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第258話 完璧な礼

 歓迎の導線は、最初から決まっていた。


 立ち位置。

 角度。

 照明。

 カメラの高さ。

 群衆の柵の位置。

 案内ドローンの飛行高度。


 そして――アリスの笑顔。


 「親善大使として、歓迎の笑顔をお願いします」


 耳障りのいい声が言う。

 言い方が丁寧だから余計に腹が立つ。


 アリスは舞台袖の白い床を見つめた。

 肩口の傷は塞がってきている。

 だが、動かせばまだ痛む。

 痛むからこそ、いま自分が“傷ついた少女”として運用されているのが分かる。


 シュヴァロフはいない。

 療養施設の守りに戻した。

 戻したのはアリスだ。


 背中が軽くなったはずなのに、心細い。

 心細さが腹立たしい。

 腹立たしさが、また口を悪くする。


 アリスの三歩後ろで、フルーテッドが静かに浮く。

 礼儀正しい鎖。

 今日は特に丁寧だ。

 丁寧なほど、ログは美しい。


 「アリスさん、お願いします」


 もう一度、笑顔を求められる。


 アリスは深く息を吸い、吐いた。


 両頬に指を当てそうになって、拳を握って止めた。

 今日は癖を見せたくない。

 癖は切り抜かれる。


 笑顔は感情じゃない。

 筋肉の配置だ。


 アリスは“にこっ”を作る形を、口元にだけ置いた。

 目は笑わない。


 そして、その先に――「新たな偶像」が現れた。


 海外アイドルグループ GLASS VEILグラス・ヴェイル


 四人が並んで歩く。

 歩幅は揃い、視線は揃い、呼吸まで揃っているように見える。


 衣装は白と淡い銀。

 光を散らす装飾は、ガラス片みたいにきらめく。

 透明の薄いヴェールが、彼女たちの輪郭を柔らかくする。


 そして従者ドローン――

 FLUTED-β “LACEレース” が、整然と随伴していた。


 薄い羽根状パネルが折りたたまれ、光を散らす。

 撮影。誘導。危険検知。盾。

 全てが“美しく”一体化している。


 完璧だ。

 完璧すぎる。


 アリスはその完璧さに、ぞっとした。

 ぞっとするのに、群衆は熱狂する。


 「うおおおお!!」

 「GLASS VEIL来た!!」

 「本物だ!!」

 「アリスもいる!!」

 「これが中立フェス!!」


 歓声が跳ねる。

 配信コメントが暴風になる。


 《透明すぎ》

 《美しすぎ》

 《アリスと並ぶと絵が強い》

 《OUの勝ちじゃん》

 《従者ドローンかっこよ》


 OUの勝ち。

 その一言が胃に刺さる。


 GLASS VEILは止まる。

 四人が同時に、同じ角度で礼をする。


 感情のない完璧な礼。


 礼の深さ。

 礼の速度。

 視線の置き方。


 全部が設計されている。


 アリスは、歯を噛みしめた。


 市民が熱狂するほど、アリスは直感する。


 ――自分の席が薄まる。


 薄まる。

 薄まること自体は、悪いことではない。

 むしろ望んでいたはずだ。


 相手がオールドユニオンじゃなければ。


 オールドユニオンでなければ、アリスは喜んで席を明け渡した。

 新開市の象徴を降りたい。

 燃料になりたくない。

 自分が中心である限り、街は勝手に燃える。


 なのに今、席を奪われるのが嫌だ。


 嫌なのは、奪うのがオールドユニオンだからだ。

 奪った後、守護者の椅子に座るのがオールドユニオンだからだ。


 アリスは口元の笑顔を保ったまま、目だけを細める。


 その感情の揺れを――一人が拾った。


 最年少の SABLEセイブル


 SABLEの視線は鋭かった。

 鋭いのに、表情は崩れない。

 崩れないまま、アリスの目の奥を覗く。


 SABLEが小さく唇を動かした。


 声は聞こえない。

 だが言葉の形が読める。


 ――「あなた、ここに居たくないのね」


 アリスの背筋が冷える。


 気づかれた。

 気づかれたこと自体が“絵”になる。

 絵になれば運用される。


 アリスは笑顔のまま、口だけ動かした。


 「違う」


 嘘だ。

 嘘だと自分でも分かる。


 SABLEは、礼を崩さない。

 崩さないまま、目だけで言う。


 ――嘘。


 その瞬間、気まずさが空気に滲んだ。


 GLASS VEILはプロだ。

 顔に出さない。

 礼は完璧なまま続く。


 完璧だからこそ、気まずさが増幅する。


 アリスは歯を噛みしめた。


 自分がしぶしぶオールドユニオンの仕事をしていること。

 実は“ゴースト”に戻りたがっていること。


 それが、見抜かれた気がした。


 見抜かれたのが、腹立たしい。

 腹立たしいのに、相手が悪いわけではない。


 それが最悪だ。


 その時だった。


 群衆が、列になった。


 アリスとGLASS VEILに興奮した人々が、柵を押し、前へ詰める。

 配信者が前のめりになる。

 子どもが押される。

 誰かが転びかける。


 軽い事故寸前。


 アリスが動こうとした。

 だが一瞬、オールドユニオンの護衛が“安全確保”でアリスの肩を押さえる。


 止めるな。

 止めるな。


 アリスの目が鋭くなる。

 鋭い目がカメラに映りそうになる。


 その瞬間、フルーテッドが動いた。


 礼儀正しい鎖が、“盾”になる。


 フルーテッドが微弱な共鳴音を鳴らし、

 案内ドローンの音声を上書きし、

 光の誘導で群衆の密度をほどく。


 LACEも同調する。

 薄い羽根状パネルが開き、光を散らし、

 “こちらへ”と導くように群衆を押し流す。


 列がほどける。

 節が切れる。

 事故は防がれる。


 だが、その瞬間――


 また「OUが守った」映像が積まれる。


 また「従者ドローンが優秀」な絵が作られる。

 また「アリス=オールドユニオン」構図が強化される。


 アリスは口の端を引きつらせた。


 助かった。

 助かったのに、負けた気がする。


 SABLEが、その引きつりを見ていた。

 見ているのに、礼は完璧だ。


 完璧な礼が、いちばん怖い。


 そこへ遅れて、企業ヒーローが駆けつけた。


 シロサギ・リン。

 アオイカゲ。

 そしてシラヌイ。


 リンは笑顔のまま、しかし目の奥が冷たい。


「状況は把握しました。

 ……こちらで安全確保を引き継ぎます」


 引き継ぎます。

 それは“席を取り返す”という意味だ。


 アオイカゲは短く言う。


「余計な介入は不要。以上」


 視線がGLASS VEILに向く。

 対抗意識。

 露骨だ。


 GLASS VEILは礼を崩さない。

 崩さないまま、LACEが一歩前へ出て“美しく”間に入る。


 美しく間に入る行為が、企業側の苛立ちを増幅する。


 リンの笑顔が硬くなる。


「……素晴らしい従者ドローンですね」


 褒め言葉に見せた牽制。

 牽制に見せた褒め言葉。


 オールドユニオンの護衛が何も言わずに立っている。

 沈黙が支配になる。


 その緊張の中で、シラヌイだけが違った。


 シラヌイは、アリスに近づいた。

 近づき方が“戦友”の距離だ。


「怪我、どうだ」


 アリスはぶっきらぼうに言う。


「死んでない」


「それは聞いてない」


 シラヌイが小さく笑う。

 笑いが短い。短いほど本気だ。


 アリスは目を細める。


「……何か言いたいことがある顔だ」


 シラヌイは声を落とした。


「企業群が妙に焦ってる」


 その一言で、アリスの脳が冷たくなる。


 焦り。

 焦りは火種。

 焦った企業は必ず節を作る。


 アリスは小声で返す。


「そんな話、して大丈夫か」


 シラヌイは肩をすくめた。

 笑って言う。


「俺はサムライ・ヒーローだからな」


 企業の都合より市民の側に立つ。

 その宣言が、軽くて重い。


 アリスは一瞬だけ、胸が暖かくなりそうになって、やめた。


 暖かいと油断する。

 油断すると死ぬ。


 アリスは視線を会場全体へ走らせる。


 GLASS VEIL。

 従者ドローンLACE。

 フルーテッド。

 企業ヒーロー。

 群衆。

 配信者。

 護衛。

 導線。


 全部が火種だ。

 全部が席取りだ。


 アリスは歯を噛みしめる。


 自分の席が薄まる危機。

 薄まるのはいい。

 奪われるのが嫌だ。


 それでも――今日の焦りの匂いは、企業群の側から来ている。


 アリスは決める。


 歓迎業務で身動きが取れないなら、

 檻の中で嗅ぐ。

 檻の中で繋ぐ。


 ゴースト流で。


 アリスは端末を開いた。


 結社。

 現場ログ。

 搬入記録の空白。

 企業ブースの裏導線。


 シラヌイの情報源を辿る。

 辿ると言っても尾行ではない。

 アリスは動けない。

 だからネットで殴る。


 企業群の焦りの原因を絞る。


 GLASS VEILが来た。

 オールドユニオンが席を奪う。

 企業ヒーローが霞む。


 ならば企業は逆転の“映え”を欲しがる。


 映え。

 映えと言えば、怪獣。


 大型ドローン。

 制圧戦。

 英雄。

 切り抜き。

 神回。


 アリスの胸が冷たくなる。


 次の火種は、怪獣だ。


 怪獣を作るなら、搬入が要る。

 搬入のためには空白が要る。

 空白のためには手順汚染が要る。


 いま新開市は、手順汚染の真っ最中だ。


 アリスは小さく呟いた。


「……来るな」


 来るな、と言いながら、

 来るのを前提に指が動いている。


 その時、端末が拾った。


 登録のない低周波。

 搬入ログの空白。

 そして――熱の境目。


 ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だけ。


 アリスの目が鋭くなる。


 SABLEが、その目を見ていた。


 SABLEの目は、まるで言っている。


 ――あなたは、やっぱり“ここ”にいる。


 アリスは視線を逸らし、低く言った。


「……見るな」


 見るなと言っても、見られる。

 見られるほど、運用される。


 運用される前に、壊す。


 アリスは端末を握りしめた。


 次の火種は、もう匂っている。

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