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第209話 置き土産

 夜明け前の強襲は、夜明け後の“映像”になった。


 ヴェラ・クラウスが義弘を「安全確保」の名目で外へ移送する。

 その光景を、報道各社は待っていたように撮った。

 待っていたのだ。

 映像の戦場は、現場より先に準備されている。


 療養施設の門前に並ぶカメラ。

 ライト。マイク。

 画角の中に、WEREWOLFの装甲と、杖をついた元市長の姿が収まるように調整された導線。


 ヴェラは丁寧だった。


 乱暴には扱わない。

 押さえつけない。

 だが自由も与えない。


 “丁寧な拘束”は、最も厄介な絵になる。

 見る者は自分で補完してしまうからだ。


 義弘は抵抗しなかった。

 抵抗しないことが、選んだ“降伏”の筋だった。

 抵抗すれば、戦場の絵になる。

 戦場の絵になれば、患者区画が危なくなる。


 だから義弘は、膝の痛みに耐えながら歩いた。


 トミーは施設の陰からそれを見て、耳を伏せた。


「……最悪な絵だな」


 言葉は軽くない。

 だが目はまだ折れていない。


 玲音は門の内側で拳を握り、アリスは窓の影で歯を食いしばっていた。

 二人とも、いま動けば燃料になることが分かっている。

 分かっているから動けない。


 それが、包囲の恐ろしさだった。



 全国ニュースは、容赦がなかった。


 テロップは踊り、スタジオは沸き、専門家の顔が並ぶ。

 事実は短く切られ、意味が増幅される。


 《私有地侵入。元市長、権限逸脱か!?》

 《OCMの軍事行動、元市長を確保!》

 《元市長、OCMと戦争か!?》

 《“ゴースト”籠城、療養施設は無法地帯?》


 ネットは、もっと速かった。


 “確定”が飛び交う。

 “陰謀”が増殖する。

 “正義”が投げつけられる。


 《やっぱりオスカー黒幕じゃん》

 《NECRO王国草》

 《ミコトは何やってんの》

 《新開市やべえ》

 《企業軍隊が市長捕まえる国って何》


 誰かが悪い。

 誰かが正しい。

 誰かが隠している。


 その“誰か”が、毎秒変わっていく。


 新開市の混線が、日本全体へ拡散された。


 ヴェラは、その熱を見ていた。


 療養施設近くの車内。

 モニタに映るのは中継映像とSNSの推移。

 数字は嘘をつかない。

 だが数字の意味は、いつでも操作できる。


 ヴェラは淡々と結論を出した。


「ここから先の作戦行動は、損害が大きい」


 部下が一瞬だけ躊躇する。


「しかし、資産管理の手続きは——」


「手続きは続ける」


 ヴェラの声が低い。


「“実働”は引く。

 このまま突入を続ければ、企業価値毀損が加速する。

 海外部門の本社掌握が不安定になる」


 彼女は一拍置いて言い切った。


「撤退を進言します」


 撤退。

 狼が引く。

 引く理由は恐怖ではない。

 コストだ。


 ヴェラは端末で海外部門へ報告を送った。

 短い文面。冷たい数字。

 そして“最適解”としての撤収提案。


 海外部門は、ヴェラの進言を採った。


 “新開市での実力行使”を段階的に縮小する。

 現場露出を減らす。

 WEREWOLFの姿を引っ込める。

 PANTHERは影へ。

 EAGLEは高度を上げ、遅延を薄くする。


 表向きは、こうだ。


「安全確保は継続」

「監査調整は継続」

「手続きは継続」


 だが実際には、“ここで勝つ”ことをやめた。

 代わりに“ここを燃やして残す”ことを選んだ。


 撤退は敗北ではない。

 盤面を次の形に変える手段だ。


 海外部門は、念入りに置き土産を残した。


 置き土産は、証拠ではなかった。


 証拠は危険だ。

 証拠は、提供者を縛る。


 置き土産は“疑い”だった。

 疑いは燃える。

 燃え続ける。

 しかも誰の手も縛らない。


 匿名の資料が、報道各社へ、治安機構へ、そしてネットへ流れ込む。


 オスカーがOCMを隠れ蓑に過去に過激な活動を行った可能性。

 導線屋との接点を匂わせる断片。

 VX/LC部材の流通疑惑に見える時刻一致。

 誰かが「ほら、繋がった」と言いたくなる程度の噛み合わせ。


 決定打はない。

 だが炎の燃え方としては、最悪にちょうどいい。


 報道は“追及特集”に切り替わる。

 治安機構は「再調査」の言葉を出す。

 政治家は「説明責任」を口にする。

 ネットは「確定」を叫ぶ。


 そして火は、オスカーだけで止まらなかった。


 設立したばかりのNECROテック人権団体にも、疑いの目が向く。


 “オスカーの息がかかっているのではないか”

 “隠し資産の器ではないか”

 “新開市の無法を正当化する団体ではないか”


 施設内で、年少の患者が震える声で言った。


「……俺たちの団体、悪いの?」


 答えに困る大人が、目を逸らす。


 アリスはそれを見て、喉の奥で言葉を噛み砕いた。

 怒鳴れば簡単だ。

 だが怒鳴った瞬間、燃料になる。

 “ゴーストが逆ギレ”という切り抜きが生まれる。


 アリスは椅子の背を握り、低い声で言った。


「悪くない」


 短い。

 強い。


「お前らは生きてる。生きて、守りたいって言った。

 それが悪いわけない」


 年長の患者が涙を拭きながら頷く。

 だが不安は消えない。

 外の世界が、怖い。


 玲音がその場に立ち、穏やかな声で付け足す。


「疑われるのは、存在が強い証拠でもある。

 でも……疑いは放っておくと毒になる。

 だから、ミコト市長と真鍋さんに“記録”で守ってもらう」


 アリスが鼻で笑う。


「“記録”ね。ほんと真面目な街になった」


 玲音が苦笑する。


「守るなら真面目になるしかない」



 義弘は、“安全確保”の名目で別室へ移された。


 拘束ではない。

 暴行でもない。

 だが外へも出られない。


 白い部屋。

 付き添う者。

 監視の目。

 そして、丁寧な言葉。


 「安全のためです」

 「医療上の配慮です」

 「あなたのためです」


 義弘はその丁寧さに、嫌な笑いが出そうになった。


 トミーは付き添いとして同席を許されていた。

 耳を伏せ、冷たい声で言う。


「丁寧に閉じ込めてくれるな。腹立つ」


 義弘は小さく息を吐いた。


「目的は達した。患者区画に突入する時間を潰した」


「潰した代わりに、日本中に晒された」


「そうだ」


 義弘は認める。


「これが代償だ」


 代償は重い。

 だが、代償を払わなければ守れない夜明けだった。

 そしてヴェラは、その代償を最大化するように絵を切り取らせた。


 “撃てない狼”は、噛む場所をよく知っている。



 市庁舎では、ミコトが会見を求められていた。


 何について?

 全部について。


 義弘について。

 OCMについて。

 海外部門について。

 オスカーについて。

 NECROテック人権団体について。

 新開市の自治について。


 真鍋が端末を見ながら言う。


「市長、これ以上沈黙すると“逃げた絵”になります」


 ミコトは頷いた。


「逃げない。

 断罪ショーにも乗らない。

 でも、記録は出す」


 ミコトの目が、静かに燃える。


「疑いで人を潰させない。

 “正義の気分”じゃなく、“正義の手順”でやる」


 外は騒がしい。

 内も騒がしい。

 それでも市長がやることは一つだ。


 混線の中に、線を引く。


 ヴェラは撤退した。


 だが匂いは残った。


 匂いは狼を呼ぶ。

 狼は世論を呼ぶ。

 世論は捜査を呼ぶ。


 そして新開市は、またしても次の問いを突き付けられる。


 守るとは何か。

 疑われた時、どう生きるか。

 “正しさ”に噛まれた時、どう立つか。

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