表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/296

第百六十六話 フレーム

 骨が手に入った、と導線屋は思った。


 肉は後からいくらでもつく。飾りも、塗装も、演出も。

 導線屋が欲しいのは肉ではない。絵だ。絵が固定される骨格だ。


 VX-14――ELEPHANT。


 その名のとおり、骨が強い。

 壁ではない。質量ではない。骨格そのものが、現場を押しつぶせる。


 フレームが新開市に入った。


 誰が持ち込んだかは、導線屋は知っている。だが知っていることを言葉にしない。言葉にした瞬間、責任線が引かれる。責任線は導線屋の敵だ。導線屋は責任の外側で踊る。


 ただ、腹の底から笑う。


 これで“舞台”が作れる。

 これで“新人の事故”が作れる。

 これで“インフラが脅かされた”という名目が作れる。


 名目が立てば、使節が動く。

 SOFFestの影が戻る。

 影が落ちれば、列は固まる。固まれば潰れる。


 潰れる寸前の顔が、一番映える。


 導線屋は狂喜していた。


 それを許した者の顔は、穏やかだった。



 義弘の調査は、ようやく“匂い”から“骨”に届いた。


 真鍋たち治安機関の報告書が机に置かれる。紙の端が固い。固い紙は、現実だ。


「……VX-14由来のフレーム。搬入を確認」


 義弘の指が止まる。膝が疼く。疼きは痛みになる。痛みは判断を鈍らせる。

 だから義弘は息を整えて、痛みを言い訳にしない。


 VX-07 HOUNDや、寄せ集めの違法改造なら、まだ“事故”で済む。

 だがELEPHANTの骨格が入れば話が違う。


 あれは現場を固定する。

 固定された現場は、列を生む。

 列は名目を生む。


 名目が生まれれば、アライアンスの重さが戻る。

 重さが戻れば、中立は檻になる。


「……止める」


 義弘の声は低かった。低い声ほど、決意に近い。



 OCM本部の廊下は、相変わらず静かだった。


 静けさはいつも、整った言葉の前触れだ。


 義弘は治安機関を引き連れ、オスカーの前に立った。

 ドアを叩く音は控えめでも、人数が空気を変える。


 部屋の中で、オスカーは穏やかに立ち上がった。

 表情は変わらない。変えないことが、彼の装甲だ。


「市長」


 義弘は短く言う。


「VX-14のフレームが新開市に入った。導線屋が触っている。……お前の匂いがする」


 オスカーは眉ひとつ動かさない。動かさないまま、答えを整える。


「興味深い報告だ。だが、私の指示ではない」


 真鍋が前へ出る。治安の言葉は硬い。


「任意同行をお願いします」


 任意同行。

 その言葉は“協力”にも“拘束”にも見える。

 見え方で現実が変わる。


 オスカーは、にこやかに笑った。

 笑いは薄い。薄い笑いほど怖い。


「構わない。協力しよう」


 義弘はその笑いを見て、嫌な感覚を覚える。


 この男は、逃げない。

 逃げないことで、枠を作る。

 枠を作れば、相手の動きを制限できる。


 任意同行に応じるのは潔白だからではない。

 “調査のスコープ”を固定するためだ。


 義弘はそれを理解しても、止められない。

 止めれば政治になる。政治になれば、また列が燃える。


 だから義弘は、手続きを選ぶ。


 手続きは遅い。

 だが遅さだけが、正当性になる。


 取り調べ室の空気は乾いていた。


 机の上に写真。搬入経路。部品の識別。

 ELEPHANT由来の骨格の一致点。


 義弘は怒鳴らない。怒鳴れば負ける。

 代わりに事実だけを並べる。


「このフレームが出た。あなたの社の管理下から出た可能性がある」


 オスカーは穏やかに頷いた。


「資産管理の問題なら調べる価値はある」


「あなたの指示は?」


「ない」


 短い。短いほど切り抜かれにくい。

 短いほど、証拠が必要になる。


 義弘は言う。


「導線屋への支援の流れがある。資金の匂いがある。純正パーツが混じっている」


 オスカーは、表情を変えずに返す。


「推測だ。推測は罪ではない」


 義弘は机を叩きたくなる。叩けば楽だ。楽なことほど、政治になる。政治になれば、街が燃える。


 義弘は叩かない。

 叩けない怒りは、喉の奥で固まる。


「あなたは知らぬ存ぜぬで押し通すのか」


 オスカーは薄く笑う。


「私は事実を言っている」


 その笑いは、刃だった。

 事実だけを言えば、責任線は引けない。

 責任線が引けなければ、正義は止まる。


 止まった正義の上で、事故は育つ。


 調査はOCM社内へ広がった。


 だが“社内”に広がるだけだった。


 記録は整っている。

 承認は切り刻まれている。

 責任線は薄く伸びて、どこにも刺さらない。


 誰かが勝手にやった。

 誰かが横流しした。

 誰かが手続きをすり抜けた。


 “誰か”が多すぎると、誰も罪にならない。


 義弘は理解する。

 オスカーはしっぽを出さない。

 出さないことが、彼の運用だ。


 義弘は敗北感を飲み込む。

 飲み込んでも、確信は濃くなるだけだ。


 これは偶然じゃない。

 事故の芽は植えられている。

 骨が入った以上、次は本当に危ない。


 義弘は真鍋に言う。


「導線屋へは届かないか」


 真鍋は硬い声で答える。


「今の手続きでは難しい。……証拠が足りません」


 証拠。

 その言葉が、義弘の胸を冷やす。


 正しいのに止められない。

 止められないうちに、街は燃える。



 療養施設では、アリスがテレビを見ていた。


 顔は映らない。映らないように管理されている。

 だがニュースの言葉は映る。


――VXシリーズ由来部材の不正流通、捜査。

――OCM社内、任意調査。

――“導線屋”関与の可能性。


 アリスの手が止まる。

 止まった指が、怒りを引き寄せる。


 自分の家族がまだ外で動いている。

 シュヴァロフ。三機。コロボチェニィク。グリンフォン。

 そして今度は、ELEPHANTの骨格が街に入った。


 最悪の匂いだ。


 アリスは歯を食いしばり、息を吐いた。

 一人称は必ず「私」。


「……私の街で、勝手に骨を動かすな」


 隣で子どもが覗く。


「アリス、また怒ってる?」


 アリスはすぐに言い換えた。口は悪いまま、温度を下げる。


「怒ってない。……嫌なだけ」


 嫌なだけで済む話じゃない。

 嫌なだけで済ませると、また誰かが削れる。


 でも動けない。

 首輪がある。監視がある。

 そして子どもたちがいる。


 置いていけない。


 だからアリスは、別のやり方を選ぶ。


 戦闘ではない。中心でもない。

 情報だ。


 アリスは端末を開く。指が滑らかに動く。NECROテックの感覚が、身体の内側で目を覚ます。


 破壊しない。落とさない。止めない。

 ただ、見る。


 誰が命令しているのか。

 運用権はどこにあるのか。

 ログはどこに残るのか。

 ELEPHANTの骨格と、運用枠は繋がっているのか。


 “証拠の種”が欲しかった。


 種があれば、義弘が手続きで刃を振れる。

 刃が振れれば、街が燃える前に切れる。


 子どもが不安そうに言う。


「アリス、いなくならない?」


 アリスは即答した。短く、誤読されないように。


「いなくならない。……ここにいる」


 そして心の中で吐き捨てる。


(でも、見る。奪われたままにしない)



 その夜、オスカーは自室で静かに紅茶を口にした。


 調査は社内に収まった。

 それで十分だ。


 外の導線屋へ届かない。

 骨は舞台に乗る。

 事故設計は進む。


 義弘の正義は、証拠がない限り動けない。

 アリスの牙は、檻の中だ。


 オスカーは穏やかに息を吐いた。

 穏やかな息は、冷たい決意の形だ。


 得は、兄弟姉妹のためにだけある。


 その信仰が、骨を街へ運んだ。


 骨は街に入り、証拠はまだ影のままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ