表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/296

第203話 煙幕の名刺

 新開市に、戦列が現れた。


 それは突撃ではなかった。

 襲撃でも、乱戦への雪崩れ込みでもない。

 もっと悪質なものだった。


 見せつけるための行進。

 撮らせるための速度。

 怯えさせるための隊形。


 先頭を行くのは、人型の重い影――新型軍用パワードスーツ WEREWOLF。

 その左右を、低く滑るように VX-30 PANTHER が裂く。

 上空では、目で追うには高すぎる位置を VX-48 EAGLE が静かに旋回し、街の通信に薄い影を落としていた。


 新開市民は道の端に寄り、しかし目は逸らさない。

 恐怖と興奮が混ざったざわめきが、配信コメントとなって跳ねる。


 《え、何あれ新型!?》

 《映画じゃん》

 《笑えない》

 《療養施設の方に行ってるぞ》

 《止めろって》

 《いや撮るなって言われても撮るだろこんなの》


 WEREWOLFは、人間が着ている。

 だからこそ怖かった。

 巨大ドローンと違い、そこには“判断している誰か”の呼吸がある。

 その呼吸ごと圧をかけてくる。



 療養施設前の道路では、鳴海宗一のKOMAINU部隊がすでに防衛線を敷いていた。


 KOMAINUの外骨格が並び、盾と制圧具の角度が揃う。

 その背後に療養施設の保護導線。

 さらに脇へ、新市長命令で確保された臨時の避難導線。

 撃ち合いにならないことを前提に作られた、防衛の形だった。


 鳴海はヘルメット越しに、迫ってくる戦列を睨む。


「……撃たせに来てるな」


 隣の隊員が小さく唾を飲む。


「隊長、距離――」


「分かってる。ライン維持。先に手を出すな」


 無線には真鍋の声。

 冷たいが速い。


『鳴海さん、繰り返します。現時点で市側は“威圧行為の記録”を優先。先制行動はしない。ミコト市長承認済み』


「了解」


 鳴海は短く返し、目だけで部隊を走査した。

 誰も崩れていない。緊張はしている。していて当然だ。

 こういう時に必要なのは、勇気より順序だった。


 道路の反対側から、別の装甲兵が駆け込んでくる。

 オールドユニオンのセグメンタタ部隊だった。金属質な外装の輪郭がKOMAINUとまるで違う。


 先頭の指揮官が鳴海に素早く敬礼する。


「オールドユニオン監査記録官アザド・バラニの要請により、セグメンタタ小隊、援護に入る」


 鳴海は一瞬だけ目を細めた。


「今日はずいぶん気が利くな」


「監査対象が多すぎますので」


 皮肉とも事実ともつかない声で返される。

 鳴海は鼻を鳴らした。


「なら、よく見とけ。新開市の“監査対象”は足が速い」


 KOMAINUとセグメンタタ。

 異なる出自の部隊が、療養施設前で一つの線に並ぶ。

 その奇妙さを、上空のEAGLEはきっと綺麗に撮っている。


 市庁舎ではなく、病院の一室で。

 義弘もまた、その映像を見ていた。


 テレビの中継。市の公開映像。市民の配信。

 トミーが別端末で拾った切り抜き。

 断片はいくらでもある。

 だが義弘は、断片の中の“間”を見ていた。


 WEREWOLFの歩幅。

 PANTHERの進路。

 EAGLEの旋回半径。

 療養施設への詰め方。


 膝の痛みが、じくじくと脈を打つ。

 トミーが横で耳を立てる。


「顔が嫌な時の顔してる」


「嫌な時の顔ってなんだ」


「“これ、殴られる前の前振りだ”って分かった時の顔」


 義弘は返事をせず、画面を見たまま言った。


「……遅い」


「は?」


「進軍速度。遅すぎる。療養施設を本気で取る布陣じゃない」


 トミーが端末を抱えたまま画面に近づく。


「でも新型だぞ。圧かけてるだけでも十分――」


「圧のかけ方が、現場向けじゃない。撮らせる角度を作ってる」


 義弘の声が低くなる。


「PANTHERも突破しない。EAGLEも攻撃支援の高度じゃない。

 WEREWOLFの立ち位置も、名乗る前提みたいに開いてる」


 トミーが数秒黙り、目を細めた。


「……見せに来てる?」


「たぶん“見せること”が本命だ」


 義弘はすぐに端末を手に取り、オスカーへの連絡を試みた。

 勾留中の制限がある。簡単には繋がらない。

 それでも掛ける。


「出ろ、デュラハン……!」


 呼び出し音だけが、虚しく続いた。



 療養施設前で、戦列は止まった。


 ちょうど、防衛線の外縁ぎりぎり。

 踏み越えれば明確に“侵入”。

 止まればまだ“示威”と言い張れる場所。


 WEREWOLFが半歩前へ出る。

 PANTHERが左右で低く構え、いつでも走れる角度を保つ。

 EAGLEは上空で旋回を続け、通信の膜を薄く張ったまま動かない。


 数秒。

 誰も撃たない。


 市民配信のコメント欄が爆発する。


 《なんで動かない》

 《やるのかやらないのか》

 《市側撃てよ》

 《撃ったら負けだろ》

 《これ怖すぎる》

 《アリス大丈夫か》


 鳴海の無線にミコトの声が入る。呼吸は少し早いが、言葉は崩れていない。


『鳴海さん、ライン維持。市の記録班、全部回ってる。セグメンタタの映像も回収許可取りました』


「了解。こっちはまだ撃たれちゃいない」


『“まだ”を大事にしてください。先に発砲した方が負けです』


 鳴海は短く笑う。

 この新市長は、現場の胃にくることを平然と言う。


「分かってる。胃薬の請求は後で出す」


 その時だった。


 WEREWOLFの胸部装甲がわずかに開き、内部フレームのロック音が響いた。

 KOMAINU側が一斉に緊張する。

 鳴海が手を上げて制止する。


「撃つな!」


 WEREWOLFの搭乗者が、ゆっくりと前に出た。


 女性だった。


 長身。引き締まった体格。

 髪は後ろでまとめられ、表情は薄い。

 だが目だけが異様に静かで、現場の緊張を楽しむような光がかすかにある。


 彼女は武器を下げない。

 下げないまま、片手で名刺ケースを取り出した。


 市側の誰かが思わず「は?」と声を漏らす。

 セグメンタタ隊員の一人は本気で一歩よろめいた。


 女は防衛線の手前で止まり、完璧に近い日本語で言った。


「初めまして。OCM海外部門、フィールド・オペレーション・スペシャリスト。ヴェラ・クラウスです」


 そして名刺を差し出す。


 鳴海は顔をしかめる。受け取る気はない。

 だが無線の向こうでミコトが即答した。


『受領してください。証拠にします』


 鳴海は舌打ちを飲み込み、部下に目配せする。

 KOMAINUの一人が前へ出て、慎重に名刺を受け取った。


 ヴェラはそれを確認すると、まるで企業説明会の壇上にいるような声音で告げた。


「刀禰ミコト様、ご当選おめでとうございます。

 本日はOCM海外部門の新型機統合運用デモンストレーションをご覧いただき、誠にありがとうございました」


 市民のざわめきが、一拍遅れて沸騰した。


 《デモ!?》

 《ふざけてんのか》

 《営業は草》

 《笑えねえよ》

 《名刺www》

 《いや怖すぎる》


 ヴェラは続ける。


「新市政において治安・インフラ保全装備の更新をご検討の際は、ぜひOCM海外部門へご相談ください。

 新開市の地理条件と群衆特性に最適化したパッケージをご提案できます」


 その丁寧さが、逆に脅迫だった。

 WEREWOLF、PANTHER、EAGLE。

 この戦列すべてを、商品カタログの見本として差し出している。


 ミコトの声が、今度は公開回線で乗った。

 現場のスピーカーに、はっきり響く。


『こちら新開市市長、刀禰ミコトです。

 OCM海外部門、ヴェラ・クラウス氏。あなた方の行為は市の許可なき武装示威であり、保護区域前での威圧行為です。記録しました』


 ヴェラは目を細めるでもなく、静かに聞いている。


『これはデモではありません。営業行為としても不適切です。

 名刺は証拠として受領します。以後、市の導線・保護区域から離脱してください』


 少し間を置いて、ヴェラは頷いた。


「承知しました。新市長のご判断、実に明快です」


 そして、ごく薄く――本当に薄く、楽しそうに笑った。


「あなた方の統制は優秀だ。だからこそ、見せる価値がありました」


 その一言に、鳴海の眉がぴくりと動く。

 この女、現場を試しに来ている。

 ただの営業役ではない。


 ヴェラは踵を返し、WEREWOLFへ戻る。

 PANTHERが同時に向きを変え、EAGLEの旋回高度が上がる。

 まるで最初から撤収時刻まで決まっていたように、戦列は滑らかに離脱を始めた。


 撃ち合いは起きなかった。

 負傷者も出ていない。

 だが療養施設前には、殴られたような静けさだけが残った。



 療養施設の中では、アリスが端末を睨んでいた。


「……デモ?」


 吐き捨てる声に、NECROテックの子どもたちがびくっとする。

 アリスはすぐに気づいて、舌打ちを飲み込んだ。


「ごめん。お前らに言ったんじゃない」


 だが顔色は悪い。

 WEREWOLFの撤収そのものより、撤収の“早さ”が嫌だった。


 来て、見せて、帰る。

 戦う気なら残る。回収が本命なら突っ込む。

 どちらでもない。


 その時、玲音から回線が入る。


『アリス、こっちも見た。変だ。海外部門が引くの、早すぎる』


「分かってる。煙幕だ」


 アリスは即答した。

 その指先はすでに別のログを追っている。


「新開市で見せてる間に、どっか別の盤面を叩いてる。

 OCM本社か、重役会議か、承認ライン……」


 玲音の息が詰まる音がした。


『オスカー』


「そう」


 アリスの目が冷たくなる。


「デュラハンがいない時に来た。施設だけ狙うなら、こんな大仰なショーはいらない。

 本命は会社の中だ」


 同じ結論へ、義弘も辿り着いていた。


 オスカーへの呼び出しは、まだ繋がらない。

 代わりに、別回線に真鍋からの緊急連絡が飛び込んでくる。


『義弘さん、現場は示威と営業で撤収。負傷者なし。ですが――』


「本命は別だろ」


 義弘が先に言う。

 真鍋が一瞬黙った。


『……はい。いまOCM本社で臨時重役会議の情報が入っています。海外部門主導。議題はオスカー・ラインハルトの責任と、対新開市統制の再編』


 トミーが「うわ」と小さく言った。

 義弘は目を閉じ、一度だけ深く息を吸った。


「やっぱりか」


『どうします?』


「オスカーに繋げる手を続けろ。玲音とアリスにも共有。

 ミコトには、現場の勝ちを企業の負けに変えられるなって伝えてくれ」


 真鍋の声が低くなる。


『すでにそのつもりです。……新市長、怒ってます』


 義弘は苦笑した。

 それでいい。怒って、でも手順を崩さないなら、あの市長は強い。



 OCM本社の重役会議室は、妙に静かだった。


 大型スクリーン。端正な机。

 遠隔参加の顔が並ぶ。

 議題は整理され、資料は事前配布済み。

 “臨時”を名乗っているのに、準備は周到だった。


 オスカーの席は空いている。

 勾留中のため参加制限。代理発言も限定。

 その空白を、海外部門は丁寧に利用した。


 議長役の重役が咳払いをひとつする。


「議題一。新開市案件におけるコンプライアンス違反および統制不全」


 次々に資料が映る。

 ログ流出。導線屋支援疑惑。社内承認の逸脱。新開市でのブランド毀損。

 数字とグラフと言葉は、事実の一部だけを整然と並べる。


 反対意見はあった。

 オスカーの実績。NECROテック正規化への貢献。新開市での収拾能力。

 しかし海外部門は、そこも織り込み済みだった。


「実績は認めます」


 海外部門側の役員が、柔らかい声で言う。


「だからこそ問題なのです。個人の裁量に依存しすぎた。

 オスカー・ラインハルト不在の瞬間に、対新開市体制は脆弱性を露呈しました」


 スクリーンに映るのは、つい先ほどの新開市映像。

 WEREWOLF、PANTHER、EAGLEの整然たる戦列。

 療養施設前での“統制されたデモンストレーション”。

 編集まで早い。


「一方、海外部門は新型機統合運用により、現地での抑止・示威・接触・撤収を無事故で完了しております」


 “無事故”。

 その言葉が、重役たちの顔つきを少し変える。

 数字に弱い者は多い。

 事故がない、という結果は、最も都合よく使える。


 さらに法務、監査、IRリスク担当が順に発言する。

 想定問答まで揃っている。

 反対派は発言のたびに、少しずつ椅子を失っていく。


 議長が最後に読み上げた決議案は、実に事務的だった。


「新開市案件に関する暫定統制の一元化。

 現地判断権限の再編。

 NECROテックエージェント運用承認ラインの見直し。

 海外部門を中心とした危機管理タスクフォースの設置」


 要するに、OCM本社の実権が、オスカーの手を離れて海外部門へ傾くということだった。


 採決。

 反対、少数。

 保留、数名。

 賛成、多数。


 可決。


 静かな音もなく、OCM本社のタガが一つ外れた。



 その通知は、数分遅れて各所へ届き始める。


 OCM本社内の権限テーブル更新。

 承認フローの再設定。

 新開市関連案件の照会先変更。

 NECROテック運用枠の一時凍結と再審査。


 療養施設で、アリスがその変化を先に嗅ぎ取った。


「……来た。クソ」


 玲音の端末にも、勤務・協力ラインの照会先変更が表示される。

 真鍋のところには、OCM本社名義の新しい“協力要請”が届く。

 ミコトの机には、海外部門からの丁寧な文面のフォローアップメールまで飛んでくる。


【本日は貴重なお時間をありがとうございました。新市政の安全運用に資するご提案資料を別送いたします】


 真鍋がそれを見て、無表情のまま言った。


「腹立たしいくらい仕事が早いですね」


 ミコトは名刺を透明袋に入れ、証拠ラベルを貼る。


「営業が早い会社ほど、ろくでもない時がある」


 怒っている。

 だが手は震えていない。


「現場の記録、全部まとめて。

 “デモ”の実態として公開できる部分を切り出す。

 それと、OCM本社の権限再編通知――これ、法務と監査で噛み砕いて。新開市への影響を即時一覧化」


 真鍋が頷き、鳴海が無線越しに笑う。


『新市長、休む気ないな』


「初日から営業かけられたんです。休めるわけないでしょう」



 夜になって、ようやく義弘の端末に短い接続が来た。


 画面は暗い。音声だけ。

 ノイズの向こうで、オスカーの声がする。


『……義弘か』


「遅い。お前にしては珍しい」


 義弘はわざと軽く言った。

 返ってきたのは、かすかな苦笑だった。


『新型機は前座だ。分かっていたな』


「見せ方が派手すぎた。で、本命は本社」


 数秒、沈黙。

 オスカーの声がいつもより少し低い。


『……すまない。タガが外れた』


 義弘は目を閉じる。

 病室の白い天井の向こうで、新開市の光がまだ騒いでいる気がした。


「謝るのは後だ。どう戻す」


 オスカーは即答しなかった。

 だがその沈黙は、諦めではない。考えている沈黙だ。


『戻す、では足りない。組み替える必要がある。

 海外部門はもう“会社の顔”で来る。次は街じゃなく、会社ごと新開市へ来るぞ』


 義弘はゆっくり頷いた。

 膝の痛みが、また脈を打つ。


「なら迎える側も、街だけじゃ足りないな」


 通信はそこで切れた。短い制限時間だった。


 トミーがベッド脇で耳を伏せる。


「最悪?」


 義弘は少し考えてから、首を振る。


「いや。最悪の一歩手前だ。

 最悪は、こっちが何も知らないまま殴られる時だ」


 病院の窓の外で、新開市の夜景が揺れていた。

 WEREWOLFの足音はもう遠い。

 だが名刺一枚で残された傷は、ドローンの爪痕より深く、長く街に残る。


 新型機の戦列は、結局、療養施設を奪わなかった。

 代わりにOCM本社を奪った。


 そしてその事実が、新開市に次の戦いの形を教えていた。

 次は路上だけでは終わらない。

 企業の会議室、承認フロー、監査文書、法務の一行――そこまで含めて、街を守る戦いになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ