第233話 新開市・中立フェス
新開市民は、めげない。しょげない。反省しない。
――今回も、その気質を存分に生かした。
街は敏感に察していた。
新たなヒーローたちは、義弘とアリスに対抗意識を燃やしている、と。
シロサギ・リンがアリスを見るときの目。
笑顔の奥で、視線だけが値踏みする。
「同じ席に座るなら、どちらが看板か」――そういう目だ。
アオイカゲとシラヌイが義弘とともに市民を誘導したとき、露骨に力が入っていたこと。
義弘の白が前に出ると、二人の動きが“余計に丁寧”になり、“余計に大きく”なる。
まるで「こちらの運用の方が優れている」と示したがっているように。
新開市民の中で、元グランド・コンコルディア、折原の同調者、そして導線屋のノウハウを持つ者たちは、肌で感じ取っていた。
――祭りの匂いだ。
アリスを新開市の象徴としてオールドユニオンから取り戻そう。
サムライ・ヒーローを充実させ、外国勢力を追い出して真の中立になろう。
アリスと義弘がサムライ・ヒーロー代表なのはもう飽きた。
理由は色々ある。政治も、嫉妬も、善意も、娯楽も混ざっている。
だが彼らが一致できる言葉は一つしかない。
“映え”。
映える祭りなら一致できる。
映える訓練なら正当化できる。
映える危機なら、ヒーローを呼べる。
そして彼らは、勝手に立ち上がった。
「新開市・中立フェス実行委員会」
名乗りが軽いのが新開市らしい。
だが軽い名乗りほど、止めにくい。
建前は立派だ。
防災訓練。
観光導線の改善。
インフラ理解の啓発。
市民協働イベント。
刀禰ミコト市長へ、正式に届け出が出た。
形式は整っている。手順は通っている。
止めれば「市民の善意を潰した」と炎上する。
ミコトは一度、目を閉じた。
そして、手順で受けた。
「条件を付ける。
救護導線必須。撮影エリア制限。危険区域の境界は厳守。
——守れないなら中止」
実行委員会は笑顔で受け入れる。
笑顔で受け入れ、裏で“ギリギリ”を設計する。
それが導線屋ノウハウの民間化だった。
中立フェスのコースは、三つのリングで作られた。
観光リング。
治安リング。
インフラリング。
表向きは「訓練の種類が違う」だ。
実際は「ヒーローの席を並べて格付けする」だ。
観光リングは、撮影スポットを三点指定していた。
鳥居風ゲート(AR演出)、撤退した海外部門の“跡地”を皮肉に観光化した地点、
そしてオールドユニオン行進を背景にした展望地点。
パンフレットには「安全に撮影できます」と書かれている。
安全に、という言葉が人を止める。
止まった場所に節が生まれる。
治安リングは、疑似検問のチェックポイントを設置していた。
手首バンド配布、簡易金属探知、通行証風スタンプ。
名目は「安全」。
安全のためなら、一度止まる。
止まった場所に節が生まれる。
インフラリングは、危険区域ゲートが仕込まれていた。
バイオ・オイル地帯の手前に立入境界ゲート。
「ここまでなら見学できる」という観覧席。
全員が同じ場所で止まる。
巨大な節が生まれる。
節は、事故を起こすためではない。
事故寸前の「守る瞬間」を撮るためだ。
守れ。
守った瞬間が一番綺麗だ。
そんな導線屋の美学が、市民文化として浸透してしまっている。
そして実行委員会は、目玉を持ち込んだ。
元グランド・コンコルディアが、ツテを辿った。
導線屋関係の裏ルート、押収協力の顔、そして市民啓発の建前。
「訓練のリアリティ」
「市民自律の防災啓発」
「危険を知ることが安全に繋がる」
口上は立派だ。
そして立派な口上ほど、怪獣を運べる。
インフラリングの危険区域ゲートの内側。
観覧席の奥。
セグメンタタの視線が届く、ぎりぎりの位置。
そこに置かれたのは――
LC-07 アーバレスト。
違法改造。導線屋の重ドローン。
かつて外様サムライ隊とOCMドローン・サムライ・ヒーローを乱戦に引きずり込んだ、硬くて止まらない怪物。
ただし今日は「武装は外している」という建前。
弾体は積んでいない。空気砲もない。
“展示”であり、“啓発”であり、“訓練用の脅威モデル”だと説明される。
だが機体そのものが危険だ。
押し潰し、転倒、群衆パニック。
死者は出ないが、出てもおかしくない――そのギリギリが最も映える。
そして、ここが最悪だった。
アーバレストは半自律で、ちょいちょい言うことを聞かない。
制御はしている。
している、はずだ。
だが機体はときどき反応が遅れ、余計な一歩を踏み、止まるべきところで止まらない。
まるで、わざと恐怖を作っているように。
実際、そう見えるように“調整”されていた。
導線屋のノウハウは、機体の挙動にまで混ざる。
開催当日。
新開市は朝から祭りだった。
「中立フェス」という名の、公開導線訓練。
配信者が走り、観光客が地図を握り、市民がバンドを巻く。
ミコトは市庁舎で、いつものように手順を整えていた。
救護導線、撮影エリア、危険区域の境界、応援要請のプロトコル。
止めない。止められない。
だから事故にしない。
義弘は白で現場へ出ていた。
“中立の制服”で、節を切るために。
外様サムライ隊が配置につき、玲音は緊張で肩を固くしていた。
群衆の視線が怖い。応援されると硬直する。
今日は応援も罵声も混ざる。
最悪の視線だ。
療養施設ではシュヴァロフが子どもをあやしながら、映像配信を見ていた。
コロボチェニィクとグリンフォンが出入口の節を作り、外に出る気配を抑える。
子どもたちは「お祭り?」と目を輝かせ、シュヴァロフは笑えない。
そしてアリスは――
親善大使として、参加を命じられていた。
白いフード。黒髪。片目が隠れがち。赤い瞳。
笑顔は筋肉の配置。
ユニオンくんも当然のように横にいる。
アリスの内側は空洞だが、外側は完璧な“歓迎”を振りまく。
“アリス=オールドユニオン”の同化が、ここで完成するように見える。
しかし市民は、その同化を逆流させようとしていた。
沿道から声が上がる。
「新開市の象徴!」
「アリスは新開市だ!」
「返せって言うなら——新開市に返せ!」
表向きは歓迎。
裏は奪還。
アリスの赤い瞳が、一瞬だけ揺れる。
揺れた瞬間、イヤモニ越しにアザドの声が入る。
『笑顔を。規範に従え』
アリスは頬に指を当てる。
頬が沈む。口角が上がる。
筋肉の配置で笑う。
それでも声は止まらない。
「アリス!」
「アリス!」
同化と奪還が、同じ画角でぶつかる。
それが市民の狙いだった。
午前、観光リング。
シロサギ・リンが扇を広げて現場を仕切る。
AR案内が浮かび、「安全に止まって撮影できます」と笑顔で言う。
「皆さま、こちらが“安全に映える”新開市です。慌てず、ゆっくり!」
人が止まる。
止まった場所に節が生まれる。
義弘は白で流したい。
リンは観光で止めたい。
運用が噛み合わない。
噛み合わない瞬間が、映える。
市民はそれを見てざわつく。
「どっちが正しいんだ?」
「止まるのが安全じゃないの?」
「いや、流した方が安全だろ」
「映えるのは止まる方!」
配信コメントも割れる。
《リンが正しい》
《義弘が正しい》
《どっちも正しいのにぶつけるな》
《ぶつけるのが中立フェスw》
中立フェス。
名前がここで皮肉になる。
昼、治安リング。
疑似検問のチェックポイントで、人が止まる。
止まった場所に節が生まれる。
そこへアオイカゲが現れる。
静音関節で音が少ない。影のように立つ。
非致死拘束ワイヤー、粘着ボルト、対煙幕フィルタ。
「止まれ。押すな。——“節”を作るな。以上。」
節を作るためのチェックポイントで、「節を作るな」と言う矛盾。
だが矛盾があるほど、人は言葉を信じる。
“強い言葉”は矛盾さえ強さにする。
玲音が配置についている。
視線が刺さり、硬直しかける。
義弘の白が少し前に出て、玲音の画角から群衆を外す。
「見るなら俺を見ろ」
玲音が息を吐き、動きを戻す。
治安リングは事故にならない。
だが「誰が収束させたか」という絵だけが残る。
アオイカゲはそれを狙っている。
義弘より先に、収束の絵を撮りたい。
市民はそれを嗅ぎ取る。
そして更に節を作る。
守る瞬間を撮るために。
そして午後、インフラリング。
危険区域ゲートの手前に、観覧席がある。
「ここまでなら見学できる」。
全員が止まる。巨大な節が生まれる。
その節の中心に、アーバレストがいる。
LC-07 アーバレスト。
武装を外している建前。
だが巨体がそこにいるだけで、空気が張る。
実行委員会の説明が流れる。
「安全のため、近づかないでください。
これは脅威モデルの展示です。訓練です」
訓練。
その言葉が、免罪符になる。
そして、アーバレストが動いた。
低速で前進。
柵を押し潰しそうで潰さない。
音と振動だけで群衆のテンションを上げる。
「うお……」
という声が漏れる。
漏れた瞬間、節がさらに圧縮される。
義弘が白で前へ出る。
「下がれ。
……流れろ。止まるな」
シラヌイが防災の顔で現れる。耐熱装甲。放熱板。
熱源探知のARを投影し、危険を可視化する。
「危険区域だ。戻れ。安全が正義だ。」
言葉が強い。
強いほど、群衆は「守ってくれる」と思ってしまう。
守ってくれると思うほど、動かない。
動かないほど節が固くなる。
最悪の循環。
その時、アーバレストが“ちょいちょい言うことを聞かない”瞬間が来た。
止まるはずのところで止まらない。
余計な一歩を踏む。
柵が軋む。
観覧席が揺れる。
誰かが叫ぶ。
「ヤバい!」
この一声が、パニックを呼ぶ。
パニックは死を呼ぶ。
死者ゼロの建前が崩れる。
義弘が白で導線を切る。
KOMAINUが節を分ける。
外様サムライ隊が上から押さえる。
玲音が震えながらも救護導線を開ける。
そしてどこからともなく、セグメンタタの影が伸びる。
整然とした行進ではなく、記録のための配置。
彼らは戦わない。
だが“ここで逸脱すれば残る”という圧で、現場の手を止める。
アーバレストの巨体が、最後の一歩を踏もうとして――止まる。
止まった瞬間、人が呼吸を思い出す。
事故は起きない。
死者も出ない。
だが事故寸前の“守った瞬間”は、完璧に撮れてしまった。
これが市民の狙いだ。
守れ。
守った瞬間が一番綺麗だ。
ヒーローたちが守る。
企業ヒーローが守る顔をする。
オールドユニオンが記録で縛る。
アライアンスが導線で流す。
全部が同じ画角に入る。
そして市民は、その画角で“席替え”を始める。
「義弘すげえ」
「いやシラヌイもすげえ」
「アオイカゲの収束、早くね?」
「リンの案内がなかったらもっと事故ってた」
「アリスは……どっちだ?」
アリスの赤い瞳が遠くでそれを見ている。
笑顔の筋肉配置のまま、内側だけが冷える。
奪還と同化。
そのどちらも、群衆の熱で加速していく。
夕方、告知が貼り出された。
「新開市・中立フェス開催継続」
成功した。
死者ゼロ。事故ゼロ。
そして最高の映え。
だから継続する。
新開市はそういう街だ。
義弘は白い制服のまま、その紙を見て息を吐いた。
ミコトは手順の束を抱え、真鍋は溜息を飲み込む。
玲音は視線の余韻に震え、シュヴァロフは施設で子どもを抱きしめる。
そしてアリスは、笑顔の規範のまま、ひとつだけ心の中で決める。
——家族は渡さない。
同化されても、奪還されても、そこだけは渡さない。
新開市の中立は、今日もまた綱渡りだった。
そして綱の下で、市民が次の祭りの設計図を広げていた。




