表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
287/293

第287話 語る行進

 レオン・ヴァルケンは、人が一番よく燃える形を知っている。


 怒りだけでは足りない。

 正義感だけでも鈍い。

 恐怖だけでは散ってしまう。

 だから彼は、それらを一つの絵にまとめる。

 誰もが見てしまい、しかも見たことを自分の物語にしたくなるような構図へ整える。そういう意味で言えば、彼は煽動者というより演出家に近かった。趣味が悪く、残酷で、しかも腕のいい演出家だ。


 アリスが両手を上げ、群衆と武装の前で「私がオールドユニオンの真実を話す」と言い切った瞬間、レオンはその場の空気が変わるのをはっきり感じた。


 止まった。

 誰もが一瞬、次の一歩を選べなくなった。

 セグメンタタも、アリス・スクワッドも、WEREWOLFの四人も、野次馬のスマホを掲げた腕ですら、ほんのわずかに時間の流れから外れた。


 それは危険な変化だった。

 変化は、放っておけばアリスに主導権を渡す。

 群衆の視線が、レオンの仕込みから離れて、アリス自身の言葉へ集まり直してしまう。

 それはつまらない。

 いや、正確には、レオンの思い通りのつまらなさではない。


 だから彼は、すぐに次の形を与えた。


「いいねえ!」


 レオンは拍手でもしそうな声で言った。

 場に直接立っているわけではない。

 それでも、彼の言葉は中継機材と指示線を通して、奇妙なくらいよく届いた。


「だったら決まりだ! 本物のアリスが、自分の口で真実を話してくれるって言うんだ。ここで殴り合って終わるなんて失礼だろ? 連れて行こう。ちゃんと聞こうじゃないか。君らが求めてた“本物の真実”を!」


 アリス・スクワッドの中に、どよめきが走る。

 動揺と興奮が同時に広がる。

 彼らはアリスを包囲していたが、どう扱えばいいのかをまだ決めきれていなかった。

 敵として叩くのか。

 象徴として掲げるのか。

 奪うのか。

 守るのか。

 その全部が混ざっている。


 そこへレオンは、“守る”を差し出した。


「連れて撤退しろ」


 その声は軽いのに、異様に通る。


「本物のアリスを、君らが守って引くんだよ。いいじゃないか。真実の側が、本物を連れて歩く。こんなに新開市向きの絵はない」


 雑多なアリス・スクワッドは、その言葉へすぐに飛びつけなかった。

 だが飛びつけないこと自体が、むしろ従いやすさを生む。

 考え切れない時、人は一番“映る”選択へ流れる。


「……囲め!」


 誰かが言った。

 最初に声を上げたのが誰かは、後になってもよくわからなくなるだろう。

 そういう時の群衆は、誰か一人の命令ではなく、空気が口を持つ。


「アリスを下げろ!」


「真実を聞くんだろ!」


「この場じゃ危ない!」


「行くぞ!」


 アリスは、その熱の立ち上がりを見ていた。


 従うべきではない。

 そう考える自分もいる。

 でも、いまここで突っぱねて押し合いに戻せば、結局はさっきまでより悪い形で火が回る。

 セグメンタタがいる。

 WEREWOLFの四人がいる。

 TIGERがいる。

 野次馬もいる。

 このまま戦場へ戻せば、もう誰も“真実”どころではなくなる。


 だからアリスは、歯噛みしながらも従った。


 従う、というより、次の手を考えるために乗った。


「勝手に触るな」


 口調は悪い。

 だが完全には拒絶しない。


 その態度がまた、アリス・スクワッドの熱を妙に煽った。

 本物だ、と誰もが思いたがる。

 言葉がきつくても、あの無愛想さも、本物の輪郭の一部として消費されていく。


 セグメンタタは、その動きの中で見落とされた。


 いや、正確には、誰もそこへ意識を向ける余裕がなかった。

 アリス・スクワッドの大半は、“アリスを囲んで運ぶ”という異様な状況に酔い始めている。

 WEREWOLFの四人は四人で、目の前のアリスの変化を読んでいる。

 野次馬はスマホ越しにしか見ていない。

 TIGERは後方で低く沈み、その獣じみた圧だけを保っている。


 結果として、アリスの後方にぴたりとつくセグメンタタまで含めて、すべてが一つの巨大で奇妙な行進列になった。


 アリスを中心に、アリス・スクワッド。

 そのやや外側を、WEREWOLFの四人。

 さらに後ろから、セグメンタタの小部隊。

 重い影としてついてくるVX-32 TIGER。

 沿道には勝手についてくる野次馬と配信者と、何かの“歴史的瞬間”を目撃しているつもりの新開市民。


 戦闘陣形のはずなのに、形だけ見れば巨大なパレードだった。

 しかも、ひどく新開市らしい種類の。


 危険なのに、誰も止められない。

 むしろ見たい。

 ついて行きたい。

 自分も一部になりたい。

 そういう街の悪い癖が、全部出ていた。


     *


 行進が始まると、熱は少しずつ別のものへ変わっていった。


 最初はただの興奮だった。

 本物のアリスを囲んで歩いている。

 それだけで、アリス・スクワッドの多くは妙な使命感と高揚を感じていた。


 だが、少し距離を進むうちに、その高揚は“話したい”へ変わる。

 相手が神話の中心にいる本物なら、聞いてほしい。

 自分たちの怒りも、不満も、正しさも、ちゃんと聞いてほしい。

 群衆はそういう生き物だ。


「企業群、あいつら最初から隠してたんだ」


 若い男がアリスの少し横で、夢中になったように言い始める。

 簡易スーツを着ているが、まだ目の奥には市民としての青さが残っている。


「うちの親父、工場で働いてたんだけど、切られてさ。事故の責任も押しつけられて――」


「知ってる」


 アリスがぶっきらぼうに返す。


「そういうの、だいたい知ってる」


 男は一瞬だけ戸惑い、それから妙に嬉しそうな顔をした。

 知っている。

 それだけで、自分たちの怒りが“拾われた”ような気になるのだ。


 別の女が口を挟む。


「オールドユニオンだって同じだよ。秩序とか安全とか言って、結局は自分たちの席を作りたいだけでしょ」


「そう」


 アリスは即座に言う。


「そこは合ってる」


 声に愛想はない。

 慰めるような言い方もしない。

 だが、嘘もつかない。

 それがかえって彼らには効いた。


「でもさ!」


 今度はもっと若い声だ。

 配信機材を肩へかけたままの少年が、息を弾ませて言う。


「俺たちだって、ただ騒ぎたいわけじゃないんだよ。ちゃんと暴かなきゃって思ってる。誰もやらないから!」


「騒ぎたいのも混ざってる」


 アリスは容赦なく言った。


「全部が全部、正義じゃない」


 少年はぐっと詰まる。

 だが反論もできない。

 自分たちの中に、承認欲求も、映えたい気持ちも、鬱屈も混ざっていることはわかっている。


「でも……」


「でも、誰も拾わなかった怒りがあるのもわかる」


 アリスはそう付け足した。


 口は悪い。

 優しい言葉は選ばない。

 それでも一人ひとりの訴えを、ちゃんと切り捨てない。

 その在り方が、かえって場を静かに変えていく。


 沿道の野次馬の中には、すでに「なんだこれ」「パレードかよ」と半笑いで撮っていた者もいた。

 だが行進の中心でアリスが一人ずつ話を聞き始めると、その笑いも妙に引っ込む。

 面白半分で見ていた絵が、別のものへ変わりかけていたからだ。


 榊圭吾は、それを見て、思わず漏らした。


「……宗教画だな」


 隣にいた舞原朱音が目だけで問う。


 榊は視線を外さずに言った。


「一人一人の悩みを聞いてる。口は悪いし、綺麗な言葉も使わないのに、構図だけは最悪に映える。こういうの、組織じゃ絶対に作れない」


 榊にとって“映え”は、企業や組織が与える舞台装置ではない。

 個人が、自分の輪郭を剥き出しにした瞬間にしか本当には生まれない。

 いまアリスはまさに、それをやっていた。


 舞原朱音は、もっと危険な熱でその光景を見ていた。


 アリスは新開市の真の自治の象徴になり得る。

 企業でもオールドユニオンでもない。

 群衆の中心に置かれてなお、その場の声を聞き、必要なら組織をクソだと言い切る。

 それは舞原の信仰を、ほとんど完成に近い形で刺激した。


「ほら」


 舞原は囁く。


「やっぱり、あの人は新開市のもの」


 リンは、その言葉を聞きながら胸の奥が痛んだ。


 自分も正面に立ちたかった。

 企業ヒーローとして、綺麗に勝ちたかった。

 新しい顔として、企業群の主役級になれるはずだった。

 でも、どうやっても届かない。


 アリスは、愛想がない。

 口も悪い。

 整ってもいない。

 それなのに、一人ずつ話を聞くだけで、どうしようもなく中心になってしまう。


 届かない。

 その事実が苦しい。

 苦しいのに、だからこそ挑みたいという熱も湧く。

 リンは自分の中のその矛盾に、半ば酔ってすらいた。


 ドラウグルは別の意味で悔しがっていた。


 アリスは聞く。

 理解もする。

 でも、あくまで人の声から入る。

 武力を先に置かない。

 彼にとってはそこがもどかしい。


「そこまで見るなら」


 ドラウグルは低く呟く。


「もっと最初から牙を認めろよ……」


 自分たち兄弟姉妹が、ただ隠れて耐えるだけでは足りないことを。

 武力が必要な時があることを。

 アリスがもう少しそこを肯定してくれれば、世界は別の形になったかもしれない。

 そんな悔しさが、彼の中にはずっと残っていた。


 アリスは、その四人の視線の違いに全部は気づかない。

 だが、行進の空気が最初の熱狂から少し変わったことは感じていた。


 聞けば、答えたくなる。

 答えれば、また別の訴えが来る。

 新開市は面倒だ。

 うるさい。

 勝手で、すぐ調子に乗る。

 でも嫌いかと言われると、そこは曖昧になる。


「お前ら、ほんと面倒」


 アリスが吐き捨てるように言うと、周囲の何人かが少しだけ笑った。

 罵倒なのに、それすら妙に親密な響きへ変わってしまう。

 新開市はそういう街だった。


     *


 終着点は、レオンが最初から用意していた。


 広い。

 古い配送センター跡を半ば強引に開いたような空間で、仮設照明と足場が組まれ、ケーブルが幾重にも走り、撮影用のクレーンカメラまで持ち込まれている。

 配信用、記録用、編集用、拡散用。

 全部がある。

 ここで起きることを、ただ見せるのではなく、何度でも切り売りできる形へするための設備だ。


 アリスはそれを見て、すぐにレオンの意図を理解した。


 最初から、これが狙いだった。

 アリスを騒乱の中心へ据え、群衆と武装と告発を全部ひとつの舞台にまとめる。

 そしてその主役を、自分の演出で世界へ流す。


 最低だ、と思った。

 でも同時に、ここまで来たら逆用できる、とも思った。


 レオン・ヴァルケンは、照明の下で機嫌よく腕を広げていた。


「ようこそ」


 彼は笑う。


「いやあ、綺麗な絵になったな。本物のアリスが、自分の口で真実を語る。しかもこんなにたくさんの証人つきだ。最高じゃないか」


 アリスは足を止める。

 WEREWOLFの四人も、アリス・スクワッドも、セグメンタタも、TIGERも、みんな半端な距離で輪を作る。

 引き返せない。

 押し返せない。

 だからこそ、この一歩の意味が重い。


 レオンはなおも楽しそうだった。


「さあ、話してくれよ。オールドユニオンの真実を。君がそこにいる限り、誰だって聞きたがる」


 アリスはレオンを見た。


 そして、群衆を見る。

 アリス・スクワッドを見る。

 セグメンタタを見る。

 沿道からついてきた野次馬の顔も、少しだけ見た。


 ここで言うべきことは、もう決まっている。

 道中で、一人ずつ話を聞いた時に決まった。

 ただオールドユニオンを叩くだけでは足りない。

 オールドユニオンがクソなのは、もうみんな知っている。

 本当に言うべきなのは、そのさらに奥だ。


 アリスは息を吸った。

 白いフードの影の下、赤い目だけが真っ直ぐレオンへ向く。


「オールドユニオンはクソだ」


 その一言で、空気が変わる。

 セグメンタタの何機かがわずかに揺れた。

 アリス・スクワッド側は、意外でもあり、期待通りでもあるという顔でざわめく。


 アリスは止まらない。


「だけど、まっとうに規範を遵守する、真面目で不愛想なクソだ」


 レオンの口元の笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。

 アリスはオールドユニオンを庇っていない。

 だが、そこに“線”を引いた。


「だけど、お前たちは———」


 その続きは、最初の二句よりずっと重かった。


「お前たちOCM海外部門は、子供を人質に使おうとするクソ以下の存在だ」


 言い切った瞬間、場のどこかで誰かが息を呑んだ。


 子供。

 人質。

 その言葉は、抽象的な権力批判よりもずっと生々しい。

 群衆の熱へ、そのまま直接突き刺さる種類の事実だった。


 レオンの笑みが、今度ははっきり薄くなる。

 彼はすぐに表情を戻そうとしたが、一拍だけ遅れた。

 その一拍が、アリスには十分だった。


 アリス・スクワッドの中にも動揺が走る。

 企業群やオールドユニオンへの怒りと違い、それは少し種類が違った。

 子供を人質に使う。

 その一線の悪さは、新開市の雑な正義感ですら、簡単には飲み込みにくい。


 舞原朱音の目が見開かれる。

 榊は言葉を失い、リンは一瞬だけ、アリスに主役を奪われる苦しさすら忘れた。

 ドラウグルは、武力の話ではなく、もっと単純な最低限の線を踏み越えた者への嫌悪を、静かに噛みしめる。


 その直後だった。


 白い閃きが、照明の縁を切って落ちてきた。


 誰かが叫ぶより速く、

 白のサムライ・スーツをまとったサムライ・ヒーローが、アリスの位置へ飛び込む。


 義弘だった。


 彼はニュース越しにこの場を見て、止めろと呻き、だが止めに行くしかなかった。

 白い装甲は照明を受けて異様に鮮烈で、いまこの場へ飛び込んできたそれは、まるでレオンの舞台を真横から断ち切る刃そのものみたいだった。


 アリスのすぐ側へ着地する。

 床が鳴り、白い輪郭が立つ。


 レオンがようやく、はっきりと顔をしかめた。


「……来ると思ったよ」


 彼は笑おうとしたが、その声の芯には少しだけ苛立ちが混ざる。

 アリスを主役に据えた舞台へ、義弘がこの瞬間に入る。

 それは絵としてはあまりに強すぎて、もはやレオン一人の演出では制御しきれない。


 義弘はレオンを見なかった。

 先にアリスを見る。


 アリスは、その視線を一度だけ受けた。

 何も言わない。

 だが、それで足りた。

 来たのだ、とわかる。

 義弘はいつも、こういう最悪な時に、ぎりぎりで来る。


 それから義弘は前を向いた。

 白のサムライ・スーツ。

 群衆の中心の黒いゴースト。

 その二つが、初めて完全に同じ画面の中心へ立つ。


 新開市の野次馬たちは、もうほとんど息を忘れていた。

 スマホを持つ手だけが震えている。

 誰もがわかっている。

 これはさっきまでの“奇妙なパレード”とは違う。

 もっと決定的な瞬間へ変わった。


 アリスは、群衆に担がれた神話ではない。

 いまや自分の言葉で敵を断罪した告発者だ。

 そして義弘は、その告発に応じて飛び込んできた白い実働の刃だった。


 レオンの舞台は、ここで別の物語へひっくり返り始めている。


 アリスは小さく息を吐いた。

 疲れていた。

 でも、まだ終わっていない。


 義弘も、白い装甲の内側で短く呼吸を整える。

 ここから先は、止めるために来た者として動かなければならない。

 アリスが言葉で切り開いた一線を、今度は現実の側で繋がなければならない。


 その中心で、レオン・ヴァルケンだけが、ほんのわずかに首を傾げた。


「いいね」


 小さく、ほとんど独り言みたいに言う。


「やっぱり最高だな、新開市」


 それは敗北の呟きではなかった。

 むしろ、さらに面白くなったと本気で思っている声だった。

 そこが、この男の最悪なところだと、アリスは改めて思う。


 照明は強く、

 群衆は息を詰め、

 白と黒が並び立ち、

 狼たちはまだ動かず、

 虎は低く唸り、

 セグメンタタは判断を揺らしている。


 新開市の夜は、いままた一段、戻れないところまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ