第214話 三度目
外注のプロは、パニックを起こしていた。
敵対意思はない。
アライアンスと殴り合う気もない。
新開市での仕事は、せいぜい“絵”を作ること――政治のための映像を作ることのはずだった。
それなのに。
煙幕投射装置が誤作動し、交差点は白く沈んだ。
純白の義弘が“通路”を作って事故を止めた。
そして何より――
アライアンスの現場に煙幕を撃ったという事実だけが残った。
新開市は、その事実を餌に噛みつく街だ。
誰が撒いた。
なぜ撒いた。
誰が得をした。
次はどこで撒く。
犯人探しが始まる。
導線屋残党。
反ミコトの煽動屋。
場を荒らしたい配信者。
誰もが「自分の仕業だと思われたくない」。
だからこそ、嗅ぎ回る。
外注プロの一人が、汗で濡れた手を握りしめた。
「……まずい。匂いを残した」
報道のプロが低い声で言う。
「“匂い”じゃ済まない。
次の絵は、こっちを“犯人”にする絵だ」
騒乱のプロが唇を噛む。
「誰が? 導線屋か? 新開市の自警団か? ……あの街は何でもやる」
市民活動のプロが、顔色を失った。
「元急進派に連絡を——」
だが、その連絡が“救い”になるとは限らない。
都内。元急進派の政治家は、冷たい笑みで外注プロの報告を聞いていた。
「なるほど。事故が起きかけた。アライアンスが出た。
そして“義弘が止めた”。……最高だ」
外注プロが声を荒げる。
「最高じゃありません。こちらはアライアンスと敵対する意思はない。
これ以上は現場が割れます。撤収させてください」
元急進派は肩をすくめた。
「君たちは当事者ではない。
当事者ではない者が、最も安全に火を付けられる」
その言葉が、外注プロの背中を冷たくした。
「いま日本国の都市である新開市に、アライアンスが過剰に干渉している。
この絵が作れる。作れれば、こちらは勝てる」
外注プロが拒否する。
「無理です。アライアンスは——」
「分かっている。だから“戦う”必要はない」
元急進派は淡々と言った。
「騒乱を拡大しろ。
拡大すれば、アライアンスは規範運用を強める。
規範運用を強めれば、“過干渉”の絵が完成する」
外注プロの喉が鳴る。
「拒否します」
元急進派の声が一段落ちる。
「拒否してもいい。
ただし君たちは、犯人探しから守られない。
新開市は、獲物を見つけたら優しい街じゃない」
沈黙が刺さる。
外注プロは理解した。
拒否すれば、見捨てられる。
新開市の狼に噛まれる。
噛まれれば終わる。
追い詰められた者が切る札は、いつだって最悪だ。
新開市ではすでに、“犯人”を探す気配が濃くなっていた。
「煙幕を撒いたのは誰だ」
「導線屋だろ」
「いや今の導線屋は目立ちたがりだ、あんな雑な撒き方はしない」
「じゃあ外部だ」
「外注だ」
「どこの?」
「知らんが潰せ」
火種は火種を呼ぶ。
誰も自分が疑われたくない。
だから先に誰かを疑う。
外注プロの連中は、もう逃げられない場所にいた。
新開市という街の中で、名も顔も出さずに仕事をすることはできる。
だが匂いを残した瞬間、街は嗅ぎつける。
外注プロは、元急進派へ短く答えた。
「……保護を条件にします」
元急進派は即答した。
「当然だ。君たちは功労者になる」
その言葉の軽さが、外注プロの腹を冷やした。
だがもう引けない。
外注プロは最後の札を切る。
暴走ドローン。
暴走ドロイド。
新開市で“混乱を増幅するだけ”の道具。
勝つためではない。
真相を曖昧にするため。
そして“過干渉”の絵を作るため。
その日、街のいくつかの導線が同時に詰まった。
救急車が通れない。
信号が一斉に誤作動する。
火災報知が鳴る。
通報が遅延する。
暴走ドロイドは、人を殺しに来ない。
殺しに来ると、正義が成立してしまう。
彼らが欲しいのは、正義ではなく混線だ。
だから彼らは、導線だけをねじる。
救護だけを遅らせる。
恐怖だけを増やす。
市民が叫ぶ。
配信が騒ぐ。
報道が走る。
ミコトは現場を回し、鳴海のKOMAINUが節を作り、外様サムライ隊が押し返さずに抑える。
白い義弘は出られる範囲が限られる。
アライアンスの“中立の制服”は、自由に街へ出るほど単純なものではない。
その制限が、また別の火種になる。
《守るなら出ろ》
《中立なのに動けないの草》
《結局、所属って檻じゃん》
元急進派が欲しい絵が、少しずつ形になる。
療養施設では、アリスが端末を睨んでいた。
街が燃えている。
そして燃えるほど、OCM本社の空気が変わる。
燃えるほど、海外部門派の言葉が強くなる。
アリスは、ようやく“尻尾”を掴みかけていた。
外注プロの暴走ドロイドに混じった、あり得ない識別断片。
通信の癖。
認証の匂い。
「偶然」では起きない一致。
「……繋がった」
アリスが低く言う。
玲音が隣で息を呑む。
「外注と、海外部門?」
「たぶん“接点”がある。
金か、部材か、認証か……全部かもしれない」
アリスの指が走る。
そして気づく。
この尻尾を掴まれた瞬間、海外部門は一番嫌な未来を見る。
——治安機関がOCM本社へ干渉する。
——ミコトが“手順”で刺してくる。
——本社内紛の場に、外部の監査が入る。
海外部門にとって、それは敗北に等しい。
だから焦る。
OCM本社では、内紛が臨界に近づいていた。
オスカー派が叫ぶ。
「新開市が燃えてるのは誰のせいだ。
権限テーブル再編で現場を縛ったのは誰だ」
海外部門派が冷たく返す。
「燃えているから、統制が必要なのです。
統制がないから燃える。燃えるなら統制する。
順序です」
順序。
正義の言葉が、また刃になる。
そこへ“突然のトラブル”が入る。
外注プロの暴走。
新開市の騒乱拡大。
そして、どこからか漏れる“尻尾”。
海外部門派の顔色が変わる。
「……治安機関が、こちらに来る可能性がある」
誰かが呟く。
その瞬間、会議室の空気が張り詰める。
外部介入。
それは彼らの支配を揺らす。
だから海外部門は、焦って“時間を稼ぐ”に戻る。
海外部門は外注プロへ、切り札を見せた。
完全な証拠ではない。
だが十分に脅しになる“それっぽい決定打”。
「オスカー逮捕の証拠」。
その名で外注プロを縛り、従わせる。
同時に、療養施設への圧力を強めた。
監査。物流点検。資産管理。
手順の顔。
合法の顔。
だが今度は、施設側も“人権団体”として抵抗する。
声明を出す。
記録を残す。
支援者を呼ぶ。
ライブ配信で透明性を逆に武器にする。
子どもたちが画面の向こうで怯えないように、トミーが妙なルールで笑わせる。
玲音が橋として外へ言葉を渡す。
アリスが裏で証拠の線を拾う。
抵抗は激しくなる。
だから海外部門は、さらに焦る。
焦りは、最悪の決断を呼ぶ。
ヴェラは断固として反対した。
「三度目の強行突入はコストが大きい。
報道が燃えている。
義弘はアライアンス所属だ。
いま突入すれば、こちらが噛まれる」
海外部門上層の返事は短い。
「時間がない」
ヴェラは一拍だけ黙った。
命令は命令だ。
従わない選択肢はない。
だが彼女はプロフェッショナルだ。
従いながら、最悪を避ける別案を仕込む。
それでも、配置は始まる。
夜。
療養施設外周に、静かにWEREWOLFが増えていく。
足音は消され、灯りは落とされ、隊形だけが整う。
施設内で、子どもがふと顔を上げる。
「……ゆれてる」
床が、微かに震えている。
アリスが端末を見て、歯を食いしばった。
「……来る」
玲音が装甲を起動する。
金属の音が小さく鳴る。
遠くの街では、暴走ドロイドの爆音が続いていた。
二つの戦場が同時に迫る。
三度目は、準備されている。




