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第百九十八話 第二問

 第二問が読み上げられた瞬間、会場の空気は目に見えて重くなった。


「候補者は、自らを支持する“列”が暴走した場合、どこまで責任を負うべきか。

 また、その責任を果たすために、事前に何を準備すべきか。具体的にお答えください」


 ざわめきが、ひとつ遅れて広がる。

 歓声ではない。

 笑いでもない。


 会場の外から流れ込んでくる列の熱まで、一瞬だけ拍子を外したように鈍る。

 配信コメントの流れも、さっきまでの「誰が勝つ」「誰が映える」から、妙に短く、慎重な文に変わっていった。


 《これは重い》

 《みんな身に覚えあるやつ》

 《新開市に一番刺さる質問きた》

 《“勝手に暴走した”で済まないもんな》


 義弘は関係者席の端で、その変化を見ていた。


 この質問は、誰にも他人事ではない。

 壇上の候補者だけではない。

 会場の外の支持者にも、見物人にも、配信者にも、運営にも、治安機関にも。


 そしてもちろん、自分にも。


 アリスのこと。

 自分のこと。

 導線屋のこと。

 OCMのこと。

 日本国の介入。

 アライアンスの強権。

 新開市がここまで積み重ねてきた“列の履歴”が、ひとつ残らず質問文の裏にいた。


 トミーが耳を伏せぎみにして、低く言う。


「いい質問だな。最悪なくらい」


「新開市向きってことだ」


 義弘は壇上へ視線を戻した。


 最初に答えたのは、使節だった。


 彼は相変わらず無駄がない。

 呼吸をひとつ置き、回答を組み立てる。


「候補者は、自らの名において形成された列に対し、第一次責任を負うべきです」


 よく通るが熱のない声。

 しかし会場は静かに聞いた。


「“支持者が勝手にやった”という説明は、政治的には通用しても、運用上は通用しません。

 候補者の発言、演出、導線設計、沈黙――そのすべてが、列の挙動に影響を与えるからです」


 使節はそこで、責任を個人の道徳に閉じ込めなかった。


「ただし責任は、候補者個人の善意や機転に依存させてはならない。

 責任を果たすためには、事前のシステムが必要です。記録、監視、停止基準、指揮系統、介入条件。

 企業・国家・国際組織の支援を受ける場合も同様です。支援元の規模は、候補者の責任を免除しません。むしろ、責任の履行可能性を高める設計を候補者自身が要求・構築すべきです」


 正しい。

 整っている。

 反論しにくい。


 だからこそ、反応は割れた。


 《正論》

 《正しいけど冷たい》

 《列も人なんだけど》

 《人だからシステム要るんだろ》


 義弘は小さく唸らずにいられなかった。

 使節は、今日も強い。

 だが“人の熱”そのものに寄り添う言葉ではない。そこは変わらない。


 次に刀禰ミコトがマイクを取る。


 彼女は会場の空気を一度、真正面から受けた。

 外の列のざわめき、客席の視線、配信の熱。

 そして、笑顔を少しだけ引いて答えた。


「まず、私の名前で集まったなら、最初の責任は私です」


 場が、少しだけ動く。

 ミコトは続けた。


「“ファンが勝手にやった”は、私は言いたくない。言っちゃいけないと思ってます。

 応援って、勝手に生えてくるものじゃないです。言葉で呼んで、空気を作って、集まってもらう。だったら、その熱が暴走した時に“知らない”は通らない」


 そのうえで、彼女は熱を否定しない。


「でも、熱そのものを悪いって言ったら、新開市の良さも消える。

 だから私は、責任って“熱を消すこと”じゃなくて、“火事にしないこと”だと思う」


 会場のあちこちで頷く人間が出た。

 新開市語だ。ちゃんと。


「事前にやることは、導線係を置く、煽りの言葉を決めない、止まる言葉を決める、中止ラインを先に言う、配信で先に共有する。

 あと、暴走しかけた時は、候補者本人が最初に止める。スタッフに言わせる前に、私が言う」


 最後の一文が効いた。


 《それは強い》

 《推し活と市政の線引きできてる》

 《“止まる言葉”先に決めるのいい》


 義弘は目を細めた。

 ミコトは、熱に強いだけじゃない。熱の切り方も考えている。


 トミーが横で小さく言う。


「“宝だけど火事にするな”って顔してるな」


「言葉にしてないだけで、ほぼ言ってる」


 玲音の番が来る。


 さっき第一問で立て直したとはいえ、第二問は別の重さがある。

 玲音自身、支援元にOCMを持つ候補だ。

 質問はそのまま自分へ返ってくる。


 外の支持列は、今度は不思議なくらい静かだった。

 応援で硬直する弱点を知っている、というだけではない。

 この質問には、彼らも口を挟みにくいのだ。


 玲音はマイクを握り、少し間を置いて話し始めた。


「僕は、列が暴走した時の責任は、候補者本人にあると思います。支援元が誰でも、それは変わりません」


 素直な入り方だった。

 だがそこから、玲音らしい角度が出る。


「ただ……責任を“罰する責任”だけで考えると、現場はまた割れます」


 客席の何人かが顔を上げる。

 玲音は言葉を選びながら続ける。


「暴走した列の中には、最初から壊しに来た人だけじゃなくて、煽られた人、善意で詰めた人、止めようとして巻き込まれた人が混ざる。

 だから候補者の責任は、“止めること”と同時に、“分けること”だと思います」


 義弘がわずかに顎を引く。

 そこを言うか、と。


「列まるごと敵にしたら、次の列がもっと悪くなる。

 僕は、僕の名前で集まった列なら、誰の支持者かじゃなく、何をしたかで切り分けます。行動で切る。

 そのために、事前に必要なのは、現場との接続です。候補者が、導線係や治安担当と繋がって、止める言葉を出せる状態にしておく。支援元にも、それを条件として要求する」


 ここで玲音は、少しだけ視線を伏せてから上げた。


「支援が大きいほど、候補者が“名前だけ”になりやすい。

 でも、列は名前に集まります。

 だから僕は、名前だけの候補にはならないようにしたいです」


 静かに、しかし確かに響く答えだった。


 配信コメントの流れが目に見えて変わる。


 《いい答え》

 《分ける責任、わかる》

 《玲音、ちゃんと現場の言葉になってる》

 《OCM支援なのにそこ言うの強い》


 トミーが鼻を鳴らす。


「オスカーの仕込みだけじゃ出てこない言い方だな」


「ああ。玲音の言葉だ」


 義弘は短く答えた。

 それを認める顔だった。


 そして、ここからだった。


 義弘が本気で唸ることになるのは。


 有象無象の、魑魅魍魎の候補者たちの回答。

 正直、半分は抽象論か言い逃れだろうと義弘は思っていた。

 実際、そういう候補もいた。


「暴走は遺憾でありましてですね――」

「市民の良識に期待し――」

「私なら暴走など起きません!」


 そういうのは、会場の反応が冷たい。

 新開市市民は、口先の万能感をもう何度も見ている。


 だが意外なことに、何人かの回答が、妙に地に足がついていた。


 最初に義弘の眉を動かしたのは、配信上がりの候補だった。見た目も喋りも軽い。どう見ても“映え”狙いだ。


 だが彼は、マイクの前で妙に真顔になった。


「責任は候補者本人です。あと、候補者が使ってる配信の導線です」


 客席がざわつく。

 彼は続ける。


「切り抜き煽りを放置した時点で、もう半分は候補の責任です。

 支持者って、熱い時ほど短い言葉しか入らない。だから事前に“止まる言葉”を用意しとくべきです。

 “戻って”“今は聞いて”“押すな”“映してもいいが煽るな”――そういうやつを、配信のテンプレに入れておく」


 会場の何人かが、素で「おお」と言った。

 実践的すぎる。


 次に、自警団あがりの候補が答える。ゴツい体に反して、言葉は短い。


「暴走を市民のせいにしたら、次に誰も止めてくれない」


 その一言で、場が静かになった。


「責任は候補者にある。まず候補者が頭を下げる。

 その上で、止めてくれた市民を守る。通報した人を守る。

 “止めたやつが損する街”にしたら、次はもっと燃える」


 義弘は思わず腕を組みそうになり、膝をかばってやめた。

 新開市の火傷を知っている答えだった。


 さらに、胡散臭い笑みを浮かべた、元導線屋っぽい経歴不明の候補が、やけにまともなことを言う。


「列は勝手にも育つ。でも、餌を撒いたやつには責任がある」


 会場がざわっと反応する。

 “餌”という言い方が生々しい。


「撒いた量、撒いた場所、撒いた時間。そこまで含めて責任です。

 事故った後に“想定外”って言うやつは、だいたい撒いてる」


 笑いが起きた。

 だが笑いながら、みんな刺さっている顔だ。


 最後に、現場叩き上げの候補が低い声で言った。


「責任は謝ることじゃない。次の導線を空けることだ」


 短い。

 だが強い。


「暴走した後に必要なのは、会見より先に、救護と退避と分離だ。

 候補者はそこまで頭に入れて初めて責任を語れる」


 義弘は、そこで小さく、本当に小さく唸った。


「……なるほどな」


 トミーが耳を動かす。


「何が」


 義弘は壇上から目を離さずに答える。


「見た目が魑魅魍魎でも、列の火傷は本物だ」


 トミーが笑うでもなく頷いた。


「この街、燃えた回数だけ責任論うまくなるな」


「笑えねえけど、そういうことだ」


 関係者席の少し後ろで、アザド・バラニが端末に記録を打ち込んでいた。


 彼は視線を上げずに、淡々と言う。


「興味深い。候補者の回答品質が、過去の炎上履歴と強い相関を示しています」


 義弘が半眼で振り返る。


「人を統計で見るな」


「監査記録官に無理を言う」


「無理でも言う」


 アザドはわずかに口元を動かした。笑ったのかどうか分からない程度に。


「少なくとも、新開市の市長選が“茶番”ではないことは確認できました」


「最初から分かってたよ」


 義弘は壇上に視線を戻す。

 分かっていた。だが、思っていたより深い。


 使節、ミコト、玲音が強いのは当然だ。

 だが魑魅魍魎の候補者たちですら、この街の現実を舐めていない。

 列に焼かれ、列に助けられ、列で生きてきた言葉がある。


 それは頼もしさでもあり、危うさでもある。

 この選挙が本当に意味のあるものだという証明であり、同時に、本当に危険だという証明でもあった。


 第二問の締めに入るころ、会場の外の列は妙に静かだった。


 消えたわけではない。

 熱がなくなったわけでもない。

 ただ、いつもの新開市にしては珍しく、“聞いている”空気が勝っている。


 誰の支持者も、誰の見物人も、少なくとも今この瞬間だけは、

 「列の責任」を他人に押しつけるだけでは済まないことを知っている顔をしていた。


 真鍋から端末にメッセージが入る。


【第二問、外の再燃なし。珍しいです】


 義弘は短く返す。


【質問が刺さってる】


 すぐに返ってきた。


【刺さる街ですからね】


 義弘は息を吐いた。

 それもそうだ。


 司会進行役が、次の紙を持ち上げる。

 その動きだけで、会場の空気がまた変わった。


 今度は、静かな緊張ではない。

 予感だ。

 次はたぶん、もっと痛い。


 司会が読み上げる。


「第三問――候補者自身、または支援元が、過去に列の暴走・扇動・介入に関与していた場合、その責任をどのように公開し、いかに再発防止へ繋げるか。

 具体的な情報公開の範囲、監査の仕組み、利害関係の制限についてお答えください」


 壇上の空気が、今度ははっきり凍った。


 使節。

 ミコト。

 玲音。

 魑魅魍魎の候補者たち。

 そして関係者席の義弘まで、誰も無傷ではいられない一問だった。


 トミーが耳を伏せ、ぼそりと呟く。


「来たな。“じゃあお前はどうなんだ”」


 義弘は頷いた。


「ああ」


 新開市の公開質疑は、責任の原則を語る段階を終えた。

 ここから先は、過去と利害を抱えたまま、それでも前に出る者だけが答える番だった。

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