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第百八十八話 勝った後の圧

 勝った後に来るのは、平和とは限らない。


 たいていは、音だ。

 ニュースの音。

 通知の音。

 取り込もうとする声の音。


 新開市“暴動”認定事件は、日本中を騒がせていた。


 朝の情報番組で、司会者が引きつった笑顔を浮かべる。


『いや……映像を見る限り、これを“暴動”と認定したのは、かなり無理があると言いますか……』


 コメンテーターが、言葉を選ぶふりをして選ばない。


『導線屋を“協力者認定”した時点で、制度の冗談ですよ。冗談で済まないけど』


 画面の端には、切り抜き動画が何度も流れる。

 外様サムライ隊が「我々は市民を守る。回収は任務ではない」と言い切る場面。

 高速機動隊が上空から介入する場面。

 担がれるアリス。

 「……降ろせ。バカ。燃えるだろ」と吐き捨てる場面まで、しっかり抜かれていた。


 ネットはもっと雑だった。


政府の弾圧www

日本でやることかこれ

導線屋を協力者認定は草じゃ済まない

外様サムライ隊、筋通してて好き

アリス口悪いのに正論で草

急進派これ選挙どうすんの


 理念の勝利、ではない。

 「無茶苦茶すぎる」「選挙に響く」という現実が、急進派を刺していた。


 急進派は一気に及び腰になった。

 昨日まで拡声器で怒鳴っていた声が、今日は「誤解があった」「現場判断が錯綜した」と言い換えに走る。


 勢いは、自然にしぼんだ。

 思想が折れたのではない。

 票の匂いに怯えただけだ。


 それでも、消える時は呆気ない。


 代わって、日本国穏健派が前へ出た。


 前へ出るというより、にじり寄ってきた。


 義弘の肩を持つ。

 持ちすぎる。

 気持ち悪いくらい持つ。


『中立を守った現実的判断』

『アライアンスとの対話能力』

『新開市市長の冷静な危機対応』


 昨日まで義弘を“健康上の問題”で刺していた連中の何割かまで、何食わぬ顔で褒めに回る。

 政治は平気で寝返る。

 平気で寝返って、寝返っていない顔をする。


 アリスに関しても同じだった。


 情状酌量。

 権利回復。

 外出許可の拡大。

 手続きの見直し。


 穏健派は全面協力を打ち出した。

 もちろん善意もある。ゼロではない。

 だが一番大きいのは、「この流れに乗る」判断だった。


 世論がアリスを叩く流れではないなら、救う側に回る。

 それだけの話だ。


 それでも、前に進む手続きは前に進む。


 真鍋はその“気持ち悪さ”ごと利用した。

 利用できるものは利用する。

 義弘に教わったやり方ではないが、義弘の街を守るには必要なやり方だった。


 事件後の整理も進んだ。


 外様サムライ隊は、日本の新たなヒーローとして歓迎された。

 現場で「回収」を拒否し、「守る」を選んだ映像は強かった。


 日本側は彼らを凱旋させ、各地での広報や訓練任務に回そうとしていた。

 新しい顔が必要なのだ。

 義弘を引きずり下ろしたい連中にとっても、義弘の代わりになる“正しいヒーロー”は都合がいい。


 だが、モルテだけは残った。


 OCMからの出向という扱いで、書類の線をぎりぎり渡りながら、新開市に残留。

 鳴海ら治安機関への協力、外様サムライ隊の現場運用補助として、引き続き街に立つことになった。


 それを聞いた市民の反応は雑に温かい。


「モルテ残るのかよ」

「ありがてえ」

「でも無理すんな」


 新開市らしい歓迎だった。


 OCM海外部門は、いったん引いた。


 オスカー・ラインハルトが、にこやかに責任を追及した結果だった。


 にこやかな責任追及ほど怖いものはない。

 怒鳴らない。机を叩かない。

 数字とログと責任線だけを静かに並べる。


 海外部門は新開市からの一時撤退を余儀なくされた。

 “完全敗北”ではない。損切りだ。

 後で戻るための引き際を選んだだけだ。


 それでも街の空気は軽くなる。

 少なくとも、今は。


 今は、だ。


 軽くなった空気は、すぐ祭りになる。


 新開市民から、自警団が次々と現れた。


 腕章。

 反射ベスト。

 勝手に作ったロゴ。

 配信アカウント。

 夜警の笛。


 合言葉は、決まっていた。


「アリスが守った街」


 良い面は確かにあった。

 鳴海ら治安機関に協力を申し出る者。

 導線屋残党の見慣れた顔を共有する者。

 夜の交通整理を手伝う者。


 だが悪い面も、同じ速度で育つ。


 “治安維持”の名目で列を作って練り歩く。

 勝手に怪しいと認定して囲む。

 配信で「自警団出動!」と煽る。


 守る列が、また中心を欲しがり始めていた。


 鳴海宗一は額を押さえた。


「……仕事が増えた」


 真鍋はもっと露骨に顔をしかめる。


「平和になると、なぜ人は新しい迷惑を発明するんだ」


 トミーならここでひどい一言を足しただろう。

 実際、その通りの一言が後で飛ぶ。


 そのころ、アリスは外出許可をもらっていた。


 権利回復の手続きが進んだ象徴として、時間と行き先を限定した許可。

 付き添いはシュヴァロフ。

 監視の目は当然ある。


 それでも、“施設の外”の空気を吸うのは久しぶりだった。


 街は、まだ熱い。

 熱いのに、どこか薄皮一枚で落ち着いている。

 勝ったあと特有の、危うい安堵だ。


 アリスとシュヴァロフは、なるべく目立たない道を選んで病院へ向かった。


 目立たないつもりでも、勘のいい市民は気づく。


「あれ……アリス?」

「シュヴァロフじゃね?」


 ざわつきが起きる前に、シュヴァロフが歩幅を変える。

 建物の影。看板の影。信号待ちの人の影。

 映りにくい角度へ、自然にアリスをずらす。


 家事の延長みたいな守り方だ、とアリスは思う。

 思って、少しだけ腹が立つ。


 守られすぎている感じが、気に食わない。


「……過保護」


 小さく吐く。


「私、別に逃げないのに」


 シュヴァロフは答えない。

 答えないまま、病院の自動ドアを先にくぐり、視線の流れを一度切った。


 病室の前に着くと、空気が妙だった。


 トミーがいる。

 真鍋もいる。


 二人とも、困った顔をしていた。


 トミーはいつもなら毒を撒いて空気を切る。

 真鍋はいつもなら理屈で空気を整える。

 その二人が、揃って困っている。


 ろくなことじゃない。


 アリスは眉をひそめる。


「何」


 トミーが耳をぴくりと動かす。ウサギの耳だ。

 口を開く前に、一度だけ病室の中を見た。


「旦那が、珍しくまともに弱ってる」


「お前の“まとも”は信用できない」


「今日は信用しろ。最悪だから」


 真鍋が小さく咳払いをした。

 珍しく言い淀む。


「……義弘さんが、辞任の話を始めてる」


 アリスの目が細くなる。


「は?」


 病室に入ると、義弘がいた。


 膝はまだ痛々しい。

 顔色もいいとは言えない。

 過労と心身の消耗が、そのまま肌に出ていた。


 だが目は、まだ死んでいない。

 死んでいないからこそ、厄介なことを言う顔だった。


 シュヴァロフが近づく。

 義弘はその姿を見て、ふっと肩の力を抜いた。


「……無事か」


 短い言葉。

 それだけで、アリスには分かった。


 こいつ、安心して気が抜けたな、と。


 義弘はアリスとシュヴァロフの無事を見て、逆に弱くなった。

 守るべきものが目の前で無事だと、張っていた糸が切れることがある。


 義弘は今、その切れた糸の上で話していた。


「この機会に、市長を辞める」


 病室の空気が止まる。


 トミーが顔をしかめる。

 真鍋は止めたいが、もう一度止める理屈を探している顔だ。


 アリスは数秒、黙って義弘を見る。


 逃げの顔ではない。

 弱ってはいる。だが逃げてはいない。


 だから余計に腹が立つ。


「……理由」


 義弘は正面から答えた。


「心身が限界だ。膝も折れてる。市長の仕事を続けるには、もう無理がある」


 そこまでは分かる。

 誰が見ても分かる。


 だが義弘は続ける。


「それだけじゃない。俺がいると、敵も味方も“義弘中心”に政治を組む」


 真鍋が目を伏せる。

 それは事実だ。


 急進派も穏健派も、義弘を叩くか担ぐかで動いている。

 新開市の中立を制度にしたいなら、本来は個人の身体に乗せるべきじゃない。


「中立を残したいなら、俺という象徴を外した方がいい」


 正しい。

 正しすぎる。

 正しすぎる理屈は、人を困らせる。


 トミーが耳を伏せて吐き捨てる。


「正論を病室で出すな。湿る」


 義弘は少しだけ笑った。

 笑って、すぐ真顔に戻る。


 そして最後に、本音を出した。


「もう、家族を削って街を守るやり方は続けたくない」


 家族。

 その言葉で、病室の温度が変わる。


 アリスは口を開きかけて、一度閉じる。

 すぐ反対できない。

 それを言う資格が自分にあるか、一瞬だけ迷う。


 迷って、それでも言う。

 口は悪い。だが芯はぶらさない。


「辞めるのは勝手だ」


 トミーと真鍋が顔を上げる。

 アリスがすぐには反対しなかったからだ。


 アリスは義弘から目を逸らさない。


「けど今辞めたら、あんたを担いでた連中が次に何担ぐか分かってんのか」


 義弘が黙る。


 アリスはさらに踏み込む。


「逃げるなとは言わない。雑に降りるなって言ってんだよ」


 病室が静かになる。


 真鍋が、そこでようやく息を吐いた。

 その言い方なら、義弘は聞く。

 感情論ではなく、段取りの話になるからだ。


 トミーは小さく鼻を鳴らす。


「ほらな。お前が言うと通じる。俺が言うと喧嘩になる」


「お前は最初から喧嘩売ってるからだ」


「違う。事実を先に言ってるだけだ」


「最悪だな」


 短いやり取りに、義弘の口元が少しだけ緩む。

 だが目の奥の疲れは消えない。


 それでも、話の向きは変わった。


 辞めるか、辞めないか。

 ではなく、どう降りるか。

 何を残して降りるか。


 義弘は枕元の書類に手を伸ばした。

 まだ途中のメモ。

 真鍋と揉めていた理由がそこにある。


「……段取りは考えてる」


 真鍋が観念したように言う。


「考えてるのは知ってます。早すぎると言ってるだけです」


 義弘は苦く笑う。


「遅いと、また誰かが燃やす」


 その言葉に、アリスの眉がわずかに動く。


 外ではまだ、新開市の祭りの音がかすかにしている。

 勝利の余熱。

 次の火種の音。


 病室の中で、四人と一機は、その音を聞きながら次の“段取り”の話を始める。


 守ったあとの街を、どう守るか。

 その話は、戦闘よりずっと地味で、ずっと難しかった。

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