第241話 合体地点
アリスは走りながら、世界を殴っていた。
殴ると言っても拳ではない。
指先だ。
端末のガラスを滑る指が、ネットの海を引き裂いていく。
新開市ドローン・ドロイド祭りの空は、眼だらけだった。
市民のマイドローン。配信者のカメラ群。企業の展示機。オールドユニオンの監視機。
そして――登録の無い“影”。
影は三つ。
結社が見つけた正体不明の大型ドローンは、ひとつだけではなかった。
会場には登録の無い大型機が三機。
どれも見た目が違う。シルエットが違う。脚部の構造が違う。
だがアリスの目は、見た目ではなく“繋ぎ目”を見る。
接続機構。
機体の腹部。脊椎のようなレール。
肩口に残るラッチ。
背面に並ぶコネクタ。
それらが、妙に揃っている。
――バカバカしい。
アリスはそう思った。
思ったのに、解析結果はそのバカバカしさを平然と肯定する。
共通の接続機構。
共通の同期端子。
共通の“合体用”と思しきクイックロック。
アリスは胃が痛くなる。
まさか。
いや、まさかじゃない。
新開市だ。
ここでは、まさかが日常になる。
アリスは走りながら、さらに解析を深める。
映像の切り抜き。
SNSの現場投稿。
視聴者のフレーム解析。
そして自分の目。
結論は、最悪にくだらない。
三機は合体機構を持っている。
おそらく一機ずつサムライ・ヒーローにぶつける計画を立てる者がいた。
同時に、三機合体して超大型ドローンにして圧倒する計画を立てた者がいた。
もしくは同じ者が、段階を用意したのだろう。
第一段階:一機ずつ暴れさせ、現場を分断する。
第二段階:合体し、最後に“怪獣”を出す。
映えの設計。
怪獣の設計。
規範なんてくそくらえ。
中立なんてくそくらえ。
アリスの胸の奥から、黒い決意が湧いた。
私は人を守る。
その言葉は、誰に言うでもなく、アリス自身を縛るためのものだった。
目の前に、正体不明の大型機が見えた。
会場の端。
展示エリアの陰。
誰も認めないまま、誰も止めないまま、そこに立っている。
機体は眠っているように見えた。
眠っているのに、周囲の空気が張っている。
張った空気は節を作る。節は列を作る。
列は映えを呼ぶ。
アリスは端末を開き、ゴーストの手で一手を打とうとした。
狙いは二つ。
ひとつ、合体用ラッチの片側だけを焼く。
完全破壊ではない。片側だけ。
合体の“手順”だけを失敗させる。
壊すのは怪獣ではなく、怪獣になる手順。
もうひとつ、三機の時刻同期を崩す。
合体には同期が要る。
同期がずれれば、接続は噛み合わない。
噛み合わなければ、合体は暴走になる。
暴走にするなら、いまここで止められる。
先手。
先手が必要だ。
先手を打てば中立ではない、と氷の母は言った。
だが今、先手を打たなければ子どもが死ぬ。
アリスは息を吸い、指を滑らせる。
その瞬間――
「危険です」
耳元で冷たい声がした。
ハルニッシュ部隊。
黒い装甲がアリスの前へ滑り込む。
盾のように立つ。
アリスと機体の間に、物理的な壁を作る。
安全確保。
オールドユニオンの優しさ。
優しさという名の拘束。
アリスは低く言った。
「どけ」
「監査記録官補佐、危険区域です」
「危険区域だから止めるんだろ!」
アリスが一歩踏み出すと、ハルニッシュが一歩塞ぐ。
アリスが回り込もうとすると、別のハルニッシュが回り込む。
押し流す。退避させる。
守るために縛る。
アリスの苛立ちが火になる。
「私が指揮権持ってんだろ!」
「指揮権はあります。
しかし安全確保は最優先です」
会話が成立している。
成立しているから止まらない。
成立しているから、アリスは“手順”で負ける。
揉み合いになった。
その揉み合いは映える。
映えるほど、群衆が寄る。
寄れば節が生まれる。
節が生まれた瞬間、企業ヒーローが来る。
正義の顔で。
最初に現れたのはアオイカゲだった。
静音関節で音が少ない。
影のように近づき、短い言葉を落とす。
「止まれ。押すな。——節を作るな。以上」
アオイカゲはアリスの周囲にできた節を削りに来た。
削るために、アリスを押さえる。
次にシラヌイが来る。
耐熱装甲、放熱板、熱源探知。
安全の顔で言う。
「危険区域だ。戻れ。安全が正義だ」
最後にシロサギ・リンが来る。
笑顔で、扇を開き、観光の顔で“収束”を作る。
「皆さま、こちらへ。安全に見学できます。慌てず、ゆっくり!」
三者が揃うと、現場は“企業の手順”になる。
ミコトの手順でも、義弘の導線でもない。
企業の席。
アリスはその席の中心で取り押さえられた。
ハルニッシュが背後。
企業ヒーローが前。
群衆が周囲。
最悪の画角。
アリスが注目の的になった瞬間、最悪が“予定通り”動き出す。
正体不明の大型機が、暴走を開始した。
ローター音が低く唸り、脚が動き、地面が震える。
眠っていた怪物が起き上がる。
そして、遠くでもうひとつ。
さらにもうひとつ。
他の二機も、暴走を開始した。
《動いた!》
《でかい!》
《誰の機体!?》
《祭り終わった》
《神回きた》
コメントが流れる。
コメントは燃料だ。
燃料は節を固くする。
アリスは歯を食いしばって叫ぶ。
「合体するぞ!」
誰も理解しない。
合体できることを知っているのはアリスだけだ。
アオイカゲが眉を動かす。
「何?」
「合体機構だ!三機は――」
説明する時間はない。
説明している間に怪獣が生まれる。
アリスは端末を投げるように操作し、義弘と玲音へ連絡を飛ばす。
自分の仕掛けた回線が、ここで生きる。
短いメッセージ。
「登録なし大型3。合体機構あり。未完成リング中心へ向かう可能性」
義弘からの返信は短い。
白の声はいつも短い。
「押さえる」
玲音からも短い。
硬直しそうな心を押し殺した文字。
「了解。止める」
アリスの目の前の一機は、企業ヒーローが押さえた。
アオイカゲがワイヤーを投げ、関節を縛る。
シラヌイが熱源探知で過熱箇所を示し、冷却フォームを噴く。
シロサギ・リンが群衆を流し、節を削る。
彼らはうまくやる。うまくやるほど腹が立つ。
「守った顔」を作るのが上手いからだ。
だが押さえているだけで、鎮圧には至らない。
機体が暴れ続ける。
暴れ続けることで、時間が稼がれる。
稼がれた時間で、別の二機が合体地点へ向かう。
――未完成リング中心。
建設途中の巨大構造物。
高所。空間。リングの骨。
合体の舞台として、最悪に映える。
義弘と玲音は、別の二機を押さえていた。
義弘の白が一機の前に立つ。
アンカーで足場を取り、刀で関節の角度を変える。
止めるのではなく、流れを変える。
義弘はいつもそうだ。
玲音はもう一機の側面へ回り込み、弱点を探る。
群衆の視線が刺さる。硬直しそうになる。
それでも動く。子どもがいるからだ。
兄弟姉妹のために。
だが鎮圧には至らない。
どちらも決定打がない。
決定打がないように設計されている。
三機は、同じ方向へ移動を開始した。
合体できることを知っているのはアリスだけ。
だから危機感の深さも、アリスだけ。
アリスは取り押さえられながら、目だけで追う。
未完成リング中心へ――
“怪獣”が生まれる。
アリスは、ここでようやく理解した。
自分が止められている理由は、安全確保だけではない。
これは席の争いだ。
企業ヒーローは「守った絵」を作りたい。
オールドユニオンはアリスを“資産”として守りたい。
群衆は「神回」を見たい。
誰も「合体」を知らない。
知らないから、止めようがない。
アリスだけが知っている。
だからアリスだけが焦る。
焦るアリスが、また切り抜かれる。
最悪の循環。
アリスは歯を食いしばり、ハルニッシュへ命じた。
「退け。
私が行く」
ハルニッシュの隊長格が言う。
「危険です」
「危険だから行く!」
アリスは指揮権を使った。
言葉ではなく、手順で。
オールドユニオンの指揮系統に、命令として流し込む。
退避ではなく、通路の確保。
安全確保の再定義。
ハルニッシュの一部が、わずかに動いた。
壁がずれる。
隙間ができる。
アリスはその隙間へ身を滑らせる。
企業ヒーローが止めようとする。
だが止めるには理由が要る。
「危険だから」では、今のアリスには通じない。
危険を止めに行くのがアリスだからだ。
アリスは振り切った。
走る。
追う。
未完成リング中心へ向かう三機を追いかける。
背後で誰かが叫ぶ。
「アリス!危ない!」
応援の声。
その声に硬直しそうになる。
だがアリスは止まらない。
止まったら、怪獣が生まれる。
アリスは低く呟く。
「……合体させるな」
その言葉は祈りではない。
命令だ。
命令は、次の戦場へ走る。
未完成リングの骨組みが、遠くで空を切っていた。
そこが合体地点。
そして新開市の空は、いままさに“神回”を欲しがっていた。




