第244話 合法の顔
刀禰ミコトの怒りは、静かだった。
静かな怒りは、手順になる。
手順になった怒りは、捜査になる。
未完成リング。合体怪獣。登録のない大型機。
あの騒動を「祭りの事故」として終わらせる気は、ミコトにはなかった。
市長として。
正義として。
そして新開市の自治として。
ミコトは治安機関に命じた。
「捜査する。
関与した勢力を特定する。
“誰も認めない”を、認めさせる」
真鍋が頷く。
鳴海宗一のKOMAINU部隊が動き、外様サムライ隊が協力に入る。
議会も渋々ながら承認する。
だが捜査は、最初の一歩で壁に当たった。
オールドユニオンの“合法の顔”。
書類。
規範。
条文。
管轄。
権限。
そして、丁寧な笑顔。
オールドユニオン側の窓口は、礼儀正しく言う。
「我々は中立を維持するため、監視と記録を行ったのみです」
「現場の安全確保は市政と警備協力各所の判断です」
「機体の登録については、貴市の制度の範囲です」
「我々が関与したという証拠は、どこにも存在しません」
存在しない。
その言葉が最強だった。
存在しないのではなく、消されている。
だが消されているものは、法の上では存在しない。
ミコトは分かっている。
分かっているからこそ、腹が立つ。
「……あなた方は、関与していないと言うのですね」
「はい。手順上、関与しておりません」
手順上。
その三文字が、捜査の喉を締める。
アザドの手順は完璧だった。
中立フェスでの関与は、記録に残らない形で行われている。
それが記録官の戦い方だ。
記録官は、残すものと残さないものを選ぶ。
ミコトの捜査は、思うように進展しない。
捜査とは証拠を積むことだ。
証拠が積めないなら、正義は手を動かせない。
ミコトは苛立ちを飲み込み、別の線を探す。
誰が、あの機体を持ち込んだのか。
誰が、あの合体機構を設計したのか。
誰が、祭りに混ぜたのか。
その“誰か”の背後に、手順がある。
だが手順は、表には出ない。
アリスは“ゴースト”として、ミコトの捜査に密かに協力していた。
正面から協力できない。
表で動けば、オールドユニオンの資産として吸われる。
動けば記録される。
記録されれば、同化が進む。
だからアリスは裏で動く。
ログを覗く。
通信を拾う。
持ち込みルートを洗う。
配信者の映像からフレームを抜き、機体の癖を読む。
だが――尻尾が掴めない。
新開市ドローン・ドロイド祭り以降、
オールドユニオンは裏の活動をぴたりと止めていた。
止めているのではない。
“止めたように見せている”。
動かないことも手順だ。
動かないことで、捜査を乾かす。
乾いた捜査は燃料を失う。
アリスは歯を食いしばった。
「……消えた、じゃなくて、隠れた」
隠れたものは、追うほど深く潜る。
追うほど、こちらの足跡が残る。
アリスは足跡を残したくない。
残したくないのに、残る。
“監査記録官補佐”という肩書きが、足跡を勝手に作る。
笑顔の仕事。
親善の仕事。
指揮権の付与。
オールドユニオンはアリスに「自由」を与えながら、
自由の形を整えて、外側から囲う。
囲いは優しい。
優しいほど逃げにくい。
そんな時だった。
アリスの元に、一機の軽量ドローンが現れた。
小さい。
静か。
軽い。
だが見た目が上品すぎる。
薄い装甲が羽根のように折りたたまれ、
動くたびに微かな共鳴音が鳴る。
金属が空気を撫で、ほんの少しだけ“音程”を残す。
フルートのような音。
だから名は――
フルーテッド。
オールドユニオン製の軽量ドローン。
フルーテッドはアリスの前で停止し、
儀礼正しく一度だけ頭を下げるように姿勢を変えた。
礼儀正しい。
礼儀正しいのに、怖い。
礼儀とは、所属の香りだ。
アリスは睨んだ。
「いらない」
フルーテッドは反応しない。
反応しないまま、アリスの三歩後ろに移動し、そこに留まった。
まるで「命令を待つ」ように。
アリスは舌打ちしたくなる。
「帰れ」
帰れと言っても帰らない。
帰らないのに、邪魔もしない。
邪魔しないのに、いる。
存在が鎖だ。
そして最悪なことに、アリスはドローンに思い入れがあった。
シュヴァロフ。
コロボチェニィク。
グリンフォン。
バンダースナッチ。
トウィードルダム。
トウィードルディー。
家族。
機械であっても、家族は家族だ。
そう決めたのはアリス自身だ。
だから、機械を邪険にできない。
邪険にできない心を、アザドは知っている。
フルーテッドはアザドの手配だった。
餌だ。
そして鎖の始まりだ。
アリスは深く息を吐く。
「……ついてくるな」
フルーテッドは返事をしない。
返事をしない代わりに、追従の距離を二歩に詰めた。
礼儀正しい追従。
それが余計に腹立たしい。
アリスはフルーテッドを引き連れ、調査を続けた。
裏の通信を探る。
登録のない大型機のルートを辿る。
合体機構の設計を洗う。
企業の展示機の搬入記録を覗く。
フルーテッドは、静かに飛ぶ。
静かに飛び、必要な時だけ視界の端に現れる。
そして、何よりも厄介なことをする。
監査ログを自動生成する。
フルーテッドが飛んだ軌跡。
アリスが移動した時刻。
観測した対象。
接触した人物。
全てが“美しい文章”でログ化される。
それは証拠にもなり、鎖にもなる。
アリスがミコトの捜査に協力していることさえ、
ログの文体で「中立のための情報収集」として整えられてしまう。
整うほど、アリス=オールドユニオンが進む。
アリスは歯を食いしばった。
「……余計なことすんな」
フルーテッドは、共鳴音をひとつ鳴らした。
肯定にも否定にも聞こえる音。
礼儀正しく、曖昧。
曖昧は手順の友だ。
現場の目線は、アリスに優しくなかった。
企業ヒーローたちは、あの怪獣騒動で“守った顔”を作った。
だが最後に映像を持っていったのは、義弘とアリスだった。
企業ヒーローにとって、アリスは都合が悪い。
アリスがいるだけで、事件が起きるように見える。
アリスが動くだけで、目立つ。
目立つ者が席を取る。
シロサギ・リンは笑顔のまま言う。
「またトラブルに巻き込まれているのですね」
言葉は丁寧。
だが丁寧な刃だ。
アオイカゲは短い。
「節を増やすな」
シラヌイは正義を盾にする。
「危険区域に近づくな。安全が正義だ」
アリスは笑わない。
笑っても切り抜かれるだけだ。
「黙れ」
口が悪い。
だが今はそれでいい。
口が悪くても、守るものがある。
企業ヒーローたちは、アリスを“問題児”として見た。
問題児を押さえることは、席になる。
席は利益になる。
だから彼らは冷たい。
冷たい目線は、アリスの背中を刺す。
刺されても、アリスは止まれない。
止まれば、次の怪獣が生まれる。
その頃、企業群は動いていた。
オールドユニオンがミコトの捜査の追及を受けている間に、
企業ヒーローが活躍できる“次の怪獣”を準備する。
合体怪獣の二番煎じは避ける。
倒され方は設計できるようにする。
危険は管理可能にする。
市民に安心を売れるようにする。
つまり――事故寸前を商品にする。
会議室では、そういう言葉が並ぶ。
「映えるが死者は出さない」
「手順で制御できる危険」
「最終的に企業ヒーローが止める絵」
彼らの目には、ミコトの手順も、アリスの抵抗も、
“映像素材”にしか見えていない。
そしてそれは、アザドの計画通りだった。
オールドユニオンが矢面に立ち、
合法の顔で捜査を乾かし、
その間に企業が怪獣を用意する。
新開市は勝手に燃える。
燃えるなら消火するのが手順だ。
そして消火する者の席が増える。
アザドは、それを知っている。
だから表では動かず、裏を止め、
代わりにフルーテッドという餌を置いた。
餌に噛みつけば、アリスは囲われる。
噛みつかなくても、フルーテッドがログを残す。
どちらに転んでも、アリス=オールドユニオンは進む。
夜。
アリスは端末を見ていた。
フルーテッドのログが自動生成されていく。
美しい文章。
丁寧な文体。
中立の顔。
その中に、ひとつだけ妙な空白があった。
時間が飛んでいる。
観測対象が“無記録”になっている。
不自然な沈黙。
アリスの赤い瞳が細くなる。
「……お前、何を隠した」
フルーテッドは共鳴音をひとつ鳴らした。
曖昧な音。礼儀正しい沈黙。
その沈黙が、答えだった。
隠している。
隠すべきものがある。
アリスは低く呟く。
「全部、計画通りかよ」
計画通り。
アザドの声が頭に響く。
時間通り。
アリスは息を吐き、立ち上がった。
守るために、動く。
囲いの中でも、動く。
フルーテッドは三歩後ろで静かに浮き、
共鳴音を残さないように追従した。
礼儀正しい鎖を引きずりながら、
ゴーストは次の火種へ歩く。




