第245話 防災キャンペーン
新開市は、学習が早い。
正確に言うと――新開市は「燃料になるもの」を学習するのが早い。
燃料になるものは、映えるもの。
映えるものは、売れるもの。
怪獣騒動の動画と切り抜きが暴風のように吹き上がった翌週、企業群は一斉に動いた。
名目は立派だ。
「新開市防災キャンペーン」
各社がそれぞれ独自に、ドロイド・ドローンの展示を始める。
自社製品。海外製品。新開市で活躍した実績のある機体。
「災害時に役立ちます」
「避難誘導ができます」
「救護物資を運べます」
「市民の安全に貢献します」
言葉は正しい。
正しい言葉ほど、裏に刃がある。
ブースの司会が、笑顔で軽口を叩く。
「万が一、ここでドローンが暴走しても大丈夫!
うちの企業ヒーローが鎮圧できます!(笑)」
笑い声が起きる。
拍手が起きる。
コメントが流れる。
《草》
《ブラックw》
《でも実際止めてくれるなら安心》
《次の怪獣も頼む》
《防災ってこういうことだよな》
事故寸前が商品になっている。
死者ゼロが売り文句になっている。
新開市は狂っているのに、みんなそれを“楽しい”で包む。
企業ヒーロー、シロサギ・リン/アオイカゲ/シラヌイは、それぞれのブースで“守った顔”を作る。
敬礼。案内。収束のデモ。危険区域の説明。
どれも綺麗だ。
綺麗だからこそ、裏が透けない。
その“キャンペーン”の網に、実行委員会がすぐ乗っかった。
新開市・中立フェス実行委員会。
あの名前は、もう止められない。
彼らは企業ブースの隣でゲリラライブを始める。
マルシェを始める。
キッチンカーが集まり、即席ステージが立ち、配信者が飛び、空が小型ドローンで埋まる。
「防災だから」
「啓発だから」
「観光だから」
「市民協働だから」
言い訳は、すべて正しい顔をしていた。
正しい顔をしているものは、止めにくい。
止めにくいものほど、増殖する。
刀禰ミコトは当然、それらを市政で精査するべく動いた。
だが“ゲリラ”という言葉は、手順の天敵だ。
許認可を取っていない。
取っていないのに、逃げ道がある。
「ポップアップです」
「私有地のイベントです」
「道路使用は五分だけです」
「すぐ撤収します」
「市民の善意の集まりです」
短時間。細分化。移動型。
手順が追いつく前に、次が生える。
ミコトが一つ潰す間に、二つ生える。
治安機関が一つ片付ける間に、別の区画で三つ始まる。
真鍋が端末を見て、乾いた声を出した。
「市長……一日で“イベント扱い”が三十六件。
うち十七件は場所が移動しています」
ミコトは眉間を押さえる。
「……追い切れるわけがない」
「正しいことをやろうとすると、間に合いません。
彼らはそれを知ってます」
ミコトは黙る。
黙るのは諦めではない。
黙るのは、手順を組み直すためだ。
だが組み直す時間がない。
新開市のイベントは、分刻みで増える。
そして増えるイベントほど、列を作る。
列が作られれば、事故寸前が勝手に出来上がる。
「安全のために並んでください」
「こちらにお集まりください」
「撮影はこちらで」
善意の言葉で節が生まれ、節が映えを生む。
中立フェスは、もはやフェスではない。
街そのものになりつつあった。
アリスは、その街を人混みの中から見ていた。
フードを深く被る。
黒髪が風に揺れ、片目が隠れがちになる。
赤い瞳は、熱狂を冷たく見る。
そして三歩後ろに、一機。
軽量ドローン――フルーテッド。
羽根のような装甲が折りたたまれ、静音で滑る。
動くたびに微かな共鳴音を残す。
礼儀正しい沈黙の鎖。
アリスは振り返らずに言う。
「……ついてくるな」
フルーテッドは返事をしない。
返事をしないまま、追従距離を保つ。
その礼儀正しさが腹立たしい。
アリスは“ゴースト”として、目だけで線を拾う。
誰がイベントを立てたか。
誰がスポンサーか。
誰が許可を誤魔化したか。
どこが次に“燃える”か。
だが燃えそうな場所が多すぎる。
燃えそうな場所が多すぎるのは、誰かの意図だ。
意図があるなら、中心がある。
アリスは中心を探す。
中心は“情報”に出る。
情報は“人”に出る。
だからアリスは、人混みに紛れる。
マルシェ。
香り。
笑い声。
配信のライト。
ドローンの羽音。
その雑音の中に、ひとつの視線が混じる。
――見知った匂い。
導線屋ノウハウの匂い。
善意の結社の匂い。
アリスは歩調を変えず、屋台の影に滑り込む。
そして、同じ影にいる人物へ声を落とす。
「……来たな」
影の人物が肩を震わせた。
アリス結社の一人だった。
前に吊るし上げたメンバー。
善意の顔が剥がれた人間。
「アリス……」
呼び方が軽い。
象徴に呼びかける声だ。
アリスは低く返す。
「名前で呼ぶな。用件だけ言え」
結社の構成員は唾を飲み込み、早口になった。
「最近の実行委員会、変です。
企業とオールドユニオンと組んで、露骨に“でかい映え”を探してる。
俺たちの中にも、疑問を持つやつが出ました」
結社が分裂している。
善意が暴走しきれず、違和感を覚える者がいる。
その違和感が、アリスの吊るし上げの結果だ。
アリスは一瞬だけ、胸が痛む。
痛むが、優しくはならない。
「それで?」
構成員は声を落とした。
周囲の笑い声に紛れるように。
「外国製の展示ドローンに混じって……
ヤバいのが持ち込まれたらしい」
アリスの赤い瞳が細くなる。
「ヤバいって、どの程度」
構成員は言葉を選ぶ。
選んでいる時点で本物だ。
「角がない」
「音が少ない」
「存在感が薄い」
「見た目は展示機っぽいのに、重心が違う」
その表現は、兵器の匂いだ。
目立たない兵器は、実用だ。
実用のものは、映えのために作られていない。
映えのために作られていないものが、映えの場にある。
それは――誰かの刃だ。
アリスは息を吐く。
「……軍用か」
構成員が頷く。
「たぶん。
しかも、誰も“うちの機体です”って言わない。
展示の列をすり抜けて、もうどこに行ったか分からない」
また“誰も認めない”。
合体怪獣と同じだ。
認めないことで、責任が消える。
責任が消えると、手順が止まる。
アリスは低く言った。
「情報、他にあるか」
「……一つ。
あれ、見てるとき、変な音がしたんです。
ドローンの羽音じゃない。
もっと……“低い”音」
低い音。
重い駆動。
ローターではない推進かもしれない。
アリスは端末を開き、ゴースト流の調査を始める。
目撃証言を拾う。
配信の音声波形から低周波を抽出する。
位置情報と時刻を重ねる。
フルーテッドが三歩後ろで静かに共鳴音を鳴らす。
その共鳴音が、妙に“合わせてくる”のが気持ち悪い。
まるで――アリスの調査を補助しているように。
補助するふりをして、ログを残しているように。
アリスは眉を寄せた。
「お前、勝手に触るな」
フルーテッドは返事をしない。
返事をしないまま、視界の端で小さく姿勢を整える。
礼儀正しい鎖。
アリスは、その鎖を引きずりながらも調査を続ける。
軍用の匂い。
低い音。
誰も認めない機体。
そして、ゲリラ的に増殖するイベント。
これは煙幕だ。
煙幕の中に、本物がいる。
アリスは結社の構成員に、短く言った。
「お前、仲間を集めろ。
――目撃だけでいい。手を出すな。子どもを巻き込むな」
構成員が頷く。
頷きが必死だ。
「分かった……」
アリスは人混みに紛れ直し、空を見上げた。
新開市の空は今日もドローンで埋まっている。
埋まっているからこそ、刃が隠れる。
ゴーストは隠れた刃を探す。
探すために、また一歩踏み出す。
そしてその背後で、フルーテッドが静かに追従した。
礼儀正しく。
中立の顔で。
――計画通りに。




