第238話 共闘バズ
新開市は、映像に弱い。
映像は、現実より速い。
現実は、手順より遅い。
そして新開市は、その速さに熱狂する。
“久しぶりの義弘とアリスの共闘!”
その一本の切り抜きが、街をまた一段沸かせた。
アーバレストが施設へ向かう。
白い義弘が前に出る。
シュヴァロフたちが動く。
アリスが叫ぶ――「出るな!戻れ!子どもから離れるな!」
そして最後に、群衆を睨んで低く言う。
「私のために、子どもを危険に晒すな」
それだけで充分だった。
《神回》
《やっぱこの二人》
《義弘の白が帰ってきた》
《アリスの目、怖いけど最高》
《「子どもを危険に晒すな」刺さる》
《中立フェス、結局この二人が締める》
ニュースは“共闘”の字面を欲しがる。
SNSは“復活”の物語を欲しがる。
視聴者は“最強の二人”の再来を欲しがる。
結果として、義弘とアリスはまだまだ新開市での影響力を持っていることが、改めて実証された。
そしてその実証は、誰かの心臓を冷やす。
企業ヒーローたちだ。
シロサギ・リンは、画面を見ながら笑っていた。
笑っているのに、目が笑っていない。
彼女の笑顔は訓練で作られる。だから崩れない。
崩れない笑顔は、崩れない苛立ちも隠す。
「……“共闘”ですか」
その言い方が、歯噛みだった。
観光導線の案内。安全に止める。安全に流す。
彼女の“仕事”は地味だ。
地味だからこそ、映像の主役にならない。
アオイカゲも同じだった。
節を作らせない。事故を起こさせない。収束させる。
それは誇りだ。だが切り抜きでは“退屈”になる。
「鎮圧じゃない。収束だ」
自分で言い聞かせるように呟く。
言い聞かせている時点で、心が揺れている。
シラヌイはもっと苛立っていた。
危険区域。安全。正義。
インフラを守ることは、数字になる。
だが数字になっても、神回にはならない。
「街を燃やさない」
その信条が、今日ほど地味に見える日はない。
三者は同じ結論へ滑った。
導線確保やインフラ運用は、席を奪うには足りない。
義弘やアリスにとって代わるには、もっと大きな仕事が必要だ。
例えば――
大型ドローンを倒す。
怪獣を倒す。
誰が見ても分かる“勝利”を撮る。
そのために、企業は動く。
企業は、会議室で決める。
笑顔の裏で決める。
誰にも聞こえない声で、街を動かす。
「実行委員会に接触しろ」
「次はもっと大きい映えを用意する」
「暴走大型ドローン vs サムライ・ヒーロー」
「それを提供できる企業は、席を取れる」
席取りが始まった。
一方、アリス結社は、画面を見て興奮していた。
彼らにとって“共闘バズ”は勝利だった。
「まだ終わってない」
「やっぱりアリス」
「アリスは新開市の象徴」
その物語が、拡散されたからだ。
だが興奮の裏に、別の熱が混じる。
罪悪感。
あの言葉が刺さっていた。
「私のために、子どもを危険に晒すな」
結社の一部は、その言葉で眠れなくなった。
善意の自覚がある者ほど、刺さる。
刺さるから、別の正当化を探す。
「もう危険なことはしない」
「穏便に持ち上げよう」
「ちゃんとしたPRにしよう」
「子どもを巻き込まない」
善意が、別の方向へ転がる。
善意の過激化は、暴力だけではない。
“穏便なPR”という名の同化にもなる。
結社は反省したつもりで、別の設計を始める。
「アリスの良さを伝える」
「オールドユニオンと関係なく」
「企業にも奪われず」
「新開市の象徴として」
その願いは美しい。
美しいほど、危険だ。
その頃、オールドユニオンでも会合が開かれていた。
アリスはオンラインの画面端に映る。
白いフードの影。赤い瞳。
疲労の色は消せない。だが消そうとされる。
議題は淡々としていた。
「親善大使としての効果は確認された」
「しかし新開市への影響は、まだ最大化できる」
「親善ではなく、サムライ・ヒーローとして運用した方がよい」
結論は早い。
手順の組織は、結論を躊躇しない。
躊躇は弱さだからだ。
そして、アリスに通達が来る。
ハルニッシュ部隊の指揮権付与。
貸与から一段踏み込む。
「所属ではない」と言い張る余地が減る。
だがオールドユニオンは言葉を整える。
「親善任務の安全保障」
「再発防止」
「現場運用の一元化」
丁寧な言葉で、鎖を太くする。
アリスは画面を見て、目を細めた。
口は悪いが、今は黙る。
黙るのは従順だからではない。
言葉を出すと、記録になり、手順に吸われるからだ。
アザドはその会合の中で、静かに一手を伸ばしていた。
彼もまた実行委員会へ接触する。
企業と同じ方向へ。
「大きなトラブルの種を提供できる」
「大型ドローン等」
「サムライ・ヒーローが活躍できる場」
オールドユニオンもまた、“映え”を理解してしまった。
新開市は、国際組織にすら映えを学習させる。
それがこの街の恐ろしさだ。
水面下でそのような動きが行われていたころ、アリスは一人で動いていた。
笑顔を配置し、握手をし、撮影に応じ、踊り、宣伝をする。
その裏で、翼を開かないまま、目だけで線を追う。
オールドユニオンの監視の目はある。
ハルニッシュの安全確保がある。
記録官補佐としての行動ログがある。
だからアリスは、真正面からは動かない。
ゴースト流に動く。
隙間。
境界。
手順の“谷間”。
誰も見ていない瞬間。
誰も記録しないと思っている瞬間。
そこにだけ、アリスは刃を差し込む。
アリスは調べた。
中立フェス実行委員会の内部。
誰が偽掲示を立てたか。
誰が誘導を仕込んだか。
誰が山車を動かしたか。
誰が“善意”を盾にしたか。
切り抜きの裏の、細い線。
アリスの赤い瞳が、その線を捕まえる。
そして――掴む。
実行委員会の中に、結社がある。
アリス結社。
名前は知らなくても、匂いは知っている。
善意の顔で設計する匂い。
導線屋の美学を“守るため”と呼ぶ匂い。
アリスは息を吐いた。
怒りが冷える。冷えた怒りは怖い。
「……あいつらか」
アリスが今まで耐えていた刺す声も、擁護の声も、
その中の一部は“設計”だったのだと、ここで理解する。
守るべき新開市が刺してくる。
そして守るべき新開市が、設計して刺してくる。
それがオスカーの孤独と同じだ。
アリスは、ゴーストに戻る。
吊るし上げは、静かだった。
アリスは一人ずつ呼び出す。
呼び出すと言っても、物理的にではない。
“証拠”で呼び出す。
匿名チャットのログ。
送金の痕。
偽掲示の作成データ。
誘導アナウンスの原稿。
配信席の画角の設計図。
そして、あの日の「子どもを舞台にする」という言葉。
アリスは、それらを一枚ずつ並べる。
相手は震える。
善意の顔が、崩れる。
「……違う、俺たちはただ、アリスを守りたくて」
言い訳が出る。
言い訳は、アリスには効かない。
アリスは淡々と告げる。
口が悪いのに、声は静かだ。
「守りたいなら、守れ。
……子どもを危険に晒すな」
相手が言う。
「でも、アリスが叩かれてて……」
アリスは言う。
「叩かれるのは慣れてる。
私のために叩き返すな。
叩き返すなら、私じゃなく手順を殴れ」
それは無茶だ。
無茶だから、結社は“映え”に逃げた。
アリスはさらに詰める。
詰め方はゴースト流だ。
優しくない。
「誰が金を出した」
「誰が誘導を作った」
「誰が実行委員会に通した」
「誰が次の“もっと大きい映え”を欲しがってる」
相手は口を割る。
割らせる。
割らせるために、アリスは“事実”で殴る。
善意は盾にならない。
事実の前では。
吊るされた結社は、泣きながら言う。
「俺たちは……穏便にやるつもりだった」
「もう危険なことはしない」
「アリスを持ち上げたいだけだった」
アリスは目を細める。
「穏便?
……穏便って言葉で、人を縛るな」
穏便は、同化の言葉だ。
オールドユニオンも同じ言葉を使う。
アリスは、結社から情報を引きずり出す。
実行委員会は、さらなる映えを望んで歪みつつある。
企業が“怪獣”を用意すると言っている。
オールドユニオンもそれに乗る準備をしている。
企業と国際組織が、同じ方向へ滑っている。
それは最悪だ。
「次は、子どもじゃ済まない」
アリスは低く呟く。
それは脅しではない。予告だ。
控室に戻ると、アリスは椅子に座ったまま目を閉じた。
頬が痛い。
笑顔の筋肉配置が、まだ残っている気がする。
残っているだけで、腹が立つ。
オールドユニオンはアリスを親善大使として使い、
今度はゴーストとして使う準備を進めている。
企業は席替えのために怪獣を欲しがり、
実行委員会は映えのために節を設計し、
結社は善意のために事故寸前を作る。
全員が違う顔をして、同じ方向を見ている。
“映え”。
アリスは息を吐き、目を開いた。
赤い瞳が冷える。
そして、低く言った。
「私のために、街を燃やすな」
その言葉は誰にも届かない。
届かないから、また次が来る。
だがアリスは知った。
誰が何を用意しているか。
どの手順が歪んでいるか。
次の戦場は、もっと大きい。
もっと露骨に、怪獣が出る。
その時、アリスは笑顔では守れない。
だからこそ――
ゴーストは、刃を研ぐ。




