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第240話 新開市ドローン・ドロイド祭り

 新開市・中立フェス実行委員会は、次のフェスの提案書を持ってきた。


 題名はやけに明るい。


 「新開市ドローン・ドロイド祭り」


 ミコトは一枚目を読んだ時点で、嫌な予感がした。

 嫌な予感は、だいたい当たる。


 「市民の自律防災と技術教育」

 「インフラ点検啓発」

 「観光促進」

 言葉は立派だ。立派な言葉ほど、事故の匂いを隠す。


 ミコトは端末を閉じ、短く言った。


「許可しない」


 会議室の空気が一瞬だけ止まる。

 止まった瞬間に、実行委員会側の笑顔が整う。

 笑顔が整うとき、人はもう引かない。


「規模を縮小します」

「安全面は企業ヒーローとオールドユニオンが全面協力します」

「運用は手順に従います」


 手順。

 その言葉が出た時点で、ミコトは理解した。


 これは現場の提案ではない。

 議会の提案だ。


 根回しが入っている。


 案の定、数日後には議会で同じ文書が回り、

 “縮小案”として議決されてしまった。


 ミコトは歯噛みした。

 止めたいのに止められない。

 止めると「市民の善意を潰した」と切り抜かれる。


 新開市の政治は、正しさより映像が強い。


 真鍋が隣で疲れた声を出す。


「……通りました。

 しかも“安全協力”が条件だから、止めるとこちらが悪者です」


 ミコトは目を閉じ、手順で受けた。


 受けるしかないなら、せめて事故を防ぐ。


 ミコトは全勢力へ要請を出した。


 「警備関係の指揮系統を、市政で一本化する」


 現場で多重指揮が起きれば、必ず節が生まれる。

 節が生まれれば、事故が起きる。


 企業群の返事は、生返事だった。


「検討します」

「協力します」

「現場で判断します」


 要するに、自社優先。


 オールドユニオンの返事は、丁寧で、頑固だった。


「指揮全権は、監査記録官補佐――アリツェ・ヴァーツラフコヴァーにあります」


 つまり、アリスにある、と一点張り。


 アライアンスは相変わらず沈黙だった。


 沈黙は中立の顔をしている。

 だが沈黙は、現場では無責任に見える。


 取り付く島もないまま、日付だけが進む。


 そして、始まってしまった。


 新開市ドローン・ドロイド祭りは、想像以上の“ドローン・ドロイドだらけ”だった。


 市民は祭りが好きだ。

 祭りが好きな市民は、持ち込みが好きだ。


 小型撮影ドローン。

 配送ドロイド。

 ペット型ドロイド。

 工作用アーム付きの作業機。

 子どもが抱える玩具級の小型機まで混ざる。


 「マイドローンで参加!」

 「うちの子の相棒です!」

 「避難訓練モード搭載!」


 善意の顔で、機械が増える。

 増えるほど、管理が難しくなる。


 配信者が群がる。


 「新開市ドローン祭り、現場から生配信で~す!」

 カメラの群れが空を埋める。

 空が埋まると、視界が埋まる。

 視界が埋まると、節が生まれる。


 ミコトは頭痛をこらえながら、真鍋に言う。


「……許可した機体の数は?」


 真鍋が即答する。


「“届出ベース”でこの数です。

 現場の実数は、倍以上だと思ってください」


「最悪ね」


「まだ序盤です」


 最悪がまだ序盤。

 新開市はいつもそうだ。


 そこへ、企業の展示機が混ざる。


 「安全啓発展示」

 「災害対応デモ」

 「避難誘導AI」


 立派な看板。

 立派な看板は、立派な機体を運べる。


 そしてオールドユニオンも、監視機を混ぜる。


 「安全保障上の監視」

 「規範運用の記録」

 セグメンタタが美しく配置され、空にも眼が増える。


 眼が増えるほど、人は安心する。

 安心するほど、無茶をする。


 さらに悪いことに――

 ミコトが許可もしていない大型ドローンが、どこからともなく複数現れた。


 重いローター音。

 影が落ちる。

 空気が変わる。


 「あれ、展示?」

 「聞いてない」

 「またアーバレストじゃないよな?」


 ざわめきが節になる。

 節が導線を詰まらせる。

 詰まると救護が遅れる。

 遅れると事故が近づく。


 真鍋が呻く。


「……頭が痛い」


 ミコトも同じだった。

 だが顔には出さない。


「指揮系統は?」


「……崩壊しかけてます。

 企業は企業で動き、オールドユニオンはアリス指揮で動き、アライアンスは沈黙。

 こちらの指示が“お願い”になってます」


 お願いは、命令ではない。

 命令でないものは、映えに負ける。


 現場は祭りだ。

 祭りは命令を嫌う。

 命令を嫌うくせに、事故寸前を求める。


 新開市は、そういう街だ。


 アリスは、中央の“親善エリア”に立っていた。


 白いフード。黒髪。片目が隠れがち。赤い瞳。

 頬の筋肉が痛むほどの笑顔を、今日も配置する。


 その背後で、ハルニッシュ部隊が動く。

 指揮権はアリスにある、とオールドユニオンは言った。

 だが現実には、ハルニッシュは“安全確保”の自律判断を優先する。


 アリスが動こうとすれば、押し流す。

 危険から遠ざける。

 守るために縛る。


 アリスはそれを知っている。

 知っているから、最初から別の手を選んだ。


 結社。


 アリス結社の残党を、現場で使う。


 アリスはすでに結社の存在を掴んでいた。

 吊るし上げた。脅した。すかした。

 善意を盾にした者には、事実で殴る。


 そして今日、その“殴り”をもう一度使う。


 アリスは端末を開き、短いメッセージを投げた。


 「来い」


 場所指定。時間指定。

 拒否すれば、過去のログをばら撒く。

 ばら撒けば終わる。

 それがゴースト流の説得だ。


 数分後、結社の面々が“集まってしまった”。


 顔は青い。

 善意の顔が崩れている。

 だが目はまだ、アリスを見ている。

 象徴として見ている。


 アリスはその視線を嫌悪し、同時に利用する。


 アリスは笑わない。

 筋肉配置の笑顔も作らない。


 赤い瞳のまま、低く命じた。


「お前ら、耳貸せ」


 結社の一人が震え声で言う。


「……もう、危険なことは……」


 アリスは即座に切った。


「危険なことを止めるために使う。

 ……お前らが作った地獄、お前らで片付けろ」


 結社は黙る。

 黙るしかない。


 アリスは言った。


「オールドユニオンと企業のドローンを見つけ出せ。そいつはどちらでもない皮を被っている。

 私がぶっ壊してやる」


 言葉が荒い。

 荒いほど本気だ。


 結社が息を呑む。


「ぶっ壊すって……」


 アリスは低く続けた。


「人を巻き込むな。落下させるな。インフラに触れさせるな。

 ——壊すのは“機体”だ。街じゃない」


 壊す、と言いながら守る。

 矛盾ではない。

 アリスの規範だ。


 ハルニッシュの隊長格がイヤモニ越しに言う。


『監査記録官補佐、危険行為は——』


 アリスは短く返す。


「黙れ。

 ……今のままなら子どもが危ない」


 その言葉には、手順も規範も勝てない。


 結社は散る。


 散り方が導線屋っぽい。

 節を作らない。視線を避ける。人混みに紛れる。

 善意ではなく、技術で動く。


 ミコトの頭痛は増す。

 だがミコトは知らない。

 市長が知らないところで、別の指揮系統が生まれている。


 現場の多重指揮は最悪だ。

 だが最悪の中で生きるには、最悪の手を使うしかないこともある。


 アリスはその最悪を選んだ。


 ゴーストの手だ。


 空の大型ドローンがまたひとつ影を落とす。

 企業展示機のはずだ、と誰かが言う。

 オールドユニオンの監視機だ、と誰かが言う。

 どちらも違う気がする、と誰かが言う。


 真鍋が端末を見て呻く。


「……登録にない機体が三つ。

 しかもどれも大型。

 どれも“誰も認めない”」


 ミコトが息を吐く。


「最悪」


 最悪の種類が変わった。

 これは“事故”ではない。

 事件だ。


 しばらくして、結社の一人から暗号化された短い報告が入る。


 位置。高度。機体の特徴。

 そして、最後に一言。


 「見つけました……あれは……企業でも、オールドユニオンでもありません」


 アリスの赤い瞳が細くなる。


 企業でもない。

 オールドユニオンでもない。

 つまり――


 誰かが、祭りに混ぜた本物の刃。


 新開市は自分で燃える。

 アザドはそう言った。

 だが燃やす者がいないわけではない。


 アリスは低く呟く。


「……来た」


 そして次の瞬間、アリスは歩き出した。


 ハルニッシュが“安全確保”で止めようとする。

 だが今回は、アリスが先に指揮権を使った。


「退け。

 ——今から私が動く」


 笑顔の規範は捨てる。

 親善大使の衣装はただの布になる。


 ゴーストが、現場へ出る。


 守るために。

 壊すために。


 そして新開市の空に、正体不明の大型機がゆっくりと旋回していた。

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