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第百七十八話 旧式が勝つ

 街灯の下で、義弘のサムライスーツが立っていた。


 旧式。

 派手な翼もない。余計な刃もない。

 “守る”ために角を丸めた、日本製の強化装甲。


 その中にいるのは義弘ではない。


 アリスだった。


 錆は目を細めた。

 目を細めても、視線が義弘の顔に行く癖はない。

 義弘が映る枠へ行く。


 だが今夜は、その枠が崩れている。


 枠の中に立っているのが、義弘じゃないからだ。


 錆の喉が乾く。


「……幽霊ゴースト


 錆がそう呼んだのは、噂のせいだった。

 市長の生霊。

 恥をかかせた導線屋をボコボコにして捕まえる影。


 だがスーツの中の声は、人間の温度で返ってきた。


 アリスは短く吐き捨てた。


「“映え”が欲しいんだろ?」


 錆の肩が微かに揺れた。

 その揺れは恐怖じゃない。期待だ。


 アリスは続けた。短く、逃げ道を塞ぐ言い方で。


「KOTETU、着ろ」


 命令だった。

 でも命令に聞こえないように、挑発に見える角度で言っている。


 錆は疑問に思う。

 なぜ、わざわざ自分に“新型”を着せる?

 なぜ、わざわざ自分の強みを増やす?


 その疑問の上に、錆の信仰が乗る。


 “映え”が欲しい。

 “映え”は対で完成する。

 対が成立するなら、新型は必要だ。


 錆はKOTETUへ手を伸ばした。


 翼のように張り出した放熱板。

 重いのに鋭い影。

 腰と背中の刀状ブレード。

 武装の数が、そのまま物語になる装甲。


 錆は着る。


 「旧式 vs 新型」

 その見出しのために。


 錆は心のどこかで高を括った。


 相手は女の子だ。

 相手のスーツは旧式だ。

 サムライスーツ同士なら、負けるはずがない。


 それが、錆の最初で最後の油断になった。


 霧は薄い。ジャミングも薄い。


 ここは“群衆の舞台”じゃない。

 “二人だけの舞台”だ。


 錆が半歩動く。

 アリスは動かない。動かないまま、視線だけを錆に向ける。


 錆の目が、初めて相手の“顔”へ寄る。


 義弘じゃない。

 でも義弘のスーツだ。


 錆の胸がざわつく。


 ざわつきを無視して、錆は刃を抜く。

 腰のブレードが光を切る。背中のブレードは残す。残す方が“次”が作れる。


 錆が言う。熱のない声で、熱い言葉を。


「守れ」


 アリスは鼻で笑った。


「黙れ」


 短い。編集できない短さ。


 錆が踏み込む。

 踏み込みは直線。重いのに速い。

 KOTETUの重量が、地面を押して推進に変わる。


 アリスは半歩も下がらない。


 代わりに、斜めへ切る。


 義弘の動きだ。


 錆の刃が落ちる角度に、アリスはいない。

 錆が「ここにいるはず」と思う場所に、アリスはいない。


 錆は目を見開く。


 見開いた瞬間、アリスの刃がKOTETUの放熱板の縁を叩いた。

 金属音が短く鳴る。

 翼の影が一瞬だけ歪む。


 錆が息を呑む。

 息を呑んだ時点で、錆は負け始めている。


 錆は“画角”で勝つはずだった。

 だがアリスは画角を壊す。壊すだけじゃない。奪う。


 錆が位置を変えようとする。

 半歩。いつもの癖。


 その半歩の先に、アリスがもういる。


 先回り。


 錆の“半歩”を読んでいる。


 読まれていると気づく前に、KOTETUの重さが空を切る。

 切った重さが、遅れになる。

 遅れは次の刃を呼ぶ。


 アリスの刃が走る。

 旧式のスーツで、あり得ない速さに見える。


 錆の目が揺れる。


「……なぜ」


 アリスは答えない。答える暇があるなら殴る。

 殴るのは情報だけじゃない。今夜は刃も殴る。


 アリスは錆の刃の軌道を“知っている”ように避ける。

 避けるだけじゃない。錆の刃が最も映える角度を、逆に錆に押し付ける。


 錆は気づく。


 自分が舞台を作っているつもりで、舞台を作らされている。


 刃が交わる。

 金属が鳴る。

 鳴る音が、KOTETUの方だけ重くなる。


 重い音は、傷だ。


 アリスが狙っているのは錆の体じゃない。

 KOTETUの“成立”だ。


 放熱板の付け根。

 関節の縁。

 刃を受けると熱が溜まる場所。

 “翼の影”が崩れるところ。


 錆が刃で押し返す。

 押し返した瞬間、アリスは逆の手で、旧式の装甲の肩を使って錆の重心をずらす。


 ずれた重心は、KOTETUの刃を地面に当てる。

 当てた刃が跳ね、放熱板に噛む。


 “物々しさ”が、自分の身体を傷つける。


 錆の喉が鳴った。

 恐怖だ。

 初めての、現実の恐怖。


 錆は叫びそうになって、飲み込んだ。

 叫ぶと映えない。

 映えないのが一番怖い。


 錆は低く言った。


「旧式だろ……!」


 アリスは返す。短く、誤読できない真実を刺す。


「義弘は、膝さえ無事ならお前に負けてない」


 その一言が、錆を裂いた。


 錆は“旧式退場”を信じていた。

 膝の痛みを、旧式の限界だと思っていた。


 違う。


 限界ではない。

 傷だ。


 傷がなければ、義弘は勝っていた。


 錆の信仰が揺れる。

 揺れた瞬間、アリスの刃がKOTETUの“翼”を叩き落とした。


 放熱板の一枚が、金属音を立てて落ちる。

 落ちた瞬間、KOTETUの影が軽くなる。軽くなった影は、格好良さを失う。


 錆が慌てて距離を取ろうとする。

 半歩。癖。

 その半歩が、また読まれている。


 アリスが踏み込む。旧式の動きなのに、重さがぶれない。

 ぶれないのは“型”だ。義弘の型。

 膝が無事だった頃の型。


 アリスは錆の腕を切らない。

 切るのは刃だ。

 刃を落とす。

 KOTETUの武装を削る。


 腰のブレードが弾かれ、地面に落ちる。

 背中のブレードは抜かせない。抜かせたら“次”が生きる。


 アリスはKOTETUの背中側へ回り、背面の固定具を叩く。

 叩かれた固定がずれ、背中のブレードが“抜けない”角度になる。


 錆は一瞬、空っぽになった。


 物語の武器が奪われる感覚。


 錆が息を荒くする。荒い息は編集に向く。

 でもここには編集がない。

 だから荒い息は、ただの弱さだ。


 アリスが低く言う。


「どうした。映えないか?」


 錆が突っ込む。

 最後の意地。

 だが突っ込みは直線で、直線は読まれる。


 アリスは受けない。受けずに、錆の肩の装甲を支点にして回す。

 回された錆が崩れる。

 崩れた錆を、アリスが地面に押しつける。


 KOTETUの翼が、地面で軋む。

 軋みは破損の音だ。


 アリスは錆を殺さない。

 殺さない代わりに、動けない形にする。


 鎮圧。


 錆の手首が地面に固定され、装甲がきしむ。

 錆の視界が、初めて“空”になる。

 空は映えない。映えない空は怖い。


 その時、遠くで犬が吠えた。


 誰かの通報。

 近隣住民が“本物の危険”を嗅いだのだ。


 サイレンが近づく。

 治安機関の足音。

 ライトの光。


 錆の呼吸がさらに荒くなる。

 逮捕。

 それは“舞台の終わり”だ。


 アリスは錆を見下ろし、吐き捨てた。


「映えをたっぷり食えて、よかっただろ?」


 錆は返せない。

 返せない言葉が、喉の奥で錆びる。


 治安機関が到着する。

 銃を向けるのではなく、手続きを向ける。

 拘束具が出る。身柄確保の声が飛ぶ。


「動くな! 両名、確保する!」


 アリスは抵抗しない。抵抗すれば、また物語になる。

 物語を増やすのは錆の仕事だ。アリスの仕事じゃない。


 錆も抵抗しない。抵抗できない。

 KOTETUは壊れ、翼の影は崩れ、刃は落ちた。


 “新時代”が、地面に転がっている。


 真鍋が現場に駆けつける。

 目に入ったのは、壊されたKOTETUだった。


 真鍋の喉が動く。

 これが証拠だ。

 物語じゃない、物だ。


 真鍋は短く命じる。


「回収。全部。欠片も残すな」


 治安機関が動く。

 放熱板の破片。固定具。ブレード。内側の刻印。

 それらが箱に収められていく。


 真鍋はアリスを見る。

 義弘のサムライスーツを着たアリス。

 “ゴースト”が、自分から捕まった形。


 真鍋は何も言わない。

 言葉はまだ早い。

 言葉にした瞬間、誰かが責任線を薄くする。


 この夜の成果は、言葉ではなく、箱の重さだ。


 錆とアリスは、治安機関に連れて行かれた。


 街灯の下に残ったのは、壊れた翼の欠片と、旧式の影だけだった。

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