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第百七十六話 台無し

 アーバレストは、止まらなかった。


 外様サムライ隊が攻勢をかける。

 角度を取り、間合いを詰め、転ばせる。

 倒れる瞬間を作る――はずなのに、アーバレストは倒れない。


 装甲が受ける。

 関節が耐える。

 耐えたあと、次の一歩を出す。


 “壁”だ。

 壁は倒されるためにいるのに、今日は倒れない。


 颯真が歯を食いしばる。前へ出たい衝動が、膝の痛みと一緒に喉を焼く。

 弥生が型で押さえ、玄武が柵で押さえ、こよりが短い言葉で詰め、すずが見物の足を動かす。


「詰めない!」

「止まらない!」

「歩いて!」

「前、空ける!」


 外様は上手くやっている。

 上手くやっているから、見物が集まる。


 集まれば止まる。

 止まれば密度が上がる。

 密度が上がれば列になる。


 導線屋が欲しい形だ。


 義弘は遠方の指揮点で、胸の奥が冷えるのを感じた。


 “勝ちそうな戦い”ほど危ない。

 勝ちそうな戦いは、群衆を呼ぶ。


 そして群衆を呼んだ瞬間に、次が来る。


 来た。


 スコルピウス。


 低い輪郭が、路地の影から滑るように現れる。

 鋭い脚がアスファルトを切り、重心の低さが“押し潰す”予感を運んでくる。


 アーバレストの正面を外様が押さえた瞬間、スコルピウスが側面へ回り込む。

 挟撃。


 外様サムライ隊の視界が一瞬割れる。

 割れ目ができれば、事故の導線が入る。


 そこへ――重い足音が乱入した。


 KOMAINU。


 治安機関のパワードスーツが、数体。

 鳴海宗一が先頭に立つ。

 遠巻きに眺めるしかなかった男が、今日は現場に踏み込んでいる。


「押さえる! 外様、正面を維持! 救護、退避路!」


 宗一の声は硬い。硬い声は現場を縛る。

 縛れた瞬間だけ、乱戦は“戦い”として成立する。


 KOMAINUがスコルピウスの脚を受ける。

 受けた装甲が鈍く鳴り、衝撃が地面に逃げる。

 逃げた衝撃の先で、見物が息を呑む。


 息を呑むと止まる。

 止まると列になる。


 列が育っていく。


 そこに、シュヴァロフが入った。


 義弘の傍で“落ち着かせる”役だったはずの機体が、現場へ突っ込む。

 完全修理された動きは無駄がない。

 狙いはスコルピウス――挟撃の刃を折るため。


 だが、刃は一枚ではなかった。


 霧の中から、翼の影が近づく。


 KOTETU。


 放熱板が翼のように張り出し、光を切る。

 腰に一本、背中に一本。

 二本の刀状ブレードを背負ったまま、散歩するように歩いてくる。


 錆。


 ぼさぼさ頭の冴えない男。

 なのに足の置き方だけが怖い。

 怖いのは強さじゃない。

 “場を支配する癖”だ。


 錆はシュヴァロフを見ない。

 見ないのに、妨害だけは正確だった。


 スコルピウスへ“援護”の角度を与える。

 シュヴァロフへ“避けにくい”角度を押し付ける。


 錆はシュヴァロフの知識が薄い。

 だからこそ、スコルピウスの方に徹する。

 自分が分かるものだけを使う。

 舞台の形だけを使う。


 スコルピウスがシュヴァロフへ噛みつく。

 シュヴァロフが受け、押し返し、角度を変える。

 だが霧が距離を奪い、ジャミングが声を奪う。


 導線屋が霧を足している。


 視界が割れ、指揮が割れ、救護が遅れる。

 それが“戦いの匂い”を強める。


 群衆がさらに増える。


 導線屋の仲間たちが、錆に撤収を促す。


もう十分だ

収穫は取った

引け


 錆は返さない。

 返さないまま、視線を巡らせる。


 アリスがいない。


 錆にとって、アリスは“次の舞台装置”だ。

 アリスが来れば、義弘は必ず守る。

 守る義弘が、最高に映える。


 錆は踏みとどまる。


 導線屋は先に安全圏へ離脱した。

 離脱してから、隠していた装置で煙幕とジャミングを張り直す。

 錆のために。

 錆の舞台のために。


 霧が濃くなる。

 戦場が狭くなる。

 絵が強くなる。


 義弘は、それを見ていた。


 見ているだけで、身体が熱くなる。

 行きたい。

 止めたい。

 守りたい。


 だが膝が痛む。

 痛みが遅さになる。

 遅さは狙われる。


 トミーが足元で耳を揺らす。


「出たら“完成”させられる」


 シュヴァロフが義弘の膝を守る位置に入る。

 義弘は歯を食いしばり、指揮を続けた。


 それでも――我慢が切れた。


 コロボチェニィクの損傷。

 グリンフォンの不時着。

 霧の濃さ。


 守る側が削られていく。


 義弘は立ち上がった。杖を握る。膝が悲鳴を上げる。

 悲鳴を無視して、前へ出る。


 前へ出た瞬間、世界が“絵”になるのを義弘は感じた。

 感じたのに止まらない。止まれない。


 義弘はサムライ・ヒーローとして、霧の中へ踏み込んだ。


 錆が振り向く。


 その目は義弘の顔ではない。

 義弘が映る枠だ。


 錆の口元がわずかに動く。

 熱のない声で、嬉しさだけが漏れる。


「来た」


 来た。

 それが錆の勝利だった。


 刀が抜かれる。


 義弘の刀。

 錆の刀――腰の一本が抜かれる。背中の一本は残る。残る方が“物語”が増える。


 義弘が踏み込む。

 踏み込みは正しい。正しいほど、古い。


 錆は正しさを受けない。

 正しさの“角度”をずらす。

 ずらした瞬間に、義弘の膝の負担が増える。


 刃がぶつかる。


 金属音が霧の中で増幅し、観客席のない舞台が完成する。

 観客席は、霧の外にある。配信の先にある。

 見えない観客ほど、残酷だ。


 義弘が上から叩く。

 錆は受けて、半歩引き、半歩ずらす。

 義弘が足場を取り直すたびに、錆は“もっと映える角度”へ誘導する。


 義弘がアンカーで壁際を取ろうとする。

 錆は先に壁際を取る。

 壁際の影に、翼のような放熱板の影が重なる。


 義弘が息を吐く。

 息が荒くなる。荒い息は映える。

 錆はそれを見て、低く言った。


「あんたは今、最高に映えてる」


 義弘は怒鳴らない。怒鳴れば燃える。

 燃えれば列が戻る。

 戻れば名目が立つ。


 義弘は刃で答える。


 刃が交わる。

 打ち合いが続く。

 続くほど膝が削れる。


 そして、義弘の刀が折れた。


 折れる瞬間の音は、妙に澄んでいた。

 澄んだ音は、編集に向く。


 錆の呼吸が一瞬だけ熱くなる。


 “最高だ”。


 言葉にはしない。

 言葉にしたら薄まる。

 薄まるのが嫌だから、喉の奥にしまう。


 義弘は折れた刀の感触を握り直し、すぐに動いた。

 折れた瞬間に止まれば終わる。止まらない。


 錆の刃が振り下ろされる。

 義弘はその一撃を“受ける”ことを選んだ。


 受けた衝撃が装甲を削り、身体の奥へ響く。

 その代わり、義弘は錆の手首に入り込む。


 奪う。


 錆の刀を一振り、奪った。


 奪った瞬間、義弘の動きが“絵”として成立する。

 それが皮肉だった。

 守るための動きが、映えになる。


 義弘は返す刀で、錆に一太刀浴びせた。


 刃が装甲を掠め、KOTETUの翼の縁を鳴らす。

 傷は浅い。だが“痛み”は深い。


 錆は初めて、実戦にいるという感覚を得た。


 怖いのは死じゃない。

 痛みが、“作品”を現実に引き戻すことだ。


 錆の目が揺れる。

 揺れた瞬間、足元が疎かになる。


 錆は画角を取り直そうとする。

 取り直そうとして、踏み込む。


 踏み込んだ場所が――悪かった。


 義弘の故障している膝のライン。


 錆は足元を見ていない。

 見ているのは枠だけ。

 枠を整えようとして、踏むべきでないところに入る。


 骨が鳴った。


 義弘の喉から、音にならない声が漏れる。

 痛みが全身を白くする。


 義弘が崩れ落ちる。


 錆の手が震える。

 震えは恐怖ではない。

 現実だ。


 現実が、作品を汚す。


 錆は慄然とした。


 自分は本当に、殺しに来ている。


 その事実が、錆の中で初めて輪郭を持った。


 それでも錆は、刃を上げる。


 義弘が地面に倒れ伏す。

 折れた刀の代わりに、奪った刀を震える手で握る。


 錆は低く言った。


「……完成させる」


 完成。

 それが錆の信仰だ。


 その瞬間、霧が少しだけ薄くなった。


 薄くなった隙間に、人影が立った。


 アリス。


 顔色は青い。だが目が真っ直ぐだ。

 真っ直ぐすぎて、錆の枠を壊す。


 アリスは短く言った。


「そこ、どけ」


 言葉は汚い。

 でも汚いほど、編集できない。

 編集できない言葉は、錆の舞台に乗らない。


 錆の呼吸が止まる。


 強いから怯えたのではない。

 殺されるからでもない。


 “台無し”になるからだ。


 アリスの目は、錆の映えを欲しがらない。

 欲しがらない目は、舞台を殺す。


 錆は一歩引いた。

 引いた瞬間、霧がさらに薄れる。

 ジャミングが揺らぐ。

 遠くの足音が近づく。


 治安機関。

 外様サムライ隊。

 OCM運用枠。


 群衆の中の導線屋も、撤収の合図を送っている。

 ここで続ければ、作品ではなく“逮捕”になる。


 錆はアリスを見た。

 見るのは初めて、顔だった。

 枠ではなく、相手そのものを見た。


 そして錆は、低く吐き捨てた。


「……台無しだ」


 翼の影が後退する。

 背中の刀状ブレードが霧の光を一度だけ裂き、錆は溶けるように消えた。


 残ったのは、地面に伏した義弘と、立ち塞がるアリス。


 そして、折れた刀の音だけだった。

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