第223話 宣言
元急進派は、とどめを刺しに来た。
第一陣で街を燃やし、
第二陣で手順を刃にし、
そして第三陣――“本物の権限”を連れてくる。
VX-14を管理しているOCM海外部門を、新開市へ戻らせる。
戻す、と言っても彼らは最初から消えていなかった。
表から引き、裏に潜み、手順を組み直していただけだ。
今はその手順を、正義の顔に塗り替えて前へ出す。
海外部門は、日本国の警察へ盗難届を出した。
「VX-14フレームが盗難に遭った」
盗難届は、ただの書類ではない。
捜査権限の口実であり、世論の正義化であり、介入の免罪符になる。
「盗まれたのなら捜査は正当」
「盗まれたのなら強制捜査も仕方ない」
「盗まれたのなら施設と本社の確認も当然」
そういう空気を、紙一枚で作れる。
手順の暴力だった。
OCM本社で、オスカー・ラインハルトは耐えていた。
任意同行要請。
リーク。
会見地獄。
断片拡散。
そして盗難届。
逮捕状が出るぎりぎりまで耐えた。
耐えれば耐えるほど、海外部門派の「統制が必要」という声が強くなる。
耐えれば耐えるほど、元急進派の「隠している」という絵が固まる。
オスカーは、そこで計算を切り替えた。
任意同行に応じる。
逮捕状が出て拘束が長引く前に、止血する。
会社の出血を最小にする。
オスカーは淡々と言った。
「任意同行に応じます」
会議室がざわつく。
海外部門派は勝った顔をし、オスカー派は歯を食いしばる。
オスカーは誰にも笑わない。
誰にも怒鳴らない。
ただ、必要な連絡を切り替える。
まず義弘へ。
白い制服の義弘に、短い文面が送られる。
【私が離れます。団体の後事をお願いします。
海外部門は“私の首”で止まりません。手順を守ってください】
次に玲音へ。
【橋を頼みます。
子どもたちを“絵”から遠ざけてください】
冷たい優しさ。
オスカーの愛情はいつも手順の形をしている。
そして“絵”が撮られた。
オスカーが車に乗る。
警察の職員が同席する。
記者のカメラが寄る。
遠目には“連行”に見える。
元急進派はそれを欲していた。
《オスカー連行》
《NECRO王国、崩壊か》
《市長ミコト、何してた》
《新開市、無法のツケ》
タイトルが踊り、スタジオが煽り、SNSが燃える。
ミコトへの追及が始まる。
NECROテック人権団体への追及が始まる。
そして、その追及は「手順」の顔をしている。
「なぜ捜査を妨害した」
「なぜ透明性を拒む」
「なぜ関係を説明しない」
質問が刃になる。
同時に、強制捜査が始まった。
療養施設。
OCM本社。
名目は盗難届。
盗難届を盾に、捜索差押え、資料提出、機材確認。
そして“任意”ではなく“強制”の札が切られる。
元急進派は、同時に第一陣の手口を使った。
野次馬。
デモ。
配信者。
「一言言いたい人」。
彼らを施設前と本社前に集め、列を膨らませる。
目的は単純だ。
導線を潰す。
ミコトと真鍋の手を回らなくする。
混線が起きれば、捜査が乱れる。
乱れれば「新開市は無能」の絵が撮れる。
撮れれば、元急進派が勝つ。
一方、海外部門は別の目的で動く。
強制捜査を隠れ蓑にして、療養施設と本社を“確保”する。
資産管理。安全確保。危機対応。
言葉は丁寧だが、やっていることは占拠に近い。
海外部門がオスカーの証拠を提出することでミコトを貶めたい元急進派。
強制捜査を隠れ蓑に確保したい海外部門。
利害は一致しているようで、互いに互いを利用している。
最悪の共闘だった。
止めたのは、宣言だった。
街頭モニタにも、端末にも、同じ文章が流れる。
《オールドユニオン公式声明》
新開市の中立性を重視する。
捜査は新開市治安機関主体で行われるべきである。
捜査の透明性を強く求める。
第三者監査の立会いと、記録の即時保存を要求する。
声明は丁寧で、冷たい。
だがその丁寧さが圧になる。
国際問題になる。
対外姿勢が問われる。
批判が飛ぶ。
内部統一が必要になる。
それらを背負ってまで出した声明は、つまり本気だ。
現場の空気が変わる。
警察が目を泳がせる。
海外部門が言葉を選び直す。
元急進派が苛立つ。
記者が「どっちが正義だ」と視線を泳がせる。
正義の顔が、二つに割れた。
そしてそこへ、黒い影が来る。
セグメンタタ部隊。
揃った歩幅。
記録の軍隊。
その先頭に、メイドでもなく、療養施設の患者でもなく、
一人の少女が立っていた。
アリス。
彼女の腕には、オールドユニオン所属を示す徽章――監査記録官補佐・外部協力枠の証が見えた。
それは制服ではない。
しかし“所属”の証明としては十分だった。
誰もが理解する。
オールドユニオンの声明は、紙の脅しではない。
現場に軍隊が来ている。
そしてその軍隊を引っ張っているのが――アリスだ。
場が静まる。
アリスが声を張るわけではない。
ただ、淡々と言う。
「記録する。
逸脱したら、残す。
隠したら、残す。
——中立を守るために」
言葉は短い。
しかし背後の歩幅が、言葉の重さを補強する。
捜査の手順が、ここで初めて“監視される”。
白い義弘は、その光景を遠目に見ていた。
驚愕が先に来る。
「お前まで所属を……?」
驚きは怒りではない。
むしろ、胸の奥が奇妙に温かくなる。
義弘は自分を思い出す。
中立に従うために、アライアンスに所属した自分。
制服を着た自分。
自由を削った自分。
アリスも、同じ選択をした。
所属して、軍隊を手に入れ、監視で守る。
敵を道具にする。
中立を守るために。
義弘は小さく息を吐いた。
「……同じだな」
トミーが横で鼻を鳴らす。
「似た者同士ってやつだな」
「言うな」
「言う。
お前もあいつも、守るために自分を売るタイプだ」
義弘は否定できなかった。
そして理解する。
いま新開市は、煙幕ではなく、手順で戦っている。
正義の顔に、別の正義の顔をぶつけている。
宣言は、刃だった。
監視は、軍隊だった。
オールドユニオンが本気だと、あらゆる勢力が周知した瞬間。
元急進派と海外部門の“最悪の共闘”は、初めて足を止めた。
だが止まっただけだ。
止まったところから、また別の争いが始まる。
オスカーは任意同行の中にいる。
ミコトは会見の火の中にいる。
アリスは軍隊を背負った。
新開市の中立は、今夜もまた、代償で支えられていた。




