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第百七十九話 責任線

 新開市が、珍しく“映え”ではなく“怒り”で沸いていた。


 見出しは強い。


――“ゴースト”が錆を逮捕。

――錆はOCMと日本国の支援下にあった。

――導線屋、スポンサー付き。


 霧の中の斬り合いが「神回」と呼ばれていた空気は、一夜で変わる。

 編集の快楽より、裏切りの怒りの方が腹に残るからだ。


「結局、裏で金かよ」

「国が噛んでたってマジ?」

「OCMまで?」


 怒りは列を作らない。

 怒りは“追及”を作る。


 追及は、責任線を引く。


 新開市にとって、その変化は珍しい。

 だからこそ、危うい。



 取り調べ室の錆は、毒気が抜けたように見えた。


 ぼさぼさ頭。冴えない顔。

 それでもKOTETUを着ていた時の影が、まだ身体のどこかに残っている。


 だが目の熱は薄い。

 “舞台”が終わったあとみたいに、空っぽだった。


 真鍋が向かいに座る。

 質問は短い。短いほど逃げ道がない。


「導線屋の仲間の名を言え」


 錆は首を横に振った。

 表情は動かない。動かないまま言う。


「言わない」


 真鍋は驚かない。

 驚かないことが、真鍋の仕事だ。


「スポンサーは?」


 錆の目がほんの僅かに動く。

 仲間は売らない。

 だがスポンサーは“仲間”ではない。


 錆は淡々と言った。


「海外部門。……日本国の急進派」


 言い方は正確で、感情がない。

 感情がないから、余計に刺さる。


 真鍋は頷いた。

 責任線が、初めて“外”へ伸びる。


 そして錆はさらに続けた。

 まるで“作品のクレジット”を読み上げるみたいに。


「KOTETU。LCの部材。資金。窓口。……全部、向こう」


 向こう。

 その単語が、取り調べ室の空気を変えた。


 錆の逮捕は織り込み済みだったのかもしれない。

 だが“証拠を一つも処分できずに逮捕された”のは、織り込みの外だった。


 真鍋はそれを理解していた。

 だから次の質問を急がない。


 急げば、誰かが逃げ道を作る。

 逃げ道が作られたら、責任線はまた薄くなる。



 薄くなる責任線を必死に握り直そうとして、まず崩れたのは導線屋だった。


 噂が回る。


「スポンサーが切り捨てに来る」

「今なら自首した方が得」

「証拠を持ってるのは誰だ」


 導線屋の一部は治安機関に自ら出頭した。

 “捕まる前に捕まる”という発想は、導線屋には似合わない。

 だが似合わない行動ほど、パニックの証拠だ。


 一部は姿を消した。

 今までの“舞台”から、突然降りる。

 舞台を降りた者は、もう導線屋ではない。


 残った導線屋は、必死に責任転嫁を始めた。


「海外部門が悪い」

「急進派が悪い」

「俺たちは使われただけ」


 使われただけ――その言葉は、便利だ。

 便利な言葉は、責任線を薄くする。


 真鍋は薄くなる前に、線を固定しようと動く。



 OCM海外部門はパニックの真ん中にいた。


 KOTETUが残った。

 LCシリーズの痕が残った。

 押収物が残った。

 そして何より、“錆の口”が残った。


 海外部門は、回収に走った。


 回収という名の証拠消し。

 証拠消しという名の暴走。


 VXシリーズを投入してでも――という無理が、逆に火に油を注ぐ。

 無理な動きは必ず目立つ。目立てば監視される。監視されれば記録が残る。


 海外部門の焦りは、証拠を増やす。


 その矛盾が、真鍋の仕事を楽にした。



 日本国急進派は、別の顔で逃げた。


 被害者の顔。


 発表が出る。


――最新型サムライ・スーツKOTETUは国内から盗まれた。

――新開市に違法に持ち込まれた。

――関与した導線屋を徹底捜査する。


 徹底捜査の命令は、外様サムライ隊へ降りた。


 外様サムライ隊は義弘に感化されている。

 だから“徹底”という言葉が重い。


 彼らは捜査をする。

 だが「成果のための逮捕」には乗り気ではない。

 乗り気ではないことが、急進派には苛立ちになる。


 苛立ちは、また別の導線を探す。



 KOTETUの返還要請は、日本国から新開市へ飛んだ。


 真鍋は、のらりくらりと受け流した。


 拒否ではない。

 拒否だと燃える。燃えれば政治になる。


 真鍋は手続きで押す。


「鑑識と司法手続きが完了するまで、証拠保全が優先です」


 正しい言葉は、誰も反論できない。

 反論すると、自分が“正しさ”から外れるからだ。


 真鍋はその正しさで、導線屋を追い詰めていく。


 “ゴースト”の手法。

 押収されたログ。

 回収された破片。

 錆の供述。


 言葉ではなく、積み上げた物が責任線になる。


 責任線が、初めて刺さり始めていた。



 OCM社内では、オスカーが動いた。


 海外部門のスキャンダルを、遠慮なく持ち出す。

 持ち出すことで、正規化の主導権を奪う。


「海外部門は越権した。資産を私物化し、社会を燃やした。……兄弟姉妹の得を削った」


 最後の一文が、オスカーの本音だ。

 正義ではない。信仰だ。


 海外部門は反論する。

 だが反論するほど、“証拠”が増える。


 オスカーはその矛盾を利用している。

 利用していることを、隠しもしない。


 今は“海外部門を叩く”ことが、兄弟姉妹の得になるからだ。



 その頃、新開市と日本国とOCMは、義弘とアリスのことをすっかり忘れていた。


 忘れているのは意図ではない。

 忙しいだけだ。


 忙しさは、空白を作る。

 空白は、守りたいものを守るための唯一の隙間になることがある。


 義弘は病室で目を開けていた。

 呼吸は浅い。膝は固定され、痛みが身体の奥で脈を打つ。


 シュヴァロフが傍にいる。

 トミーがベッド柵にいる。


 義弘は声にならない声で言った。


「……アリスは」


 真鍋が病室に入ってくる。

 忙しい目をしている。忙しい目は、戦場の目だ。


 義弘は真鍋を見て、短く言った。


「頼む」


 真鍋は頷いた。

 ここで言葉を増やさない。増やすと記録になる。


 義弘は“裏仕事”を始めた。


 手続きの裏。

 記録の整え。

 公式ログの最小化。


 アリスは“療養施設から一時外出”したことにする。

 “ゴースト”としての所業は、表に出さない。

 表に出れば首輪が締まる。締まれば、次に守れない。


 義弘の目的は一つだけだ。


 アリスを盤面に残す。


 守れる場所に残す。


 トミーが耳を揺らして、短く刺す。


「いい加減だな」


 義弘は返した。

 声は弱いが、芯は折れない。


「いい加減じゃない。……必要だ」


 真鍋は何も言わない。

 言わないまま、手続きを整える。


 この瞬間だけ、正義は拳ではなく紙で動く。


 スキャンダルの嵐の中で、義弘は小さな勝利を取った。


 アリスの首輪を、これ以上締めさせないために。

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