第235話 中立フェス・ツアー
次の中立フェスは、開催までに多少の混乱があった。
新開市・中立フェス実行委員会の中にいたアリス支持派が、前回の内容に納得していなかったのだ。
「企業ヒーローの宣伝になった」
「アリスが“笑顔の看板”にされただけ」
「守る絵が、席替えの絵に利用された」
言い分はもっともだったし、もっともであるほど火種になった。
実行委員会は割れた。
だが新開市民は割れても折れない。折れないから、すぐ別の結論を作る。
折衷案は“ツアー化”だった。
新開市の観光名所を巡る。
建設途中の未完成リング。外縁部。バイオ・オイル導管。
「街の中立とインフラを学ぶ、防災観光ツアー」
建前は立派で、しかも移動型だ。
移動型は止めにくい。
止めにくいほど、列は育つ。
列が育つほど、映える。
ミコトは書類を見て目を閉じ、手順で受けた。
「条件を付ける。
救護導線の随伴。撮影エリアの移動管理。危険区域の境界厳守。
——それでもやるなら、事故は出すな」
事故は出さない。
実行委員会は笑顔で言った。
笑顔で言いながら、“事故寸前”の設計を始める。
導線屋ノウハウの民間化が、ここにある。
当日。
誰も予想していなかったことが一つだけあった。
オールドユニオンが、アリスにハルニッシュ部隊を貸与したのだ。
貸与。
所属ではない、と言い張れる言葉。
だが実態は、同化の別ルートだった。
「前回のアーバレストを踏まえ、再発防止のため」
「ツアーは動線が長く、危険が点在するため」
「親善大使の安全確保のため」
理由は丁寧で、丁寧なほど拒否しづらい。
パレードの時とはうってかわって、物々しい。
ハルニッシュが周囲を固め、歩幅を揃えて進む。
装甲の音が、観光の足音を飲み込む。
新開市民は、むしろ興奮した。
「やべえ、ガチ軍隊」
「親善って言ってたよな?」
「でもこれ、最高に映える」
「アリスの護衛がこれかよ」
配信コメントが流れる。
《貸与って何》
《同化じゃん》
《でもかっけえ》
《オールドユニオン、観光を戦場にするの上手い》
上手い。
その言葉が一番怖い。
アリスは山車ではなく、ツアーの先頭に立たされていた。
白いフード。黒髪。片目を隠す前髪。赤い瞳。
笑顔は筋肉の配置――今日もそれを求められる。
アザドのイヤモニが囁く。
『笑顔を。親善大使として』
アリスは頬に指を当てる。
頬が少し沈む。口角が上がる。
内側は空洞。
外側は完璧。
その外側を、ハルニッシュが物々しく守る。
守れば守るほど、アリス=オールドユニオンの同化が進む。
そして同時に、市民の奪還コールが増える。
「アリスは新開市だ!」
「返せ!」
「新開市の象徴!」
同化と奪還が同じ導線で走っている。
走っている時点で、危ない。
一方、アライアンスは逆風に何の表情も変えなかった。
義弘と高速機動隊は、相変わらずインフラの守りについた。
バイオ・オイル地帯。導管。点検路。
どれも事故になれば“祭り”では済まない場所。
義弘は白い制服で立っていた。
冷たい沈黙に見える。
だが沈黙は、インフラの言語だ。
守る者は喋らない。
喋っている間に事故は起きる。
新開市民はその“冷たい正しさ”にも興奮する。
「義弘、今日も黙って守ってる」
「白いのが一番怖い」
「でも安心する」
安心と興奮が同じ場所にある。
だから列になる。
ツアーは進む。
未完成リングを眺め、外縁部を歩き、導管の上を遠目に見る。
列が、いくつも生まれる。
見物の列。
応援の列。
ブーイングの列。
デモの列。
「アライアンス出ていけ!」
「オールドユニオン干渉するな!」
「アリスを返せ!」
声が混線しているのに、熱だけは揃う。
揃った熱が節を作る。
その様子を眺めながら、実行委員会の“導線屋ノウハウ持ち”が、顔を見合わせた。
——映える。
映えるなら、もう一押し。
事故は起こさない。
だが事故寸前は作る。
守る瞬間が一番綺麗だ。
彼らは即席のトラブルをこしらえ始めた。
仕込みは二つ。
偽通行止め。
導管アラーム。
どちらも暴力ではない。
だから止めにくい。
止めにくいほど、節が増える。
まず偽通行止め。
ツアーが通る予定の歩道に、誰かが公式っぽい掲示を立てる。
「安全点検のため通行止め」
「迂回路はこちら」
ミコト市長の市章に似たマークまで付ける。
市民は信じる。
信じるから止まる。
止まるから節ができる。
係員が慌てる。
「え、ここ通行止め?聞いてない」
「誰が立てた?」
「迂回路、こっちで合ってる?」
混乱が混乱を呼ぶ。
列が折り返し、圧縮する。
そこへ配信者が寄る。
「おおっと!?通行止め!?いま何が!?」
声が節を固くする。
アリスのハルニッシュ護衛が前に出る。
セグメンタタが記録するような視線を向ける。
だがここはオールドユニオンの運用。
“親善”の顔を崩せない。
アリスは笑顔の筋肉配置のまま、低く言った。
「……通れないなら、流せ」
その言葉は義弘の言葉に似ている。
しかしアリスが言うと、周囲は「命令」に見える。
市民がざわつく。
「アリスが指示してる!」
「オールドユニオンの指示?」
「新開市の指示?」
どっちでもない。
アリスの焦りだ。
だが焦りほど“映える”。
その瞬間、二つ目の仕込みが鳴った。
導管アラーム。
バイオ・オイル導管の点検アラームが、遠くで一度だけ鳴る。
長く鳴らない。
長く鳴れば本物になる。
一度だけ鳴らす。
“異常の気配”だけを作る。
その一度で、インフラ守護者は反応する。
義弘の白が動く。
高速機動隊が動く。
車両導線が切り替わる。
救護導線が一本増える。
義弘は声を張らない。
張らずに、短く指示する。
「インフラ優先。
——列を導管から遠ざけろ」
冷たい沈黙が、突然“機動”になる。
そのギャップが映える。
市民が興奮する。
「うわ、アライアンス動いた!」
「本物のアラーム?」
「事故!?事件!?」
事件ではない。
だが事件のように見える。
見えるように作ったのだから。
実行委員会の裏方が、笑っている。
事故は起こさない。
でも守る瞬間が撮れる。
守れ。
守った瞬間が一番綺麗だ。
偽通行止めで圧縮された節が、導管アラームでさらに揺れる。
「導管が危ないならここにいられない」
「でも通行止めで戻れない」
「どこに行けばいい?」
その迷いが、節を固くする。
固くなるほど、群衆は動けない。
動けないほど、事故の可能性が上がる。
義弘はインフラ側から線を切り、
アリスは親善側で線を切ろうとする。
二つの線が交差する。
交差した瞬間に、同化と奪還、外国勢力と真の中立、企業の席替え――
全部が同じ場所に集まる。
シロサギ・リンが、ここぞとばかりに入り込む。
「皆さま、こちらへ!安全な迂回路をご案内します!」
扇が開き、ARの矢印が浮かぶ。
“安全”という言葉が強い。
強いほど、人は従う。
アオイカゲが低く言う。
「節を作るな。散れ。
——止まるな」
止まるな、という命令が節を削る。
削られた分だけ、アオイカゲの“収束”が映える。
シラヌイが危険区域を盾にする。
「導管付近、立入禁止。戻れ。安全が正義だ」
安全が正義。
正義という言葉が、デモの熱を別方向へ流す。
企業ヒーローが守っているように見える。
守っている顔が、席を作る。
その一方で、アリスは切り抜かれる。
笑顔で手を振っていた親善大使が、
混乱の中心で“何もしない”ように見える。
いや、実際、アリスは戦っていない。
戦えない。
戦えば同化が完成する。
戦えば家族が手順に触れられる。
アリスは“線”しか引けない。
線を引くのは、守ることだ。
だが守る線は、戦う絵ほど映えない。
アリスの赤い瞳が細くなる。
「……最悪」
イヤモニ越しにアザドの声。
『笑顔を』
アリスは歯を食いしばり、頬に指を当てる。
頬が沈む。口角が上がる。
筋肉の配置で笑う。
その笑顔が、今度は炎上の燃料になる。
《笑ってる場合か》
《何もしない》
《新開市のヒーローが守った》
《外国は見てるだけ》
切り抜きは速い。
真実は遅い。
しかし今回は、事故が起きなかった。
義弘の白が導管側を守り、
高速機動隊が線を引き直し、
ミコトの手順が救護を通し、
企業ヒーローが“守った顔”をし、
オールドユニオンのハルニッシュが物々しく立ち、
セグメンタタの目が「逸脱」を縛った。
結果、混乱は未遂で終わる。
だが未遂こそ、市民が欲しかった映像だった。
実行委員会の裏方は満足する。
「ほらな」
「守った瞬間が一番綺麗だ」
そして彼らは理解する。
次は、もっと上手くやれる。
もっと映える節を作れる。
もっと席替えができる。
新開市民はめげない。しょげない。反省しない。
成功したら、次をやる。
撤収の最中、義弘は遠くでアリスの隊列を見た。
ハルニッシュが守る中心に、白いフードの小さな影。
笑顔を作っている。
笑顔が、彼女の武器になってしまっている。
義弘は胸の奥が痛む。
守るために所属した自分。
守るために同化されかけているアリス。
中立は時に、人を飾りにする。
義弘は低く呟いた。
「……街が、アリスを食ってる」
そしてその街は、アリスだけでなく、義弘も食おうとしている。
遠くで、また声が上がる。
「アリス!」
「義弘!」
「シロサギ!」
「アオイカゲ!」
「シラヌイ!」
名前が並ぶ。
席替えの声だ。
その声の中で、誰かが笑っている。
導線屋ノウハウを持つ者の笑いだ。
事故は起こさない。
でも守る瞬間は作る。
新開市の中立フェスは、ますます中立から遠ざかっていく。




