第百八十四話 護送パレード
護送という言葉は、静かであるべきだ。
静かであるほど、人は気づかない。
気づかれないほど、列は生まれない。
列が生まれなければ、名目が立たない。
だがこの日の護送は、静かではなかった。
豪華すぎた。
療養施設の正門から出てくる車列は、異様に長い。
先頭には治安機関の車。次に鳴海宗一のKOMAINU部隊。
外様サムライ隊が象徴のように並び、さらに後ろにOCM関係の車が続く。
そこに――別の匂いが混じっていた。
日本国急進派の車。
“監視”という名の圧。
OCM海外部門の車。
“保護”という名の回収。
そして最後尾付近、路面の熱に紛れて、光の境目に溶ける影。
VX-07 HOUND。
空を飛ばない。
猟犬のように地を駆ける、透明の獣。
音だけを置いて突っ込んでくる、あれだ。
護送車列が、まるでパレードのように見える。
見えるから、見物が出る。
見物が出れば止まる。止まれば密度になる。密度は列になる。
最悪の導線だった。
勘のいい新開市民は、すぐに気づいた。
シュヴァロフがいる。
あの機体が“家事”のように義弘を支え、そして現場で何度も命を繋いだことを、街は知っている。
知っている者は、結びつける。
シュヴァロフが護送に付く。
なら護送車にアリスがいる。
誰かが言い出す。
言い出した瞬間に、言葉が走る。
「アリスだ」
「アリスが乗ってる」
「返せ」
「見に行こう」
足が動く。
動いた足が増える。
増えた足が追いかける。
追いかけた瞬間、列になる。
列は止まらない。
止めようとすれば燃える。
配信が立つ。
護送パレードw
シュヴァロフいるの確定じゃん
返せデモ、続編きた
神回が続いてる
国の車もいるぞ
OCMもいるぞ
これ全部映えでしょ
“映え”という単語が出た時点で、最悪だ。
義弘がいない。
中心がいない。
だから止める言葉が弱い。
真鍋は車列の中の指揮車で、息を吐いた。
「……流すしかない」
流す。
義弘のやり方だ。
だが護送車列は、流れそのものを潰す。
長すぎる。重すぎる。象徴が多すぎる。
流そうとすれば、どこかで詰まる。
詰まった瞬間、名目が立つ。
鳴海宗一はKOMAINUの中で、視界の端を走る影を見ていた。
人が追う。
車が進む。
その間を、透明な獣が駆ける。
HOUNDの音は、路面の熱の中に溶ける。
溶けるほど怖い。
宗一は短く命じる。
「HOUND、車列に寄せるな。寄せれば事故だ」
治安機関の声は硬い。硬い声は燃えない。
だが燃えない声は、群衆には届かない。
外様サムライ隊も見える範囲で列を押し返そうとする。
しかし押し返すほど、映像は“弾圧”に見える。
見えるものは燃える。
燃えたら、導線屋が喜ぶ。
今日、導線屋は喜ばないはずだった。
喜べない切り札を用意しているはずだからだ。
その“はず”は、遠くで音になった。
地面が一度だけ、重く鳴る。
振動ではない。
“重さ”が置かれた音だ。
車列の先頭付近、街の空気が変わった。
ざわめきが、ひとつ落ちる。
落ちたざわめきの代わりに、息を呑む音が増える。
列が止まりかける。
止まると名目が立つ。
名目は最悪の重さを呼ぶ。
真鍋の喉が冷える。
「……来たか」
誰もが予想しなかったお祭り状態に、拍車がかかる。
拍車は“恐怖”だ。
恐怖は、映えより強い。
煙幕ではない。
ジャミングでもない。
ゆっくりと姿を現したのは、ただの影だった。
ドローン。
だが、作業機の影ではない。
軍用フレーム。
細部は見せない。見せる必要がない。
見せなくても分かる。
骨格が違う。重さが違う。姿勢が違う。
強すぎる。
強すぎて、映えない。
映えないほど強いものは、舞台を秒で終わらせる。
導線屋はそれを嫌う。だからお蔵入りしていた。
そのお蔵入りが、今、引っ張り出された。
目的は祭りじゃない。
奪還だ。
護送の秩序を壊す。
道路を固定する。
“流れ”を止める。
それだけで十分だ。
列は止まる。
止まった列は、名目になる。
KOMAINUが前へ出る。
宗一が短く言う。
「列を割れ。車列を守れ。前に出すな」
外様サムライ隊が構える。
象徴が構えると、群衆はさらに止まる。
止まった群衆は密度になる。密度は列を太くする。
シュヴァロフは護送車の側へ寄る。
“人”を守る位置。
車の扉。タイヤ。死角。
家事の延長のように、守護の形を整える。
護送車の中で、アリスは座っていた。
拘束はある。
記録もある。
だからこそ逃げない。
逃げないまま、外の音を聞く。
列のざわめき。
靴音。
KOMAINUの重い歩幅。
そして――地面を沈めるような重さ。
アリスは息を吸って吐いた。
「……最悪」
最悪の匂いがする。
“映え”じゃない。
終わらせる強さの匂いだ。
終わらせる強さは、巻き込む。
巻き込む強さは、子どもを泣かせる。
泣かせる強さは、許せない。
アリスは拳を握る。
握っても、今は出ない。
出たら中心になる。中心になれば列が燃える。
だから今は、息だけを整える。
軍用フレームのドローンが、一歩だけ前へ出た。
一歩。
それだけで路面が鳴る。
HOUNDが路面の熱に紛れて動いた。
透明の獣が車列の影に溶け、どこからでも噛みつける位置を取る。
海外部門の車が、ほんの僅かに隊列の内側へ寄る。
回収の匂いが濃くなる。
急進派の車が、逆に“見える位置”へ出ようとする。
面子の匂いが濃くなる。
護送車列は味方の皮を被った敵で、互いに互いの邪魔になる。
真鍋は唇を噛んだ。
ここで止まれば、名目が立つ。
名目が立てば、もっと重いものが来る。
止めたいのに止められない。
流したいのに流れない。
それがパレードの地獄だった。
軍用フレームの影が、さらに濃くなる。
列が止まる。
止まった瞬間、街の空気がひとつ固まった。
“護送”は、戦場の中心になった。
そして誰もが、その中心にアリスがいることを知ってしまった。




