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第百七十三話 神回

 全国ニュースのテロップは、軽かった。


――市長暗殺未遂!

――新開市、霧の中の斬り合い。

――“サムライ・ヒーロー”危機一髪。


 言葉だけなら重い。

 だが流れる映像が、重さを消した。


 映像は――格好良かった。


 白い毛のウサギ――トミーが、テレビ台の横で耳を揺らした。

 画面では「暗殺未遂」のテロップが踊り、義弘が格好良く立っている。


「暗殺未遂を、予告編にする国ってすごいな」


 義弘は返さない。返したら負ける。

 トミーは続けた。


「で、次回予告を待ってる。全員、正気だ」


 霧の中で、義弘が刀を抜く。

 同時に、錆も刀を抜く。

 翼のような放熱板が光を切り、二本の刀状ブレードが空気を割る。

 義弘の動きは痛みを感じさせない角度で切られ、膝を庇う瞬間は綺麗に削られている。


 音も整っている。

 呼吸の荒さだけが“緊迫”として残り、恐怖は残らない。


 錆が撮影し、錆が編集した映像ばかりだった。


 真実の映像ではなく、物語の映像。


 “暗殺未遂”という言葉は、編集の前では弱かった。


 新開市の街は、案の定、分裂した。


 だが分裂の仕方が最悪だった。


「格好良い」

「まさしくサムライだ」

「刀を持つ者同士なら、こうでなくっちゃ」


 暗殺未遂を本気にしない声が多い。

 “神回ありがとう”という言葉まで出る。


 配信コメントが、現実を上書きしていく。


最高の対

旧式と新型の対決

次回予告どこ

市長、主人公すぎる

これ暗殺じゃなくてイベントだろw


 編集が回る。

 回るほど、危機が娯楽になる。


 危機が娯楽になった街は、次の危機を欲しがる。


 市議会でも、空気は軽かった。


 褒め殺しは、揶揄に変わる。


「市長、資質は疑いようがありません。ええ、資質は」


 同じ言い回しが、別の刃になる。


「しかし市長が“サムライごっこ”にうつつを抜かしているように見えるのは、いかがなものかと」


 義弘は杖を握り直した。

 膝が痛む。痛みを表情に出さない。出せば素材になる。


 義弘は行政の声で答える。


「現場に出たのは、救護と治安維持のためだ。行政は機能している」


 短く。誤読されないように。


 “辞めたい”は言わない。

 言えば「だったら辞めろ」にしかならない。

 辞めれば街が属する。それだけは避けたい。


 議会の空気は軽いまま、終わらない。

 軽い空気が、真実を押し潰す。


 議場の外、控室の隅でトミーがぽつりと言う。


「褒め殺しの次は、馬鹿にして殺す」


 義弘は杖を握り直す。


「言い方」


「事実だ。言い方で死ぬなら、もう死んでる」


 真実を見ている者は、現場側にいた。


 真鍋は暗殺未遂を暗殺未遂として扱った。

 扱う者だけが、次を防げる。


「市長、今後は身辺に護衛を付けます。常時です」


 義弘は頷きそうになって、すぐに頷かない。

 頷けば「恐れている」絵になる。

 恐れの絵は、また“神回”の種になる。


 だが拒否はできない。

 拒否したら本当に死ぬ。


 義弘は低く言った。


「……必要最低限で」


「無理です」


 真鍋の返答は硬い。硬い方が正しい時がある。


 そこへオスカーの連絡が入る。

 穏やかな文面。整った言葉。逃げ道のない合理。


――シュヴァロフを常にそばに置くことを推奨します。

――即応のためです。

――市長の安全は、街の安全に直結します。


 当事者に近い男が、当事者でない顔で勧めてくる。

 それがオスカーらしい。


 義弘は端末を握り、喉の奥に怒りを沈めた。


 端末を伏せた義弘に、トミーが言う。


「当事者が善人ぶって“安全”を勧める。便利な世の中だな」


 義弘は息を吐く。


「……便利じゃない」


「便利だよ。首輪を“親切”って呼べる」


 怒りは燃料になる。燃料は列を呼ぶ。列はまた錆の舞台になる。


 義弘は燃やさない。


 燃やさない代わりに、胸の奥が痛む。


 シュヴァロフが突撃してきた。

 あの突撃の裏に、アリスの“情報”があった。


 義弘はもう、確信していた。


 アリスは自分を救うために首輪を締めた。

 救うために違反に近いことをした。

 その苦境が、今も続いている。


 義弘の忙しさは、怒りではなく“説得”に向かった。


 義弘は日本国に会いに行った。


 “暗殺未遂”を“神回”として消費する社会に対して、

 手続きの言葉で真実を通す作業だ。


「アリスの情報介入がなければ、俺は死んでいた可能性が高い」


 義弘は短く言う。

 言葉を飾らない。飾ると切り抜かれる。


「彼女は自分のためではなく、俺を救うために動いた。だから彼女の処遇を締めるのは逆効果だ。街の安全を削る」


 相手は国家だ。

 国家は面子で動く。面子は言葉の形でしか動かせない。


 義弘は面子を壊さずに押す。


「“違反”ではなく、“救護”だったと扱え」


 義弘の声は低い。

 低い声は燃えない。燃えない声ほど、手続きに届く。


 返答はすぐに出ない。

 出ないことは分かっている。


 義弘は次へ進む。


 次は、“自分が負ける未来”の設計だ。


 義弘は肌で知っていた。


 次は勝てない。


 錆は強くない。サムライ・ヒーローとしては素人だ。

 なのに義弘を削った。


 理由は簡単だ。

 義弘の癖を知っている。

 義弘が「守る」瞬間に一番遅くなることを知っている。

 その遅さを“画角”で狩れることを知っている。


 KOTETUの性能は異常だった。

 翼のような放熱板の影が、距離感を狂わせる。

 二本の刀状ブレードが、義弘の逃げ道を塞ぐ。


 次に同じ舞台に立たされたら、今度は確実に負ける。

 負けるだけならいい。

 “旧式退場”が完成する。


 それが怖い。


 義弘が沈黙したまま紙を見ていると、トミーが短く言った。


「勝つつもりで負けるな。負ける前提で勝て」


 義弘が顔を上げる。


「矛盾してる」


「矛盾を飲め。市長だろ」


 だから義弘は、勝利ではなく制度を作る。


 自分がいなくなった後に、街が属さない形。

 新開市が中立でいられる形。


 相互拘束。


 味方を作るのではない。

 互いを縛り、勝手に属せない仕組みを作る。


 義弘は根回しを始めた。


 最初に呼んだのは真鍋だった。


 市長相談役としての経験。

 行政の継続性。

 現場と議会の両方を知っている人間。


「俺がいなくなった時、行政が空中分解しない仕組みを作る」


 真鍋は即答しない。即答しないのが真鍋だ。

 ただ、目だけが鋭い。


「市長、あなたはまだ生きています」


「生きてるから作る」


 義弘の返答は短い。短いほど本気だ。


 次に鳴海宗一を呼ぶ。

 治安機関。現場の統率。合法性。

 そして息子の恒一郎。


 若いからこそ、制度に従うことができる。

 従える者がいない制度は紙だ。


 義弘は言う。


「俺がいなくても、指揮系統を一本にする。保護区域の運用も、救護導線も、勝手に変えられない形に」


 鳴海宗一が言う。


「誰が責任を取る」


「責任を分散する」


 義弘は答える。分散は逃げ道ではない。中立のための拘束だ。


 さらに“外の目”を呼ぶ。


 氷の母。


 アライアンスを動かすほどの存在。

 存在しているだけで、政治が冷える。


 義弘は言う。


「中立性を疑われた時、我々が自壊しない仕組みが要る。あなた方の監視を、逆に楔にしたい」


 氷の母は返さない。返さない沈黙が重い。

 重い沈黙は、承認にも拒否にもなる。


 最後に、最悪の相手も呼ぶ。


 オスカー。


 彼を外に置けば、外から枠を壊される。

 なら枠の中に入れて縛るしかない。


 義弘は言う。


「OCMの運用権を、勝手に“得”で回せない形に落とす。市の監督下に置く。……お前も縛る」


 オスカーは穏やかに答える。


「あなたは、私を信用しない」


「信用してない。だから制度にする」


 義弘の声は低い。低い声は燃えない。

 燃えない声が、最も怖い脅しになることがある。


 オスカーは薄く笑った。


「合理的だ」


 合理的。

 それは褒め言葉にも、首輪にもなる。


 義弘は頷かない。頷かず、ただ言う。


「次に俺が消えるなら、街も消える。だから街を残す」


 その言葉が、会談の芯になった。


 夜、錆の映像はまだ回っていた。


 「神回」

 「次回予告」

 「最高の対」


 編集が現実を上書きし、現実がまた編集を呼ぶ。


 義弘は端末を伏せた。

 見ない。見ても燃えるだけだ。


 代わりに、紙を積む。

 トミーが耳を揺らす。


「“神回”って言葉が出た時点で、神はいない」


 義弘は返せない。

 返せない言葉だけが、部屋に残った。


 印を重ねる。

 相互拘束の楔を打つ。


 次に負けても、街が属さないように。


 次に“旧式”が退場しても、舞台が終わらないように。


 真実が“神回”に負ける世界で、義弘は制度だけを味方にしようとしていた。

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