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第218話 控室

 メイド・執事カフェは、思った以上に“運用”だった。


 整理券。時間枠。撮影エリア。救護導線。

 入口の床には矢印。出入口にはスタッフ。

 列は並ぶが、詰まらない。

 笑いは起きるが、押し合いにならない。


 新開市は、列を楽しみながら、列を整えていた。


 メイド服のアリスが口の悪さを隠しもしないで客を捌き、

 同じくメイド姿の玲音が真面目に秩序を整える。

 執事姿のモルテは似合いすぎて、逆に腹が立つほど完璧に所作が整っていた。


 そしてその背後に、修理を終えた“家族”が戻ってきた。


 シュヴァロフ。

 コロボチェニィク。

 グリンフォン。


 受付の背後で動き、誘導の節を作り、撮影エリアの線を守る。

 救護導線を空ける。

 人を傷つけずに、場の形だけを整える。


 「本物だ……」と呟いた市民が、興奮で一歩踏み出す。

 その瞬間、シュヴァロフが“そこじゃない”という角度で体を入れ、自然に押し戻す。


 誰も怒らない。

 怒る前に、流れが変わっている。


 列は、事故ではなくイベントになっていた。


 そのイベントは、新開市だけで終わらなかった。


 翌日からネット記事が増え、番組の短い特集が組まれ、まとめ動画が量産された。

 「NECROテック人権団体がメイド・執事カフェ」

 という分かりやすすぎる見出しが、日本中へ流れていく。


 仕掛けたのはオスカーだった。


 目的は単純で、冷たいほど合理的だ。

 注目度を上げることで盾を増やす。

 盾が増えれば、海外部門は手を出しにくくなる。


 触れば炎上する。

 触れば全国に見られる。

 触れば、企業は負ける。


 世論の盾。

 最も嫌な盾。


 それを、オスカーは“善意の顔”で作った。


 だが盾が厚くなるほど、狙われる場所は変わる。


 表に出ないところ。

 線の外。

 控室。


 その日もカフェは回っていた。

 表の列は笑っている。

 撮影エリアは光っている。

 救護導線は空いている。


 アリスは一度だけ裏へ引っ込み、控室の椅子に沈んだ。

 メイド服のまま、髪を乱暴に押さえ、端末を開く。


 未送信の刃。


 VX-14 “ELEPHANT”由来の識別断片。

 運用枠の内部認証の欠片。

 社内手続き番号の欠片。

 宛先候補:真鍋、鳴海、ミコト、治安機関。


 押せば線が引ける。

 押せば誰かが燃える。


 オスカーが「首を持っていけ」と言った言葉が、まだ耳に残る。

 格好ではない。計算だ。

 オスカーはそう言った。


 アリスは舌打ちする。


「……ほんっと、ムカつく」


 指が送信ボタンの上で止まる。

 止まるのは、いつも同じだ。


 いま押せば、団体は守れるかもしれない。

 でも押したら、兄弟姉妹の旗が刺さる。

 刺さった旗は戻らない。


 アリスは眉を寄せ、画面を少し暗くした。

 それでも画面はそこにある。

 逃げられない。


 そしてその背後で、控室のドアが、音を立てずに開いた。


 迷惑配信者はスマホを縦に構え、忍び足で入ってきた。


 口元は笑っている。

 目は“撮れ高”を探している。


 小声で言う。


「はいどうも~、今からアリスちゃんを直撃取材したいと思いま~す(小声)」


 スマホ画面の隅に、控室の注意書きが映る。

 《関係者以外立入禁止》

 その文字が、余計に配信を甘くする。


 コメントが流れる。


 《キターw》

 《潜入ww》

 《やめとけって》

 《撮れ高やばそう》


 配信者はアリスの背中に近づく。

 だが狙いはアリスの顔じゃない。


 端末の画面だ。


 画面には文字列が並ぶ。

 断片。コード。番号。宛先。


 配信者は“本人直撃”より先に、その画面を盗撮した。


 スマホのレンズが近づき、画面が大きく映る。

 アリスは背中を向けたまま、気づかない。


 コメント欄が、次の瞬間に変わった。


 《これヤバくね?》

 《え、何この番号》

《VX-14って出てない?》

 《送信先ミコト?鳴海?》

 《証拠じゃん》

 《スクショした》

 《拡散するわ》

 《やめろって!》

 《いやもう遅いw》


 “ログが拡散しかける”速度。

 秒で回る。

 人が多いほど、止められない。


 配信者が小声のまま笑う。


「うわ、これガチだ。……え、これ放送事故じゃん」


 その瞬間、アリスが振り返った。


 メイド服のまま。

 目だけが冷たい。


「……何してんの」


 声は低い。

 怒鳴っていない。

 怒鳴っていないのが、一番怖い。


 配信者はヘラヘラしながら、慌てて言い訳する。


「いや取材っす取材!公共の利益ってやつっす!ほら、みんな知りたいし——」


 アリスが一歩で距離を詰めた。


 スマホの画面が、まだ配信中だ。

 コメント欄がさらに燃える。


 《アリス気づいた!》

 《逃げろw》

 《殴られるぞ》

 《やめろって!》


 アリスは配信者の手首を掴み、スマホの角度を下げる。

 その動きは荒くない。

 だが絶対だ。


「公共の利益?

 じゃあお前の歯も公共財にしてやるか?」


 配信者の顔が引き攣る。


「冗談っす冗談っす、怒んないで——」


 アリスはスマホを奪い、電源を落とそうとする。

 しかし、コメント欄に流れる文字が刺さる。


 《スクショした》

 《保存済み》

 《切り抜き作った》

 《拡散拡散》


 遅い。

 もう遅い。


 控室の奥のドアが開き、シュヴァロフが滑り込んできた。

 静かに。

 しかし逃げ道を塞ぐ角度で。


 配信者は後ずさる。


「うわ、何これ本物!?待って待って——」


 シュヴァロフは殴らない。

 ただ、体で通路を潰す。


 玲音が控室に入ってきて、状況を一瞬で理解した。


「……やったな」


 声が冷える。

 普段の真面目さが、今は刃になる。


 配信者が叫ぶ。


「違う!俺はただ——」


 アリスが遮った。


「黙れ。

 “ただ”で人の人生を燃やすな」


 配信者は逃げようとするが、シュヴァロフが動かない。

 玲音がスマホを拾い、配信停止の処理を淡々と進める。


 だが“外”は止まらない。


 外のネットは、すでに走っている。

 拡散しかけた刃は、刃先だけでも誰かを切れる。


 数分後。


 表のカフェは、まだ回っていた。

 列は笑っている。

 救護導線は空いている。

 撮影エリアは光っている。


 裏で何が起きたか、ほとんどの客は知らない。


 控室でアリスは端末を閉じた。

 閉じても、現実は閉じない。


 玲音が低く言う。


「……外に出た」


 アリスは唇を噛み、頷いた。


「私が握ってた刃が、外に漏れた」


 その言葉は、怒りより先に疲労を含んでいた。

 “保留”は、自分で握れている間だけ意味がある。

 漏れた刃は、他人に握られる。


 玲音が言う。


「今度は、こちらが先に線を引くしかない」


 アリスは笑わない。


「線を引くなら、私が引く」


 その時、端末に通知が雪崩れ込む。


 「拡散された断片画像」

 「オスカー証拠?」

 「NECRO王国確定?」

 「海外部門が動くぞ」

 「元急進派が嗅ぎつけた」


 火が、また戻ってくる。


 アリスは目を細めた。

 送信ボタンは押さなかった。

 でも刃は外へ出た。


 次は、選ばされる。


 押すか。

 押されるか。


 控室の空気が、薄く冷えた。

 メイド服のままのアリスが、戦場の顔になっていた。

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