表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/296

第221話 監視

 バズは盾にも刃にもなる。


 メイド・執事カフェは、盾になるはずだった。

 可愛い、分かりやすい、整然とした列。

 NECROテック人権団体が“怖いもの”ではなく“触れていいもの”へ変わるための盾。


 だが、断片拡散がそれを刃に変えた。


 「カフェは証拠隠しの舞台だ」

 「笑ってる場合じゃない」

 「可愛いふりして裏でやってる」

 「ほら見ろ、断片が出たじゃないか」


 元急進派が放った第一陣――噂と切り抜きと“正義の質問”が、燃料になる。

 燃料があるところに列ができる。

 列ができれば、誰かが“節”を作る。

 節ができれば、事故が起きる。


 カフェ前の列は、また危険な匂いを取り戻し始めていた。


 迷惑配信者が戻ってくる。

 わざと肩をぶつける。

 わざと声を荒げる。

 “撮れ高”を作るために、押し合いの節を作る。


 笑いは制御しやすい。

 怒りは制御しづらい。

 そして今、列には怒りが混ざっていた。


 白い影が、その列の前に現れた。


 義弘だった。


 純白のサムライ・スーツ。

 中立の制服。

 汚れが増えた白。


 義弘は斬らない。

 押し返さない。

 導線を作る。


「押すな。

 笑うなら笑え。

 怒るなら、離れて怒れ」


 声は低い。

 命令ではなく運用だ。


 ミコトの指示が無線で重なる。


『撮影エリアを下げる。救護導線を一本通す。

 “節”は作らせない。』


 鳴海のKOMAINUが動き、押し合いになりそうな場所に体を入れて流れを分ける。

 外様サムライ隊が遠巻きに見守り、余計な火種を作らないよう動きを抑える。


 列が“事故”へ落ちる寸前で、またしても導線が通る。


 その時、別の部隊が現れた。


 黒い影。

 揃った歩幅。

 無駄のない視線。


 オールドユニオンのセグメンタタ部隊だった。


 市民がざわめく。


「なんでオールドユニオンが?」

「監査のやつらだろ」

「味方なのか?」

「味方とかじゃなくて、見てるだけじゃね?」


 その感覚が正しい。

 セグメンタタは“鎮圧”ではなく“記録”の部隊だ。

 見て、残す。

 そのこと自体が圧になる。


 義弘は白いまま、セグメンタタの影を一瞥した。


「……来たか」


 中立の街に、中立の監視が増える。

 それは安心でもあり、窮屈でもある。


 カフェの控室で、アリスは落ち着かない指先を抑えながら封筒を作っていた。


 封緘ふうかん

 改竄防止の手順。

 時系列。

 撮影状況。

 真正性評価。

 断片の意味と限界。


 “刃”を“手順”に落とすための包みだ。


 アリスは封を閉じ、乱暴に指で押さえた。


「……めんどくさい」


 玲音が横で淡々と言う。


「めんどくさい方が守れる」


 その言葉が腹立つほど正しい。

 アリスは舌打ちした。


「真鍋に渡す」


「僕も行く」


「いらない」


「橋は必要」


 玲音が譲らない。


 アリスは鼻で笑い、封緘を抱えて控室を出た。



 市庁舎の一室で、真鍋は机に向かっていた。


 会見。記録。監査対応。

 “正義の顔”の質問地獄を捌く手順。

 眠る暇がない。


 そこへアリスが封緘を置いた。


 真鍋は一瞬だけ眉を上げる。


「……やっと来たか」


 アリスが言う。


「送信じゃない。封緘だ。

 手順の中で出せ。勝手に撃つな」


 真鍋が苦笑する。


「君が“撃つな”って言う日が来るとは」


「うるさい」


 アリスは視線を逸らし、続けた。


「これで“線”は引ける。

 ただし、引くタイミングは選べ。

 証拠は刃だ。刃は抜くと血が出る」


 真鍋は封緘を丁寧に受け取り、頷いた。


「分かってる。

 手順の中で抜く。

 切り抜きじゃなくて、記録で刺す」


 アリスはその言葉を聞いて、少しだけ肩の力を抜いた。

 そして同じ封緘――複製の封緘をもう一つ取り出す。


「こっちは、義弘に渡す」


 真鍋が目を細める。


「アライアンス所属の義弘に?」


「中立の保管庫だ。

 改竄防止になる」


 理屈が冷たい。

 だが理屈が今は必要だ。


 真鍋は短く言った。


「賢いな」


 アリスは返す。


「今さら気づくな」



 義弘は白いまま、カフェ前の導線を作っていた。


 セグメンタタが見ている。

 市民が見ている。

 配信が見ている。


 白はいつでも見られる。


 アリスが近づき、封緘を差し出した。


「……これ」


 義弘は白い手袋で受け取る。

 封緘の重さは軽い。

 だが意味は重い。


「真鍋にも渡した?」


「渡した」


「いい」


 義弘は短く言い、封緘を胸部ポーチへ収めた。

 白い制服の中に、刃をしまう。


 アリスが歯を噛む。


「……間に合う?」


 義弘の目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「海外部門の攻勢は、俺とオスカーで押さえて見せる」


 その言い方は頼もしい。

 だが次の言葉が、冷たい現実だった。


「ただし時間の問題だ」


 アリスが顔を上げる。


「……何が」


 義弘は答えた。


「オスカーは背中を元急進派に刺されている状態だ。

 どれだけ強くても、政治は出血に弱い。

 刺され続ければ倒れる。

 倒れた後に刃を抜いても遅いことがある」


 アリスの喉が詰まる。


 オスカーを止めるために刃を握った。

 でもその刃を使えば、海外部門が止まるわけではない。

 むしろ別の獲物を探すだけだ。


 義弘は続ける。


「だから手順が要る。

 第三者の手順が」


 その言葉が、アリスの胸でひっかかった。


 第三者。

 手順。

 監視。


 目の前に、セグメンタタがいる。



 療養施設では、立ち入り捜査が始まっていた。


 任意。

 任意だが、拒めば絵になる。

 絵になれば燃える。

 燃えれば潰れる。


 書類要求が増える。

 ログの照会が増える。

面会記録が掘られる。

 “断片”が“物語”へ変わろうとする。


 多方向からの攻勢。

 世論圧。捜査圧。企業圧。

 アリスの胸が焦りで熱くなる。


 それでもアリスは、カフェ前のセグメンタタを見た。

 黒い影。揃った歩幅。

 無駄のない視線。


 見て、残す。


 そのこと自体が圧になる。

 圧は敵にも味方にもなる。


 アリスはふと、奇策を思いついた。


 かつてアリスと義弘を窮地に追い込んだオールドユニオン。

 そのオールドユニオンを、味方につける。


 日本国が正当な捜査を行うか監視させる。

 第三者の手順で、正義の顔の刃を鈍らせる。


 アリスは封緘の端を握り直した。

 冷たい紙の感触が、頭を冷やす。


「……決めた」


 玲音が横で言う。


「どこへ行く」


 アリスは答える。

 声は短く、強い。


「手順のプロに会いに行く」



 夜。

 アリスは封緘を手に、オールドユニオンの監査記録官――アザド・バラニの元へ向かった。


 街はまだざわついている。

 カフェの列は危険と楽しさの間で揺れている。

 捜査のプロは静かに刃を研いでいる。


 その中を、アリスは歩いた。


 自分が握っているのは刃だ。

 刃は、握り方を間違えれば自分を切る。


 だからこそ、第三者の手順が要る。


 アリスは封緘を掲げるように胸に抱え、心の中で言った。


 ——中立を守るために、敵を使う。


 そして扉を叩く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ