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第220話 任意同行

 “正義の顔”は、静かに入ってくる。


 制服も装甲も要らない。

 声を荒げる必要もない。

 必要なのは、書類と、期限と、カメラだ。


 元急進派が動かした第二陣――捜査のプロたちは、新開市へ到着した。

 監査。法務。捜査。

 名目は、もっともらしい。


 「断片の真偽確認」

 「オスカーの過去疑惑の精査」

 「療養施設・人権団体の透明性確保」


 だが実態は違う。


 新開市の自治を削る。

 ミコトの治安機構を無能に見せる。

 “新開市は危険だ”という絵を、手順で作る。


 殴らない。

 手順で刺す。


 それが最も痛いと、彼らは知っていた。


 最初の刃は、療養施設へ向いた。


 朝。施設の正面。

 丁寧な身なりの監査担当が、書類を差し出す。

 “任意”と印字されているのに、拒否しづらい言い方だ。


「安全確保のため、確認をお願いいたします。

 任意です。ですが、確認ができない場合、説明責任の問題になります」


 説明責任。

 その言葉は、拒否を罪に変える。


 玲音が玄関に立った。

 メイド服ではない。いつもの顔だ。

 橋としての声を使う。


「任意確認に協力します。

 ただし、範囲と手順を明確にしてください。

 医療安全と改竄防止のため、施設側も同時に記録を取ります」


 監査担当が微笑む。


「もちろんです。透明性は大切ですから」


 その笑みが怖い。

 透明性という言葉を、刃として使う笑みだ。


 要求項目が読み上げられる。


 搬入ログ。

 面会記録。

 端末アクセス履歴。

 OCMとの連絡記録。

 ドローン整備記録――シュヴァロフ、コロボチェニィク、グリンフォンを含む。


 子どもたちが、廊下の奥で息を詰める。


 「また来た」

 「また疑われる」

 その空気が、施設の中を冷やす。


 玲音は一度だけ深く息を吸った。


「分かりました。

 ただし、医療区画への立ち入りは医師判断です。

 患者の生活空間に踏み込むなら、その理由と範囲を明確に」


 監査担当は頷く。


「承知しました。

 ——ところで、例の断片画像について」


 玲音の目が一瞬だけ動く。

 来た。

 結局そこだ。


「“VX-14”と見える文字列、そして手続き番号。

 この施設とOCMの関係が疑われています」


 玲音は即答しない。

 言葉を選ぶ。

 橋は一語で落ちる。


「……その件は、市長と治安機関が時系列で確認しています。

 断片だけで断定はできません」


 監査担当の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「断定はしません。

 だからこそ確認です」


 断定しない、と言って切る。

 それが“正義の顔”の刺し方だった。



 市庁舎は、すぐに会見を踏まされた。


 記者クラブへリークが回り、空気が作られる。


 《市長は何を隠してる?》

 《療養施設、任意監査へ》

 《オスカー疑惑、再燃》


 ミコトは逃げなかった。

 逃げれば“逃げた絵”になる。


 会見室のライトが眩しい。

 質問の手が上がる。


「市長!療養施設は“隠し資産”ですか?」

「NECRO王国疑惑について!」

「断片の真偽を答えてください!」

「あなたはオスカー氏と癒着しているのでは?」

「任意監査に協力しないのは隠蔽では?」


 ミコトは深く息を吸い、吐いた。

 怒らない。

 断罪ショーに乗らない。


「順にお答えします。まず、事実の時系列です」


 真鍋が用意した時系列が映る。

 断片拡散。撮影状況の不確かさ。

 改竄可能性。

 施設側の記録。

 市としての対応。


 ミコトは線を引く。


「断片は断片です。

 断片だけで誰かを裁かない。

 それが新開市の中立です」


 記者が食い下がる。


「では、誰が悪いのですか!」


 ミコトは視線を逸らさない。


「悪いかどうかの断定は、証拠と手順の中で行います。

 私は“気分の正義”では動きません」


 その言葉に会見室がざわつく。

 苛立つ者もいる。

 納得する者もいる。

 どちらにせよ、ミコトは折れない。


 真鍋が囁く。


「市長、質問を整理しましょう」


 ミコトは頷く。


「質問は整理してお受けします。

 切り抜きのための質問には答えません。

 新開市は、絵ではなく線で守ります」


 線。

 ミコトは線を引く。

 それが新市長の戦い方だった。



 第二の刃は、OCM本社へ向かった。


 捜査のプロは、オスカー・ラインハルトの“任意同行”を打診する。

 表向きは協力要請。

 裏は、絵の完成。


 「オスカーが連行される」

 それだけで、疑惑の物語は固まる。


 OCM本社の会議室は、また熱を帯びる。


 海外部門派は言う。


「任意同行に協力すべきです。透明性のために」


 オスカー派は反発する。


「透明性のために首を差し出すのか。

 それは透明性じゃない、処刑だ」


 オスカーは焦らない。

 焦らないまま、場を止血する。


「任意同行は、手順に従って検討します」


 淡々と言い、続ける。


「だが忘れないでください。

 任意同行を“絵”にする者がいます。

 我々は絵ではなく、線で対応する」


 その“線”が、ミコトの線と同じ種類なのが、皮肉だった。



 白い義弘は、動けるのに動けなかった。


 アライアンス所属の中立の象徴。

 日本国内の捜査に、直接介入するのは難しい。


 それでも義弘は、ミコトと短い連絡を取った。


 言葉は少ない。

 少ないほど、重い。


「ミコト。捜査の導線を暴走させるな。

 捜査が救護導線を潰したら、それは正義じゃない」


 ミコトの返事は硬い。


『分かっています。

 私も手順で守ります』


 義弘は短く言う。


「中立に従え。

 ……それだけだ」


 白の中立は、現場だけでなく、捜査の導線にも適用されなければならない。

 そうでなければ、“所属”はただの制服になる。



 療養施設の控室で、アリスは端末を見ていた。


 未送信の刃。

 そして、外に漏れた刃先。


 今度は“送るか送らないか”ではない。

 どう出すか。

 手順の中で出すか。

 改竄防止の形で出すか。

 誰に渡すか。


 玲音が隣で言う。


「送信は、爆発する。

 封緘ふうかんにしよう。真鍋さんに預けて、手順の中で出す」


 アリスは舌打ちする。


「真面目かよ」


「真面目じゃないと、守れない局面だ」


 アリスは目を細めた。


「……分かってる。

 分かってるから腹立つ」


 指が送信ボタンの上に伸び、止まる。

 そして、違うフォルダを開く。


 封緘用のパッケージ。

 改竄防止。

 時系列のメモ。

 誰がいつどこで見たか。


 “刃”を“手順”に落とす準備。


 アリスは低く言う。


「私が線を引く。

 絵じゃなくて、線で」


 その言葉が、ミコトの会見と重なる。


 夜。


 監査担当から通告が届く。


「明朝、施設の追加確認を行います」


 同時にニュースが流れる。


 《オスカー氏、任意同行要請》

 《新開市、再び緊張》


 端末の送信ボタンが、また光る。


 押せば早い。

 だが早さは、敵の味方になる。


 新開市は今、煙幕ではなく手順で刺されている。

 だからこちらも、手順で刃を抜くしかない。


 次は、封緘か。

 それとも、送信か。


 夜は静かだった。

 静かなほど、刃はよく響く。

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