表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
254/296

第254話 御し難い街

 最初に見たのは、粉塵だった。


 白い粉塵が、午前の光を鈍くする。

 粉塵の向こうで、壁が“内側から”盛り上がり、ひび割れ、そして――


 破れた。


 建物の壁を突き破って、四脚の影が現れる。


 M-22 マルティネス歩行戦闘車(仮称MANTIS)。


 アリス結社の構成員は、息を呑んだ。

 目の前にいるのは“怪獣”ではない。

 あれは軍用だ。

 映えるための暴走ではない。勝つための機械だ。


 だが今日のM-22は――ボロボロだった。


 装甲は欠け、凹みが残り、脚関節の一部は歪んでいる。

 スラスター基部は焼け跡を残し、姿勢制御の応答が遅い。

 “最低限動く”だけの修復。

 それでも、四脚は立つ。


 結社の一人が震える指で端末を叩いた。


 《来た》

 《壁破り》

 《ボロボロ》

 《会場へ直進》


 そして送信先は、ひとつ。


 アリス。



 安全キャンペーン会場は、相変わらず明るすぎた。


 司会の笑顔。

 元気なBGM。

 整然と並ぶ企業ブース。

 そして“象徴”の導線。


 アリスは舞台袖で、端末を見た瞬間、呼吸が止まった。


 結社からの報告。

 同時に、現場のスマホ映像とドローン撮影が雪崩れ込む。


 M-22が再び現れた。

 しかも――ろくに修復されていない。


 アリスの赤い瞳が細くなる。


「……おかしい」


 おかしい、というより、嫌なほど分かりやすい。


 手順のプロ、アザドのやることだ。


 M-22を“勝たせる”ために出したのではない。

 M-22を“倒される”ために出したのだ。


 倒されるための怪獣。

 倒されるための軍用。


 ならば次の手順は何だ。


 アリスの脳内で、冷たい計算が走る。


 倒される。

 映像になる。

 英雄が勝つ。

 その直後に――


 何かが刺さる。


 その何かが“本命”だ。


 アリスは必死に考える。


 手順を打ち破るには何が必要か。

 手順は正面から壊せない。

 手順は裏から崩すしかない。


 アリスは画面を拡大し、M-22の進路を読む。


 M-22は、会場へまっすぐ前進している。


 暴れることもない。

 節を育てるような余計な動きもない。


 ただ、舞台に上がりに来ている。


 その事実が、背筋を冷たくした。


「……まずい」


 まずい、と言いながらアリスの手は動く。


 信号機ハック。

 案内ドローン改変。

 路面表示変更。

 立入禁止アラート。

 誘導音声の上書き。


 安全確保。

 群衆を散らす。

 節を切る。


 “人を守るための違法”がまた積み上がる。

 逮捕状の匂いが増える。

 だが、今はそれどころではない。


 舞台袖にいた企業ヒーローたちが、空気の変化を感じて身構えた。


 アオイカゲが短く言う。


「来たな」


 リンが笑顔のまま、しかし声色を硬くする。


「皆さま、落ち着いて。

 ……アリスさん、勝手に動かないでください」


 シラヌイだけがアリスの横に立ち、低く言った。


「来たか」


 アリスは頷く。頷く暇も惜しい。


 その時、会場の外から、粉塵混じりの低い音が届く。


 M-22のスラスター。

 低周波が、BGMの下に潜る。


 アオイカゲとリンは、最初こそ緊張していた。

 だが映像でM-22のボロボロぶりを確認すると、わずかに冷静さを取り戻す。


「……損傷が大きい」

「なら、止められる」


 止められる。

 その言葉が軽いほど、アリスの胸は嫌な予感で満ちる。


 止められるようにしてある。

 だからこそ怖い。


 M-22は、特に暴れることもなく、会場まで前進した。


 破壊をばら撒かない。

 余計な節を作らない。

 ただ舞台へ向かう。


 舞台に上がる。

 観客の前に立つ。


 そして、企業ヒーローと対峙する。


 完璧に“絵”だ。


 アリスは治安機関に通報した。


 だがミコトも真鍋も忙殺されている。

 撒き餌の捜査で手順が渋滞している。

 正義の手順が遅れている。


 遅れている間に、現場が燃える。


 アリスは歯を食いしばる。


 手順通り。

 これが手順通りなら、次の手順は何だ。


 アリスは思考を巡らせる。


 アザドは以前、一度だけ言った。


 ――御し難い街だ。


 新開市を指して、そう言った。


 御し難い。

 つまり、手順通りに行かない要素がある。

 想定外のノイズがある。


 ならば、手順を頓挫させるには“ノイズ”が必要だ。


 ただし、子どもを危険に晒さないノイズ。


 アリスは結論を急ぐ。


 手順を読むのは後だ。

 まず止める。

 止めながら、手順を折る。


 戦闘が始まった。


 M-22は損傷していても強い。

 四脚は低重心で踏ん張り、

 二腕は押さえ、叩き、掴む。

 スラスターは出力が落ちていても、切り返しの鋭さを残している。


 企業ヒーローが突入する。


 アオイカゲがラインを張る。

 リンが節を削り、群衆を散らす。

 シラヌイが熱源を読んで境界を潰す。


 そこへKOMAINUが到着する。

 鳴海宗一の部隊が包囲を作る。


 それでも押し切れない。


 損傷がある分、倒しやすいはずなのに、

 倒れない。


 倒れない程度に強い。

 倒れない程度に動く。


 “倒されるため”の強さ。


 アリスは歯を食いしばり、考えるのをやめた。


 考えている間に、誰かが死ぬ。

 死ねば手順が崩れる。

 崩れ方が最悪になる。


 アリスは端末を開き、ハックで支援に入る。


 耐ハック性能の隙間。

 スラスター同期。

 姿勢制御の遅れ。


 穴は小さい。

 だが小さい穴を広げるのがゴーストだ。


 アリスのハックが刺さる。

 刺さってしまう。

 刺さるように作られている。


 M-22の切り返しが僅かに遅れる。

 遅れた瞬間にアオイカゲのラインが絡む。

 絡んだ瞬間にシラヌイが脚関節へ踏み込む。

 リンが群衆を遠ざけ、節を潰す。


 KOMAINUが押さえ、

 装甲の隙間へ衝撃を入れる。


 そして――


 M-22が“綺麗に”倒れた。


 綺麗すぎる倒れ方だった。


 まるで「ここで倒れる」と決まっていたみたいに。

 まるで「この角度で映像が撮れる」と決めていたみたいに。


 アリスの背筋が凍る。


 倒したのに、勝った気がしない。


 勝った瞬間が、一番怖い。


 刹那。


 音だけが走った。


 路面の熱に紛れ、光の境目に溶け、

 透明の獣が音だけを置いて突っ込んでくる。


 VX-07 HOUND。


 狙いはアリス。


 アリスの脚。

 膝。転倒。

 血。痛み。

 そして“守護者の椅子”。


 その瞬間、アリスは理解した。


 アザドの手順。


 M-22は倒されるための舞台装置。

 本命はHOUND。


 アリスを傷つける。

 少女が街を守って傷つく映像を作る。

 罪悪感で新開市に名を刻む。


 そして――

 傷ついた少女の守護者の位置に、オールドユニオンが座る。


 王冠。

 罪悪感という王冠。


 アリスは息を呑む。


 だが回避する時間がない。


 避ければ、誰かが代わりに噛まれる。

 避ければ、守護者の椅子は奪われる。

 避ければ、手順通りに「助けられる側」になる。


 ならば――


 アリスは決めた。


 自分で、絵を選ぶ。


 アリスはHOUNDにその身を投げ出した。


 透明の獣の牙を、思い切り肩口で受ける。


 衝撃。

 熱。

 肉が裂ける感覚。


 息が詰まり、視界が白くなる。

 血の匂いが鼻を刺す。


 アリスは地面に倒れ伏した。


 痛い。

 痛いのに、頭が冷たい。


 ――これでいい。


 守護者の椅子に座るのは、オールドユニオンではない。

 オールドユニオンに座らせない。


 その瞬間だった。


 報告に戻ってきたアリス結社の構成員が、絶叫した。


「アリス!!」


 叫びながら、構成員がHOUNDに殴りかかった。


 無茶だ。

 無茶だが――それが新開市のノイズだ。


 シラヌイが盾を掲げ、HOUNDの二撃目を止めようと踏み込む。


「下がれ!!」


 盾が衝撃を受け、金属が鳴る。

 リンが群衆を押し返そうと声を張る。

 アオイカゲがラインを張ろうとする。


 だがその前に――新開市民が動いた。


 近場の市民がスマホを投げ捨てた。


 投げ捨てたスマホがアスファルトに転がる。

 画面が割れる。

 配信が止まる。


 止まったのに、誰も気にしない。


 市民が駆け寄り、アリスの肩口を押さえる。


「止血!布!

 誰かタオル!」


「救急!救急呼んで!」


「動くな!肩押さえろ!」


 声が飛ぶ。手が伸びる。

 導線が自然に出来る。


 節ではない。

 救助の導線。


 “守護者の椅子”に座ったのは、オールドユニオンではなかった。


 新開市民だ。


 スマホを捨てて、手を伸ばす市民。

 叫ぶ結社。

 盾を掲げるシラヌイ。


 アザドが恐れた――

 御し難い街の絵が完成した。


 アリスの視界は揺れる。

 音が遠のく。

 コメントの暴風が消える。


 代わりに見えるのは、“手”だった。


 血を止める手。

 震えながらも押さえる手。

 「生きろ」と言う手。


 アリスは薄く笑いそうになって、やめた。


 笑えばまた映像になる。

 映像になればまた燃える。


 アリスは唇を震わせ、低く呟いた。


「……馬鹿」


 それが誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


 ただひとつ確かなのは、

 今日、手順は一度だけ崩れたということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ