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第260話 列の作曲家、再び

 企業群の怪獣は、完成していた。


 それは倉庫の奥、照明を落とした格納区画で、静かに吊られていた。

 光を受けるたび、輪郭が変わる。


 飛行形態では、細く鋭い。

 槍のように長い機首。折りたたまれた翼。

 地上戦形態では、逆に低く、重い。

 脚部が展開し、胴が沈み、押し潰すための姿勢になる。


 可変型ドローン。


 アリスのグリンフォンを参考に制作された機体だった。

 もちろん、企業群はそれを認めない。

 認めないが、見る者が見れば分かる。


 空から入る。

 地に降りる。

 形が変わる。

 “見せ場”のための機構だ。


 しかも、ただ派手なだけではない。


 飛行形態なら、フルーテッドやLACEの干渉を受けにくい距離を取れる。

 地上形態なら、企業ヒーローたちの武装と噛み合う。

 可変そのものが絵になるから、切り抜きも強い。


 企業群の必死さが、そのまま設計思想になっていた。


 折原 連は、その機体を見上げながら、静かに感心していた。


 感心しているが、感動はしていない。

 企業の熱意はいつも下品だ。

 だが下品な必死さが、ときどき良いアイディアを生む。


 彼は機体の脚部構造を眺め、低く呟いた。


「……そこまでやるか」


 企業側の担当者が、得意そうに言う。


「可変の派手さで、アリスとGLASS VEILのお株を奪います。

 しかもフルーテッドから距離を取れる。

 企業ヒーローとの戦闘にも最適です」


 最適。

 その言葉が折原は嫌いだ。


 最適化された映えは、たいてい面白くない。

 面白くなるのは、そこに“人間の欲”が絡んだ時だけだ。


 折原は機体から視線を外し、淡々と言う。


「名前は?」


 担当者がすぐに答えた。


「VX-19 SKYLANCEスカイランス です」


 空の槍。

 大仰で、企業らしい名前だった。


 折原はそれ以上の感想を言わない。

 言わないまま、別の資料へ目を落とす。


 導線図。

 市内巡回ルート。

 アリス。

 GLASS VEIL。

 企業ヒーロー配置案。


 企業側の狙いは、単純だった。


 SKYLANCEが最も映える場所で暴れ、

 企業ヒーローが最も映える角度で割り込み、

 アリスとGLASS VEILをその場に釘付けにする。


 そのために必要なのは、怪獣ではない。


 列だ。


 折原は、そこで初めてほんの少しだけ口元を歪めた。


 列なら、得意だ。


 だがそれは企業のためではない。

 企業の“逆転”のためでもない。


 折原は心に決めていた。


 新開市で最も映えているやつ――アリスに、“映え”を見せてやる。


 あんな安い傷のつけ方ではない。

 あんな露骨な牙ではない。

 列と欲と熱狂が生む、本来の“映え”を。


 それが折原の美学だった。


 一方その頃、アリスは苛立っていた。


 企業群が飛行ドローンを持ち込んだところまでは、調査で追えている。

 搬入ログの空白。

 認証の揺れ。

 倉庫の死角。

 怪しい線は、もう見えていた。


 だが、決定打が掴めない。


 理由は二つ。


 一つは、SABLE。


 最年少のGLASS VEILは、相変わらず無表情のまま、アリスの近くを離れなかった。

 近づき方が妙に自然で、しかし逃げ道がない。


 市内案内の最中も、

 「ここ、好き?」

 「あなたは何を見てるの?」

 「いま、誰を疑ったの?」

 そんな問いを、淡い声で差し込んでくる。


 問い自体は幼い。

 だがタイミングが悪辣だ。


 アリスが搬入口を目で追った瞬間に来る。

 端末へ視線を落とした瞬間に来る。

 群衆のざわめきの下から低周波を拾おうとした瞬間に来る。


 わざとなのか、天然なのか分からない。

 分からないのが一番困る。


 アリスは三度目の質問で、とうとう小声で言った。


「……お前、邪魔」


 SABLEは瞬きひとつせずに返した。


「そう」


「そう、じゃない。

 少し黙れ」


「あなたが黙ってないから」


 意味が分からない。

 意味が分からないのに、微妙に核心を突いているのが腹立たしい。


 アリスは端末を握り直した。

 SABLEの横顔を見る。

 白と銀の衣装。

 揺れない礼儀。

 オールドユニオンの量産偶像。


 こいつ自体が嫌いなわけではない。

 むしろ、こういう“完成品”を見ると、同情に近いものすら湧く。


 嫌なのは、こいつらがオールドユニオンの手順の中で運用されていることだ。


 そしてもう一つの理由が、群衆だった。


 GLASS VEILに熱狂する新開市民。

 配信者。

 観光客。

 即席の屋台。

 勝手に始まる拍手。

 勝手に出来る記念撮影列。


 列。

 節。

 映え。


 案内先の一つ一つで、人が増える。

 端末は拾うべき情報より雑音の方が多くなる。

 スマホのライトが熱源を乱し、

 市民ドローンの羽音が低周波を濁らせる。


 アリスは心の中で吐き捨てた。


 (……調査にならない)


 それでも歩く。

 親善大使の案内役として。

 SABLEに付きまとわれながら。

 熱狂する市民に囲まれながら。


 その時、アリスは違和感に気づいた。


 列が、妙に滑らかだ。


 普通ならここまで人数がいれば、

 誰かが立ち止まり、

 誰かが逆流し、

 誰かが勝手に前へ出て、

 どこかで節が生まれる。


 新開市ならなおさらだ。


 なのに今、群衆は生き物みたいに動いている。


 前へ流れ、

 脇へほどけ、

 また前へ集まり、

 自然に空間を残す。


 “自然”に見える。

 だが自然ではない。


 アリスの赤い瞳が細くなる。


 誰かが列を弾いている。


 人の流れを、音楽みたいに。

 回付を、拍子みたいに。


 この手触りを、アリスは知っていた。


 折原。


 折原 連。


 列の作曲家。

 回付の魔術師。

 映え線引き職人。


 アリスは歩きながら、周囲の看板配置、屋台の向き、誘導テープの張り方を見る。

 どれも“ちょっとだけ”不自然だ。

 だがその“ちょっと”が繋がると、列はひとつの楽譜になる。


 アリスの背筋が冷えた。


 折原がいる。


 しかも、かなり本気だ。


 SABLEが、その硬直を見逃さなかった。


「何かいるの?」


 アリスは目を逸らさずに答える。


「……いる」


「敵?」


「分からない」


 それが本当だから困る。


 折原は企業の依頼で動いているはずだ。

 だが企業のためにだけ動く男ではない。

 自分の美学で列を引く。

 だから読みにくい。


 アリスは端末を軽く叩き、周囲の案内ドローンの動きを再確認する。

 だが列の制御はネットワークだけではない。

 立ち位置。目線。距離感。

 人間の欲をほんの少し押すだけで、列は出来る。


 それが折原の技だ。


 アリスは低く呟く。


「……あいつ、どこまで見えてる」


 SABLEはその声を聞き取りながら、何も聞き返さない。

 無表情のまま、少しだけアリスとの距離を詰めた。


 それが妙に邪魔で、妙に心強いのが最悪だった。


 折原は、遠くから列を見ていた。


 高い場所ではない。

 高い場所から見下ろすのは下品だ。

 少し外れた歩道橋の陰。

 人の流れの脈が分かる位置。


 彼は目だけで列を読む。


 アリスがどこで立ち止まるか。

 GLASS VEILの歩幅がどこで揃うか。

 SABLEがどこでアリスを見上げるか。

 市民がどこで歓声を上げるか。

 配信者がどこで前のめりになるか。


 それら全部を、折原は“間”として捉える。


 そして、その間を繋ぐ。


 ちょっとした旗の配置。

 立て看板の角度。

 ボランティア誘導員の立ち位置。

 屋台の湯気。

 ほんの少しの拍手の伝播。


 列は、人が作るんじゃない。

 欲が作る。


 見たい。

 近づきたい。

 触れたい。

 撮りたい。

 その欲を、少しだけ押す。


 押しすぎれば事故になる。

 押さなければ何も起きない。

 そのぎりぎりが、美しい。


 折原は静かに思う。


 新開市で最も映えているやつ。

 それは今もアリスだ。


 傷つきながら。

 嫌がりながら。

 それでも中心に立ってしまう。


 ならば見せてやる。


 “映え”とは何かを。

 安い傷ではない。

 露骨な王冠ではない。

 列が生み、空気が支え、街が選ぶ映えを。


 彼は心の中で、舞台を確かめる。


 上空からの進入が見える。

 着地のための空きスペースがある。

 企業ヒーローが割って入りやすい。

 群衆の反応も取りやすい。


 完璧だ。


 折原は小さく笑った。


「ようこそ、新開市の空席へ」


 アリスは、なおも列の違和感を追っていた。


 だがその時にはもう、全貌に届かなかった。


 群衆の熱狂。

 GLASS VEILの視線。

 SABLEの無表情な問い。

 端末の通知。

 全部が一度に押し寄せる。


 その上――上空に影が差した。


 最初に気づいたのは、市民だった。


「……何あれ?」


 歓声が一瞬止まり、

 次の瞬間、爆発する。


 「来た!!」

 「ドローン!!」

 「でかい!!」

 「飛んでる!!」


 アリスが顔を上げる。


 飛行形態の可変ドローン――VX-19 SKYLANCE が、群衆の列の上空を飛んでいた。


 細く鋭い機首。

 折りたたまれた翼。

 低く唸る推進音。


 ただ飛んでいるだけではない。

 “見せている”。


 角度を作り、

 光を受け、

 群衆の視線を攫い、

 GLASS VEILとアリスの真上を横切る。


 その派手さ。

 そのわざとらしさ。

 企業群の焦りがそのまま形になっていた。


 アリスは歯を食いしばる。


 (やっぱり、来た)


 だがまだ終わりではない。

 終わりどころか、これからだ。


 SKYLANCEは群衆の上空を旋回し、

 折原が誘導して作った“空きスペース”を見事に見つける。


 いや、見つけたのではない。

 そこへ降りるように、全部が作られていた。


 列が割れる。

 人が下がる。

 空間が“自然に”生まれる。


 空いた場所へ――


 SKYLANCEが、見事に着地した。


 飛行形態の槍が、

 地上戦形態へ変形を始める。


 金属が噛み合い、

 脚部が展開し、

 翼が畳まれ、

 胴体が沈む。


 群衆が息を呑み、

 スマホが一斉に上がる。


 アリスは、その変形の中心を睨んだ。


 折原の列。

 企業の怪獣。

 熱狂する市民。

 無表情な偶像。


 全部が同じ画角に収まる。


 最悪に美しい。

 だからこそ、最悪だ。


 その瞬間、SABLEが小さく言った。


「あなた、知ってたのね」


 アリスは答えない。

 答えないまま、一歩踏み出した。


 次の火種は、もう着地している。

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