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第265話 本物の動き

 治安機関が企業群へ踏み込もうとした時、最初に見えたのは、狼狽だった。


 声が揃っていない。

 責任の押しつけ先が定まっていない。

 提出される説明資料の文言が、企業ごとに微妙に違う。

 SKYLANCEの整備ログの説明にしても、

 「試作機」

 「デモ機」

 「限定展示用」

 と、言い訳の粒が揃わない。


 アリスは、端末越しにその反応を見ていた。


 真鍋の向こうで、企業の広報担当が顔色を失っている。

 別の会議室では、役員が誰かを責める視線を隠し切れていない。

 書類の提出順もぐちゃぐちゃだ。

 焦っている。

 確かに焦っている。


 それなら、崩れるはずだった。


 SKYLANCEの整備拠点。

 搬入記録。

 部材ロット。

 企業ロゴの消し痕。

 アリスが抜いた証拠は、弱くない。


 だからアリスは、ここから企業群がしばらく防戦一方になると読んでいた。


 だが――


 突然、空気が変わった。


 それまで噛み合わなかった返答が、ぴたりと揃う。

 言葉の温度が統一される。

 各社の担当者が、まるで同じ台本を読んでいるみたいに口を開く。


「SKYLANCEは、当社製品と企業ヒーローのパフォーマンス・アピールです」


「犯罪性は一切ありません」


「危険性は事前に十分評価されており、展示の延長線上です」


「市民への安全啓発と、企業技術の広報を兼ねていました」


 アリスは、端末の画面を見つめたまま、言葉を失った。


 揃いすぎている。


 さっきまであれほど狼狽していた連中が、

 同じ論理、同じ順番、同じ温度で、同じ逃げ道へ走っていく。


 その不自然さに、背筋が冷えた。


「……何だ、それ」


 呟く声が、自分でも低いと思う。


 真鍋も画面の向こうで眉を寄せていた。

 彼女もまた、おかしさに気づいている。

 だが気づいても、揃えられた理屈がある限り、手順はすぐには折れない。


 アリスは、歯を噛みしめた。


 折原だ。

 企業群に関わっているのは、たぶん折原だ。


 だが、アリスの知る限り、折原は列の専門家だ。

 人を並ばせる。

 流れを作る。

 欲を押して、節を鳴らす。


 それは出来る。


 だが――

 “統一見解の台本”を書く種類の人間ではなかったはずだ。


 折原は、手順のプロではない。

 少なくとも、アザドのような意味では。


 なら、この企業群の立て直しの裏には、折原とは別の“整理する手”が入ったのか。


 アリスの脳内で、冷たい線が走る。


 もっと掘りたい。

 この違和感を追いたい。

 企業群がなぜ冷静さを取り戻したのか、その手順の出所を知りたい。


 だが――そのタイミングで、別の手順がアリスの時間を奪いに来た。


 オールドユニオンの代替派は、成功を嗅ぎ分けるのが早い。


 SKYLANCE戦における、SABLEとフルーテッドの活躍。

 SABLEがアリスと並んだ時の群衆の反応。

 配信映像の再生数。

 切り抜きの伸び。


 それらを総合して、代替派は結論を出した。


 ――ユニット計画を動かす。


 アリスの端末に届いた通知は、今までの“要請”とは違っていた。


 文面が違う。

 押しつけの角度が違う。

 そして何より、回りくどさが減っている。


 正式通知。


 アリスとSABLEのユニット活動を開始する。

 活動内容は新開市内における広報、交流、演出、文化的親善。

 必要な従者ドローン運用、警備、撮影、導線確保はオールドユニオンが支援する。


 正式通知。


 つまり、これはもう代替派の横槍ではない。

 オールドユニオン自体の仕事になった、ということだ。


 アリスは即座にアザドへ回線を叩き込んだ。


 呼び出しは短い。

 短くて、腹が立つ。


 画面に映ったアザドは、相変わらず整った顔でこちらを見る。

 静かで、穏やかで、冷たい。


 アリスは前置きを捨てた。


「時間稼ぎはどうした」


 アザドは一拍置いて、淡々と答える。


「今回は、頭ごなしではない」


「は?」


「正式な通知だ。

 オールドユニオンの手順として出ている」


 アリスは目を細めた。


「だから何だ」


「監査記録官補佐としての君も、止めにくいということだ」


 正しい。

 正しいから腹が立つ。


 アリスは端末を握りしめる。


「ふざけんなよ」


「ふざけてはいない」


 アザドは表情を崩さない。


 その奥で、アリスは別のものを感じ取っていた。


 アザドは、このユニット計画を全面的に推しているわけではない。

 むしろ、半歩引いて見ている。


 SABLEは、アザドにとって“アリスの鎖”でしかない。

 人の鎖。

 フルーテッドが機械の鎖なら、SABLEは人間の鎖。


 ユニットを組めるほどのスペックが、SABLEに本当にあるのか。

 代替派はよほど自信があるようだ――。


 そんな冷たい観察が、画面の向こうから漂ってくる。


 だがアザドは口には出さない。

 口にしないで、見ている。


 それが一番嫌だった。


 アリスは舌打ちを飲み込み、低く言った。


「企業群が逃げてる。

 そっちを掘りたい」


「知っている」


「だったら」


「だからこそだ」


 アザドの答えは短い。


「今は、街に別の絵を置く必要がある」


 別の絵。

 アリスとSABLEのユニット。

 企業群が追及をかわしている横で、オールドユニオンは次の偶像を前へ出す。


 そういうことだ。


 アリスは、本気で画面を叩き割りたくなった。



 企業群は治安機関の追及をかわしつつあった。


 完全に逃げ切ったわけではない。

 真鍋はまだ噛んでいる。

 ミコトも議会で睨んでいる。


 だが“犯罪ではなくパフォーマンスだった”という論法は、厄介だ。


 怪獣を出した。

 戦った。

 派手だった。

 危なかった。


 それでも「企業ヒーローの実力アピール」「市民への安全啓発」「技術展示」と言い切られると、

 手順の上では切り崩しに時間がかかる。


 その横を、代替派は涼しい顔で通り過ぎる。


 アリスにはそれが、吐き気がするほど腹立たしかった。


 企業群の手順の匂い。

 折原だけではない何か。

 それをまだ掘れていない。


 なのに、代替派はアリスとSABLEのユニットを新開市へ投入する。


 時間を奪う。

 席を作る。

 絵を増やす。


 全部、アリスの嫌いなやり方だった。



 ユニット活動の初日、アリスは鏡の前で本気で帰りたかった。


 以前、NECROテックに動きをインストールした“なんちゃってアイドル”をやったことはある。

 やらされた、と言った方が正しい。


 覚えた振り付け。

 作られた笑顔。

 合わせるだけの動き。


 だが、あれは擬似だった。


 NECROテックに動きを移し、

 それを自分も真似るような、無理やりの“アイドルっぽさ”だった。


 今回は違う。


 SABLEは、本物だった。


 GLASS VEILという、世界的アイドルグループの一員。

 身体の使い方が違う。

 視線の投げ方が違う。

 間の取り方が違う。

 カメラの位置に対する反応が違う。


 立つだけで空気が変わる。

 歩くだけで画角が決まる。


 訓練された偶像。

 完成された他者。


 今までアリスにリードされていたSABLEが、

 今日は逆だった。


「こっち」


 SABLEが短く言う。


 それだけで、アリスの立ち位置が一歩ずれる。

 ずれた位置が、ちゃんと“映る位置”になる。


「視線、上」


 アリスが反射で少しだけ顎を上げる。

 その角度で、照明が頬を拾う。


「笑わなくていい。

 でも、硬くしないで」


 無表情のくせに、言うことは的確だ。


 アリスは内心で悪態をつきながら、言われた通りにする。

 すると、本当に画が整う。


 腹が立った。


 腹が立つのに、感心する。


 SABLEは悪意なくそれをやっている。

 悪意なく、アリスを“合わせる側”へ回す。


 アリスにとって、それは少し屈辱的だった。


 今までは嫌々でも、先に立っていた。

 導線の中心に押し出される側だった。

 利用されるにしても、“中心の利用”だった。


 だが今は違う。


 本物の偶像の隣で、

 自分が“合わせる側”になっている。


 舞台の真ん中が嫌いだと思っていたのに、

 いざ他人に真ん中を預けられると、妙な寒気がした。


 SABLEがふとこちらを見る。


「嫌?」


 短い問い。

 短いくせに、逃げられない。


 アリスは少し考えてから答えた。


「……嫌いだ」


「私が?」


「違う。

 この感じが」


 SABLEは頷くでもなく、ただ少しだけ目を細める。

 無表情のまま、何かを理解したみたいに。


「でも、見てる人は好き」


 その言葉で、アリスは前を見た。


 群衆。

 スマホ。

 歓声。

 配信。


 確かに、受けている。

 アリスとSABLEが並ぶ絵は、分かりやすく強い。


 片方は“本物の偶像”。

 片方は“本物のゴースト”。


 混ざらない二つが並んでいるから、熱狂が立ち上がる。


 アリスは舌打ちしたい気分を飲み込み、低く言った。


「最悪だ」


 SABLEは、その返しにわずかに首を傾げる。


「最悪なのに、見てる人は喜ぶ」


「新開市だからな」


「そうね」


 SABLEの返事は軽かった。

 だが、その軽さの中に“受け入れ”がある。


 アリスはそこで、ようやく少しだけ理解した。


 SABLEは、ただの鎖ではない。


 完成された偶像として、

 この街に適応しようとしている。

 その上で、アリスという“本物”を観察し、自分の中へ取り込もうとしている。


 それが、少し怖かった。


 そして同時に、少しだけ面白かった。


 だが、面白がっている余裕はない。


 ユニット活動の合間にも、アリスの端末は企業群の残り香を拾い続けていた。


 説明の揃い方。

 反論の温度。

 広報資料の書き方。

 危険性を“演出”に言い換える順番。


 列だけじゃない。

 誰かが、企業に台本を書いた。


 折原だけでは説明しきれない。

 だがアザド級の手順のプロが、企業群に直接入っているとも考えにくい。


 なら誰だ。


 アリスはSABLEの隣で立ちながら、頭の中でその線を追う。


 群衆は歓声を上げる。

 代替派は満足そうに頷く。

 アザドは冷たく観察している。


 その全部の下で、別の手順がまだ動いている。


 アリスは、息を吐いた。


「……列だけじゃない」


 SABLEが横目で見る。


「何?」


 アリスは端末を閉じ、群衆の向こうを見た。


「誰かが、企業に台本を書いた」


 その言葉は、歓声の下へ沈んでいく。


 だがアリスの中では、次の火種としてはっきり燃え始めていた。

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