表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/293

第225話 規範

 偽旗は、旗である前に導線だった。


 VXが新開市に侵入した。

 それは“確保”のための侵入ではない。

 “絵”のための侵入だった。


 どこを通れば撮られるか。

 どこを通れば人が集まるか。

 どこを通れば「正義の強制捜査」が映えるか。


 その答えが、療養施設だった。


 最初に姿を見せたのは透明の獣――VX-07 HOUND。


 猟犬のように地を駆ける透明の獣だ。


 路面の熱に紛れ、光の境目に溶け、音だけを置いて突っ込んでくる。

 街角の監視カメラには輪郭が映らない。

 映るのは、遅れて揺れる影と、遅れて響く爪音だけ。


 配信が沸く。


 《来た来た来た》

 《透明の獣》

 《HOUNDだ》

 《療養施設に向かってる!?》


 市民が走る。

 見物人が集まる。

 お調子者が叫ぶ。

 列が勝手に生まれかける。


 その瞬間、セグメンタタが“線”を引いた。


 押し返さない。

 怒鳴らない。

 ただ、歩幅を揃えて立ち、視線を揃えて示す。


 ここから先は入るな

 ここが救護導線だ

 ここが撮影エリアだ


 記録の軍隊が、空気を切り替える。


 そしてその線の上に、もう一つの線が重なる。


 アリスの翼。


 AR端末が肩口から展開し、薄い情報層が夜の街に重なる。

 避難導線。救護導線。撮影導線。交戦許容範囲。

 そして、HOUNDの走路予測。


 アリスは低く言った。


「……走らせるな。流れろ」


 声は荒くない。

 だが命令の形をしている。


 オールドユニオン所属。

 監査記録官補佐。

 外部協力枠。


 今日は“ゴースト”の暴れ方ではない。

 “規範”の勝ち方だ。


 しかし、偽旗はそこで終わらなかった。


 夜の端に、もう一つの影が現れる。


 最初は工事車両かと思う。

 次に重機だと思う。

 そして、それが動いた瞬間に誰もが理解する。


 VX-14 “ELEPHANT”。


 骨格。

 あの骨が、また歩いている。


 巨体が一歩踏むだけで地面が震える。

 街の音が一段低くなる。

 誰かの喉が鳴る。


 「……嘘だろ」

 その声が、どこからか漏れる。


 HOUNDが怖いのは速さだ。

 だがELEPHANTが怖いのは、そこにいるだけで“絵”が固定されることだ。


 盗難届の正義。

 強制捜査の正義。

 確保の正義。


 全部がここへ収束し、誰かの都合のいい物語を完成させてしまう。


 アリスの翼の端に、情報が弾ける。


 物流タグ。

 偽署名。

偽ラベル。

 “正義の形”に化けた粗い工作。


 アリスの舌打ちが漏れた。


「……偽旗にしては、でかすぎだろ」


 誰が出したかは分からない。

 重要なのは、今出たという事実だけ。


 そこへアザドの声が入る。

 淡々とした、手順の声。


『監査記録官補佐。命令だ』


 アリスの眼差しが一点に寄る。


『オールドユニオン主導で鎮圧せよ。

 新開市に“規範”を見せろ。

 日本国でもアライアンスでもOCMでもない——手順で勝て』


 アリスは一拍だけ黙り、答えた。


「……了解」


 軍隊をくれ。

 そう言った自分の言葉が、胸の奥で返ってくる。


 軍隊とは火力じゃない。

 “線を強制する力”だ。


 アリスはセグメンタタ部隊を率いて前に出た。


 翼が開く。

 街が“格子”になる。


 避難導線が引かれる。

 救護導線が確保される。

 撮影エリアが押し戻される。

 交戦許容範囲の外へ、市民の熱が流される。


 セグメンタタは黙って動く。

 視線で止める。

 歩幅で押し戻す。

 記録で縛る。


 HOUNDが走ろうとする。

 透明の獣が熱に紛れて突っ込む。


 だが突っ込む先に“空”がない。


 アリスは塞がない。

 塞がずに誘導する。


 翼の画面が、HOUNDの走路を一本の矢印に変える。

 その矢印は、市民導線から遠い方へ向いている。


 セグメンタタがそこに“節”を作り、HOUNDの走路を狭める。

 透明の獣は狭くなるほど苛立つ。

 苛立つほど、音が増える。

 音が増えるほど、位置が固定される。


 規範の勝ち筋がそこにある。


 そしてELEPHANTが、一歩前へ出た。


 巨体が地面を叩き、空気が揺れる。

 それだけで人が黙る。

 “怪獣”は、存在自体が命令になる。


 アリスは怪獣に命令させないために、命令を先に出した。


「ここから先はダメ。

 ——止まれ」


 言葉は届かない。

 届かないから、手順で止める。


 アリスはNECROテックで“暴れる”のではなく、“読む”。


 認証の癖。

 遅延の癖。

 指揮系統の影。

 ELEPHANTの内部にある“命令の形”を探る。


 命令はどこから来る?

 誰が押している?

 どの署名が偽物だ?


 翼が光り、アリスの瞳が鋭くなる。


「……見つけた」


 その瞬間、アザドがもう一枚の札を切った。


 増援。


 どこに隠していたのか分からないほど唐突に、リノトーレークスが現れた。


 巨大。

 そして“わざと目立つ”。


 火力というより、格。

 抑止というより、視線を受け止める存在。


 リノトーレークスがELEPHANTの前へ出る。

 怪獣が怪獣を睨む。


 街が息を止める。


 大怪獣バトル。


 しかしこの戦いの目的は勝利ではない。

 “規範を見せること”だ。


 アザドの狙いは明確だった。

 怪獣同士で殴り合う場所を指定し、

 その外側の市民導線を崩さないこと。


 怪獣の暴力を、手順で囲う。


 それがオールドユニオンの勝ち方だ。


 義弘が現場に駆け付けた時、すでに絵は完成していた。


 白いサムライ・スーツ。

 中立の制服。

 その白の前に、黒い軍隊と怪獣がいる。


 オールドユニオンのセグメンタタ。

 リノトーレークス。

 そして、VX-14 ELEPHANT。


 義弘は目を疑う。


「……アリスが、軍隊を動かしてる」


 驚愕が胸を打つ。

 だがその驚愕のすぐ後に、妙な納得が来る。


 自分も所属した。

 中立に従うために。

 自由を削って制服を着た。


 アリスも所属した。

 守るために軍隊を背負った。


 義弘は小さく息を吐き、呟く。


「……同じだ」


 トミーの声が耳の奥に蘇りそうになる。

 似た者同士。守るために自分を売る。

 義弘はそれを否定できなかった。


 戦いは、破壊ではなく“停止”へ向かった。


 アリスの翼が、ELEPHANTの命令系統の“節”を切る。

 リノトーレークスが視線を引き受け、

 セグメンタタが外周の線を崩さない。


 ELEPHANTの巨体が、最後の一歩を踏もうとして止まる。


 止まった瞬間、街の空気が変わる。

 怪獣が止まると、人が呼吸を思い出す。


 アリスはすぐに命じた。


「記録。全部。

 偽ラベルも署名も時刻も。

 ——誰がこれを“正義の絵”にしたのか、線を引く」


 セグメンタタが頷く。

 頷きはない。

 だが端末の光が“頷き”になる。


 そして透明の獣――HOUNDが、別ルートへ逃げた。


 音だけ置いて。

 熱に紛れて。

 光の境目へ溶けて。


 逃げるのは、次の導線を作るためだ。


 アリスの翼に、次の矢印が浮かぶ。


 “犯人の線”。


 偽旗の本体は、まだ外にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ