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第272話 煙の向こうの交差点

 ブージャムの動きは、怪獣というより、巨大な生き物の夢に近かった。


 無理に吠えず、無理に暴れず、ただそこにいるだけで周囲の空気を変える。しかもその巨体は、企業群が設計した脅威演出にありがちな鈍重さをまったく見せなかった。SKYLANCEが広場の中央で態勢を変え、可変翼を展開して観客へ圧迫感を与えるための角度を取ろうとした瞬間、ブージャムは低く身を沈めた。巨大な脚部の関節がしなやかに折れ、重量を感じさせない速度で横へ滑る。


 次の一秒で起きたことを、会場にいた誰も正確には説明できなかっただろう。


 ブージャムはSKYLANCEの真正面へ突っ込まなかった。正面火力も、象徴的な激突も選ばない。代わりに、可変機構の移行点にある一瞬の隙へ差し込み、片側の翼基部にだけ荷重をかけるように機体を捻った。破壊ではない。過負荷でもない。機構の自由度を最小限に奪う角度で、動きだけを縫い止めるような介入だった。SKYLANCEはわずかにきしみ、反対側の推進ノズルで体勢を立て直そうとする。だがその前にブージャムの尾部に似た補助アームが伸び、今度は後肢にあたる可変支持脚の関節へ、正確すぎる打点を落とした。


 観客席から息を呑む音がひとつに重なる。


 SKYLANCEの装甲が割れることはなかった。火花も派手には散らない。だが機体は、そこでようやく自分が動けなくなっていることを理解したように、不自然な角度で停止した。飛べない。突進できない。攻撃姿勢にも入れない。ただ、広場の上で巨大な姿勢のまま封じられている。


 ブージャムは追撃しなかった。


 広場に入った企業ヒーローの何人かは、そのことにむしろ戸惑った。相手が敵性機なら、ここで機能停止まで持っていくはずだ。装甲の継ぎ目を剥がし、駆動部を焼き、再起不能にする。それが戦術としては正しい。だがブージャムはそうしない。ただ一歩だけ引き、動けなくなったSKYLANCEと観客導線の間へ、自分の巨体を楔のように置く。


 まるで、これ以上壊す気はない、とでも言うように。


 折原連は管制席からその様子を見て、目の奥がじわりと冷えるのを感じた。


 あれは偶然の手加減ではない。意図だ。判断だ。しかも、単なる操縦の巧拙ではない。アリスの考え方がそのまま機体へ宿っている動きだった。必要以上に壊さない。機械であっても、捨てるように壊せば何かが失われる。そういう、ひどく面倒で、ひどく偏った優しさを、折原は知っていた。


 ドローンを破壊すると、アリスが悲しむ。


 その事実を、彼は誰に説明できるだろう。企業群にも、代替派にも、いまこの広場で歓声にも似たざわめきを上げ始めた市民にも、きっと通じない。だが折原にははっきりわかった。ブージャムは敵機を制圧しているのではない。殺さずに黙らせている。そしてそのやり方は、アリス以外の誰にも選べない。


 フルーテッドが上空から進入する。企業ヒーローのシラヌイも別方向から間合いを詰めていた。会場警備用のドローン群が網のような追跡線を広げる。ここで通常なら、ブージャムは包囲される。ステージ周辺は導線が整理されすぎていて、逃げ道が少ない。折原自身が、そう設計したのだ。


 にもかかわらず、次の瞬間、ブージャムは消え始めた。


 正確には、消えたのではない。街の流れの中へ、自分の巨体を溶かし込んだ。


 ステージ正面の観客は緊急退避用の誘導アナウンスに従って左右へずれる。スクリーンが一斉に退避方向を表示し、警備ドローンが低空へ降りて視線を誘導する。仮設フェンスの一部が開き、待機車両の導線が一瞬だけ空く。どれも本来は安全計画の一部だった。だがその一連の動きが、まるで最初からブージャムのために用意されていた抜け道のように繋がっていく。


 折原は愕然とした。


 自分の線だ。いや、もう自分だけの線ではない。アリスが噛み、切り替え、書き換えた導線だ。群衆の足止まり、警備の視線の偏り、フェンスの開閉タイミング、スクリーンの情報量。すべてがほんの少しずつズラされ、結果としてブージャムのための回廊になっている。


 ブージャムはその回廊を、信じられないほど自然に駆け抜けた。


 シラヌイが追う。フルーテッドが高所から先回りを試みる。だがもう遅い。ブージャムは正面を見て走っているのではない。群衆の呼吸と街の死角を相手にしている。路面の傾斜、仮設構造物の影、車両動線の空き、警備回線のノイズ、その全部を巨大な機体でありながら利用していく。最後に、整備区画へ続く通路の先で、一瞬だけ何か白いものが影に触れたように見えた。


 白いフード。


 そう見えた者が何人いたか、折原にはわからない。


 次の瞬間には、煙のような排熱だけを残して、ブージャムは列の向こうへ消えていた。


     *


 新開市は、その夜のうちに熱狂した。


 熱狂という言葉は、ときに出来事の真相とは無関係に起きる。むしろ真相がわからないほど、都市はそこへ好き勝手な意味を注ぎ込みたがる。ブージャムの鮮烈すぎる出現、SKYLANCEの精密な鎮圧、企業ヒーローやフルーテッドの追跡を滑らかにかわし、群衆導線の向こうへ消えた撤退劇。それは、説明の空白が大きすぎた。


 だから人々は勝手に埋め始める。


 あれは企業群の隠し兵器だ。

 いや、オールドユニオンの新型だ。

 SABLEの覚醒形態だという者までいた。

 白いフードの操縦者を見たと言い張る若者も現れた。

 「本物の守護獣」だと呼ぶ投稿が拡散し、「新開市のゴーストは一人ではなかった」と神話めいた言い方をする記事も出始める。

 ブージャム、という名はどこからともなく表へ浮上し、市民たちはあっという間にその名前を使い始めた。


 何より厄介だったのは、あの機体が“守った”ように見えたことだった。


 SKYLANCEは脅威演出の怪獣役として現れたはずなのに、結果として観客導線の前へ最初に立ったのはブージャムだった。しかも壊しもせず、暴れもしない。必要なだけ止めて、煙のように消える。その美しさは、制度の説明をあっさり越えてしまう。人はよく整えられた広報より、一度だけ目の前で見た鮮やかな異物を信じる。


 代替派にとって、それは最悪の事態だった。


 SABLEを中心とした“新しい守護像”の物語を育てようとしていたのに、そこへ管理外の守護獣めいた存在が現れ、しかも市民の感情を根こそぎ持っていく。物語の主導権が、また群衆へ奪われる。折原が好んで使う言葉でいえば、“映え”の中心点が意図せず移動してしまったのだ。


 企業群にとっても悪夢だった。M-22由来の部材は確かに自分たちの現場へあった。再利用もしていた。ところが完成目前の機体が消え、その名だけが街へ先に流れ、最終的には自分たちが用意したSKYLANCEを無力化して見せた。これでは、まるで企業群が知らないところでオールドユニオンへ戦力を献上したようなものだ。


 互いに、相手が裏切ったと思った。


 そして、その怒りの矛先はすぐに折原連へ向かう。


     *


 翌朝、折原は二つの呼び出しをほぼ同時に受けた。


 ひとつは代替派の緊急会合。

 もうひとつは企業群側の事情聴取。


 彼は端末を見て、小さく笑った。笑うしかなかった。どちらも自分を必要としている。どちらも自分を疑っている。そしてどちらも、いちばん肝心なことを見落としている。


 ブージャムは、誰の陣営にも属していない。


 いや、正確には属している。ただし企業群にも代替派にもではない。アリスの側だ。だがその事実を口にするわけにはいかなかった。自分がアリスと接触したことが露見すれば、それだけで彼は各勢力にとって“捕まえるべき導線屋”へ変わる。


 すでに半分そうなりかけていると、折原は理解していた。


 代替派の会議室は、昨日までの明るい設計熱とは別物になっていた。大型投影は消され、机の上には簡潔な資料だけが並ぶ。いつも饒舌な面々も、今朝は口数が少ない。怒りが静かなほど危険だと、折原は知っている。


「説明してもらおうか」


 中心の男が言った。笑っていない。


「何を?」


「企業群が独自にM-22系を運用し、SABLEの株を奪う形で出現させた件について」


「それを僕に聞くの?」


「聞くさ。君は双方の設計を知っている」


 折原は椅子に浅く座り、脚を組まなかった。余裕があるように見せるための仕草が、今はむしろ逆効果になる。


「僕が知っているのは、君たちがM-22の痕跡を甘く扱い、企業群が再利用を急いでいたことまでだよ。昨夜出たものが企業群の独断かどうかまでは知らない」


「知らないでは済まない」


「済ませるしかない」


 折原が言うと、空気が一段きつくなった。


 男は資料を机へ投げた。そこには、昨夜の映像解析の一部が並んでいる。ブージャムの輪郭、SKYLANCEを止めた打点、撤退経路の推定。解析担当は優秀だった。優秀であるがゆえに、余計に混乱しているのが伝わる。


「企業群は、これが我々の強奪だと言っている」


「言うだろうね」


「我々は違う」


「だろうね」


「なら誰だ」


 折原は一拍だけ黙った。ここで嘘を重ねても、たぶん長くは持たない。だが本当の名を出すわけにもいかない。


「少なくとも、君たちが思ってるほど単純な裏切りじゃない」


「何を知っている」


「知っていても、言えることと言えないことがある」


 その瞬間、室内の視線が一斉に硬くなった。折原は自分の首筋にうっすら汗が滲むのを感じた。危うい。いまの言い方は、余計だったかもしれない。だが引っ込められない。


 男はしばらく彼を見つめ、それから低く言った。


「連。君はまだ必要だ。だが必要であることと、自由でいられることは別だと理解しておいてくれ」


 脅しは丁寧な言葉で包まれていた。


 会議を終えて外へ出た折原を、今度は企業群の担当者が待ち構えていた。こちらは代替派ほど上品ではない。怒りがむき出しだった。整備棟の記録、ブージャム消失前後の導線、昨夜のイベント設計、代替派との連絡履歴――聞かれることは山ほどあり、しかもその全部に疑いが混じっている。


「オールドユニオンへ機体を渡したのか」


「渡してない」


「ならどうしてあんなものが出る」


「僕に聞かないでほしいね」


「お前しか、両方の流れを知っていない」


「それは君たちが勝手に僕を便利に使ってきたからだろう」


 珍しく、折原は少しだけ苛立ちを隠さなかった。企業群の担当者はその苛立ちに逆上しかけたが、寸前で飲み込んだ。怒鳴れば解決する段階ではないと理解しているからだ。


 それでも、折原にはもうはっきりしていた。


 自分は獲物になりつつある。


 代替派にとっても、企業群にとっても、昨夜の事件を説明するための“交差点”が必要だ。そこを押さえれば相手の裏が見えると、皆が思い始めている。その交差点に立っているのが自分だ。しかも最悪なことに、彼らの想像以上に自分は真相へ近い。


 誰も本質を見ていない。

 誰も、本当に怖がるべきものを怖がっていない。

 そのことが、折原にはたまらなく息苦しかった。


     *


 SABLEにとって、ブージャムの出現は二つの意味で衝撃だった。


 ひとつは単純な鮮烈さだ。あの機体は美しかった。暴力ではなく、正確な介入としてSKYLANCEを止める。しかも、ステージや観客導線を壊さない。企業が作る“見せる怪獣”とは、根本の設計思想が違う。あれは脅威として現れたのではない。線を引き直すために現れた。


 もうひとつは、調査線の断絶だった。


 SABLEはM-22を追っていた。自分が新しい守護像として担がれる裏で、何が隠され、何が再利用され、誰が都合よく整理されているのか。それを確かめたかった。だが、そのM-22がもう“物”としては存在しない。ブージャムになってしまった以上、追っていた対象は別の意味へ変質している。機体の出所を問うより先に、誰がどう再定義したのかを問わなければならない。


 それはもう、物証の話ではない。人の話だ。


 SABLEは数日分の記録を洗い直し、アリスの名が出た内部照会の痕跡を追ううちに、ある名前に何度も行き当たった。


 監査記録官アザド。


 オールドユニオン内部で、妙に抑制の効いた書式を使う男。表に出る派手な役職ではないが、痕跡を消しすぎない人間の記録だと、SABLEは感じた。完全な隠蔽を好む者の文ではない。むしろ必要なところにだけ最低限の線を残す、手順の人の文体だ。


 彼に会えば、何かがわかるかもしれない。


 そう考えたSABLEは、短い伝手をいくつか辿り、オールドユニオンの監査補助フロアの一角へと足を運んだ。華やかなステージとは対極にある、窓の少ない静かな区画だった。資料箱、端末、紙の匂い。そこにいたアザドは、噂通り派手さのない男だった。年齢の見えにくい顔立ち、整った姿勢、無駄のない目の動き。誰かを歓迎するというより、必要な事実だけを受け取るために相手を見る目。


「SABLEさん」


 彼は名を確認するように呼んだ。


「はい」


「なぜ私のところへ?」


 SABLEは椅子へ座る前に答えた。


「アリスを調べてるから」


 アザドの目が、ほんの少しだけ細くなった。驚きではない。興味だとSABLEは思った。


「ずいぶん直線的ですね」


「回りくどいと、みんなきれいなことしか言わないから」


 アザドはその返答に、わずかに口元を緩めた気がした。


「何を知りたい?」


「M-22と折原のこと、知ってるでしょう」


「知っています」


「アリスも追ってる?」


「追っている、という言い方は少し違います」


「じゃあ」


「必要な時に、必要な線が切れないように見ているだけです」


 SABLEはその言い回しに少し眉を寄せた。詩みたいで嫌いだと思ったが、嘘ではないとも感じた。


「ブージャムが出たせいで、M-22の調査は袋小路になった」


「そうでしょうね」


「でも、アリスは何かを追ってる」


「その可能性は高い」


「何を?」


 アザドはすぐには答えなかった。SABLEを見ている。測っている。なぜお前がそこまで知りたがるのか、本当に自分のためではないのか、と。


「あなたは、なぜアリスを調べるのです」


 やはり来た、とSABLEは思った。


「代わりになりたいからじゃない」


「そう見える状況にはあります」


「知ってる。でも違う」


 SABLEは少しだけ視線を落としてから、また上げた。


「あの人がいないまま、みんなが話を進めてるのが変だから」


 自分でも、うまく言えているとは思わなかった。嫉妬ではない。競争心でもない。守護像としての自己保身でもない。ただ、中心にいるべきではない自分が中心へ置かれ、その空白を誰も正しく扱わないまま大人たちが話を進めていることが、どうしても気持ち悪かった。


 アザドはしばらく黙ったあと、静かに言った。


「なるほど」


 その一言だけで、少し空気が変わった。


「M-22と折原の件は、もちろん把握しています。あなたが気づいている通り、昨夜の件で物証の線は崩れた。なら次は、人を追うしかない」


「誰を」


「会ってもらいたい人がいます」


 アザドは端末を閉じた。


「義弘さんです」


     *


 義弘はSABLEを見たとき、すぐには何も言わなかった。


 場所は表向きには何の変哲もない会議室だったが、実際には外部の視線を切るための工夫がいくつも施されている。広すぎず、狭すぎず、壁の色も中立的で、余計な威圧感がない。義弘はいつものようにスーツ姿で、傷のある顔に疲労を隠しきれていなかった。それでも目だけは鋭い。


 SABLEはその視線を正面から受けた。値踏みされている、とすぐわかった。

 アザドは席を外し、二人きりになる。


「話は聞いている」


 義弘が先に言った。


「アリスを追っているそうだな」


「追いたいです」


「追えると思っているのか」


 問いは厳しい。だが感情的ではなかった。SABLEは首を横に振る。


「思ってない」


「なら、なぜ追う」


「いないままにされるのが、おかしいから」


 義弘の目が、ほんのわずかだけ動いた。アザドにも言った答えと同じだった。だが、義弘には別の重みで届いたらしい。


「君は今、あの子の代わりに担がれている」


「はい」


「それが嫌か」


 SABLEは考えてから答えた。


「嫌、というより、変です」


「変」


「本物がいなくなったからって、似てるものを置けばいいみたいにされるのが」


 そこで初めて、義弘の口元がごくわずかに緩んだ。笑いではない。だが完全な拒絶ではなくなった。


「……そうか」


 彼は指を組み、少しだけ前へ身を乗り出した。


「では、はっきり言う。本気のアリスを直接追うのは難しい」


「はい」


「監視網の盲点だけを歩ける。いや、盲点を歩くというより、盲点を作る。追跡者の視線、群衆の足、通信の遅れ、全部を少しずつ噛んで、自分の通る道に変える。正面から探して見つかる相手ではない」


 SABLEは黙って聞いた。義弘の声には、誇りと諦めと、少しの痛みが混ざっていた。たぶん彼は何度もそれを味わってきたのだ。


「じゃあ、どうすればいい」


「本人ではなく、本人が追うものに先回りする」


 義弘は即答した。


「アリスは今、企業群と代替派の繋がりを追っているはずだ。M-22の件がその接合部だからだ」


「繋がり」


「表の契約ではない。裏で都合よく共有され、都合よく隠される部分だ。責任が曖昧で、だからこそ誰もが利用したがる場所。あの子はそこへ噛みにいく」


 SABLEはその説明を聞きながら、ブージャムの動きを思い出した。壊すためではなく、線を引き直すための介入。確かにアリスは、物そのものより接合部を壊しにいくタイプなのかもしれない。


「その繋がりを知ってる人がいる」


 義弘が言った。


「折原連だ」


 SABLEはすぐに顔を上げた。


「やっぱり」


「君もそう思ったか」


「折原、知ってるのに言わない顔してた」


「賢いな」


 義弘は今度こそ、ごく浅く笑った。


「折原は代替派の構想も、企業群の実務も、両方に触れている。しかも昨夜の件で双方から疑われている。いま一番、押さえられやすい交差点だ」


「折原を捕まえれば、アリスに先回りできる?」


「“捕まえれば”という言い方は物騒だが、まあ近い」


 義弘は椅子にもたれた。


「折原を追えば、アリスが追う線に近づけるかもしれない。逆に言えば、企業群も代替派も同じことを考え始めているはずだ」


「……争奪戦になる」


「なるだろう」


 SABLEはそこで、ようやく今の状況の形をはっきり理解した。M-22はもうブージャムになった。物証は煙の向こうへ消えた。なら次に誰もが手を伸ばすのは、人だ。折原はその中心にいる。そしてアリスも、もし同じ繋がりを追っているなら、折原を無関係ではいさせない。


「君はどうする」


 義弘が問う。


 SABLEは迷わなかった。


「折原を探す」


「その先にアリスがいる保証はない」


「わかってる」


「君自身も目立つ立場だ。動けば読まれる」


「わかってる」


 義弘はしばらく彼女を見ていた。それから、低い声で言った。


「なら一つだけ忠告しておく」


「何」


「君は“第二のゴースト”になる必要はない」


 SABLEの目が、わずかに揺れた。


「本物を追うなら、似ようとするな。あの子はあの子だ。君が君のやり方で見ろ。そうでないと、途中で見失う」


 その言葉は不思議と、冷たく聞こえなかった。甘くもない。ただ誠実だった。


 SABLEは静かに頷いた。


     *


 その頃、折原連は自分の移動経路を三つ捨て、四つ増やしていた。


 企業群の問い合わせは増え続け、代替派の“必要だが自由ではいられない”という言い方も頭に残っている。端末には知らない番号からの連絡がいくつも入り、返信しなかった相手ほど執着してくる。彼は自分がもう、ただの設計協力者ではなくなっていると理解していた。


 新開市のいくつもの視線が、彼の背中へ集まり始めている。


 しかもその中には、たぶんSABLEもいる。義弘も気づいたかもしれない。アザドは最初から見ている。そして、アリスは――。


 折原はその考えを途中で止めた。


 誰が一番怖いかなど、考えるまでもない。怖いのは、たった一人だけ、本物を見た自分の方なのかもしれなかった。あの赤い目を知ってしまったからこそ、他の誰よりも早く、次の交差点がどこにできるか想像できてしまう。


 街の光は相変わらず整っていた。広告も、警備も、祝祭も、中立も、全部が昨日までと同じ顔で動いている。だがその裏で、線はもう変わり始めている。企業群も代替派も、折原を押さえたい。SABLEは自分を追うだろう。義弘も、おそらく動く。

 そしてアリスは、その全部より一歩先にいるかもしれない。


 折原は雑踏の中で足を止めず、ただ小さく息を吐いた。


 新開市は今、ブージャムの残した煙の向こうで、新しい追跡線を生み始めている。


 次に捕まるのは誰か。

 次に先回りするのは誰か。

 その答えが、もう自分の周囲へ集まりつつあるのを、彼は嫌というほど感じていた。

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