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第262話 時間切れ

 企業群の会議室は、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。


 怒号が飛ぶわけではない。

 企業人は、声を荒げる前に言葉を尖らせる。

 だから会議室は静かなまま、ひどく荒れていた。


 大型ディスプレイには、例の映像が何度も再生されている。


 SKYLANCEが見事に着地する。

 企業ヒーローが迎え撃つ。

 群衆が沸く。

 そして最後に――アリスが前に出て、SKYLANCEがもつれ、シラヌイたちの攻撃が刺さり、撤退する。


 切り抜きの見出しはどれも最悪だった。


 《またアリス》

 《企業怪獣、アリスに敗北》

 《シラヌイ、またアリス側》

 《“本物”は誰か、答えが出た》


 企業群にとって、これ以上ない侮辱だった。


 怒り。

 焦燥感。

 嫉妬。


 全部が会議室の空気に溶けている。


「まただ」

「またアリスに主役を奪われた」

「何のために準備したと思っている」

「なぜ最後がああなる」

「シラヌイの会社はどう責任を取る」


 言葉は一つずつ冷たい。

 冷たい言葉が積み重なるほど、会議室の温度だけが上がる。


 シラヌイの所属企業の担当者は、顔を青くしていた。

 シラヌイ本人は現場で“市民側”に寄りすぎる。

 アリスに協力的すぎる。

 企業の主役を作るべき局面で、またアリスの側へ結果を流した。


 責められる理由としては十分すぎた。


「うちのシラヌイは現場判断で——」


「現場判断で企業の席を潰したのか?」


 即座に切られる。

 正論ではない。

 だが企業の会議では、結果が正論になる。


 別の声が重なる。


「そもそも問題は、組織で準備した“映え”が個人によってひっくり返されたことだ」

「偶然ではない」

「導線が壊された」

「壊したのは誰だ」


 誰だ。


 会議室の視線が、一斉に一人へ向いた。


 折原 連。


 列の作曲家。

 回付の魔術師。

 映え線引き職人。


 企業群が頼み込み、呼び戻し、現場を預けた男。


 そしていま、彼らが最も疑っている男でもあった。


「裏切ったな」


 誰かが、とうとうはっきり言った。


 折原は椅子に深く腰掛けたまま、少しも悪びれなかった。

 むしろ、機嫌がいいようにすら見えた。


 その余裕が、企業群の神経を逆撫でする。


「裏切り?」


 折原は、わずかに口角を上げた。


「ひどい言い方だな。

 あれはデモンストレーションだ」


「デモンストレーション?」


「そう。

 この街で、どうすれば“映え”が立ち上がるのか。

 何を押せば列が鳴るのか。

 その実演」


 実演。

 企業群の怒りが、一段深くなる。


「実演で主役を奪われてどうする!」

「企業ヒーローを活躍させる話だったはずだ!」

「アリスのために列を組んだのか!」


 折原は肩をすくめるでもなく、ただ静かに返す。


「結果だけ見れば、そう見えるかもな」


 その返しが、油を注ぐ。


「そう見えるじゃない。そうだ!」

「お前は折った。

 企業の舞台を、最後にアリスへ流した」


 折原はそこで初めて、相手の目を見た。


「次を任せてくれるなら、企業ヒーローをアリスと“同じくらい”活躍させてやる」


 会議室が、一瞬だけ静まる。


 怒りは消えない。

 だが、怒りの上に別の感情が乗る。


 ――頼るしかない。


 企業群は折原を疑っている。

 心底、疑っている。

 だが同時に、ここまで来て彼の力に頼るしかないとも思っていた。


 列は作れない。

 節は読めない。

 “自然発生に見える熱狂”を設計できる人間は、ここに一人しかいない。


 それが気に食わない。

 気に食わないからこそ、余計に折原が優位になる。


 折原は、相手の嫌悪を知った上で、淡々と続けた。


「SKYLANCEの修理を急がせろ。

 次は、見せる場所も見せ方も変える。

 企業ヒーローを、主役の顔で立たせる」


 企業側の担当者たちは目を見交わす。


 反対したい。

 だが代案がない。


 結局、彼らは怒りを飲み込んだ。

 飲み込みきれないまま、次の手順へ進む。


「……修理を急がせる」

「出力系の再調整を優先」

「変形機構の応答を上げろ」

「次は失敗できない」


 失敗できない。

 そう言う時ほど、街は燃える。


 折原は、会議の終わり際に、誰にも聞こえないくらいの小さな声で笑った。


 企業は、結果に飢えている。

 飢えているから、良い燃料になる。



 一方その頃。


 アリスは時間を失っていた。


 SKYLANCEを追跡したい。

 企業群の動きを嗅ぎたい。

 搬入の空白と、修理の痕跡を拾いたい。


 やるべきことは山ほどある。


 だが、その全部の前に、ひとつの現実が立ちはだかっていた。


 SABLEが、四六時中べったりだった。


 朝、顔を上げればいる。

 移動の導線にいる。

 控室の扉を開けるといる。

 会場の廊下で振り向けば、気配もなく立っている。


 おまけにフルーテッドまで当然のように追随する。


 機械の鎖と、人の鎖。

 両方が増えた。


 アリスは端末に目を落としながら、横にいるSABLEへ低く言った。


「……なんでいる」


 SABLEは無表情のまま答える。


「一緒に活動したいから」


「さっきも聞いた」


「私はまだ聞き足りない」


 意味が分からない。

 だが意味が分からないまま押し切られるのが一番困る。


 アリスは苛立ちを抑えながら、搬入ログの空白を追う。

 追うが、横からSABLEの声が落ちる。


「いま何を見てるの?」

「誰を疑ってるの?」

「それ、私も見たい」


 見せるわけがない。


 アリスは目を細めた。


「見せない」


「どうして?」


「お前が困るからだ」


「困るのは平気」


 この少女、わざとやってるんじゃないか。

 そう思いたくなる。

 だがSABLEの顔は本気だ。

 本気だからたちが悪い。


 さらに最悪なのは、GLASS VEILそのものがアリスに対する理解を深めてしまったことだった。


 GLASS VEILは気づいている。

 アリスこそ“本物”だと。

 嫌々でも、傷ついてでも、列の中心に立ってしまう存在だと。


 それが代替派の焦りを呼んでいた。


 代替派は、GLASS VEILをアリスと同じように“本物”にしたい。

 そのために、アリスへ“要請”を連発してくる。


 新開市の裏通りを案内してほしい。

 アリスの見ている景色を共有してほしい。

 危険と安全の境目を教えてほしい。

 従者ドローンとの関わり方を示してほしい。

 街での振る舞いを見せてほしい。


 要請。

 要請。

 要請。


 言葉は柔らかい。

 実態は拘束だ。


 アリスには時間がなくなっていた。


 合間を縫って、真鍋へ情報は流している。

 SKYLANCEの変形ログ。

 空白になった搬入記録。

 企業ヒーローの配置傾向。


 だが真鍋もまた、新開市・中立フェス実行委員会の調査で忙殺されていた。


 返ってくる返答は、短い。


 「受領」

 「確認中」

 「動ける時に動く」


 正しい。

 正しいが、遅い。


 アリスは端末を握りしめた。


「待ってたら燃える」


 その一言が、喉の奥で熱を持つ。


 時間がない。

 時間を取り戻したい。


 そして、取り戻す方法はひとつしかなかった。


 嫌だが。


 死ぬほど嫌だが。


 アザドだ。


 アリスは、しぶしぶアザドへ連絡を繋いだ。


 応答は速い。

 速いのがまた腹立たしい。


 画面の向こうに、アザドの顔が映る。

 相変わらず整った顔。

 穏やかな目。

 冷たいほど上品な声。


「どうした」


 短い。

 短いのに余裕がある。


 アリスは前置きを切った。


「代替派の“要請”が多すぎる。

 勝手に差し込まれて時間が消える」


 アザドは表情を変えない。


「それで?」


「監査記録官補佐として、手順に落としたい」


 言葉にした瞬間、アリスは自分で少し嫌になった。


 ゴーストが、手順を求める。

 それは屈服にも似ている。


 だが、いま欲しいのは自由ではなく時間だ。

 自由はもう削られている。

 せめて時間だけは取り戻したい。


 アリスは続ける。


「代替派の要請は、全部、正式な申請と許可が通ってからにする。

 頭ごなしの横槍を止める。

 そうすれば私の動ける時間が出来る」


 アザドは、一拍だけ沈黙した。


 沈黙の長さで、彼が面白がっているのが分かる。


「なるほど。

 つまり、私に代替派を手順で縛れと言うのだな」


「そうだ」


「君の都合のために」


「そうだ」


 アリスは迷わない。

 迷ったら、条件が増える。


 アザドは微かに口元を動かした。

 笑っているのか、単に息を整えたのか分からない程度に。


「悪くない」


 その言葉で、アリスの背筋が少し冷えた。


 悪くない。

 つまり条件が来る。


 案の定、アザドは言った。


「条件がある」


 アリスは舌打ちしそうになるのを堪える。


「何だ」


「君の手に入れた情報を、SABLEと共有しろ」


 アリスは一瞬、画面を見返した。


 意味がすぐには繋がらない。

 繋がらないから余計に不気味だ。


「……なんでSABLE」


 アザドは平然としている。


「共同活動の実効性が上がる」

「GLASS VEILの安全確保になる」

「SABLEは君に強い関心を示している」


 表向きの理由。

 どれも分かりやすい。

 分かりやすいものほど怪しい。


 アリスは眉を寄せた。


「それだけじゃないだろ」


 アザドは否定しない。

 否定しないまま、静かに言う。


「SABLEが情報を知れば、君は単独で動きにくくなる」


 アリスの喉が冷える。


 やはりそうだ。

 人の鎖を増やす気だ。


 アザドは続ける。


「そして、君が共有した情報を実務へ落とすには、

 フルーテッドを使う方が早い場面も増える」


 機械の鎖。

 人の鎖。

 両方を増やす。


 アザドの狙いはあまりに露骨だった。


 アリスが活躍せざるを得ない状況を作る。

 単独のゴーストでいられないようにする。

 オールドユニオンの運用の中に閉じ込める。


 アリスは低く言った。


「……不気味な条件だな」


 アザドはあくまで穏やかだ。


「不気味かどうかは君が決めることだ。

 私は、馴染ませる手順を提案しているだけだ」


 馴染ませる。

 その言葉が、また腹立たしい。


 だが――時間がない。


 折原は次を仕掛ける。

 企業群はSKYLANCEを修理している。

 代替派は要請を増やす。

 真鍋は忙しい。


 ここで手順を取らなければ、時間が尽きる。


 アリスは目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。


 嫌な条件だ。

 だが今は、時間が要る。


 アリスは言った。


「……分かった。飲む」


 アザドは満足げに頷いたわけではない。

 ただ、当然だという顔をした。


「よろしい。

 では、代替派の要請は監査経由に切り替える。

 SABLEとの情報共有は、速やかに始めろ」


「命令じゃないのかよ」


 アリスが吐き捨てるように言うと、

 アザドはわずかに目を細めた。


「要請だ。

 新開市らしいだろう?」


 その返しに、アリスは本気で舌打ちした。


 通話を切ったあと、アリスはしばらく動かなかった。


 時間を買った。

 そのはずだ。


 だが胸に残るのは、自由を得た感覚ではない。


 鎖が増えた感覚だ。


 SABLEと情報を共有する。

 つまり、SABLEはただの偶像ではなくなる。

 作戦の一部になる。

 そしてフルーテッドもまた、実務の一部としてさらに深く食い込んでくる。


 アリスは肩を押さえた。

 傷は癒えつつある。

 だが、別の場所が締めつけられる。


 そこへ、当のSABLEが現れた。


 気配がしない。

 なのに、いつの間にかいる。


「何を決めたの?」


 アリスはしばらく黙って、端末を見た。


 アザドからの手順変更通知。

 監査経由。

 要請の事前許可。

 そして、共有対象にSABLEの名前。


 アリスは端末を閉じる。


「……お前と情報を共有することになった」


 SABLEは驚かない。

 驚かないまま、小さく首を傾げる。


「いいの?」


「良くない」


「じゃあ、どうして?」


 アリスは答える。


「時間がないからだ」


 その言葉だけは、本音だった。


 SABLEはアリスの顔を見つめ、何かを測るように沈黙した。

 それから、淡く言う。


「じゃあ、私はちゃんと使って」


 アリスは眉を寄せた。


「言い方」


「だめ?」


「……だめじゃない」


 そう答えてしまった瞬間、アリスは自分で嫌になる。


 時間を買ったはずだった。

 なのに鎖が一本増えただけだ。


 新開市では、自由を得るたびに導線が増える。


 アリスは端末をもう一度開いた。


 SKYLANCEの修理ログ。

 企業群の裏導線。

 折原の影。

 代替派の要請一覧。


 全部を見渡しながら、低く呟く。


「……時間切れになる前に、折る」


 その言葉に、SABLEが静かに頷いた。

 無表情のまま、しかし以前より少しだけ近い場所で。


 フルーテッドが、その三歩後ろで微かに共鳴音を鳴らした。


 礼儀正しい鎖。

 人の鎖。

 機械の鎖。


 その全部を引きずりながら、

 ゴーストは次の火種へ向かうしかなかった。

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