第237話 「私のために、子どもを危険に晒すな」
新開市・中立フェス実行委員会の内部に、もうひとつの委員会ができていた。
表の名は柔らかい。
「アリス支援市民ネットワーク」
「象徴保全会」
「病院応援サポーターズ」
どれも善意の顔をしている。
善意の顔ほど、止めにくい。
裏の実態は結社だった。
“アリスのために”映えを設計する結社。
彼らは本気で信じていた。
アリスは新開市のシンボルであり、象徴であり、守るべきものだと。
その象徴が踏みにじられているのは許せない。
切り抜きで殴られ、「笑ってるだけ」と言われ、「何もしない」と言われるのは許せない。
彼らは推測した。
推測は半分正しい。
半分正しい推測ほど、危険だ。
――アリスが動かないのは、オールドユニオンに功績を吸われるのを必死に抑えているからだ。
――ならば、アリスを活躍させ、しかもオールドユニオンと無関係だと証明できれば、アリスの地位は回復する。
――そうすれば新開市の象徴は取り戻せる。
結社は、綿密な調査を始めた。
導線屋ノウハウが市民文化に溶けた街で、調査は早い。
見物人の目。配信者の耳。病院関係者の噂。
そして「誰がどこにいるか」を知っている古参の導線屋関係の線。
彼らは突き止めた。
アリスのドローンのうち、
シュヴァロフ、コロボチェニィク、グリンフォンが――
NECROテック患者の療養施設にいることを。
結社の中で、誰かが呟いた。
「……これだ」
次の瞬間、その呟きは確信になる。
アリスが守りたい場所。
守りたい子ども。
守りたい家族。
そこを舞台にすれば、アリスは動く。
動けば映える。
映えれば切り抜きに勝てる。
善意の結論としては、最悪だった。
結社は表の実行委員会へ提案した。
「病院関係の子どもたちのためのサムライ・ヒーローツアー」
誰が反対できる?
子ども支援。福祉。啓発。観光。防災。
全部が善意の顔をしている。
提案は承認された。
手順も通った。
ミコトの元にも届け出が来る。
ミコトは資料を読み、短く条件を付けた。
「救護導線を二重に。
立入境界を厳守。
配信は許可制。
——子どもを晒すな」
晒すな、という言葉が重い。
だが重い言葉ほど、裏で軽く扱われることがある。
結社は笑顔で頷いた。
「もちろんです」
「子どもたちのために」
子どもたちのために。
その言葉が、今日の刃になる。
当日。
療養施設の前に、ツアーの列が流れ込む。
サムライ・ヒーローたちが並び、外様サムライ隊が配置につき、治安機関が救護導線を確保する。
企業ヒーローも“協賛”の顔で周辺にいる。
シロサギ・リンが「安全観光」を語り、アオイカゲが「収束」を語り、シラヌイが「危険区域」を語る。
どれも席替えの匂いがする。
そしてその中心に、アリスがいる。
観光親善大使。
白いフード。黒髪。片目が隠れがち。赤い瞳。
笑顔は筋肉の配置。
さらに今日は、ハルニッシュ部隊が護衛につく。
貸与。所属ではないと言い張れる言葉。
だが実態は“安全確保”という名の拘束だ。
アリスは笑う。
頬に指を当て、口角を上げる。
心は笑っていない。
子どもたちが窓越しに手を振る。
その手に、アリスは本当に揺れる。
揺れるのに、笑顔は筋肉のまま固定される。
「アリスー!」
子どもの声が響く。
その声だけが、切り抜きではなく現実だった。
結社の計画は、二段構えだった。
一つ目は、外縁の救護導線でトラブルを起こし、サムライ・ヒーローたちを誘導すること。
ヒーローと警備を施設前から引き剥がす。
二つ目は、その隙に“ツアーの山車”として運び込んでいたLC-07アーバレストを暴走させ、施設へ向かわせること。
アーバレストは半自律だ。
ちょいちょい言うことを聞かない。
だからこそ結社は「手が汚れない」形で暴走を作れる。
偽の誘導信号。偽の通行止め。誤った境界認識。
“機械の誤作動”として見せられる。
そして止める役は、療養施設の守り――シュヴァロフたちだ。
シュヴァロフが、コロボチェニィクが、グリンフォンがアーバレストを鎮圧する。
そうなれば、画角は完成する。
「アリスの家族が守った」
=「アリスが守った」
さらに結社は、その絵を“オールドユニオン無関係”にしたい。
だからアリス自身は前に出なくていい。
むしろ出ない方がいい。
矛盾している。
だが矛盾は“善意”で包める。
「子どもを守った」
その言葉で、何でも正当化できると結社は思っていた。
外縁の救護導線で、小さなトラブルが起きた。
救護車両の進路に、誰かが落とし物をした。
その落とし物を拾おうと人が止まる。
止まると節が生まれる。
節が生まれると次の節が呼ばれる。
そこへ「点検のため通行止め」の掲示。
公式っぽい文字。公式っぽいマーク。
迂回路はこちら。
善意の顔で人が誘導される。
ヒーローたちが動く。
外様サムライ隊が動く。
KOMAINUが節を分ける。
企業ヒーローが“守った顔”で動く。
誘導は成功した。
施設前の一部が薄くなる。
薄くなる瞬間を、結社は待っていた。
そして二段目。
施設の少し離れた場所で、重い振動が鳴る。
アーバレストが動いた。
低速で前進。
止まるべき境界を、誤認したように。
柵を押し潰しそうで潰さない、だが確実に近づく。
「何だ!?」
「アーバレスト!?」
「またあれかよ!」
群衆がざわめく。
ざわめきが節を作る。
節が施設へ向かう。
子どもたちが窓の向こうで怯える。
声が小さくなる。
その小ささが、アリスの胸に刺さる。
義弘は、一度は外縁の誘導に乗った。
だが違和感が刺した。
救護導線が不自然に空いている。
掲示が妙に綺麗だ。
配信席の画角が用意されすぎている。
設計臭。
導線屋と同じ匂いだ。
いや、導線屋より厄介だ。
善意の顔をしているからだ。
義弘は踵を返した。
「戻る。施設前だ」
高速機動隊が一拍遅れずに動く。
義弘の白が、導線を切り直す。
戻った先で見たのは、アーバレストの巨体だった。
柵が鳴る。地面が揺れる。
群衆が固まる。
固まるほど危ない。
義弘は前へ出た。
白い制服が前へ出ると、群衆の視線が吸い寄せられる。
視線が吸い寄せられると、人が少し動ける。
動けると、節が柔らかくなる。
「下がれ。流れろ。
——子どもがいる」
その一言が、善意の層を動かす。
だが扇動と便乗は動かない。
動かないものが節を固くする。
施設内で、シュヴァロフが反応した。
警報の音。振動。人のざわめき。
それらは“外の危険”だ。
守りとして置かれたシュヴァロフは、守るために動く。
出口へ向かう。
コロボチェニィクが付く。
グリンフォンが付く。
出るな。
出れば、家族が手順に触れられる。
出れば、同化が進む。
出れば、結社の絵が完成する。
アリスはそれを止めたい。
止めたいのに、止められない。
理由は一つ。
ハルニッシュ部隊が“安全確保”を開始したからだ。
アーバレストが動いた瞬間、ハルニッシュの隊長格が判断する。
「親善大使を危険区域から退避」
「転倒事故リスク」
「群衆圧縮リスク」
それは合理だ。
それは正しい。
だからこそ最悪だ。
アリスが施設へ向かおうとすると、ハルニッシュが物理的に進路を塞ぐ。
肩を押す。背中を押す。別ルートへ押し流す。
「こちらです」
「安全確保」
「危険です」
丁寧な声。丁寧な手。
その丁寧さが、鎖になる。
アリスは歯を食いしばり、低く叫ぶ。
「どけ!」
どけ、という言葉は規範違反になる。
だが今はそんなことを気にしていられない。
ハルニッシュは止まらない。
止まらせないことが役目だからだ。
アリスは押し流される。
押し流されている間に、時間が過ぎる。
時間が過ぎる間に、シュヴァロフたちが施設外へ出てしまう。
アリスの最悪が、現実になる。
施設の外で、シュヴァロフが現れた瞬間、群衆が沸いた。
「あっ!」
「シュヴァロフ!」
「アリスの家族だ!」
「見ろ、守るぞ!」
結社の狙いが、完成しかける。
義弘が前線でアーバレストを止める。
その脇に、シュヴァロフが滑り込む。
コロボチェニィクが関節を狙う。
グリンフォンが上から圧をかける。
“家族が守った絵”。
=“アリスが守った絵”。
しかし同時に、アリスの線が踏まれた。
家族は渡さない。
家族は出さない。
その線が崩れた。
アリスがようやく施設前へ戻った時には、すでに最悪の画角が出来ていた。
義弘が戦い、
シュヴァロフたちが援護し、
そしてアリスが叫ぶ。
「戻れ!出るな!
子どもから離れるな!」
その叫びが映像に乗る。
映像は切り抜かれる。
切り抜きは勝手に意味を作る。
《アリスが指示してる》
《義弘を動かしてる》
《オールドユニオンの指揮?》
《やっぱ外国の軍隊じゃん》
最悪だ。
最悪の意味が勝手に作られる。
結社の狙いも崩れる。
彼らが欲しかったのは「オールドユニオン無関係のアリス功績」だ。
だが現実は、ハルニッシュがアリスを安全確保し、
義弘が前線を守り、
家族が出てきた。
“共同戦線”の絵になってしまった。
守った瞬間は綺麗だ。
だが今日は、綺麗すぎて汚い。
アーバレストは止まる。
止まる瞬間、義弘の白が決まる。
シュヴァロフが戻り、子どもが守られる。
事故は起きない。死者も出ない。
だからこそ、群衆は興奮したままだ。
「すげえ!」
「神回!」
「また見たい!」
便乗の熱が、善意を飲み込む。
善意の顔が、扇動に吸われる。
扇動が、次の節を作る。
アリスは、その群衆を見た。
笑顔はもう作れない。
筋肉の配置をする余裕がない。
赤い瞳が冷える。
冷えるほど、声が低くなる。
アリスは群衆を睨んで、言った。
「私のために、子どもを危険に晒すな」
その一言が、導線より強く刺さった。
群衆は一拍、息を止めた。
新開市は反省しない。
だが息を止める瞬間はある。
その瞬間だけ、街は静かになる。
静かになった隙に、義弘が白で線を引く。
ミコトが手順で囲いを作る。
真鍋が記録を整える。
そしてアリスは、家族を施設内へ押し戻す。
守るべきものを守る。
功績など捨てて。
結社の善意は、今日、最悪の形で露呈した。
善意は刃になりうる。
刃は子どもに向かう。
だからアリスは、もう一度だけ心の中で線を引いた。
家族は渡さない。
子どもを危険に晒さない。
それが中立より先の、アリスの規範だった。




