表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
261/293

第261話 映えの玉座

 SKYLANCEは、見事に着地した。


 上空から落ちてきた槍のような機体が、折原の用意した空席へ寸分違わず滑り込む。

 翼が折れ、脚部がせり出し、胴体が沈む。

 飛行形態から地上戦形態への変形は、企業群が狙った通り、これ以上なく派手だった。


 歓声が上がる。


 「うおおおおっ!」

 「変形した!」

 「でかい!」

 「企業ヒーロー来るぞ!」


 スマホが一斉に上がる。

 配信のコメントが流れる。

 切り抜きの未来が、もうそこに見えているみたいな空気だった。


 企業ヒーローたちは、すぐに動いた。


 シロサギ・リンが最初に声を上げる。


「皆さま、下がってください! 安全を確保します!」


 笑顔は崩れない。

 だが声の底に、焦りがある。


 アオイカゲは短い。


「ライン張る。以上」


 ワイヤーが走る。

 SKYLANCEの進路と、群衆の足を同時に読むような鋭い線だ。


 シラヌイは最前へ出た。

 盾を前に出し、身を低くする。

 彼だけが、企業の看板ではなく“現場の人間”の顔をしていた。


「来るぞ!」


 SKYLANCEが地を蹴る。


 地上戦形態は、飛行形態の優美さとは別物だった。

 低い。

 重い。

 そして速い。


 前脚に相当する機構が強く地面を掻き、胴体の推進補助がわずかに唸る。

 完全な飛行ではない。

 だが地を滑る速度は異様だった。


 リンが群衆を流し、アオイカゲがラインを通し、シラヌイが正面から受ける。

 企業としては、ここが“逆転の映え”の本番だった。


 だが、その舞台は既に、企業の手を離れかけていた。


 GLASS VEILの従者ドローン、LACEたちも動いた。


 彼女たちは整然としている。

 乱れない。

 崩れない。

 危険検知、群衆誘導、緊急時の盾。

 オールドユニオンの手順で磨かれた“美しい安全”だ。


 本来なら、企業ヒーローの支援へ割り込めたはずだった。

 SKYLANCEの戦線へ、横から綺麗に入れたはずだった。


 だが入れない。


 群衆の海が、それを阻んでいた。


 人が多いからではない。

 多いだけなら、LACEはもっと上手く捌ける。

 問題は“流れ”だ。


 人の密度が、奇妙に偏る。

 少し空いたと思えば、すぐ別の波が埋める。

 群衆が勝手に熱狂しているようでいて、その熱狂の向きが揃いすぎている。


 折原だ。


 アリスはそれを、群衆の後ろ姿だけで理解した。


 列の作曲家。

 回付の魔術師。

 映え線引き職人。


 あの男は、群衆の“欲”にほんの少し指を触れるだけで、流れを変える。

 整然とした手順より、もっと生々しい欲の並びで。


 LACEは、物理的には近いのに戦線へ届かない。

 まるで、ガラス越しに手を伸ばしているみたいだった。


 オールドユニオンの“整った安全”が、新開市の生きた列に飲み込まれている。


 アリスは、その光景に歯を噛みしめた。


 目の前で企業とオールドユニオンが席を奪い合っている。

 どちらも嫌だ。

 どちらにも座らせたくない。


 だが今は、それより先に確かめたいことがある。


 SKYLANCEの正体だ。


 企業群が何を積んだか。

 どこを参考にしたか。

 そして、次にどこへ繋げようとしているか。


 アリスは群衆の海へ飛び込んだ。


 「ちょ、アリス!」


 誰かが呼ぶ声がした。

 たぶんリンだ。

 たぶん「動くな」と言っている。

 知ったことじゃない。


 アリスは肩を押さえながら、人波の隙間へ体を滑らせる。

 痛みはある。

 だが立てる。

 立てるなら、前へ行く。


 最前線に近づけば、SKYLANCEの可動部が見える。

 熱の出方が分かる。

 関節の癖が拾える。

 アリスはそう考えていた。


 だが、二歩進んだところで、人波が詰まる。


 止まる。

 押される。

 また止まる。


 普通の熱狂だ。

 普通の熱狂なら、この停滞は“いつもの”だ。


 しかし今日は、その“いつもの”が妙に短い。


 止まったと思えば、次の瞬間に脇へ流れる。

 詰まったと思えば、見えない手が割るみたいに前が開く。


 アリスは眉を寄せた。


 最初は、群衆に阻まれて近づけない。

 そのはずだった。


 なのに――潮目が変わる。


 列が、生き物のように二人を前へ押す。


 二人。


 アリスはそこで、背後の気配に気づいた。


「……なんでいる」


 SABLEだった。


 白と銀の衣装。

 無表情。

 静かな目。


 いつの間にか、ぴたりとアリスの後ろについてきている。


 SABLEは肩をすくめるでもなく、ただ言う。


「あなたが行くから」


「来るなって言った」


「聞いてない」


 短い。

 短いのに、まるで間違っていない顔をしている。


 アリスは舌打ちしそうになって、前方の人波に目を戻す。

 SABLEがいるせいで、選択肢が減る。


 自分だけなら、別の隙間へ滑れる。

 自分だけなら、最悪、柵を飛び越えて離脱もできる。

 だが背中に一人いるなら、そのルートは使えない。


 アリスは低く言う。


「下がれ」


「嫌」


「危ない」


「知ってる」


 言葉が軽い。

 軽いのに、足は一歩も引かない。


 アリスは顔をしかめた。


 戦いたくない。

 少なくとも、自分から戦う気はない。

 SKYLANCEは企業ヒーローの舞台装置だ。

 シラヌイたちに任せ、調査だけを拾うつもりだった。


 なのに列が、それを許さない。


 群衆の流れがまた変わる。

 アリスとSABLEを前へ押し出すように。

 同時に、SKYLANCEと企業ヒーローの戦線もじわじわこちらへ寄ってくる。


 折原の仕業だ。


 アリスは内心で悪態をついた。


 (あの野郎……!)


 列を弾いて、戦う位置まで持ってくる。

 逃げ道を“自然に”消す。

 下品じゃない。

 だが残酷だ。


 SKYLANCEの前に、ついにアリスとSABLEが押し出された。


 機体は一瞬だけ、動きを止めた。


 アリスを認識したのか。

 それとも、目の前に偶像と親善大使が並んだ構図に、一拍遅れたのか。


 アリスもまた、今この瞬間に戦うつもりはなかった。

 SABLEを背後に庇いながら、位置を変えたい。

 別角度から関節を見たい。

 熱を拾いたい。


 だが、左右には群衆の壁。

 背中にはSABLE。

 前にはSKYLANCE。


 位置を変えようにも、列が邪魔だ。


 SKYLANCEも、アリスも、本来はここで戦う気がなかった。


 だが、舞台はもう組まれている。


 シラヌイが遠くから叫ぶ。


「アリス! 下がれ!」


 下がれない。

 下がれないのを、折原は分かっている。


 アリスは端末を開いた。


 手が勝手に動く。

 ゴーストの手だ。


 SKYLANCEの脚制御へ、細く針を差し込む。


 完全支配ではない。

 そんな時間はない。

 狙うのは一瞬の“もつれ”だけ。


 脚部の同期。

 変形直後の慣性補正。

 そこに、わずかな遅れを足す。


 SKYLANCEが踏み込む。

 踏み込んだ次の瞬間、脚がもつれた。


 転倒。


 巨体が前につんのめる。

 地面が鳴る。

 歓声が悲鳴に変わる。


 そこへシラヌイが飛び込んだ。


 盾を叩きつけ、転倒した機体の側面へ衝撃を入れる。

 アオイカゲのラインが絡み、リンの誘導で群衆の逃げ場が維持される。


 企業ヒーローの攻撃が、きれいに刺さった。


 SKYLANCEは呻くように駆動音を鳴らし、起き上がる。

 起き上がるが、もう“見栄えよく勝つ”顔ではない。

 這う這うの体だ。


 アリスは端末を離さない。


 飛べ。

 飛べば追える。

 逃げるなら、逃げる先を掴む。


 SKYLANCEが飛行形態へ移ろうとする。

 アリスはその変形のタイミングに合わせ、追いハックを叩き込む。


 調査のためだ。

 主役になるためじゃない。

 尻尾を掴むためだ。


 SKYLANCEはそれでも、飛んだ。


 完全ではない飛び方。

 翼を震わせ、無理やり浮き、上空へ逃げる。


 アリスはその後ろ姿へ、さらにハックを伸ばし続ける。


 その時、アリスは妙な静けさに気づいた。


 自分の周りだけ、空いている。


 群衆の海の中に、円形の空間が出来ていた。

 誰も近づかない。

 だが誰も逃げてもいない。


 まるで舞台だ。

 いや、玉座だ。


 アリスはけげんな表情で周囲を見る。


 スマホが上がっている。

 視線が集まっている。

 熱狂の中心が、自分に固定されている。


 その中心で、SABLEが静かに言った。


「アリスが撃退した」


 その一言が、群衆に火を点けた。


 「アリスがやった!」

 「やっぱアリスだ!」

 「SKYLANCEを止めた!」

 「本物!」

 「うおおおおお!!」


 激賞。

 歓声。

 拍手。

 名前の連呼。


 企業ヒーローの逆転の映えは、またアリスに奪われた。


 奪うつもりなんてなかった。

 なのに奪ってしまう。


 それが、この街におけるアリスの立ち位置だ。


 アリスは顔をしかめる。


 座りたくない。

 こんな玉座。

 こんな熱狂の真ん中。


 だが列は、座らせる。

 空間は、座らせる。


 その時、遠くの歩道橋の陰で、折原がふっと笑った。


 誰に聞かせるでもない声で、しかし確かに言う。


「この街で最も“映え”ている奴に“映え”を見せるには、自分自身を見せるしかないからな」


 その言葉は、賞賛でも侮辱でもない。

 確認だ。


 そして、折原は少しだけ楽しそうに続けた。


「“映え”の玉座の座り心地はどうだい? アリス」


 アリスの赤い瞳が、その方向を睨んだ。

 人波の向こう。

 見えるわけがない。

 だが折原の匂いだけは、はっきり分かった。


 アリスは低く吐き捨てる。


「最悪だ」


 その返事を、折原が聞いたかどうかは分からない。


 だが群衆の熱狂は止まらない。

 SABLEは無表情のままアリスの隣に立ち続ける。

 シラヌイは遠くから苦笑し、

 リンとアオイカゲは苦い顔を隠しきれない。


 そして空には、逃げていくSKYLANCEの熱の尾が残っていた。


 アリスはその尾を、目だけで追った。


 調査はまだ終わっていない。

 席も降りられていない。

 それでも次の火種は、確かに掴みかけている。


 玉座の上でも、ゴーストは仕事をする。


 そのことだけが、アリスを立たせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ