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第264話 正式導線

 アリスは、時間を使いすぎたと自覚していた。


 使いすぎた、というより、削られすぎた。

 削られて、削られて、それでもまだ足りない。


 病室から出て動けるようになってから、調査は再開していた。

 SKYLANCEの整備ルート。

 企業群の裏導線。

 折原の匂い。

 そしてオールドユニオン代替派の“要請”。


 全部を同時に追っている。

 その上で、親善大使もやらされる。


 時間が足りるわけがない。


 理由は分かっている。


 一つは、SABLEだ。


 最年少のGLASS VEILは、相変わらず無表情のままアリスの近くを離れない。

 問いは短い。視線は鋭い。

 しかも最近は、アリスの沈黙の間合いまで読んでくるようになった。


 もう一つは、フルーテッド二機。


 フルーテッド本機と、SABLE側の情報共有で実務に噛んできたもう一機。

 便利だ。

 便利だが、目立つ。

 目立つものは、秘匿行動に向かない。


 そして何より大きいのが――

 シュヴァロフや義弘がいないことだった。


 今まで当たり前のように頼ってきた“馴染んだ連携”がない。

 シュヴァロフなら、言わなくても背中を預けられた。

 義弘なら、黙っていても導線を読んで前へ出てくれた。


 それがない。


 今のアリスは、SABLEという不確定要素を抱え、

 フルーテッド二機という礼儀正しい鎖を引きずりながら動いている。


 いっそ“ゴースト”単独なら楽だった。


 怪しい場所を見つけたら、強襲。

 証拠を抜いたら、離脱。

 必要ならハックで灯りを落とし、無線を殺し、最悪、窓から逃げればいい。


 だがSABLEと一緒ではそうもいかない。


 アリスは端末を見ながら、舌打ちの代わりに深く息を吐いた。


 しかも、ここまで時間を与えてしまったにもかかわらず、企業群はSKYLANCEを繰り出してこない。


 それが、余計に嫌だった。


 準備が整っているなら、普通は出してくる。

 出してこないということは、何か別の段取りがある。


 考えられるのは二つ。


 一つ。

 折原の列の操縦によって、待ち伏せ地点まで誘導される。


 二つ。

 アリスを完全に無視し、別の主役回を作る。


 後者なら楽だった。

 無視してくれるなら、その隙に証拠を抜けばいい。


 だが、たぶんそうはいかない。


 折原は、アリスを無視しない。

 アザドも、無視しない。

 企業群も、結局はアリスの席を意識している。


 楽観は捨てるべきだった。


「……待ち伏せ前提、だな」


 アリスが小さく呟くと、横にいたSABLEが顔を上げた。


「何が?」


「企業のやり方」


「また来る?」


「来る。

 来ないわけがない」


 SABLEは無表情のまま頷いた。

 怖がるでもなく、喜ぶでもない。

 その平坦さが、いまだにアリスには読みにくい。


 アリスは端末を操作し、シラヌイへ短く連絡を飛ばした。


 「整備拠点、特定。動く」


 返事はすぐに来た。


 「行く」


 短い。

 だがそれで十分だ。


 シラヌイと、フルーテッド二機。

 その三つがいれば、SKYLANCEを完全でなくても一時的に制圧できる。


 アリスはそう判断した。


 折原の列に対抗するには、列を無視してはいけない。


 アリスはそれを、ようやく学びつつあった。


 だから今回は、逆らわない。

 逆らうふりも、逃げるふりもしない。


 上書きする。


 アリスはSABLEの手を取った。


 SABLEがわずかに目を瞬かせる。


「……何?」


「はぐれると面倒だから」


「あなたが?」


「お前が」


 SABLEは何も言い返さなかった。

 代わりに、握られた手を引かない。


 アリスはそのまま前を向く。

 フルーテッド二機に配置を送る。


 一機は左後方。

 一機は右後方。

 視線は群衆。

 役目は護衛。


 さらに群衆へ向けて、アリスは笑顔を作った。


 歓迎の笑顔。

 筋肉の配置。

 それを今度は、自分のために使う。


「皆さん、こちらです」


 声を張る。

 案内役の顔で。

 正式な市内案内ルートのように見せる。


 手を振る。

 立ち止まりの位置を決める。

 カメラへ向ける角度を決める。


 いかにも“公的な導線”だ。


 群衆は、それに弱い。


 自由に押し寄せるより、

 “正式っぽい何か”に乗った方が、むしろ熱狂しやすい。


 折原がどこかで見ている気配がした。


 アリスのやり方に、たぶん感心している。

 感心しながら、すぐに別の手を組み直している。


 それが折原だ。


 実際、折原は感心していた。


 歩道橋の陰から、人の流れを見ながら、折原は口の端を少しだけ上げた。


「なるほど」


 列に逆らうのではなく、

 正式導線を“演じる”ことで列そのものを味方につける。


 しかもSABLEと手をつなぐことで、

 人波に分断される危険を減らした。

 フルーテッド二機を両脇の護衛に置き、

 シラヌイまで呼んでいる。


 思ったより、アリスから戦力を引き剥がせない。


 前に押し出すだけなら簡単だ。

 だが、いまのアリスは押し出した先でも立てる。

 それが面白く、同時に厄介だった。


 折原は少し考え、方針を変えた。


 アリスを単独で追い込まない。

 その場に止める。


 そして整備拠点からSKYLANCEを出撃させる。


 狙いは、アリスそのものではない。


 アリスと、助けにくるであろう企業ヒーローたちの間に、SKYLANCEを着陸させる。


 わざと挟み撃ちにする。


 そうすれば、アリスの戦力と企業ヒーローの共闘が街に“見える”。


 企業ヒーローをアリスと同じくらい活躍させる。


 企業群にそう言った約束を、今度は違う形で果たせる。


 折原は静かに端末を上げた。


 SKYLANCE出撃。

 タイミングは、今。


 アリスは、列の流れがほんの少し変わったのを感じた。


 それは、押される感覚ではない。

 止められる感覚だった。


 前へ進みすぎないように。

 しかし後ろへも戻れないように。

 群衆が自然と厚みを増していく。


 折原だ。


「……来る」


 アリスが低く言うと、SABLEが手を握り返した。


「何が?」


「空から」


 その瞬間、空が鳴った。


 低い推進音。

 SKYLANCE。


 飛行形態の鋭い影が上空を横切る。

 群衆が一斉に顔を上げる。

 歓声と悲鳴が混ざる。


 アリスは舌打ちしそうになった。


 タイミングがいい。

 良すぎる。


 これは待ち伏せではない。

 “挟み込み”だ。


 前方から駆けつける企業ヒーローたちの気配がする。

 リンの誘導音声。

 アオイカゲのライン展開。

 シラヌイの足音。


 そして、その間へ――


 SKYLANCEが着陸した。


 地面が鳴る。

 飛行形態から地上形態へ変形しながら、

 アリスたちと企業ヒーローの間に割って入る。


 完璧な位置だ。


 アリスは瞬時に理解した。


 企業の狙いは、これだ。


 アリスを釘付けにする。

 企業ヒーローを前へ出す。

 そして両者の“共闘”を街に見せつける。


 主役を奪うのではない。

 等価に並べる。

 それが今回の“映え”の設計だ。


 SKYLANCEとシラヌイ、

 フルーテッド二機と駆けつけてきた企業ヒーローたちの戦闘が始まる。


 シラヌイが最前に出る。

 リンが群衆をほどき、アオイカゲが側面へ回る。

 フルーテッド二機が、LACEでは埋めきれなかった距離を埋める。


 四方向から噛みつくような戦いだ。


 アリスはその一瞬の隙に、整備拠点の地図を脳内で重ねた。


 いま現場に残っても、やることは支援だ。

 だが支援は企業ヒーローでも足りる。

 フルーテッド二機もいる。


 なら、本命は何か。


 証拠だ。


 SKYLANCEをここで止めることより、

 SKYLANCEが企業群の仕業だと断定できる証拠を真鍋へ渡すこと。


 それが、いまの役目だ。


 アリスはSABLEの手を引いた。


「行くぞ」


 SABLEが一瞬だけ、戦場を見た。


「助けないの?」


「助ける。

 別の場所から」


 意味は分かっていない顔だった。

 だがSABLEは手を離さない。


 アリスは群衆の縁へ向かって走り出した。


 折原は、その動きを見た。


 アリスが戦場から離れる。


 本来なら、ここで止めるべきだ。


 列で止める。

 流れを変える。

 “絵”の中心から外さない。


 アリスがいなくなれば、列の絵は薄くなる。

 主役の強度が落ちる。

 企業群に説明しづらくなる。


 だが折原は、止めなかった。


 止めない方が、次の手順に繋がると判断したからだ。


 アリスが整備拠点の証拠を治安機関へ流す。

 企業群の足元に手順を伸ばす。

 そうなれば――


 アザドの依頼に繋がる。


 これまでのドローンたちは、企業のパフォーマンス・アピールだった。

 そう言い換える余地が生まれる。

 事故ではなく演出。

 犯罪ではなく広告。


 火種を長く持たせるなら、その方がいい。


 折原は小さく笑った。


「行け」


 それは誰に向けた言葉か、自分でも曖昧だった。


 アリスがいない間、SKYLANCEは企業ヒーローとフルーテッド二機によって押し込まれていく。


 シラヌイが盾で受け、

 リンが群衆の流れを制御し、

 アオイカゲが変形機構の要所へラインを刺す。


 フルーテッド二機が上空と側面から補助し、

 SKYLANCEの切り返しを鈍らせる。


 共闘の絵。

 折原の設計通りだ。


 群衆は熱狂する。


 「シラヌイ!」

 「リン!」

 「アオイカゲ!」

 「フルーテッドも行け!」

 「うおおおお!」


 アリスがいなくても、映えは立ち上がる。

 それを企業群に見せるには十分だった。


 一方、アリスはSABLEを連れて整備拠点へ辿り着いていた。


 そこは、見た目にはただの搬入倉庫だった。

 だが中に残る熱、整備用の治具、部品番号、変形機構の交換記録、企業ロゴの隠し痕。


 全部が揃っていた。


 アリスの端末が走る。

 ログを抜く。

 認証履歴を拾う。

 配線図を写す。

 部材のロットを照合する。


 SABLEは黙って見ている。

 口を挟まない。

 その静けさが、今だけはありがたかった。


 アリスは真鍋へ通信を繋ぐ。


 呼び出しは短く、すぐに繋がる。


「真鍋」


『どうした』


 疲れた声。

 だが意識は鋭い。


 アリスは短く言った。


「SKYLANCE、企業群の仕業だ。

 整備拠点を押さえた。

 ログ、今送る」


 端末から証拠が飛ぶ。

 真鍋の無言が、一瞬だけ長くなる。


『……受け取った』


「動けるか」


『動く。

 今度は、こっちの番だ』


 その一言に、アリスはようやく少しだけ息を吐いた。


 現場ではまだ企業ヒーローが喝采を浴びているだろう。

 共闘の絵が街に刻まれているだろう。


 だがその裏で、企業群の足元には治安機関の手順が伸びる。


 それでいい。


 アリスは端末を閉じた。


 SABLEが静かに聞く。


「終わった?」


 アリスは首を振る。


「まだ。

 ……でも、一個折った」


 SABLEは意味を全部は分かっていない顔で、それでも頷いた。


 アリスは倉庫の外を見る。


 空の向こうでは、まだ熱狂の残り火が揺れている。


 列。

 節。

 映え。

 共闘。

 証拠。


 全部が同時に進む。


 新開市は、今日も御し難かった。

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