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第百八十六話 流す

 護送車列を捨てた瞬間、真鍋は確信した。


 “象徴”は列を固める。

 固まった列は燃える。

 燃えた列は名目になる。


 だから、象徴を解体する。


 義弘の戦い方――“人の中を流す”。

 それを真鍋が継ぐ。


「固めるな。割れ」

「止めるな。流せ」

「中心を作るな」


 短い指示が飛ぶ。短いほど燃えない。

 燃えない指示だけが、群衆の中で生き残る。


 鳴海宗一のKOMAINU部隊は“押す”のではなく“割る”。

 外様サムライ隊は“守る”のではなく“空ける”。

 シュヴァロフは“映えない角度”へ誘導する。


 アリスはその中心にいる。

 中心であって中心になってはいけない、最悪の位置。


 アリスは息を吸って吐く。


「……私、ここで燃やす気はない」


 その言葉は宣言ではなく、自分への釘だ。


 列が変わっていた。


 追いかける列ではない。

 守る列だ。


 市民が動く。


「止まるな!」

「詰めるな!」

「道を空けろ!」

「撮るな、下げろ!」


 誰かが煙幕を投げようとすれば、即座に腕を掴む。

 倒れそうな人がいれば、引き起こす。

 怒鳴り合いになりそうなら、間に入って声を落とす。


 列が列を守りに使われている。


 新開市が、舞台にされる街から、舞台を拒む街に変わり始めていた。


 その変化が、逆に焦りを呼ぶ。


 焦りは露骨な刃になる。


 急進派の車が隊列の内側へ寄った。


 “監視”の顔が、命令の顔に変わる。


 スピーカー越しの声が硬い。


「国家案件だ。外様サムライ隊は直ちに対象を回収せよ。命令だ」


 回収。

 その単語が空気を裂く。


 外様サムライ隊の空気が一瞬止まる。

 止まれば列が止まる。止まれば燃える。


 だが外様は止まらなかった。


 玄武が前へ半歩出る。柵になる動き。

 弥生が型で全体のテンポを整え、颯真が衝動を噛み殺して位置を崩さない。

 こよりが短く言う。短く、切り抜かれても揺れない言葉で。


「我々は市民を守る。回収は任務ではない」


 急進派の声が被さる。


「命令違反か!」


 外様が返す。今度は颯真だった。膝の痛みを抱えたまま、逃げない声。


「命令が人質になるなら、従わない」


 その一言で、空気が変わる。


 外様は“象徴”として立っていない。

 交通整理として、救護として、現場の柵として立っている。


 急進派が外様の指揮系統を崩そうとしても、崩れない。

 崩れないから、列が固まらない。


 急進派の狙い――「命令で列を固定し、回収の導線を作る」は、そこで折れた。


 折れた瞬間、別の刃が出る。


 企業の刃。


 海外部門は、顔を捨てた。


 “保護”という言葉を口にしたまま、動きが回収になる。

 正規の車列の影に、透明な獣を放つ。


 VX-07 HOUND。


 空を飛ばない。

 猟犬のように地を駆け、路面の熱に紛れ、光の境目に溶ける。

 音だけを置いて突っ込んでくる、透明の獣。


 HOUNDの狙いはアリスだ。


 直接噛みにいくのではない。

 進路を潰す。群衆を止める。事故名目を作る。

 止まった瞬間に回収する。


 “流す”に対する最悪のカウンター。


 乾いた音が来る。

 次の瞬間、アスファルトの境目から境目へ影が跳ぶ。


 シュヴァロフが割り込んだ。


 守るための動き。

 噛ませないための動き。


 体当たりで軌道をずらす。

 ずらした瞬間に、HOUNDが路面を蹴り直す。

 蹴り直しの音がまた乾く。


 HOUNDは角度を取り直す。

 角度を取り直す癖がある。獣の癖だ。


 シュヴァロフはその癖を読んで、あえて“影”を落とす。

 車体の影。壁の影。人の影。

 HOUNDが噛みつきたくなる影を作って、そこから外す。


 HOUNDが噛みつき損ねるたび、速度が上がる。

 速度が上がるほど事故になる。事故になれば名目になる。


 宗一が叫ぶ。


「シュヴァロフを前に出しすぎるな! 象徴になると固まる!」


 真鍋も重ねる。


「噛ませるな。殺すな。流せ!」


 シュヴァロフは答えない。

 答えないまま、守る形を変える。


 今度は車体ではなく、人の動きで角度を潰す。

 外様が道を空け、市民が動き、KOMAINUが割る。

 その“動く列”が、HOUNDの最短角度を消す。


 HOUNDは透明であっても、通れる場所がなければ噛めない。


 噛めない獣は、焦れて牙を見せる。

 牙を見せた瞬間、海外部門の匂いが濃くなる。


 回収は露骨になる。


 その露骨さに、導線屋残党も焦れた。


 煙幕もジャミングも、市民に潰される。

 舞台が作れない。

 列が燃料にならない。


 残党の最後の手が、そこにある。


 強すぎて映えない。

 強すぎて舞台が終わりすぎる。

 だからお蔵入りしていた。


 軍用フレーム。


 重い影が、ゆっくり前へ出る。


 速くない。派手じゃない。

 だが空気が重くなる。


 重さは恐怖を呼ぶ。

 恐怖は列を止める。

 止まった列は名目になる。


 軍用フレームの狙いは“勝つ”ではない。

 流れを固定することだ。


 道路を塞ぐ。

 KOMAINUの割りを押し返す。

 市民の動きを恐怖で止める。


 止まった瞬間に、海外部門が回収できる。


 急進派が面子を立てられる。


 導線屋残党が生き残れる。


 最悪の利害が、一点で一致する。


 真鍋は歯を食いしばった。


「止めるな。止まるな。小さく動け。大きく固まるな!」


 外様が声を張らずに動く。

 象徴にならずに、交通整理として動く。

 KOMAINUが割る。割って、割って、割り続ける。


 市民も動く。

 怖いのに動く。


「止まるな!」

「道を空けろ!」

「押すな、流れろ!」


 列が列を押して、止まらない形を保つ。


 その隙間の一つに、アリスが流れ込む。


 シュヴァロフがその隙間を塞ぐように守る。

 HOUNDが追う。

 シュヴァロフがずらす。


 ずらした先に、軍用フレームの影がある。


 影が増える。

 増えた影が、HOUNDの角度を一瞬だけ作る。


 その一瞬が危ない。


 HOUNDが跳ぶ。

 シュヴァロフが跳ぶ。

 跳んだ先で、金属が擦れる音が鳴る。


 噛ませない。

 それだけに全てを使う。


 真鍋は一瞬だけ視線を横に投げる。

 アリスの姿が見えなくなる方向へ。


 流れた。


 人の中へ消えた。


 回収の手が届かない場所へ。

 映えない場所へ。


 それが勝ちだった。


 だが勝ちの後ろに、名目の種が残る。


 軍用フレームが出た。

 重装備が街の真ん中を塞いだ。

 列が止まりかけた。


 名目は、育つ。


 育てば、また重さが来る。


 真鍋は息を吐いた。


 今日守ったのはアリスだけじゃない。

 “流す”という戦い方そのものだ。


 だが次は、もっと重い波が来る。

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