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第242話 未完成リングの腕

 未完成リングの中心は、風が違った。


 骨組みだけの巨大な輪が、空を切っている。

 足元は格子。視界の端には、はるか下の祭りの色。

 配信ドローンの群れが点みたいに浮いて、群衆のざわめきが遠い音になる。


 アリスは息せき切って、そこへ辿り着いた。


 頬はもう痛くない。

 笑顔の筋肉配置をする余裕がないからだ。


 赤い瞳に映ったのは――三つの影。


 登録のない大型機が三機。

 それぞれ別のシルエット。別の脚。別の腕。

 だが腹の接続機構が同じ。背のコネクタが同じ。

 そして今まさに――


 合体しようとしていた。


 バカバカしい。

 信じがたい。

 それでも目の前で現実が動く。


 ラッチが開き、レールが噛み合い、同期信号が交わされる。

 合体は“手順”だ。

 手順は一度始まると止まらない。


「……させるか!」


 アリスは端末を開き、ゴーストの手で割り込んだ。

 狙うのは時刻同期。

 三機が同じ瞬間に噛み合うから合体する。

 ならば噛み合う瞬間をズラせばいい。


 指が滑る。

 同期パケットを切り裂く。

 時刻をずらす。

 わずか数十ミリ秒。

 だが合体の精度には致命傷になるはずだった。


 三機の動きが、ほんの一瞬だけ乱れた。


 よし――とアリスが思った瞬間。


 三機は、そのまま暴走しなかった。


 乱れた同期が、ふっと“戻る”。


 まるで最初から予定されていたように、

 機体が一拍、停止し、

 内部の時刻がリセットされ、

 同期が再確立される。


 端末の画面に、ちらりと文字が走る。


 ――SYNC-RESET / PROCEDURE-72


 手順番号。

 手順の名前。


 アリスの背筋が冷えた。


 誰かが、アリスが妨害することを想定していた。

 妨害を“手順”として飲み込んでいる。


 アザド。


 あの男の顔が浮かぶ。

 「時間通りだ」と言った声が浮かぶ。


 アリスが手をこまねいている間に、合体は完了した。


 三機が、ひとつになる。


 巨大な胴体。

 重い脚。

 複数の腕が統合され、一本の巨腕になる。

 背に乗る機構がロックされ、首のようなユニットが起き上がる。


 超大型ドローン。


 怪獣。


 完成した怪獣は、足元のアリスを一瞬も見ない。

 視線がない。

 ただ目的地へ向かって前進を開始する。


 目的地は下だ。

 群衆だ。

 祭りだ。


 巨脚が格子を鳴らし、未完成リングが震える。

 このままでは突っ込む。

 突っ込めば死ぬ。


 アリスが動こうとした瞬間――


 白い影が滑り込んだ。


 義弘。


 純白のサムライスーツが、怪獣の足の軌道を読み、

 アリスの身体を抱きかかえるようにして跳んだ。


 巨脚が踏み下ろされる。

 空気が裂け、鉄が鳴る。

 そのすぐ脇を、白が抜ける。


 アリスの視界が回る。

 腕に抱えられ、風が顔を叩き、

 次の瞬間――義弘が安全な梁の陰にアリスを降ろした。


「生きてるか」


 義弘の声は低く、短い。

 問いではなく確認だ。


 アリスは舌打ちしたいのに、息が切れて声にならない。

 代わりに頷く。


 義弘はすぐ前へ出た。

 振り返らない。

 守る者は背中を見せる。


 玲音が駆けつける。

 バンシー。

 群衆の視線に弱い青年が、いまは視線を切り捨てている。


「合体……したのか」


 玲音の声が震える。

 恐怖ではない。怒りだ。


 企業ヒーローも到着する。


 アオイカゲが静かに立ち、

 シラヌイが熱源を見て、

 シロサギ・リンが下の節を削るように指示を飛ばしている。


 珍しい。

 この場では企業も国際組織も、同じ方向を向かざるを得ない。


 怪獣は巨大だ。

 怪力だ。

 頑丈だ。


 義弘が刀で関節を狙う。

 刃が弾かれる。

 玲音が側面を取る。

 装甲が厚く、刃が通らない。


 アオイカゲのワイヤーが脚を縛る。

 怪獣が一歩踏み、ワイヤーが悲鳴を上げる。

 シラヌイのフォームが関節に噴きつけられる。

 蒸気が上がるが、止まらない。

 シロサギ・リンが叫ぶ。

 「下の群衆を流して!今!」


 下の祭りが、節を作りかける。

 怪獣が近づく。

 このままでは突っ込む。


 義弘の白が、怪獣の進路を“流す”ために位置を変える。

 止めるのではない。

 逸らす。

 だが逸らしても、巨体は余力で押し潰す。


 このままでは間に合わない。


 アリスは立ち上がった。


 義弘が振り返り、目だけで止める。

 「動くな」と言わずに止める目。

 その目に、アリスは腹が立つ。


 止めるなら、止めろ。

 止められないなら、黙れ。


 アリスは鉄パイプを掴んだ。

 未完成リングの工事資材。

 錆びたように見えるが、芯は硬い。


 端末を握り直し、梁をよじ登る。

 足場は危険だ。

 危険なのに、危険であるほど近道だ。


 ハルニッシュの“安全確保”はここには届かない。

 届かない高さに、アリスは逃げた。

 逃げたのは安全ではなく、自由のためだ。


 アリスは怪獣の上に飛び移るつもりはない。

 まずは一瞬の麻痺を作る。


 端末で侵入。

 攻撃ではない。命令の偽造。

 腕のサーボに「停止」のフラグをねじ込む。


 怪獣の巨腕が、サムライ・ヒーローへ振り下ろされる直前――

 その腕が、ぴたりと止まった。


 空気が裂ける音が、途中で途切れる。


 義弘が目を見開く。

 玲音が息を呑む。

 企業ヒーローが一拍遅れて動く。


 止まった腕は、好機だ。


 義弘が踏み込もうとした瞬間、アリスは飛んだ。


 麻痺した巨腕へ――


 重い鉄の上に足を乗せ、

 バランスを取り、

 次の瞬間、腕の付け根へ走る。


「おい!」


 義弘の声が飛ぶ。

 止めろ、という声。

 止めろと言う余裕があるなら、お前が止めろ。


 アリスは聞こえないふりをした。


 狙いは合体接続部だ。

 三機の繋ぎ目。

 背骨のレール。

 そこを壊せば、怪獣は崩れる。


 鉄パイプを突き刺す。


 金属が金属を割る音がした。

 硬い。

 だが芯の硬さは鉄パイプの勝ちだ。


 アリスは叫ばない。

 叫べば切り抜かれる。

 叫ぶ代わりに、歯を食いしばって押し込む。


 接続部が歪む。

 歪むほど、合体が崩れる。


 その瞬間、アリスはハックを解いた。


 麻痺を解く。

 解けば怪獣は動く。

 動けばアリスは掴まれるかもしれない。


 それでも解いた。

 いつまでも止めていれば、下の群衆が押し潰される。


 怪獣の巨腕が、動き出す。


 動き出した腕は、まず義弘へ向かわない。

 まずアリスへ向かう。


 まるで“邪魔者”を排除する手順が組まれているように。


 巨指がアリスを鷲掴みにした。


「――っ!」


 肺が潰れる。

 骨が軋む。

 アリスの視界が白くなる。


 その瞬間、企業ヒーローの阻止攻撃が飛ぶ。


 アオイカゲのワイヤーが腕を引く。

 シラヌイのフォームが関節を冷やす。

 義弘の刀が接続部へ叩き込まれる。

 玲音が側面から衝撃を入れる。


 怪獣の体勢が崩れる。


 崩れながらも、怪獣は踏ん張ろうとする。

 踏ん張った脚が、未完成リングを鳴らす。

 その振動で――


 アリスが破壊した接続部が、限界を超えた。


 合体の継ぎ目から、体が崩れる。


 重い金属の塊が、別々の方向へ裂ける。

 裂けながら、未完成リングの外へ落ちていく。


 あわや、アリスも道連れ。


 落下。

 落下は死だ。


 その瞬間、白い影がまた滑り込んだ。


 義弘が、怪獣の腕の隙間へ刃を差し込み、

 アリスを解放した。


 同時に、義弘はワイヤーを撃つ。


 未完成リングの梁へ。

 ワイヤーが噛み、二人の身体が宙へ投げ出される。


 次の瞬間、二人はぶら下がった。


 下には崩れ落ちる怪獣。

 さらに下には祭りの色。

 空気が冷たい。


 義弘のワイヤー引き上げ機構が唸る。

 唸ったまま、止まる。


「……くそ」


 義弘が低く呟いた。

 故障している。

 膝だけじゃない。

 白いスーツは万能ではない。


 玲音が上から身を乗り出し、ワイヤーを掴む。


「引く!」


 玲音の声が震える。

 群衆の視線ではなく、力の限界で震える。


 企業ヒーローも手を伸ばす。

 アオイカゲが無言で引き、

 シラヌイが固定点を作り、

 リンが下の節を削る指示を飛ばす。


 全員が必死に引き上げる。


 その間、宙吊りの二人だけが取り残される。


 義弘は片腕でアリスを抱えていた。

 落ちないように。

 落とさないように。


 義弘の声が、耳元で低く響く。


「……無茶するな」


 叱責だ。

 だが叱責の形をした安堵でもある。


 アリスは息を吐き、言い訳を探す。

 口が悪いから、先に噛みつきたくなる。


「だって、合体したら――」


「分かってる」


 義弘が遮る。

 遮るのは怒りではない。

 遮るのは、理解だ。


「分かってるけど、死ぬな」


 死ぬな。

 その言葉が、胸に刺さる。


 アリスは言い訳を続けようとした。

 規範だの中立だの、安全確保だの。

 全部が邪魔だった、と。


 だが言葉は続かなかった。


 続かないほど、肺が痛い。

 続かないほど、指が震えている。


 玲音が引き上げる。

 玲音の腕が震える。

 震えながら、引く。


 義弘は宙吊りのまま、アリスの顔を覗き込んだ。


「……謝れ」


 命令ではない。

 叱るためでもない。


 謝ることで、戻るためだ。

 戻る場所があると確認するためだ。


 アリスは歯を食いしばり、視線を逸らした。

 謝るのは嫌いだ。

 嫌いだが、今日は違う。


 小さく、小さく言った。


「……悪かった」


 声は小さい。

 風に消えそうだ。

 だが義弘には届く。


 義弘はそれ以上、何も言わなかった。

 言わないことで、許した。


 その瞬間、ワイヤーがまた動き出す。

 玲音が、企業ヒーローが、全力で引き上げる。


 二人は梁の上へ転がり、

 未完成リングの冷たい鉄の上に、ようやく戻った。


 下では怪獣が崩れ落ち、

 祭りの空気が悲鳴と歓声の混線になっている。


 アリスは息を吐き、空を見た。


 守った。

 だが守る瞬間は美しくない。

 美しいのは映像だけだ。


 義弘が立ち上がり、白い背中で言う。


「まだ終わってない」


 アリスも立ち上がった。

 頬の筋肉は痛まない。

 笑顔を作っていないからだ。


 ゴーストは笑わない。

 守るために壊す。


 そして新開市は、今日も燃えたがっていた。

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