一台、関節が焼けて止まっている。


救助支援のサムライ・ヒーローチームが複数、汗だくで導線を作っていた。

派手な戦いはない。

見せ場もない。

ただ、人が助かる。


――だからこそ、現場はショーにされる。


規制線の外側に、人だかりができていた。

いや、人だかりではない。観客席だ。


その中から、甲冑のような装備が進み出る。


「新開の民よ――!」


声が大きい。

誇張された口上。

カメラ目線。


鎧はサムライ・スーツ“風”。

防御は薄い。塗装だけが派手だ。

帯刀も“風”。刃は合金の棒に過ぎない。


「我ら、市民サムライ・ヒーロー隊ッ!」


コスプレイヤーが、堂々と名乗った。

名乗った瞬間、顔になる。

ブランドになる。


観客席が沸いた。

沸き立つ音は、現場の危険を押しのける。


コメントが流れる。


「きたぁぁぁ!」

「救助より映え優先で草」

「市民の力!」

「義弘なら来る?」

「アリスちゃんいる?」

「本物対決はよ」

「まず導線守れ」

「導線ってなに?」

「現場にいる奴全員バカ(俺含む)」


義弘は、そのノイズを背中で聞いた。


回復はした。

だが万全じゃない。

体の奥に鈍い痛みが残っている。


それでもここにいる理由は一つだ。


“義弘なら来る”


そう言われるようになってしまったからだ。


肩からトミーが顔を出す。

緑の毛並みが、粉塵で少し灰色に見えた。


「……なあジジイ」


「言うな」


「言う。これ、街が狂ってる」


義弘は短く息を吐いた。


「狂ってるのは前からだ。

今は――形が変わっただけだ」


そこへ、さらに“熱”が来た。


四脚。

低い姿勢。

節が太い。

格闘用のアームが二対。

背面にラック。――鎮圧用に見える装備が乗っている。


そして何より。


テッカテカだ。


装甲表面に、文字が踊っている。


『提供:○○商会』

『支援者:△△△△様』

『Thanks! 皆さまの応援で今日も殴れます!』


“殴れます”。


救助現場に、殴るための機体。

しかもスポンサー名で光っている。


アリスが、その機体を見た瞬間に足を止めた。


「……は?」


小学生に見える背丈の少女が、フードの奥で目を見開く。

怒りより先に、純粋な困惑が来ている。

困惑は、怖い。


「……ちょっと待って」


スコルピウスだ。


正確には、スコルピウス“風”。

本物のLC-08と同じではない。

だが、見た目の圧と関節構造の思想が、嫌でも思い出を呼ぶ。


アリスの喉が鳴る。


「なんで一般人が、それ持ってんの」


双子が左右で身構える。

シュヴァロフが後方から、母親のように影を落とした。


トミーが目を丸くする。


「……なあ。あれ、スポンサー名で光ってるぞ」


「見りゃ分かる」


義弘が言うと、トミーは続けた。


「支援者って、バカの別名か?」


アリスが震える声で言った。


「誰が金出した……いや、誰が“流した”」


その言葉が、現場の温度を一段下げた。


市民サムライ・ヒーロー隊が、堂々と規制線の内側に入ろうとする。


「我らが道を開く!」


「待て! ここは救助導線だ!」


現場のヒーローが止める。

だが、市民隊は止まらない。


止まらない理由は単純だ。

止まると映えない。


コメントが煽る。


「うおおお行け!」

「本物はどっちだ?」

「義弘来たら勝負!」

「ゴーストちゃん採点して!」

「アリスちゃん顔!顔だけ!」

「スコルピウス草 スポンサー名きもすぎ」

「“提供:殴れます”は草」

「消防の邪魔すんなカス」

「いや市民ヒーローの方が早いんよ」

「導線守れって言ってるやつ陰キャ」

「陰キャでいいから守れ」


現場が、二つのルールで裂ける。


救助のルール。

ショーのルール。


ショーのルールは、いつも強い。

だって“見る側”が多数だから。


市民隊の一人が、倒壊しかけた梁に飛び乗ってポーズを取った。


「見よ! 我が勇姿!」


梁が、鳴った。


ギシ、と。


救助隊が凍る。

次に来るのは崩壊だ。


義弘が一歩出る。

都市戦用ブレードに手をかける。

斬る距離だ。


だが斬れば、切り抜かれる。


“義弘、市民ヒーローを斬る”

“暴力”

“検閲”

“弾圧”


義弘は歯を噛み、刀を抜かずにアンカーを放った。


人工蜘蛛糸が伸びる。

梁の奥に刺さる。

義弘は引く。


梁が、数センチ戻る。


数センチで人が生きる。

数センチで街が死ぬ。


市民隊は興奮した。


「おお! 本物だ! 俺たちも――!」


その瞬間、スコルピウス風機体が前に出た。


四脚が地面を叩く。

格闘用アームが唸る。

鎮圧用装備が揺れる。


「道を開ける!」


言葉が軽い。

責任がない。


その一撃が瓦礫に入れば、崩れる。

崩れれば救助対象が潰れる。


アリスが叫んだ。


「やめろ!」


声は怒りの声だ。

でも、その根っこは恐怖だ。


“守りたいものが壊される恐怖”。


スコルピウス風機体の操縦者が笑う。


「大丈夫っすよ!

これ、支援者の皆さんのおかげで――!」


スポンサー名が光る。

責任は光らない。


コメントが踊る。


「行けぇぇぇ!」

「殴れますw」

「これぞ市民の力!」

「義弘より派手じゃね?」

「派手=正義」

「アリスちゃん怒ってて草」

「怒ってるのかわいい」

「かわいいで済むかボケ」

「誰か火つけた?演出?」

「神回の匂いがする」

「やめろ…本当にやめろ…」


現場は、しっちゃかめっちゃかだ。

善意も悪意も、同じ速度で走っている。


アリスは、殴らない。


殴ればまた、彼女は“危険な違法ハッカー”に戻される。

アライアンスの監視も戻る。

OCMとの最低限の線も切れる。


だから、別の刃を使う。


彼女は指を動かした。

情報が羽のように彼女を囲む。


「……落ちろ」


スコルピウス風機体の脚部が、一瞬だけ痙攣した。

操縦者が驚いて声を上げる。


「え、何、これ……!」


機体は倒れない。

だが前に進めない。

関節が“安全側”に固定される。


“鎮圧用”のはずの機体が、鎮圧される。


操縦者が叫ぶ。


「おい! 何した!?」

「これ、俺たちの機体だぞ!」


アリスは吐き捨てた。


「お前のじゃない」

「支援者のでもない」

「それ、街の上で振り回していい玩具じゃない」


操縦者は反論する。


「市民の力で守るんだよ!

公的機関は遅い!

俺たちが――!」


アリスは言った。


「遅いのは仕方ない」

「遅いからって、早く壊していい理由にはならない」


その言葉に、現場がほんの一瞬だけ静まる。


その一瞬で、双子が動いた。


トウィードルダムとトウィードルディーが、救助導線の内側へ滑り込む。

エアバッグ。カッター。支柱。

救助・工作の動きは地味だが、正確だ。


シュヴァロフが後方で、母親のように応急処置器具を並べる。

落ち着いた手つき。

それが現場の温度を戻す。


義弘が梁を支え、別のヒーローが救助対象を引き出す。

人が運び出される。

助かる。


誰も拍手しない。

拍手は動画の中だけだ。


だが、ショーは終わらない。


規制線の外側で、別の市民ヒーローが叫ぶ。


「俺が義弘だ!」

「俺がゴーストだ!」


“再演”が増殖する。

義弘とアリスの模倣が、街を沸騰させる。


義弘は、そこで悟った。


現場の火を消せば消すほど、

火を付ける者が増える。


ヒーローが来るから火を付ける。

ヒーローが映るから火を付ける。

ヒーローが“再演”されるから火を付ける。


「……埒が明かない」


義弘が呟くと、トミーが即座に返した。


「今気づいたのかよ」

「ジジイ、遅い。正論みたいだな」


義弘は苦く笑った。


正論はいつも遅れてくる。

だから、正論では追いつけない。


義弘はアリスを見る。


アリスは歯を噛んでいる。

怒りではない。

守りたいものが踏まれているときの、子どもみたいな悔しさだ。


義弘は決めた。


「俺は、裏に手を伸ばす」


アリスが睨む。


「……裏?」


「会社じゃない」

「個人だ。小さな“我々”がいる」


アリスの目が細くなる。


「ミニ・アライアンス」


義弘は頷いた。


「トラブルを潰すだけじゃ追いつかない」

「燃料を運ぶ手を探す」


夜。

路地。


粉塵の匂いが薄くなり、代わりに茶の匂いがする。


暗がりで、八重蔵が茶をすすっていた。


年齢不詳。

しわだらけなのに目は冴えている。

服はボロいのに、靴だけがやけに新しい。

逃げ道の靴。


義弘が近づく。


「おや」


八重蔵が笑った。

笑い声が軽すぎて、逆に重い。


「名誉会長サマじゃないか」


「……飽きたはずのヒーロー遊びだ」


「飽きたんじゃなかったのかい」


義弘は答えた。


「飽きた」


そして、金属片を出した。

路地の光が、刻印だけを鋭く照らす。

スコルピウス風機体の内部から抜いた、特殊な固定部品。

“手癖”が出る部品。


八重蔵の笑いが、少しだけ消えた。


「……こいつぁ、厄介だね」


「分かるか」


「分かるさ」

「会社の匂いじゃない」

「人の匂いだ」

「複数の職場の匂いが混ざってる。……気持ち悪いねえ」


義弘は短く言う。


「ミニ・アライアンスだ」


八重蔵は茶碗を置いた。


「“我々”ごっこだな」

「秩序を握った気になる連中」

「金じゃなくて、気持ちいいんだよ。

人を動かすのが」


義弘の目が冷える。


「名前は?」


八重蔵は首を振った。


「まだ輪郭だけだ」

「だが、輪郭を掴むなら――金と噂とログ」

「ログはお役所の仕事だ。噂は俺の仕事だ」


翌日。

市警の庁舎の廊下。


義弘が角を曲がった瞬間、声が飛んだ。


「またあなたですか、津田さん」


振り向くと、市警の女性が立っていた。


真鍋佳澄。

サイバー課の警部補。

義弘を“取り締まりたい”顔と、“助けられた”顔が同居している。


「あなたのスーツ、また都市システムに強引な問い合わせを投げましたね。ログが――」


「必要だった」


「必要かどうかを決めるのは、あなたじゃない」


正論だ。

正論はいつも、遅れてくる。


義弘は言った。


「遅い正論でもいい。今は要る」

「クラファンの流れ、端末の匿名チャネル、現場配信の収益導線。

“個人の結託”を追いたい」


真鍋の眉が動く。


「市民ヒーローの暴走を、警察に押し付けたいんですか」


「違う」


義弘は低く言った。


「押し付けるんじゃない。

止めるために、必要な情報がいる」


真鍋は黙った。

取り締まりたい顔が勝つ。

だが、助けられた顔が消えない。


「……ログは残ります」

「あなたの動きも、私の動きも」


「構わない」


義弘は言った。


「残せ。残して、責任を背負う」


真鍋は息を吐いた。


「分かりました。津田さん」

「ただし、線を越えたら――今度こそ取り締まります」


義弘は頷いた。


「それでいい」


正論が遅れてくるなら、

義弘は正論が来る場所へ、先に行く。


その夜。


どこかの匿名チャネルで、短いログが落ちた。


『対象:義弘 観測開始』

『対象:ゴースト 再分類』

『我々は我々のために』


画面の向こうで、誰かが笑っている。

誰かが“秩序”を握った気になっている。


新開市は、今日も熱い。


そしてその熱の裏側に、冷たい手がある。

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